39.研究①
私は自分の仮説を確かめる為に戦車の後を追うことにしました。この道は大変危険になる可能性があるので雪月さんと栗香さんとは別行動です。
2人は猛反対しましたが今回ばかりは承諾できません。
それから公道を走る戦車を追い続けました。幸い、スピードはそんなに出ていなかったので私でも追跡は可能でした。戦車は街の方へと戻っていき、特に止まる様子もなく走り続けます。そしてオフィス街のような所までやってくると戦車がビルの中へと消えていきます。
そうっと後を追うとビルの下が駐車場のなっているようです。近くの柱に隠れて様子を伺っていましたが物音は聞こえません。戦車は停まったのでしょうか。
「何者だ」
背中に固い鉄の物体を押し付けられてます。チラッと振り返ると迷彩服を着て顔をガスマスクで隠した奴が大きな銃を手に持っていました。声からして男か?
どう返答したものか迷っていると、次第に相手は私の顔をマジマジと見てきます。
「お前は……!」
すると男は懐から何やら黒い物体を取り出してぶつぶつ言い出します。無線機か何かか?
言い終えると私に再度銃を突きつけます。
「ついて来い。不審な真似をすれば殺す」
そんな脅し何の意味もありませんけどね。それにこの様子ですと私の勘は当たりのようです。
男に連行され地下の駐車場へと足を運びます。そこには戦車がいくつも待機していました。こんなに武装して何と戦うつもりなんでしょうね。
それで奥にガラス戸がありその中に入ります。目の前に鉄の扉があるだけでしたが男がボタンを押すと開きます。中は四角い箱のように見えます。考えてる暇もなく無理矢理押し込まれて男は再度ボタンを押します。扉が閉まるとこの箱は動いてるようです。
よく見たらボタンには数字がいくつも書かれており、階層を表してるのでしょうか?
便利なものですね。
扉が開くと銃で無理矢理押されて通路に出ます。鉄でできた廊下と明かりがあるだけの無味乾燥な場所。所々に扉が点在していますがどこも赤いランプが点灯しています。以前学園で行った研究錬に似ています。
「やはりここは研究所ですね」
「お前は黙ってついて来い」
男はイラついた様子で銃を押し付けてきます。乙女にその態度ひどいですよ。
「それにその声、聞き覚えありますね。あなた、私の薬屋に来ましたよね?」
最初はガスマスクのせいではっきり分かりませんでしたがこうも口を開けばさすがに気付く。こいつはノッポ君だ。恋人の死を悲しんで記憶が蘇る薬を買った客。
男は一瞬立ち止まって驚いた様子を見せます。しかしすぐに銃を構えます。
「余計な口は開くな。でなければ殺す」
随分と殺意がおありのようで。どうやら裏切者は1人ではなく、2人でしたか。元々彼は怪しかったとはいえ本当に緋色学会に入会していたとは。おまけに軍隊という私が一番嫌いな組織にまで入団してるときた。一生仲良くできそうにもない。
それから通路を歩き続けていましたが人とすれ違うことはありませんでした。やはり人員不足ですか?
「止まれ」
ノッポ君、いいやガスマスクでいいや。に言われて足を止めます。目の前にはやはり扉。赤いランプが点灯してるのでこのままでは入れないのでしょう。ガスマスクは扉横のボタンを叩くと、何やら声が聞こえボソボソと呟くとランプが緑に切り替わり開きました。
「嫌だ。やめてくれ。助けてくれぇぇぇ!」
「慈悲を。慈悲を!」
「俺が悪かった。だから許してください!」
「神よ。我々をお救いください……」
入った瞬間、阿鼻叫喚とも言える悲鳴が耳に纏わりつく。
実験室のような場所で診察台に何人者人間が縛り付けられている。中には体色が緋色に変わっていて緋人になりかけている人もいる。見るにはあまりに耐えない光景だ。
ガスマスクは特に感慨もなく私を奥へと歩かせていく。先にはまた鉄の扉がありそこのロックも解除する。奥の部屋は先程打って変わり静かだった。部屋には無数のホルマリン漬けにされた人間がいる。見た所、緋人にはなっていないようですが……。
部屋の奥には猫背の白衣を着た白髪の男が機械を操作しています。大量の画面には細胞やら検査記録などのデータが表示されている。けれどそんなことがどうでもいいくらい、嫌悪感が出て来る。
「五竜」
ポツリと呟いた。その言葉に反応したのか男が振り返る。丸い眼鏡に手入れもされてない顔、目付きは異様に悪く、見てるだけで反吐が出そうになる。
五竜は物珍しそうに何度も眼鏡の位置を正してる。
「おぉ。おぉ! まさか本物とは!」
顔が顔なら声も酷かった。耳栓をしておけばよかった。
「街をうろついていたので捕らえました」
ガスマスクが淡々と答える。
「素晴らしい! 実に素晴らしい! これで我が研究も! おぉ!」
どうやらイカれた研究をしてるだけあって、研究者も相当キチガイらしい。
さて。私の予想は見事に的中してしまった。地上にいた緋人の群れと戦車。いくら都心近くとはいえあれだけの緋人がいるのは不可解です。偶然の可能性はあるものの、それでも固まって行動しているのはおかしい。
その説としてどこかに研究所があり、地上に緋人を放出しているのではないかと考えました。緋人の研究をしているならば、研究段階で化物になる可能性がある。おまけに不死で殺すのも面倒なはず。ならば地上に逃がして放置した方がマシという考えでしょう。
戦車で警戒しているのは万が一の為の防御手段。もっとも研究所は地下にあるのでここもある程度安全でしょうけど。
雪月さんと栗香さんを置いて正解でした。こんな所にあの2人を連れてたらどうなっていたか。
五竜は未だに歓喜していてペラペラ喋っています。そんな奴の言葉に耳を貸すほど私は素直ではありません。
ポケットに手を入れます。今の手持ちは拳銃とナイフと緋人を殺す薬が3つ。
相手が油断してる今が最大のチャンスでしょう。丁度銃弾は2発ある。
五竜とガスマスクに命中させる。おそらく緋水の影響で緋人になると思いますが、化物になれば理性が落ちるので隙ができます。なら薬を飲ませて私の勝ちです。
ガスマスクはこっちを見ていない。半歩下がる。よし、ここならすぐに気付けない。
五竜を先に撃って、すぐにこいつも撃つ。私ならできる。行くぞ。
さっと銃を取り出して構えた。それを見た五竜の表情が一瞬曇る。
迷わない。引く。
バァンと音が響いて銃弾が飛んだ。けどその先に五竜はいなかった。
避けた!?
まずい。すぐにガスマスクを。
音に気付いて振り返ってる。銃口を向けたけど私の腕を掴まれた。駄目だ、照準が……。
引き金を引いたけど銃弾は天井に飛んで不発に終わる。
どうする? いや、まだ勝機があるはず。
けれど思考しているとガスマスクが大きな銃を掲げてそれを私の頭に叩きつけた。
意識が、途切れる……。




