37.提案
栗香さんの訓練も無事終わり旅の再開です。なんですけど私はさっきの戦闘で負傷したせいで歩くので精一杯です。
「お姉ちゃん大丈夫? 休む?」
「魔女、肩貸そうか?」
娘2人に心配されて私は幸せ者ですね。本当ならその提案に乗りたい所なのですが……。
チラリと道路の方を見ます。どういうわけか道路には無数のタイヤ痕があるんです。
この街を暴走していた輩がいるのか。緋人に追われていたならば尋常でないスピードを出してもおかしくはないですが。
タイヤ痕は旅先へと続いてます。これが意味するのは何か。
すると急に街の奥から爆音が響き渡りました。離れていても分かるほど黒い硝煙が舞い上がっています。どうやら物騒な人間がいるようです。
「一旦あのビルへ身を隠しましょう」
近くのビルへと入って階段をあがっていきます。ご老体には厳しかったですが何とか上の方まで来たのでそのまま廊下を進むとオフィスがあったのでそこに入らせてもらいます。
ガラス窓になってる端の方へ行って先程の爆音の方へと目を向けます。今だに黒い煙は上がったままですが、ここからでは遠くて何が起こってるか分かりません。
すると栗香さんがバックパックを下ろして中から双眼鏡を取り出しました。用意周到ですね。彼女はそれで遠くを観察します。
「何か見えましたか?」
「建物が多くて何も……。あ! 戦車が走ってる!」
戦車。つまり軍隊がここにいるのですか。道路のタイヤ痕もおそらくそれが原因ですね。
「魔女、ラッキーだね。自衛隊がいるならきっと助けてくれる」
栗香さんが嬉しそうに話します。そういえば軍隊はあれから心を入れ替えたのでしたね。
けれど私の経験では軍は信用できないものですから彼女の言葉には同意できません。
「体が痛むものですから今日はここで休みましょう」
「え~。それなら尚更自衛隊と合流した方がいいんじゃない?」
「軍がいるというなら緋人もいるはずです。あの煙も今も交戦している証拠でしょう。この状態で緋人と遭遇すれば私は足を引っ張るので完治してからの方がいいです」
「そっか。分かった。勝手について来た身だからわがままは言わない」
栗香さんも納得してくれて何よりです。本音を言うなら考える時間が欲しかっただけですが。
「雪月さんもいいですか?」
彼女もコクリと頷いてくれます。
※
それから時間が過ぎ、外を観察し続けていましたが軍隊が動く気配はありませんでした。
部屋では雪月さんが形代を作っていて、栗香さんは隅で日本刀を振っています。どちらも時間を無駄にせず優秀です。どこかの魔女とは大違いですね。
「随分と考えてるようじゃな」
近くの椅子に座っている狐が私に問いかけてくる。
「そりゃあね。色々と疑問があるから」
いくら都心とはいえ首都でも大都市でもないここに軍が来るのだろうか。仮に栗香さんの言う通り相手が善意で動いていたとしたらここより守るべき場所があるはず。東京とかね。
ペコリーマンの話から東京にはまだ生き残りがいるみたいだし、貴重な軍をこんな所に派遣するだろうか?
そこから考えられる説はそもそも戦車を動かしてるのは軍隊じゃない説。それならここを徘徊しててもおかしくない。同時に私達にとっても不都合のある可能性もある。
もう1つの説は逃げた桜姫が何か手を打った説。あの女が緋色学会と繋がりがあったなら、政府と関わりもあって軍を動かす力がないとも言い切れない。
どちらにせよ、私達にとって不利となる可能性が多い。情報が少ない今、無闇に接触を図るのは危険でしょう。
前にこの狐が言ったように同行者が増えて危険も増えている。既に私の頭の中で最悪のケースがいくつかある。そうならないようにどうすべきか。
振り返って手を叩きました。2人の注目を浴びます。
「少し話があります。集まってくれますか?」
すると雪月さんと栗香さんが作業を中断して近くに来てくれました。
「これから話す内容はあまり良い内容ではないです。それでも2人に少しでも生きられるよう可能性を高めたいんです。聞いてくれますか?」
彼女達は黙って頷いてくれました。
「以前話した通り私は不老不死です。どんなに傷を負っても死にませんし、病気に悩まされる心配もありません」
「それってあいつらとはまた違うの?」
栗香さんが首を傾げて指摘してくれます。いい質問です。
「はい、違います。緋人は寿命に勝てないですが私はそもそも老いすらないので寿命で死ぬこともありません。完全なる不死です」
こんなこと急に言われても信じられる人はいないでしょうが、短い間とはいえ私と同行したならその異変に察するでしょう。2人は黙って聞いてくれます。
「不老不死と言えば聞こえはいいですが、痛みはありますし関節を潰されたら手足を動かせなくなります。今の所感情もあるので人間と言えば、人間ですね」
その感情も希薄になっていますがこれは不老不死の影響というより、私という人格の影響が大きいでしょうけど。
「その辺はいいんですが、死んだ後が少し面倒でして、死ぬほどの致命傷を受けたら暫く目を覚まさなくなります。どれくらいかは損傷具合にもよりますが大体1週間から長ければ1ヵ月は目を覚ましません」
ここまで説明したら勘のいい彼女達なら私の言いたいことが分かるでしょう。
「私は雪月さんも栗香さんも信頼しています。けれど時には残酷な選択も必要になるでしょう。私が死にそうになった時は容赦なく見捨ててください。どうせその内目を覚ましますので。なのでほとぼりが冷めてから私の死んだ場所に戻ってきてくれたらそれで問題ありません。戻れない場合は近くの住宅や店などで時間を潰してくれると助かります」
きっと優しい彼女達なら私が窮地に陥ると迷わず助けに来るでしょう。けれどそれが悪手になる時もある。私1人の犠牲で切り抜けられるなら絶対その方がいい。
事実、どちらも私の話を聞いて躊躇うように俯いてしまいました。
「無論そうならないように善処はしますが最悪の想定は常にしていてください。この先、何が起こるか分かりませんので」
年端のいかぬ少女にその選択ができるかは怪しいです。けれど私がこれを説明したという事実が重要です。この事実があれば彼女達の中にある選択肢が1つ増えたのですから。
すると栗香さんが恐る恐る手をあげました。
「なんでしょう?」
「そんな大事な話、私に言ってよかったの?」
栗香さんは今も自分が裏切る可能性を考慮しているようです。私もその点は考えました。
けれど彼女はきっとその選択をしない。
「栗香さんは誰かを思いやる気持ちがありますから敵に情報を流すとは思えませんね。信用してますよ?」
そう言ったら恥ずかしそうに視線を外してもじもじしてます。そういう所です。
「お姉ちゃん、わたし」
正直雪月さんにこの話をするのは躊躇いました。というか言ってもこの子ならその選択は絶対できないと確信に近い思いがあったから。
この子の場合、私を見捨てるくらいなら一緒に死ぬと言い出すかもしれない。私の命が1つしかないならそれはきっと喜ぶかもしれませんが、生き返った先に彼女の死体が転がっていたらきっと私は立ち直れなくなる。
「何を心配しておるか知らんが吾輩はこやつの傍を離れられん。本当に死んだなら吾輩は自由の身になるからな。気になるなら吾輩を見ればよい。さすれば魔女の安否も分かるじゃろう」
狐が雪月さんに向かって言った。確かにそれは盲点だった。
「珍しく良いこと言うね。また詐欺か?」
「吾輩の契約主は君しかいない故に。そこに虚偽はありはせんよ。なんならここから飛び降りたらどうじゃ? 百聞は一見に如かず、実際に死ねば皆納得するじゃろう」
お前はもう少し私の命を重く見ろ。
「雪月さん。すぐに考えを改めろとは言いません。ただそういう状況が起こる可能性を考えて欲しかったんです」
「大丈夫だよ。私の魔女のお姉ちゃんを信じるから。だから信じる」
こんな提案すらも受け入れるなんてやっぱり彼女は大人びている。もっともそれを選択できるかは実際起こらなければ分かりませんけれど。
あなた達が立派に成長するのをただ願っています。