47.芝居
食事を終えると地雷少女、もとい陽菜葵さんはお酒を飲んだのもあって潰れて眠ってしまいました。娘が片づけをしてる間に私は外に出ました。
そして車に近付きます。中や外、色んな所を探ってみます。
「何をしておる?」
狐が聞いて来る。
「あの子が敵のスパイだとしたらどうして私達がここを通るのがバレたのかなって思って」
可能性があるとしたらノッポからもらった車に細工されてるかもしれない。あの人は元々緋色学会の関係者だったし私を嵌めるつもりだったとか。けれど今の所は何も見当たらない。何となく銃を取り出して弾を取り出す。全部重さが同じだし弾にも細工はされてなさそう。やはりノッポは違うか。あの様子で裏切ってたら相当クズになるし。
「仮にスパイやったとしてこんな道端で寝てるか?」
「それも分かるんだよ」
私自身あの子を無視して通り過ぎようとしたし、わざわざ道端で寝る理由が分からない。接触を図りたいならもっと色々やりようがある。おまけに雪月さんのおむすびを食べて泣いてたのも嘘には見えなかった。
「頭も悪そうに見えるんじゃ。案外良い奴かもしれんぞ?」
それは可能性として低いと思う。はぁ、こういうタイプは本当分かりづらい。どこまでが嘘でどこからが本音か判断しにくくて困る。
仕方ない。こういう時こそ娘に頼るべきでしょう。
店に戻ると丁度娘らも一段落した様子でした。
「雪月さんと栗香さんに話があります。少し外に来てもらえますか?」
陽菜葵さんに聞かれたくないので車の近くまで来ました。ここまで来れば大丈夫でしょう。
「あの子、陽菜葵さんについてどう思いますか?」
「悪い人には見えなかった」
「お酒飲んでるのが少し気になったけど。あの見た目ならまだ未成年だろうし」
やはり娘はそこまで疑ってないようです。というか栗香さん、私の時はあんなに疑ってたのに今回やけに丸くないですか。やはり魔女はいつの世も怪しい存在ですか。
「私としてはかなり黒に近いグレーに見えました。そこで2人にお願いがあります。彼女から情報を聞き出したいので少し芝居をうって欲しいんです」
おそらく私に対しては警戒してるでしょうけど、雪月さんと栗香さんには心を開く可能性があります。料理を振る舞ってくれた恩がありますからね。
2人は黙って頷いてくれました。
「それと栗香さんにお聞きしたいのですが、栗香さんは確かあの小さな機械を持ってましたよね」
「スマホのこと?」
栗香さんが取り出してくれます。
「彼女がもしも緋色学会の関係者ならば今も敵に現在地が特定されてる可能性があるんですよね。そこに何か細工されてたりしません?」
栗香さんは桜姫さんと仲が良かったわけですから、巧妙な桜姫なら何かしていてもおかしくはありません。
「うん。実は姫に言われて位置情報のアプリを入れてたんだ。それがあったらお互いの居場所が分かるよ」
「やはりですか」
「あっ。今はもう消してあるよ! 元々学園で食料取りに行ったりお互い離れることがあるからそれで安全確認の為に使ってただけだから。姫とああなってからはすぐに消した」
つまり栗香さんのスマホにも敵に情報が洩れてる可能性が低いと。これは益々分からなくなってきました。本当にたまたまですか? でもたまたまの可能性に賭けて道端で寝るでしょうか。
「実は彼女のリュックに銃が入ってるのを見たんですよね。あんな子が使うにはおかしいと思いません?」
それにはさすがに2人も驚きました。
「東京に住んでいて緋人を倒すのに使っていたと言ってましたが本当の所は分かりません」
「でもさ、魔女。空腹で倒れてたし普通に東京から逃げて来た可能性もあると思うよ」
確かにその可能性はあります。
「でもあの子は初対面に関わらず私を魔女と呼びました。私を知っている人間などこの世ではごく限られてます」
「じゃあ全部喋ってもらったらいい?」
雪月さんが言います。それができたら苦労しませんが。いやでも、雪月さんにならポロッと話しそうですけど。この世の人間は幼女に弱いですから。
「そういうわけですからご協力お願いします。私としても無害であれば乱暴な真似をするつもりはありませんから」
娘の同意も得た所で店に戻ります。陽菜葵さんは目を覚ましていて手鏡を机に置いて何やら手入れをしています。路上で寝るわりには身だしなみには気をつかうそうです。
「全員で話し合った結果、あなたも同行させたいと結論になりました。構いませんか?」
「別に」
こちらも見ずに適当な返事をします。
「私達は東京へと向かいます。それでもいいですか?」
「なんでも」
東京から逃げて来たのに東京へ戻るのを否定しませんか。ふむ。
今すぐ東京へ行くつもりはありませんが彼女の反応を見たかった。
「ではすぐに出発します」
娘達は荷物を持ってすぐに店を出て行きましたが陽菜葵さんはまだ手入れをしています。
私が出ようとしたらようやく片付けて動き始めました。マイペースというか何というか。
後部座席に彼女を乗せて発進させます。正直、素性の分からない彼女を同乗させるのはリスクもありますが今の所狙いは私だけだと思いたいです。
ミラーで陽菜葵さんの動向は監視していますが、今の所は退屈そうに外を眺めているだけでした。
「陽菜姉、お腹空いてない?」
「減ってない」
雪月さんの問いにぶっきらぼうに返事します。さっきは泣きながらご飯を食べてたのに何という態度の変わりよう。
「陽菜葵ってかなり細身だよね。ちゃんとご飯食べてた?」
栗香ママのご指摘。いいですね。そういう感じでどんどん質問してあげてください。
「食べてなかったら今頃死ぬが?」
「そうだろうけど東京だったら化物も沢山いただろうし食料集めるのも大変だろうなって思って」
「家に食べ物一杯あった。それだけ」
家に、ですか。騒動が起きて半年以上は経ってますがそれだけの備蓄はあるのでしょうか。
それから走り続けていましたが車内は何とも重苦しい雰囲気に包まれています。楽しい家族旅行が一気にギスギスに。これは気分転換が必要ですね。
「そういえば前に雪月さんは海に行きたいって言ってましたよね。せっかくですし行きますか」
「海! 行きたい!」
狐を抱えながら目を輝かせてくれます。これはおそらく芝居ではなく本当でしょう。
今は長野ですから海へ行くのは少し時間がかかるでしょうけど。
「海とか行きたくないのだが?」
すると陽菜葵さんが重い口調で反論してきます。
「え~。じゃあ陽菜葵は行きたい所あるの?」
栗香さんの問いだしに彼女は少し思案してます。
「渋谷になら面白い所沢山ある」
渋谷、つまり東京ですか。どうやら彼女は東京へ行かせたいようです。
やはり彼女は怪しい。
そう悩んでいると道路を塞ぐように緋人が2体たむろしていました。このまま進めば気付かれる。そう考えてる内に向こうに気付かれました。慌てて急ブレーキを踏みます。
「何事だが!?」
「敵襲です。急いで降りてください」
既に接近していて一旦後ろに引いて距離を取ります。緋人は車を踏んでこちらに飛んできます。後続の奴も同じように。おかげで我が愛しき愛車ちゃんはぺしゃんこに。許せぬ。
栗香さんはすでに刀を構えてます。雪月さんもいつでも形代を飛ばせる状態。
陽菜葵さんは……どこ? そしたら呑気に今頃になって車から降りてます。
しかもそんな所で降りたら……。
「ぐおおぉぉぉっ!」
案の定緋人に気付かれました。そして注意はそちらに向きます。
けれどその反応は私にとって意外でした。彼女が緋色学会の関係者ならば自身も緋水を飲んで緋人化していると思ったからです。緋人に狙われるということは彼女は緋水を飲んでいない?
陽菜葵さんは2体の緋人に狙われてるというのに慌てる素振りもありません。服の内側から拳銃を取り出して迷いもなく発砲してました。緋人の顔に命中して宙を舞っています。すぐさまもう片方の頭にヒットさせます。
なんという射撃の腕前。いや、それよりも。
「栗香さん。今の内に足を」
「おっけー」
敵の身動きを封じた所で薬を飲ませて鎮静化を成功しました。争いが終わると陽菜葵さんは何事もなかったように銃を服の内へと隠しました。
「随分とお強いのですね」
「東京でこいつらと戦ってるって言ったのもう忘れた?」
どうやらそれは嘘ではなかったようです。ならば銃を盗んで戦っていた? 或いは彼女の両親は軍の関係者か。けれど、この射撃の腕前ならば私を殺すには十分の資質には思えます。懸念点があるとすれば緋人化していない、という点ですが。
ともあれまだ彼女について情報を集めないといけませんね。それに緋人を殺すのに協力したということは、今はまだ安全でしょう。
「お姉ちゃん……」
雪月さんが哀愁を漂わせて呟きます。視線の先には潰れた車。何となく近づきます。
見事なまでに動きそうにありません。
「ここからは徒歩ですね……」
私にとって唯一の絶望でした。




