49.妖怪
私達は今長野にある山道を登っている。狐が言った妖怪の仲間探しの為である。協力してくれるかどうかは分からないが、五竜クラスの敵がまだいるとなれば厄介極まりない。あの時はたまたま相手の弱みを握れたので勝てたがこれからはどう転ぶかも見当もつかない。だからこそ相手の裏をかく策が必要だ。
「なんでヒナたちは山を登ってるの?」
「いや。私に聞かれても。東京行くって聞いてたし」
「近道かな?」
そういえば娘達には長野での目的について一言も説明していなかった。とはいえ説明した所で雪月さん以外は理解できないだろうけど。そもそも私自身だってこの山に妖怪がいるのかも分かっていない。なんとなく道中に登れそうな山があったから来ただけ。
狐とは言うと周囲を観察しているものの何かを喋る気配がない。いつものお喋りはどうした。
「協力者を探しに来たんです。長野にはそれが目的でしたから」
「こんな山奥にいるの?」
栗香さんが首を傾げます。その疑問はごもっともですが妖怪がいるって言って果たして信じてくれるでしょうか。そもそも妖怪を仲間にするって知ったら腰を抜かすかもしれません。
「ヒナ帰る! こんな陰気な所いたくない!」
陽菜葵さんは振り返ってそのまま下りようとしてました。
「陽菜葵さん待ってください」
「待たない! ヒナは姫様と1秒でも早く会いたいの!」
そう言うとは思っていました。
「現在東京がどうなってるかは分かりませんがそれでも安全とは言い切れないでしょう。いくら陽菜葵さんの腕が立つとはいえ1人では危険も多いと思いますよ。桜姫さんと会う前に死にたくないでしょう?」
すると彼女の足が止まった。
「それに東京で万が一桜姫が緋人に襲われていたら人数が多い方が助けやすいと思いますよ。もしあなたが桜姫を助けられたら彼女の印象はどうなるでしょう?」
すると陽菜葵さんが反転してノシノシと歩きながら戻ってきます。
「さっさと済ませてよね。ヒナは暇じゃないの」
段々彼女の扱いが分かってきた気がします。でもこの様子だと桜姫と会わせるのは非常に不味い気もしますが。
「魔女って真顔でああいうの言うから本物って感じがする」
「わたし、お姉ちゃんに憧れる」
「ダメだよ、雪月。あれは悪い大人の見本だから!」
娘らが陰でひそひそと話してます。大人になるというのは騙し騙され生きるというものです。悪い見本というのは同意ですけどね。
「でもお姉ちゃんかっこいいよね。おっきな人も一杯やっつけてる」
「確かに強いと思う。身体能力がすごいとか、凶悪な武器を使ってるわけでもないのに何か強いよね」
「お姉ちゃんおっきな人と戦う時、口が悪くなってる。きっとあれが秘策だと思う。わたしもあんな風になりたい!」
雪月さんが目を輝かせて話してます。そういえば無意識に口が悪くなる時がありました。全然意識してなかったし、まさか雪月さんに影響を与えてたなんて。
「ダメダメ! あんなの真似したら悪い大人になるよ!」
「悪い大人になる! おっきな人ぶっ飛ばす! お酒飲む!」
「ああもう! 魔女と陽菜葵のせいで雪月が変な方向に進んだじゃない!」
「なんでヒナまで怒られるの?」
完全に流れ弾が当たったようです。私は栗香さんの肩を叩きました。
「若い内に失敗も黒歴史も作っておくべきですよ。そうした失敗が大人になってから羞恥に耐える糧となるのです」
「いや、飲酒は駄目でしょ」
真顔で正論を言われてしまいます。
「お酒ならあるよ」
陽菜葵さんがリュックから缶を取り出します。いや一体どれだけ持ち歩いてるんですか。そんなの持つくらいなら食料入れたらいいのに。
「お酒! お酒!」
「雪ちゃは良い子だね~。ヒナの特注をあげよう」
雪月さんの頭を撫でながらお酒を渡してます。が、すぐに栗香さんに没収されてました。
「こんな小さい子にお酒飲ませるなんて正気!? 魔女からも言ってよ!」
「一口くらいならいいのでは?」
未成年の飲酒は駄目でしょうけど、緋水に比べたらかわいい物だと思います。
「えぇ? なにこれ、私がおかしいの?」
「栗ちゃは真面目すぎ。もっと肩の力抜かないと人生つまんなくない?」
陽菜葵さんが栗香さんの肩をもみもみしてます。
「とっ、とにかく! お酒を飲むの禁止! こんな所で酔っ払って緋人に見つかったら大変だから!」
と言ってバックパックにお酒を入れました。それを見て陽菜葵さんと雪月さんが不服そうに膨れっ面になります。
「飲まずに何が人生だー」
「横暴―! ストライキー!」
陽菜葵さんと雪月さんが訴えてますが栗香ママには通用しなかった模様。こうして見ると陽菜葵さんは本当に悪い子に見えないんですよね。いや、悪い子には違いないんでしょうけど。ともあれ、何とか説得できればいいのですが。
それから山道を歩き続けていましたが特に何かあるようにも見えません。極々普通の山の中って感じです。気になると言えば鴉の鳴き声が無数に響いてうるさいくらいです。
「魔女よ、運がいいな。どうやら当たりじゃ」
狐がポツリと呟きます。そう言われたから周囲を見渡す。何かがいる気配はない。
たとえ妖怪とはいえ私の目には映るはずです。狐は空を見上げていました。
「いるのじゃろう? 出てこい」
狐が言うと森の中の鴉達が羽ばたいて私達の周りの木の枝に止まっていく。何十、いや何百という数は圧巻。カァカァ鳴くのが耳障りだが。この光景には娘らも気味が悪いのか体を寄せています。
「てめぇは化け狐か。俺のしまに何用だ?」
目の前に漆黒の体毛を持つ鴉が地面に下りてきた。その大きさは普通の鴉よりも一回り以上も大きく鷹か何かと見間違いそうだ。何より目が深紅に染まっていて妙な不気味さがある。
「久しぶりに友の顔を拝みたくなってな」
「はっ。相変わらず胡散臭いな。お前の言葉ほど信用できないものはないぜ?」
どうやらこいつは妖界でもそういう扱いらしい。激しく同意である。
「長く語り合いたいのも山だが今日は少し野暮用でな。お前さんに会いたいという人間を連れて来た」
そういうと鴉は私の方を見た。
「ほう。俺が見えるのか、人間。それにそこの小娘もか」
やはり妖怪という括りらしく普通の人には見えないらしい。
「あなたが妖怪鴉か」
「鴉天狗と呼べ、人間。俺はそんな小さな器じゃない」
「鴉天狗? あれって人間の姿をしているんじゃないの?」
詳しくは知らないが人に黒い翼が生えたような姿だと聞く。
「いつの時代の話だ? 今時、そんな分かりやすい姿の妖怪はいないぜ、人間」
なるほどね。妖怪は絶滅したのではなく人に認知されにくい姿へと変貌していたらしい。
「で、俺に会いに来たってのは訳ありか? 節操のない妖怪が人間に何かしたのか?」
この言い方は妖怪同士でも仲が良いというわけでもないらしい。人間社会も似たようなものだし当然か。
「単刀直入に言うとあなたの力を貸して欲しいんです。今、人の社会がとんでもないことになってるのはご存知ですか?」
「ああ知ってるぜ。馬鹿みたいに人が死んでるから否応でも気付く。理由までは知らないがな」
「緋水という人が作った薬が原因です。それによって日本は崩壊。もはや生き残りも少なくなっています。ですが黒幕と思われる人は今も存命中。私はその人物を追っています」
「なるほどな。それで俺の協力が欲しいと」
「緋水の影響で一部の人間は人外の力を手にしてます。普通では手に負えないほどに。だからこそ強力な手が必要だと考え、そこの狐の助言の元ここに来ました。どうか協力してくれませんか?」
「断る」
素晴らしい即答。分かり切っていた返答ですね。
「なぜ俺が人間の争いに手を貸さなくてはいけない? お前らが死ねば俺達にとっては朗報だ。今まで散々隠れて暮らしていたがそれも終わる。それを止めようものなら今度は妖界を敵に回すかもしれないんだぜ?」
模範解答とも言えるくらいの正論なだけに耳が痛いですね。実際、妖怪にとって人間に手を貸すメリットはない。そこの狐だってそうだ。私のピンチに対して無償で手を貸したことは一度だけ。それも私が強く言ったあの時だけだ。
「鴉さん、お願い! このままだと人が皆いなくなっちゃうの!」
雪月さんが飛び出して頭を下げます。
「人間なんてしぶとい連中だろう。俺達ですら生き残ってるんだからその程度で全滅するとは思わないな。話しは終わりだ、帰りな」
妖怪には幼女の声が届かないようです。鴉天狗は翼を大きく広げて追い返そうとしてます。
なんかこの感じ、昔私の所に陛下が来たのと似てて笑ってしまいます。あの時とは立場が完全に逆ですけど。
どの道、期待なんてしてなかったのでいいでしょう。このまま説得を続けても折れるとも思えません。すばらしい無駄足でしたね。




