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35.信頼

 街中を歩き続けて早数時間。

 娘が2人に増えて楽しい旅の始まり、そう思っていたのですがここで悲しい問題が発生します。私の目がおかしくなったのでしょうか。娘との距離がどんどん離れ、豆粒のように小さく。これはおかしい。


 栗香さんはあんな大きな荷物を背負っていますし、雪月さんも私の鞄を持っています。

 かくいう私はほぼ手ぶら同然。なのに何故私が一番遅いんですか?

 これも緋色学会の陰謀ですか?


 遠くで2人が何やら会話してるのが見えます。遠すぎて内容までは聞き取れません。

 でも何となく内容は分かります。


『え? 魔女遅くない?』

『仕方ないよ。だってもうおばあちゃんだから』

『うっそ。それで私にあれだけ講釈垂れてたんだ。なんか引いた』

『私のおばあちゃんが迷惑かけてごめんなさい』


 とかこんな会話ですよ、絶対。ほらほら雪月さんお辞儀したもん!

 はぁ、終わった。今度こそおばあちゃん認定されちゃう。


「やれやれ。まるで家族旅行だな」


 こんなおばあちゃんのそばには陰気な狐しか寄り付かないらしい。


「同行者が増えるというのは君に対するリスクも増えるというのは分かっておるのか?」


 こいつは一々楽しい一時に水を差さないと気が済まないらしい。さすがは妖怪様だ。


「今はたまたま苦難を乗り越えられているがこの先はそう簡単にはいかぬと思うぞ」


「お前にはたまたまにしか見えないんだね。それは心外だ」


「あの女の実力からして緋色学会はまだ奥の手もあるのじゃろう。そのような場にあのような無垢な少女を連れる意味を理解してないわけではなかろう?」


「……分かってる。でも私だけでも難しいのも確かだよ。それにあの2人はお前が思うより強い」


「君も本当に強情というか頑固じゃな。君の言葉1つであの子らも救えるなら安いものだと思うが?」


 きっとそうなんだろう。けれどその先に何が待つか不透明な内に承諾はできない。

 私は確証がないのは信用しない。


「そうそう。家族の中にお前は含まれてないから」


 やれやれと溜息を吐いてたけど、このやりとりもいつものお約束だ。こいつ自身も分かって言ってるのだろう。


 とりあえず2人を待たせるわけにもいかないので頑張って走る。

 はーしんどいー。おばあちゃん疲れるー。癒しの自転車ちゃんはどこじゃー。

 とか考えてたら追いつけました。


「結構歩きましたし、そろそろ休憩にしますか」


「私は平気だよ。走り込みもしてたし体力には自信あるから」


「わたしも全然平気!」


 う。これじゃあまるで私が疲れて提案したみたじゃないですか。

 善意のつもりがおばあちゃんまっしぐら。


「ならこのまま行きましょうか」


 2人が頷くとまたしてもペースアップ。まだそんな余力があるなんて最近の若い子はどうなってるんですか。このまま置いていかれると悲しいので手を打ちます。


「あー栗香さん。ちょっといいですか」


「なに?」


「旅の同行者ということであなたにこれをお渡ししておきます」


 ポケットから対緋人撲滅薬を彼女に手渡します。


「それを緋人に飲ませたら完全に鎮静化させられます。栗香さんならうまく使いこなせるでしょう」


 弓の腕が優れてるなら投擲にもある程度期待ができるでしょう。

 彼女は薬をマジマジと見た後に私の方を見てきます。


「そんな大事な物を私に渡していいの? 私、裏切るかもしれないのに」


「栗香さんが自分の考えを持って私から離れるならそれを咎めるつもりはありません。その時は私も容赦はしませんが。でも今は共にいてくれる。だったら信頼するのも私の自由です」


 そもそもすでに桜姫にこの薬を持ち逃げされてるので今更敵の手に渡っても痛くもないんですけどね。


 栗香さんはフッと笑います。


「何か魔女って親みたいだね」


「そういう約束でしょう。親にも友人にもなるって」


「魔女ってお人好しだね。嫌いじゃないよ、そういうの」


 これくらいしか取り柄がないものですから。栗香さんも思ったより元気そうで何よりです。


「ところでこれは友達心として知りたいのですがさっき雪月さんと何を話してたんですか。やましい心とか一切なく友人としてちょーっと知りたいだけです」


「別に大した会話じゃないよ? ただそういえばちゃんと挨拶もしてなかったねってなって軽く名乗り合ってただけだし」


 ほっ。どうやらおばあちゃんフラグは免れたようです。


 それから旅は続き、緋人と遭遇することもなく平和なものでした。

 それから住宅街へと入りそうだったのでその前に昼食を兼ねてファミレスへと足を運びます。店内は小奇麗でしたが食べる物は残ってないでしょう。


 荷物を置いたら雪月さんと栗香さんが厨房へと行きます。料理ができるって頼もしいですねぇ。私も来世があるなら料理の勉強をしましょうか。


 ぼうっとしてたら栗香さんが戻ってきました。


「ご注文はお決まりですか、お客様? なんて」


 どうやら火が使えるようです。ならせっかくなので頼みましょうか。


「ではおむすびを1つ」


「おむすび? そんなのでいいの?」


 栗香さんが目を丸くしてキョトンとしました。

 ふむ、なるほど。これはいかんな。

 私は無言で彼女を座らせました。


「いいですか、栗香さん。なぜ昔の人はおむすびを携帯したのでしょうか。答えは簡単。食べやすく腹持ちがいいからです。しかも誰でも手軽に作れる上におまけに美味しいときました。最後が特に重要。ここテストに出ます。近年では栄養素の問題でお米自体が疑問視されてますが、その点おむすびは様々な具材を入れられることでその問題を克服しています。梅、鮭、昆布などなど何を入れても合うのがおむすびの利点です。しかも低価格。これを好まずにして日本人を名乗ってはいけません。分かりましたか?」


「ごめん。何言ってるの?」


 グサーと私の心を突きさす無慈悲な一言。風の噂で日本人の米離れなんて聞きましたが、まさか彼女も? もしや最近の若い子はおむすびを食べないの? 私おばあちゃんなの?


「とりあえず魔女がおにぎりが好きってのは分かった。作ってくるよ」


 おにぎりじゃなくておむすびですよー。栗香さんは奥へと消えちゃいました。


 ほどなくして可愛い店員さんが2名戻ってきました。そして皿一杯のおむすび。

 うんうん、これこれ。


 栗香さんは豆のサラダみたいのを自分の所に置いてます。わりと健康志向なのでしょうか。


 雪月さんは焼いたフランスパンみたいなのにチーズを挟んであります。見た目はすごく美味しそうです。もっとも私はパン派ではなくおむすび派なのでパンはよほどでなければ食べませんが。


 そして空席に置かれる油揚げ入りのカップうどん。誰の分かは言うまでもない。


 そして皆で手を合わせて頂きます。


 早速おむすびを一口。どこかぎこちなく、でも愛情を込めて作ってくれたような、不格好な一品。これは栗香さんのおむすび。私には分かる。つまり美味しい。


「ねぇ、雪月。あのうどん誰が食べるの?」


 栗香さんが疑問の声をあげます。


「狐さんだよ?」


 雪月さん。そのさも知ってるよね、っていう言い方はかなり酷だと思いますが。

 栗香さんが助け舟を求めるみたいにこっちを見てきます。


「栗香さんには見えないかもしれませんが悪霊がいまして。特に害はないので安心してください。精々食べ物をむさぼる程度です」


 それでこいつは相も変わらず油揚げをむさぼり始める。見えない人から見れば急に蓋が開いて油揚げが消えてるように映るでしょう。


「ひっ。あれって冗談じゃなかったの? 嘘、怖い……」


 栗香さんが怖くなったようで私の隣に移動してきます。彼女もまだまだ乙女なようで。


「大丈夫だよ。狐さんは神様の仕いだもん」


 雪月さん、それまだ信じてるんですか。それは信じなくていいんですよ。


「やだやだ。私、幽霊とか信じたくない」


 それは信じて欲しいのですが。こればかりは時間をかけるしかありませんね。


「このおむすびを食べて落ち着いてください」


「おにぎりはちょっと……。食べたら太るし」


 やはりおむすび教ではなかったですか。そうですか。


「米を食べたら太るは嘘です。私が太ってるように見えますか?」


「言われてみれば」


 私は不老不死なので体型は変わりませんがこのままおむすびを嫌われたままなのは納得できません。


「それにこれからも歩き通しとなればエネルギーは必須です。さぁ食べたくなったでしょう。なんなら食べさせてあげます」


「1人で食べれるからいいよ。っていうか恥ずかしい」


 口元まで持っていったのですが残念です。栗香さん顔を赤くして可愛いですね。


「栗姉ずるい! わたしもお姉ちゃんにしてもらってないのに」


「雪月さん、あーんしてください」


 おむすび一口食べると雪月さんが頬に両手を添えて何とも嬉しそうにしてます。かわいい。


「お姉ちゃん、もう一回!」


「自分のを食べ終わったらしてあげます」


「約束だよー?」


 食べ物を粗末にするのは許せませんからね。

 栗香さんは自分の豆を細々と食べ始めます。


「栗香さんもあーんしてあげましょうか?」


「そんな子供じゃない。べ、別に羨ましくとも何とも」


「こんな機会は二度とありませんよ?」


「二度とは言いすぎでしょ」


「本音は?」


「ちょっとだけ」


 素直でよろしい。おむすびを持って行ったら恥ずかしそうに口を開けます。そんなに顔を真っ赤にされたら何だかこっちも恥ずかしいんですけど。何か直視できなくて食べさせました。


「あの。何でそんなに照れるんですか」


「この年でそんなの普通しないじゃん」


「……お味は?」


「分かるわけない」


 なんかめっちゃ気まずいです。どうやら栗香さんと打ち解けるにはまだまだ時間がかかりそうです。

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