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4.翻訳

 一日の大半は退屈だ。何せやることが薬を作るか山を探索するしかないから。家には電気も水も通ってない。文明機器なんてもっての他。公共料金を払おうものならそれこそ国から怪しまれる。戸籍もなくなってると思う。


「暇じゃー。おい、魔女よ。暇すぎるぞ」


 家でごろごろしてる私の隣にはいつもこの変な狐がウロチョロしてる。口を開けばうるさいだけなので大半は無視してる。

 相手をされないと分かったのか家の壁をすり抜けて出て行った。霊的な存在だから物質を貫通できるのか。こいつの存在は本当によく分からない。そのまま帰って来なければいいのに。


 コンコンコン


 おっと。まさかの来客が?

 身体を起こすのだ。服もちゃんと着るのだ。そして営業スマイルを忘れるな。

 よし。


「らっしゃませー」


 なんかうまく声が出なかった。人と話す機会がないから偶に言葉を忘れる。


 扉の前には髪の毛をブロンドカラーに染めたクルクルパーマなお姉さんが立ってる。ロングコートを身に纏って高そうなバッグもさげてる。なんとまぁ、その恰好で山を登ったんですか。


「あったあった! 本当にあったわ!」


 お姉さんは満面の笑みを作って嬉しそうにしてる。笑顔が眩しい。引きこもりには直視できない輝きだ。キラリンとでも呼ぼう。


「あなたは店員さん?」


「いいえ。私が店主」


「魔女って聞いたからもっとお歳を召した方かと思ってました」


 それはごもっとも。実年齢は軽く100を超えてるって言っても多分信じないだろうな。


「何かお薬をお求めで?」


 ここに来る客というのは世に出回ってない。それこそ人には到底作りえない薬を求めてやってくる。それも相当な覚悟と運を持って。だからキラリンみたいな人でも訳があるのは確か。


「はい。ここまで苦労して来ましたからあなたを信じて話します。ここには動物の言葉が分かる薬はありますか?」


「ありますよ」


「本当!?」


 顔が近い近い。私の生気を奪おうとするな。こっちは既に悪霊から奪われてるんだから。


「薬屋ですから」


 寧ろ動物語の理解なんて他の客が求めて来たのに比べれば簡単な部類。

 キラリンは歓喜の声をグッと我慢してる様子。


「動物の言葉を知りたいなんてペットでも飼ってるんですか?」


 そしたらキラリンはポケットから電気機器を取り出した。この前に来た女子学生が持ってたのと似た奴だ。

 それで画面にポメラニアンと三毛猫が寄り添って寝てる写真を見せてくれる。

 どっちも毛並みがふわふわでとっても綺麗。余程飼い主から大切にされてきたかが分かる。


「かわいい」


 とりあえずそう言っておこう。興味なくても興味ある振りをする。これ鉄則。


「でしょ!? この子達は本当にいい子でね。私が家に帰るといつも出迎えてくれて餌の時も尻尾を振って本当にかわいいの! 友達を家に招いたら膝の上にまで行ってお利口でね~」


 まるで孫を可愛がるような溺愛っぷり。こういう時は適当に相槌を打っておけばいい。

 そうなんですね、すごい、やばーって我ながら語彙力の喪失を感じる。


「可愛くて可愛くて本当に仕方ないの。だからこの子達が何考えてる知りたくてね。それでどんな薬でも売ってくれる魔女の家があるって子耳を挟んで半信半疑で来たけど本当にあってよかったぁ」


 それだけの為にあるかも分からない所に来るなんて行動力すごいな。いいや、この人にとってはそれだけの為じゃないんだろうけど。それだけペットを家族同然に思ってる証拠かもしれない。


 だったら尚更。


「正直おすすめしません」


「え?」


「確かに動物の言葉を理解できる薬はあります。でもそれを飲んで以前のように接せられる保証はできませんから」


「私はあの子達が何を思っていても見捨てない! ただ何を考えてるか知りたいだけなの!」


 多分そうなんだろうね。好きで愛してるからこそ何を伝えたいか知りたい。もっと深く接したいって。


「この薬は言葉を理解できるだけで通訳するものではありません。だからあなたの言葉は相手に伝わりませんよ?」


「それでも構いません」


 キラリンの意思は固い。これは困る。


「当然ですがあなたが飼ってるペット以外の動物の言葉も聞こえるようになりますよ。動物園の動物、牧場の家畜、はたまた道端にいる鴉や野良猫の言葉も聞こえます」


 今を生きるのに必死な野生動物ほどその心は醜いし、人間に対する恨み言を叫んでる動物も多いと思う。そんなのを毎日聞けばどうなるか日の目を見るより明らかだ。


「だったら外を出歩く時は耳栓をします。テレビや動画も見るのをやめます」


 そこまでして? いや違うか。この人にとってそれだけペットのポメラニアンと三毛猫を愛してる証拠なんだろう。だから私を頼るまでの覚悟もあった。多分私が薬を売らない限り何を言っても分かってくれないと思う。


「本当にいいんですね?」


「はい。どんな結果になっても魔女さんを恨んだりしません」


 だったら私にできるのは薬を売るだけだ。正直売りたくはないけど、適当な薬を売ったらこの人は何度でもやってくると思う。家の周りをうろうろされるのも嫌だし仕方ない。


「お会計500円になります」


 そしたらキラリンは1万円札を置いた。また紙幣の人が変わってる。


「おつりはいいわ。ありがとね」


 キラリンは薬を取って早々に出て行った。鼻歌混じりに帰ってるのが中に居ても聞こえる。

 これでよかったんだろうか。


「ふむ。随分と引き止めていたようじゃな」


 いつのまにか戻ってきて薬品棚の上に座ってた。棚ひっくり返したら全部弁償させるからな。


「そりゃそうでしょ。万が一ってあるし」


 基本的には客の要望は聞く。でも全部が全部いい結果になるとは限らない。もしも悪い結果になったら被害を受けるのは私だ。魔女の家の薬を飲んだからこうなった、あの魔女に唆されて買ってしまっただの言われてはただでさえ肩身の狭い立場がさらにしぼんでしまう。


「それにずっと一緒にいる人間ほど相手の悪い部分を知ってるものだと思うよ。些細な行動で悪態をつくことだってある」


 こいつと会って1年にも満たないがそれでもこいつの悪い所を10あげろと言われたらすぐに言える自信がある。それだけ時間を共にするというのは良くも悪くもある。言語という壁があったからこそ分かり合えていたのではなかろうか。


「それは人間に限っての話じゃろう? 君は知らぬかもしれぬが動物というのはとても義理堅い生物じゃよ。昔人間の罠にかかったニホンオオカミをきまぐれで助けたらそれからは吾輩の窮地を助けてくれるようになったんじゃ」


 お前いつも窮地に立たされてるよね。


「鴉という生物は知っておるか? あやつらは賢くてな。自分に利のある人間には恩を売り、害を成すなら集団で報復するのじゃ。あの女の様子じゃと犬も猫も大事にしてるじゃろう。そこに人間のような邪さはないと思うがな」


「なに? 随分と人の肩を持つんだね。妖怪の癖して」


 安楽死しようとした男も改心させようとしてたしこいつは本当に妖怪なのか?

 寧ろ人が死んで喜ぶ側だろうに。それとも狐だから動物に思い入れでもあるのか。


「最近の妖界(あやかしかい)では人を殺すのは結構危うくとな。人間は仲間の死をすぐに伝達する故に吾輩らも大変なんじゃよ。じゃから最近は穏便に小さな嫌がらせ程度に留めておくか、他殺に見えるような完璧な状況以外は禁忌なんじゃよ」


 開幕殺しにかかってきた奴が何を言ってるのやら。大体その最近まで封印されてた奴の最近って一体いつの話になるんだよって。


「はぁ。別にもうなんでもいい。私に被害がないならそれに越したことはない」


 愛も幸せも私には無縁の産物だ。

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