表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
42/68

42.勇気

 娘達と再会を果たして反撃開始と行きたい所ですが問題は目の前の扉が開かないということ。この先に五竜がいるというのに何とも歯がゆい。普通ならこの混乱に乗じて脱出すればいいんだろうけど、私の開発した薬を好き勝手にしたあいつだけは絶対に許せない。


「私は五竜を殺害するつもりです。その為に危険を承知で先へ進みます」


 本当なら雪月さんと栗香さんを今すぐ地上へ追い返したい所ですが、こんな危ない所にまでやってくる馬鹿娘なので言っても聞かないでしょう。


「お姉ちゃんとは離れない。一緒に行く」


「魔女1人だと心配だしね」


 やはり否応でも来るようです。説得する時間も惜しい。ならここは娘にも協力してもらいましょう。


「雪月さん。あの薬はありますか?」


 雪月さんは袴から例の薬を沢山取り出してくれました。さすがに危険な場所だと判断したみたいで2人共荷物は置いて来たようです。私は薬を受け取ってポケットに入れました。

 これで勝ち筋が1つできた。問題はこの扉か。


「この扉を開けたいのですが何か名案はありますか?」


 難問のようで2人もうーんと唸ってしまいます。中に入るにはパスワードが必要ですしおそらく関係者しか知らない。闇雲に試すには博打だし、ノッポを起こして頼むのもありだけどあいつが協力するとも思えない。どうしたものか。


「電気を落とせば開いたりしませんかね」


 この扉のロックもおそらく電気で動いてる。ならどこかにあるブレーカーを落とせば可能性はあるだろうか。


「多分難しいと思う。こういう大きな施設だと非常時用の電力装置があるかもしれないし、この扉も電気が止まったら自動ロックがかかるかもしれない」


 栗香さんが補足してくれます。こういう時、現代人がいてくれるのは助かりますね。

 振り出しに戻ってしまったのですがここでずっと悩んでる暇もありません。

 何か方法は……。


「あれ!」


 雪月さんが天井に向かって指さします。見上げたらそこには通気口がありました。

 なるほど、通気口なら扉を介入せずに中に入れるかもしれません。それに中からなら自由に開けられるかもしれません。


 問題は通気口の穴が小さく小柄な人でも入れるかぎりぎりという点です。雪月さんなら入れるかもしれませんが……。


「お姉ちゃん。私が行ってくる」


 そう言ってくれるのは嬉しいのですが彼女を1人で行動させるのは危険もあります。

 何よりこんな汚い所にこんな清楚な子を入れるという事実が私の美学に反します。

 でも他に方法ないし……。むー、仕方ありません。


「分かりました。お願いします」


「うん! 任せて!」


 雪月さんを肩車して通気口へと近づけます。彼女は手を伸ばして何とか上りました。そのままスルスルと入ってしまいます。全部終わったらあの服を洗ってあげよう。


 残された私達ですがこのまま動くこともできません。彼女の動きを待つだけですが。


『随分とお喋りが好きなようだな』


 この声は五竜。


『まさか気付いていないと思っていたか? お前の脱走も、研究所に侵入したのも全て知っている』


 想定はしていましたが全部バレバレでしたか。


『非常に残念だよ。君なら私の崇高な研究を理解できると思ったのだがな』


「生憎人体実験は専門外なので資料を見てもさっぱりでしたね」


『進化、革新、変化は常人に理解できぬもの。それなくして進歩などあるはずもなかろう』


「失敗作を切り捨てておいてどの口が言いますか」


『淘汰など自然において極普通な出来事だ。弱者は死に、強者が生きる。それが摂理だろう』


 イカれた人間はイカれた倫理をお持ちなようで。これ以上話しても無駄ですね。


『君には期待していたが所詮は人間か。まぁいい。ならば予定通り君の体を解剖してやろう』


 その言葉と同時に一部の扉が勝手に開きます。そこから緋人が出てきます。

 施設内で動物の放し飼いなんてやめてくれませんかね。


『逃げるなどと思わない事だ。最早君達は袋の鼠。死体はじき回収させてもらうとしよう』


 どうやら既に退路は奪われてるようですね。どの道逃げるなんて選択をするつもりはありませんけど。


 緋人は部屋からワラワラ出てきます。あいつどれだけ犠牲者を生み出したんだ。

 だけど怒りに震えてる場合じゃない。栗香さんを見る。

 彼女は日本刀を構えていますが手が震えています。訓練したりアドバイスをしたとはいえ、恐怖を克服するにはあまりに足りない。とはいえ逃げることも許されない。

 私が捨て身になって彼女を助ける方法もありますが、それは五竜の思惑通り。


 私は栗香さんの手を握りました。微かに震える彼女の手はあまりに冷たかった。

 彼女は驚いて私の方を見ます。


「栗香さん。あれはもう人ではありません。人だった何かです」


 だから斬っていいなんて言ってもきっと彼女の胸には響かない。

 さらに手を強く握る。


「それでもあなたの中に罪悪感や罪の意識に苛まれるならそれは全て私の責任です。子供の罪は親が背負うものなんですよ。だからあなたが悩む必要なんてない。それは全部私が背負います」


 強く強く手を握りました。きっと彼女の心では恐ろしいまでに葛藤があるのでしょう。

 私にはその心まで見えない。でも寄りそうことはできる。


 栗香さんは少し目を丸くしていましたが、すぐに微笑みます。手の震えは収まっていました。


「なに格好つけてんの。子供の罪は子供にも責任あるでしょ。でも、ありがとう。少しだけ肩の荷がおりた。やっぱり魔女って私の親かも」


 その口調はいつもの栗香さんでした。彼女は私の手を優しく払って前に出ます。

 そして刀を納刀しました。あまりに無防備に見えましたが左手は鞘に添えている。


「ぐおあぁぁぁっ!」


 緋人の一体が彼女に気付いて走り出します。それでも栗香さんは慌てる様子はなくジッと相手を見つめています。刀を抜く様子もない。


 緋人が近い。


 まだ抜かない。


 もう目の前だ。


 ――刹那


 私には何も見えなかった。


 気付けば彼女は刀を虚空へと振っていた。


 同時に緋人も態勢が崩れてる。足が切断されていた。


 相手も斬られたのが理解できなかったようで叫ぶこともなく、その場に崩れた。


「驚きました」


 一流の剣豪の剣閃は見えないと言いますが本当だった。


 その昔、何故武士が恐れられていたのか。それは圧倒的なまでの実力があったから。

 鉄砲が流行るまでその存在は圧倒的だったという。そんなの迷信だと思いましたが、今の彼女を見たら本当だったのかもしれません。


 栗香さんの資質は何となく分かっていましたが、ここまでとは。これはとんでもない拾い子だったかもしれません。


 薬を取り出して倒れた緋人に飲ませます。まず一体。

 でも今の騒動で周囲の緋人が気付いたようです。


 けれど栗香さんは慌てる様子なく深呼吸しています。


「魔女には手出しさせない」


 娘の頼もしすぎる背中に感極まりそうです。


 それから緋人が多数押し寄せてきましたが彼女は幼児をあしらうように次々と捌いていきます。明らかに死角とも思える攻撃すらも避けている。


 そもそも、武士って1対1の戦いより複数の戦いの方が得意だったとか。

 実際争いが起きたら複数相手なんて日常だろうし、賊も1人じゃないことも多い。

 だから対複数戦を熟知している。それが武士。


 いやいや。栗香さんまだ女子高生ですよね? そんな武士道精神あります?

 あっても女の子の彼女に本来の武士みたいな動きができるのでしょうか。


 でも実際動いてる。もはや彼女の刀の動きはまるで見えない。

 刃先が下にあると思ったら上に移動してるし、あの刀が生きてると言われても驚きません。


 おかげで彼女の前には死体の山ならぬ緋人の山が完成しました。全員再生するのでしょうが留めを刺すのが私の役目。薬を出し惜しみなく使って飲ませました。


「お疲れ様です。すごかったですね」


 労うように声をかけます。返り血すら浴びてないのに驚きますね。


「自分でもよく分からない。でもすごく体が軽かった」


 どうやら彼女の中の恐怖も克服できたようです。やはり子供の成長は早い。


 そうこうしてる内に扉も開きました。


「お姉ちゃん! って、なになに?」


 雪月さんが出て来ようとしたので慌てて目を塞ぎます。さすがにこの惨状は見せられません。


 私は奥の部屋へと歩いて行きました。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ