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43.怒り

 何の変哲もない診察室のような部屋。至って静寂。前に通った時は被験者が沢山いましたが今は誰もいない。その意味が私の中にある憎悪が増す。


 すると奥の扉が開いて白衣のじじい、五竜が現れた。奴はコツコツと歩いてこちらを見据える。わざわざ出迎えに来るとはやはり奥の部屋には行かせたくないらしい。


「ただの小娘の集まりと聞いていたが、これは一体どういうことか」


 こいつ自身も緋人が全員殺されると思ってなかったのでしょう。私は銃を構え、栗香さんも刀を構える。


「それに、驚いたな。その髪、その恰好。見覚えがあるぞ」


 五竜は雪月さんの方を見据える。急になんだ?


「まだ生きていたとはな。もう死んだと思ったが」


 相変わらず歩きながら余裕の態度が喋り出す。栗香さんが私に目配せするけど止める。

 こいつは銃弾を避けるだけの力がある。下手な行動は却って危険だ。


「あなたがあの村に緋水を撒いたのですか」


 村に行った時、結局その答えは分からず終いだった。


「研究者としてデータが欲しくなるのは当然だろう。無論あの村を選んだのも理由がある。この世から消えても何ら問題なく、社会に影響を与えないという条件を丁寧に探したのだからな」


 聞いてるだけで虫唾が走る。栗香さんもイラついてる様子ですがこれも相手の罠だ。


「私がこれだけ時間をかけたというのに結果はどうだ? どいつもレベル2以下のゴミしか生まれない。あれだけいながら一切のサンプルが集まらないとは何とも嘆かわしい」


 銃を構えて狙い続ける。奴の雑音を耳に入れるな。


「だがそんな中に優秀な奴がいてな。それがその娘の母だった。母がレベル4だ。無能の集団だと思っていたが原石は残っていた。しかも驚くのはそれだけでない。父もレベル1だというのに、娘に手を出そうとしなかったんだ。これには私も驚いた。そして子を守るようにして我々の前に立ちふさがった。だがね、そんな弱き者を守り切れるはずもない。すぐに母は懇願したよ。娘だけは助けてくれ、と」


 五竜は淡々とそんな過去を話す。雪月さんはというとまるで放心したように動かなくなっている。


「そんな約束を守る気もなかったが、父親の悪あがきで娘にその娘に逃げられてしまってな。無論レベル1のゴミはすぐに処分した。だが母親の方はサンプルとして連れ帰ったよ。何せそこまで適合する人間は滅多にいないからね。だがまぁ、色々試したがあの女がレベル5になることはなかったな」


 こいつは一体何を言ってるのでしょうか。私が馬鹿になったのでしょうか。

 こいつの話す言語がまるで理解できない。脳が全てを拒否している。


「パパとママを、殺したの……?」


「ダメです、雪月さん! 奴と話してはいけない!」


 五竜が盛大に笑いました。


「面白い話をしてやろう。お前の母はいつも娘に会わせてくれとうるさくてな。だから会わせてやったのさ。レベル1の子供の不死者のなぁ! するとどうだ? あの女、発狂して人形みたいになったのさ。せっかくレベル4になったというのに私の役に立とうともしない。まるでクズだった」


「あぁ……あああぁぁぁぁぁぁぁ!!!」


 雪月さんが全てを知ってしまい、或いは全てを思い出してしまったのか、頭を抱えてその場に崩れてしまいました。後ろで泣いてる娘の嗚咽が聞こえる。


 人の薬を勝手に使うから性根が腐ってるとは思いましたが、腐ってるどころか廃棄物ですね。


「栗香さん。雪月さんを連れてここを離れてください」


 この状態の雪月さんをこの場に置くのは危険すぎる。栗香さんは何も言わず頷いて彼女を抱きかかえて出てくれました。2人が出ても五竜が焦る様子はない。あくまで狙いは私ですか。


 私は五竜を殺す。


 いつもの私なら薬を悪用したこいつを許さず、淡々と処理していたでしょう。


 なのに今はどうしてでしょうか。我が子を目の前で泣かされて、沸々と腹の奥が煮え返りそうです。ああ。これが怒りですか。


「よくも、うちの娘を泣かせたな。お前、楽に死ねると思うなよ」


 前の私なら誰かの為に怒るなんて絶対なかった。けどこの衝動は抑えきれない。

 栗香さんがいなくてよかった。きっと私、今とんでもない顔をしてる。


「君1人で何ができる? いいだろう。見てやろう」


 五竜は余裕の態度を貫いてる。もう我慢できない。銃を撃った。


 パパパパパという銃声と共に無数の弾が飛び交う。


 反動がやばい。肩が揺れる。

 今だけの我慢だ。がんばれ、私。


 けれどそんな銃弾を五竜は全て避けていた。おかげで弾は全部後ろの壁に命中しただけ。


「まさかと思うが魔女ともあろう者がそんな物に頼らなければ戦えないのか? さぁもっと神秘を見せてくれ。魔術でも呪術でも奇跡でもいい。この場で示すがいい!」


 魔女に対する偏見はやめろって言いたい。この様子だといくら銃を撃っても無駄そうだ。

 撃つのをやめた。


 さぁどうする? この状況の勝ち筋は奴に薬を飲ませるだけ。でも銃弾を避ける相手にそれは極めて困難。見た目は人間でも中身が緋人なら腕力だってあるはず。

 やはりあの作戦を狙うしかないか。相手は油断している。今がチャンスだ。


 ジリジリと距離を詰めてる素振りを見せつつ、奥の扉へと歩んでいく。

 五竜は私の次の手を待っているようだ。私を生け捕りにしたいのか、それともこいつの性格から私を痛めつけたいだけかもしれない。


 私はポケットから薬を取り出して奴に向かって投げた。


 無論投擲なんて技術もないからあられもない方に飛んで行く。だがそんな薬を五竜はわざわざキャッチした。


「例の秘薬か。こんなもので私が殺せるとでも?」


 五竜が小瓶を握りつぶした。ガラスが割れて液体が零れる。


 そうだね。でもおかげで扉の近くまで来れた。相変わらずロックされてる。


「おい。お前の力なら開けられるだろ。壊せ」


 小声で囁く。相手にはこの狐が見えない。それが唯一の弱点だ。

 ならそれを利用する。


「契約なしでってか? それは吾輩にしても」


「いいからやれ」


「やれやれ。今回だけじゃぞ」


 狐の目が赤く光ると同時に鉄の扉はまるで砂鉄のように塵と化した。それにはさすがの研究者様も驚いたようだ。


 お前の相手はしない。私が向かうべき先は。


 ホルマリン漬けにされた部屋だ。無数の人がいるが、きっと一番奥。

 私は走った。あれだ。無駄に仰々しく大きなのがある。


 だけど背後から風を切る音がした。


 同時に私は床に倒れていた。


「あまり勝手はするなよ、魔女」


 頭を押さえつけられて身動きができない。よほど大事なんだね。でもね、お前は馬鹿だ。

 だって頭じゃなくて腕を抑えるべきだったんだから。


 位置は覚えた。なら銃を撃つ。


 何も見えないけど周囲でガラスが割れていく音が響き渡る。


「やっ、やめろ!」


 ひねくれものの私にそれは禁句。やめるわけない。


 銃を撃ち続けた。薬品漬けにされた人が倒れていく音がする。

 五竜は私を無視して消えた。


 立ち上がったらあいつは小さくて緋色の化物を抱きかかえていた。

 その小さな緋人は微かに動いてるけど暴れる様子もない。寿命が近いのでしょう。


 そしてその緋人は少しして息を引き取った。


 五竜はその緋人をそっと床に寝かせた。


「よくも。よくもやってくれたな。お前はとんでもないことをした」


「それはお前だよ。一体どれだけの人間を殺した? どれだけ無実の人を犠牲にした? その人達に家族がいるってどうして分からなかった?」


 銃を突き付ける。


「この子の命に比べれば貴様らの命など何の価値もない。魔女、貴様だけは絶対に許さんぞ」


 五竜は怒りに震えて白衣を脱ぎ棄てた。その腕は、緋色に染まり、顔の表皮も剥がれて赤く染まる。ようやく化物らしくなってきたじゃないですか。


「貴様は未来永劫、地獄を見せ続けてやる! 死ね!」


 五竜の姿は消えて脳が処理した時には眼前に来ていた。


 思考した時に腹部に痛みが。


 どうやら腹を手で貫かれたようです。


 この出血は助からないかもしれません。


 でも、それでいい。私の狙い通りだ。


 右手を奴の口にめがけて突っ込んだ。奴も一瞬何が起こったか理解できなかったでしょう。


 もう遅い。


「がっ。しまっ、た。薬が……」


 普段のこいつならこんな失態はしなかったでしょう。


 でも怒りに身を任せた人間というのは、普段の思考力の半分以上低下するそうです。

 大切な人が奪われて冷静でいられる人なんてこの世にいない。


 私を殺したいほど憎ませたら接近すると思った。その瞬間をずっと待ってた。


 五竜は私の腹から腕を抜いた。


 っ……。


 これは、死ぬな。意識が朦朧としてきた。


「この、私が。これなら、総理の言う通りに……」


 五竜が何やら言ってるのが聞こえましたが。


 ああ、駄目だ。


 もう眠い。今日は頑張った。だから少し休ませてもらいます。

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