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44.目覚め

 次に目を覚ました時は病院の一室でした。誰かに運ばれてベッドの中で眠っていたようです。体を起こそうとすると何やらお腹が重い。まだ傷が完治していない? そんなはずは。


「ん……」


 と思ったら雪月さんが眠っていました。彼女も無事だったようですね。

 それを知れて心底安堵しました。


 少しするとドアが開きます。その先にはノッポがいました。意外な人物だったので少し驚きます。


「目を覚ましたのか」


「何の用ですか」


 正直こいつには良い思い出がないから関わって欲しくない。ノッポは何やら袋を机に置きました。


「ただの飯。その子があんたのそばを離れようとしないから持って来ただけだ」


 私が寝てる間ずっと? それは雪月さんに随分と迷惑をかけたようです。起きたら謝らないといけませんね。


「栗香さんは?」


「周辺に危険がないか偵察に行ってる。まぁ、この辺は安全だろう」


 ノッポがそう言います。窓の外を見るとそこは私の知らない街でした。


「それで、あなたはどうして我が物顔でいるんですか。うちの娘に手を出してませんよね」


 思いっきり睨んでやりました。さすがに怯んだのか一歩下がってます。


「そんな節操ねーよ。俺の恋人はあいつしかいねーから」


 少し哀愁を漂よわせながら言います。ノッポは歩いて窓の方に近付きます。


「あんたに言われて目を覚ましたんだ。どんなに頑張っても、どんなに足掻いてもあいつはもう生き返らないって」


 彼もまた幼い人間だったのかもしれない。或いは研究所の惨劇を見てようやく目を覚ましたのかもしれない。


「あんたの連れから聞いたんだが東京を目指してるんだってな」


「乙女から事情を問い出すなんて嫌われますよ」


「他意はねーよ。別にあんたに付いて行く気もねーし」


 来ると言われても連れて行きませんが。

 ノッポは私の方を向くと何やら投げてきます。慌ててキャッチ。

 これは鍵?


「外に車を停めてある。勝手に使え」


「車なんて運転できませんよ」


「ATだからいけるだろ。どうせ誰も走ってねーし」


 そういうものなのでしょうか。ところでオートマって何?

 それからノッポは机から何かを取り上げます。それは私の父がくれた銃でした。


「弾が空だったから補充しておいた」


 意外と気が利くんですね。しかもわざわざその銃を選んで置いてくれるなんて。


「もう処分されたと思いましたよ」


「こんな古い銃使うなんて形見か何かだろ? でなけりゃこんなオンボロな銃使うはずない」


 よし表に出ろ。栄誉ある一発を食らわせてやる。


「あなたはこれからどうするんですか?」


「さぁな。適当に化物でも狩るさ。このまま死んでも良かったけど、ここで死んだらあいつに会った時胸を張れないからな」


 そうですか。だったら今はあなたを見逃してあげます。


「あんたも目を覚ましたし俺はもう行く。邪魔者らしいからな」


 ノッポはドアの方へと歩いて行きました。


「助けて頂きありがとうございました。あなたは悪い人でしたが根っからの悪人ではなかったようです。ですから、どうかご無事で」


 彼は返答せず手を挙げて去っていきました。この世に悪人はいるけれど、改心できる人もいる。その悪事がどうであれ、今の私にそれを裁く権限はない。私はただの薬師だから。


 ノッポがいなくなって静寂が流れます。心地よい風が窓から吹いてくる。


 そろそろ起きたいんだけど雪月さんが気持ちよさそうに寝てるのを退かすのは気が引ける。

 これは困りました。


「うーん。んー。んんん?」


 雪月さんが半目になんて私の方を見ています。するとパチクリと小さな目を見開きました。


「おねえ、ちゃん?」


「はい。お姉ちゃんですよ。あなたの相棒の魔女です」


「おねえちゃぁぁん!」


 雪月さんが涙ながらにして抱き付いてきます。そんな彼女の頭を優しく撫でました。


「わたし、もう死んだかもって、思って」


「心配かけましたね。でもこの通りピンピンしてます。お姉ちゃんは強いんですよ?」


「もう会えないと思って……パパやママみたいになると思って……怖くて、怖くて」


 彼女を抱き寄せました。きっと私が眠ってる間にこの子は多くの涙を流したでしょう。

 枯れてもなお尽きぬ感情に悩まされたかもしれません。


 だから何も言わずに背中を擦ります。泣き止むまで胸を貸しましょう。

 望むならいつまでも。今回ばかりは私にも非がありますからね。


「雪月さんは、大丈夫ですか?」


 私の心配をしてくれるのは嬉しい。けれど五竜の話した真実を聞いて彼女の精神状態が何より心配だった。雪月さんは私の胸の中で俯きます。


「夢の中で時々見たの。パパとママが誰かから私を守ってるの。すごく、怖くて。何かも、分からなくて。怖いから、辛いから、何も考えないようにしてた。楽しいだけを考えようとした。だったら、少しだけ楽になるから」


 だから私を拠り所にすることで自分を保っていたんですね。健気で優しく、それでいて強い。

 私よりもずっと。この子だけは、この先何があっても守り抜きましょう。

 そう心で誓います。


「雪月さんは両親に会いたいですか?」


「会いたい……。でもね、今はお姉ちゃんに栗姉もいるから。だから、それだけでいいの。お姉ちゃんがいてくれたら、他に何もいらない」


 私の知らぬ内に彼女もまた峠を乗り越えていたのでしょう。


「これで分かってくれたと思いますが、私は死にませんから。雪月さんを置いて逝きません」


「うん……。でももうこんなのやめて」


 私が目を覚まさないだけでも雪月さんとしては心配なようです。これには何と返答しましょうか。さすがに死なないとは言えませんし。


 そしたら丁度部屋の扉が開きました。


「魔女、起きたんだ」


「はい。地獄から舞い戻ってきました」


「はぁ。よかった」


 栗香さんも安堵した様子で息を吐いてます。これは娘に相当心配かけましたね。


「栗香さんも私の胸にきます?」


 今なら誰でも歓迎です。彼女は手を振りました。


「私は遠慮しておく。今は雪月に構ってあげて。本当に魔女を心配してたから」


 皆が言うってこれ相当ですね。これは本当に今後死んだらいけないかもしれない。


「皆は心配し過ぎなのじゃ。吾輩は全く心配してなかったがな」


 ベッドの下からひょっこり姿を見せて来た。一番見たくない顔だ。


「それはかわいそう。誰にも愛されて来なかったんだね」


「それが孤独を背負う者の務めよ。というか君、吾輩の力を使ったんだから契約をじゃな」


「仕方ないな」


「おぉ、ようやくか?」


「油揚げ10個でどう?」


 提案したら見事に悩みだしてた。こいつと契約する気はない。あの時は私も少し気が動転していた。今度からはもっと冷静にならないと。


「そうだ、お姉ちゃん。お腹空いてない?」


 雪月さんが聞いてくれます。不老不死なので空腹はありません。


 でも。


「お腹空きましたね。雪月さんのおむすびが食べたいです」


「一杯作ってくる!」


 そう言ってパタパタと出て行きます。気持ちの切り替えの早さは誰に似たのでしょうか。


 とはいえ、私も少しだけ肩の荷がおりました。私の中のけじけが1つ片が付いたのですから。

 五竜がいなくなったのでこれ以上緋水の被害はでないでしょう。生存者がそもそも少ないでしょうけど。それでも一歩前に進んだと、そう思います。

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