46.地雷
車があればあっという間と言うべきか、気付けばもう長野県まで来ていた。
道路の隣には大きな湖が見える。雪月さん曰く、諏訪湖と言うらしい。
公道を走っていても緋人がいる気配がありません。街は静寂そのもので人はいないのだろうか。或いは被害が起きて真っ当な人間は東京へ逃げたのかもしれません。
私の旅の終点ももうすぐです。とはいえここにもまだ野暮用がありますが。
「おい。お前の言った同僚とやらはどこにいる?」
「実はすごく申し訳ないんやけど吾輩も正確な場所まで知らんのよ」
は? 急に何を言い出すんだ。
「そもそも吾輩はあそこに何百年も封印されてたんやで。詳しく知ってる方がおかしいやろ」
それはその通りだけどじゃあ何、この広大な山々を全部調べていけっていうのか。
ふざけてるの?
「魔女! 前々! ストップストップ!」
栗香さんが急に言うので慌てて急ブレーキを踏みました。お約束の如く車内は騒然。
それで前方を見ますと何やら道路で誰かが倒れてます。死人、ですかね。可哀想に。
何も見なかったことにして車を走らせようとしたら栗香さんに腕を掴まれます。
「魔女! 生きてるかもしれないのに放置!? 止めて」
「分かりましたから腕を離してください」
昨日あんなに注意してきたのに余程危ないですよ。湖にドボンしたらどうするんですか。
車を一旦止めて全員降ります。その死体に近付くと、そこには小学生というには大きく、高校生というには幼い女の子が倒れています。見た目はすっごい派手なピンク色の服でスカートも異様に短い。髪は黒く、両サイドを括ってるのですか。こういうの何て言うんでしたっけ? んー、分かりません。
小さなリュックを背負って、手には飲み物であろう缶を持ってます。志半ばで倒れたか。
おそらく東京から逃げたけど食べる物がなく餓死したのでしょうか。
いや。それにしては血色も肌もいい。これはまさか。
試しに手を持ってみます。動脈が動いてる。生きてるのですか。つまりこんな所で寝ていると。常識では考えられませんね。
理由を考えるとすればこの飲み物ですか。お酒、と書いてありますね。ふむ。
酔って寝落ちしたのでしょうか。
「どうやら生きてるようです」
「やっぱり。なら助けないと」
栗香さんが正義感からかそう言います。それに疑問が湧きます。
「なぜですか」
問いかけると彼女は言葉をつまらせました。
助けたいという気持ちはよく分かります。私もできるならば助けた方がいいでしょう。
彼女を助けるのに何が必要か? 当然食料でしょう。貴重な食料を与えるというのは自分達の首を絞めるのも同義。それに半端に施しを与えて結局彼女の結末が同じなら何もしない方がいい。ここには誰もいなかった、そう言い聞かせて先に進む方が利口です。
「お姉ちゃんわたしからもお願い」
雪月さんも懇願してきます。困りましたね。リーダーの私の発言が第一。そう教えたつもりでしたが。この2人には道徳はあるでしょうが、生きる上でもっとも損するタイプでもあります。説得しましょうか。いや、助けてほどほどにして別れたらこの子達も納得するでしょうか。
「ん……」
そうこう考えてる内に地雷少女が目を覚ましました。どうやら選択肢は奪われてしまったようです。
「大丈夫ですか?」
「ふえ? うぉっ!」
地雷少女は私の顔を見るとバッと離れて起き上がりました。見れば見るほど派手な服装でまつ毛も立ってますし、爪も輝いてますし、耳にはピアスでしょうか。肌の艶もいいです。
「お前が曰くの魔女か!」
変なポーズで構えてます。どうやら友好的ではないようです。
「私を知っているのですか?」
すると彼女はハッとした顔をします。
「えーと、えっと。そう! 学校で噂があった! 変な魔女がいるって!」
明らかに取り繕ったような言葉です。
「なのに私の顔を知っていたのですか?」
するとまたしてもハッとしてます。
「そんな白髪お姉さんは日本にはおらん!」
彼女、どうにも胡散臭いですね。私の顔を知っているなら緋色学会の関係者でしょうか。
五竜を殺したことで相手も私を邪魔者と認識した可能性は高いです。だとしても、こんな子を刺客に寄越すでしょうか。
少し思案していると唐突にお腹が鳴ります。それは地雷少女からしました。
彼女は顔を赤くします。
「これは! その! 違う!」
どうにも悪人には見えませんが。いや、騙されるな。それで以前桜姫にいいようにされたのだから。
「お姉ちゃん。あの。ご飯あげてもいい?」
雪月さんが尋ねます。
正直関わりたくないのが本音ですが、逆に言えばこの子から情報を引き出すのも可能かもしれません。私の口車に簡単に乗せられるくらいですから。
「いいでしょう。近くの店にでも入りましょうか」
「行くなんて一言も……!」
また地雷少女のお腹が鳴ります。
「どうしますか?」
「……行く」
そういうわけで丁度近くにあったお店に足を運びます。
店内は洒落たカフェのような店です。木製のテーブルや椅子が並んで何とも景観がいいですね。
適当な席に腰を下ろし娘達も荷物を下ろします。地雷少女も近くに来ましたが手で遮りました。
「あなたは向こうの席でお願いします」
敵か味方か分からない以上、娘の近くにはおけません。地雷少女は私をキッと睨んで来ました。
「別にいいが?」
それでズカズカと歩いてリュックを叩きつけるように置いて座りました。態度悪いな。
「雪月さんと栗香さんは料理をお願いします。ゆっくりで大丈夫です」
そう伝えたら2人は厨房の方へと歩いていきました。これである程度は時間を稼げるでしょう。
さて、彼女と2人きりとなったわけですが、地雷少女は腕を組んで私を睨んでいます。
邪険にされたのが余程気に入らなかったようです。
「すぐに料理を持ってきてくれると思います。少し我慢してください」
「料理なんていいし。これがあるもん」
リュックをガサゴソしてドヤ顔で何かを取り出しました。
……ピストル?
地雷少女はまたしてもハッとしてリュックに投げ入れて別のを出します。今度はさっき持ってたお酒でした。随分と物騒な物をお持ちなようで。
「それで私を殺すつもりだったんですか?」
「し、しないが? 恩人を殺すなんて最低だが?」
「ならどうしてあなたのような幼き子がそんな物を持ってるんですか?」
身近に日本刀持ってる女子生徒もいますけども。
「化物殺すため! 東京にうじゃうじゃいるからないと死ぬもん!」
「なるほど。東京からここに来たのですか」
地雷少女はまたしても失言したという顔をしてます。
嘘やハッタリが苦手なのか、或いは空腹で頭が回っていないのか。どちらにせよ現状は私が有利ですね。
「もう知らん! 何聞かれても答えない!」
プイッとそっぽを向いてます。
「別に住んでる所なんてどこでも問題はないと思いますよ。それとも後ろめたい何かがあるのですか?」
「答えんと言った!」
「ここまで来るのも大変だったでしょう。食料は大丈夫でしたか?」
それでも彼女は何も答えません。さすがに学習しましたか。
そうこうしてる内に厨房から娘が戻ってきました。トレーにはホカホカのおむすびが乗せられています。別のトレーを栗香さんが地雷少女の机に乗せました。
「ど、毒とか入れたんでしょ!?」
変な所は疑ってる様子です。毒入りらしいので私が先に手を合わせて食べました。
おおっと。口の中に何やら風味が。これはツナです。缶詰の具材も使ったのですね。
私は塩むすび派ですが具入りも嫌いではありません。つまり美味しい。
栗香さんと雪月さんも各々と食べ始めましたが地雷少女だけは一向に手を出しません。
「えっと。本当に何も入ってないよ?」
雪月さんがいいます。ツナが入ってますけどね。
「いらないなら私達が食べるけど」
栗香さんも言います。
地雷少女はおむすびを見つめて、またしてもお腹が鳴ります。それで恐る恐る1つ掴んで静かに頬張ります。すると急に泣き始めました。
「だっ、大丈夫!?」
雪月さんの問いに答えず地雷少女は黙々とおむすびを頬張っていきます。
「うまい。うまいんだが?」
もしや彼女はおむすび教? いや騙されるな。単に空腹で何食べても美味しく感じてるだけかもしれない。
これだけ見たら本当に悪い子に見えないのですが、どうしたものか。
「よかった~。おにぎり嫌いなのかもって思っちゃった。わたしは雪月だよ。よろしくね」
雪月さんは疑う素振りもなく愛想を振りまいてる。
「私は栗香。腹が減ってはって言うし好きなだけ食べていいよ」
栗香さんも続けます。娘はもう少し疑って欲しい。
「私は名乗らなくても知ってるようなので割愛します。それで、あなたは?」
地雷少女はおむすびを飲み込むと少し間をあけます。
「ヒナは陽菜葵。それ以上でもそれ以下でもない」
一応自己紹介ができるだけの常識は持ち合わせてるようです。
それで娘は楽しそうに打ち解けてる様子ですが、これって私がおかしいんですかね。
まだ油断はできない。この際、徹底的に彼女を監視します。