34.仲間
コンビニの中で一夜を過ごし朝が来た。雪月さんと栗香さんは私によりかかって寝てるので起こさないようにそうっと動かす。首にかかったタオルが落ちそうだったので肩にかけておいた。食料はないがこういう雑貨はまだ残ってるのが幸いだ。
外を見ると空は晴天とまではいかないが雨は止んでいた。黒い雲は見受けられるが大事にはならないだろう。道路と街を見渡す。今の所緋人が来る様子はない。それが気がかりだったから昨日も一睡してないけど私なら問題ない。
こうなった以上、この街に留まるのも危険だろう。あの無数の緋人が街を徘徊するようになってはまた面倒が増える。
「君はつくづく悪運が強いな」
狐がカウンターに乗ってちょこんと座る。
「そいつはどうも」
こいつとしては今度こそ契約成立すると思ったのだろう。
一生契約ゼロの妖界最底辺を歩かせてあげるよ。
「今後は考えておるのか?」
これからか。それが問題だ。
本来なら東京を目指して緋色学会で手がかりを探す予定だったが、桜姫の本性を知った今、東京へ行くのは少々危険かもしれない。彼女がああまで緋色学会についてペラペラ喋ったのは元より私をそこへ連れて罠か何かに嵌める算段だったのだろう。
逃げた彼女もおそらく東京にいる。そんな中へ何の策もなく足を踏み入れるのは危険極まりない。
「そういえばお前、前に長野に仲間がいるとか言ってたな」
「お。ようやく吾輩の協力が必要になったか?」
こいつと契約する気はない。が、このままだと八方塞がりなのも確かだ。
妖怪の力など毛頭借りたくないがあの桜姫の実力を考えても何らかのドーピングをしてるのは確実。銃弾を避けるなんて普通の人間には絶対できない。ならばこちらも奇策が必要となる。それにどの道東京へ行く道中で長野にも寄る。色々と丁度いい。
「勘違いするな。お前じゃなくてお前の同僚に手を貸してもらうだけだ」
「なら次の行き先は長野じゃな」
狐はにやにやと嬉しそうに笑う。借りができたみたいで腹が立つ。自分に。
「おはよー。お姉ちゃん」
雪月さんが目覚めたのか目を擦りながらやってきます。
「おはようございます。よく眠れましたか?」
「うん」
何となくおでこに手を当てます。どうやら熱もなさそうで安心です。
「栗香さんが起きたらすぐに出発します」
「それなんだけど」
雪月さんが申し訳なさそうにして袴から形代を取り出して見せてくれます。
それはしわくちゃになって湿気た状態でした。あんな雨の中を走ったのですから当然ですか。この様子ですと全部ダメになったのでしょう。
「分かりました。必要な分だけ作ってください」
「ありがとう」
彼女は鞄から紙を取り出して早速作業に取りかかります。彼女の形代も便利ですが弱点も多いですね。今後対策が必要になりそうです。
すると栗香さんも起きたみたいで立ち上がっていました。
「寝れましたか?」
「一応」
ぶっきらぼうな返事をしながら彼女は自分の手をマジマジと見ています。
きっと生きてるのが不思議なのでしょう。
「雪月さんの支度が終えたらここを出ます。栗香さんも必要な物があるなら今の内に物色しておいてください」
とりあえずそれだけ伝えます。けれど彼女は申し訳なさそうな顔をします。
「本当に私がついて行っていいの?」
それは確認ではなく、自分が行っても足手まといになるという自覚からの言葉でしょう。
私は頷きました。こんな所に置いてもいけませんからね。
「足引っ張るよ? 戦えないよ? 技術も知識もないよ? 性格悪いよ? 急に泣くよ?」
後半若干卑屈が入ってますがまぁ気にしません。
「それに……いつ死にたいって言うかも分からないよ。こんな面倒くさい人、連れるだけ邪魔だと思う」
それも本心なのでしょう。私がああ言ったとはいえ彼女にとって時間をかけて積み上げた大切なものが全てなくなったのですから。
「ならどうしてあの時助けてくれたんですか?」
「自分でもよく分からない。死にたいって思ってたはずなのに、どうしてか勝手に体が動いてた」
自分では分かってはいないのでしょうが、彼女は自分で思う以上に良い子だと思います。
「あなたの勝手のおかげで私と雪月さんの命が救われたんですよ。ありがとうございます」
「なら、これで前の借りは返せたかな」
そう言って少しだけ微笑んでくれました。
栗香さんは私のそばに来て外を見つめます。
「実はね、あの学園には時々避難者が来てたの」
そう呟きます。それは桜姫さんの言動からも察していました。
「でも私馬鹿だから姫が皆帰ったよって言われたのを鵜呑みにしてた。それも毎回。あんなに人を疑ってたのに、一番疑うべき人を疑えなかった」
彼女はガラスを引っ掻くようにして悔しそうに拳を握ります。
そんな彼女の肩を優しく撫でます。
「身内を疑いたくない気持ちは誰にだってあると思いますよ。栗香さんは悪くありません」
それでも彼女は責任を感じているのか口を開けません。
「私は桜姫を許すつもりはありません。今度会えば彼女を殺します。あなたはどうでしょう」
この場で言うべきことではないのかもしれない。でも言わなければならない。
私の旅は軽いピクニックではない。命をかけた旅だ。そんな中で迷いがあれば待つのは死だけ。
「正直、今でも姫を信じようとしてる馬鹿な自分がいる。哀れだよね。あれだけ言われたのにまだ姫と仲直りできると思ってるんだから」
これがただの学生の喧嘩ならきっとそうだったのでしょう。けれど桜姫がしたのは到底許されることではありません。一体どれだけの命を弄んだのか想像もできません。
「やっぱりこんな中途半端な私だと魔女と行っても邪魔だよね?」
この様子ですと彼女が桜姫と対峙しても戦えそうにありませんね。栗香さんの性格から察しはしてましたが。
でもこれが普通なのでしょう。雪月さんだって大人びてるように見えても中身は子供。
まだ年端のいかぬ少女に全てを求めるのはあまりに残酷です。
そもそも私が一番狂っているのですから咎める権利もありません。
「邪魔ではありません。少しずつ、前に歩いていきましょう」
旅は長い。その間に彼女も成長していけばいい。今はそれでいいでしょう。
「お姉ちゃんできた!」
雪月さんが形代を手にやってきます。血が必要でしょうし、それは街を歩きながらしましょうか。
「なら出発としましょうか。栗香さんも、これから暫くよろしくお願いします」
何となく手を差し出します。すると彼女は私の手を握り返してくれました。
「こちらこそお願いします」
新しい旅の仲間も増えたことですし早速出発しましょう。
「支度も兼ねてあの倉庫へ寄って行きましょう」
「えぇ?」
栗香さんが嫌な顔を見せます。その気持ちは分からなくもありませんが、旅の人数も増えたので食料が必要です。まとまった食料なんて滅多に手に入らないでしょうし、ここで補給しておくのは当然かと。
「栗姉、魔女のお姉ちゃんの言う事絶対。逆らっちゃ駄目」
「何そのルール。聞いてないんだけど」
「私がリーダーですから当然でしょう?」
栗香さんは今更になって後悔し始めましたがもう遅いです。
ようこそ、魔女教へ。
そんなこんなで倉庫へとやってきました。あの時殺し損ねた緋人がいたので注意を払いましたがどうやら逃亡したようで姿はありません。そもそもここに居たのも桜姫の陰謀でしたからね。
「何か食べ物を詰めれる物があればいいのですが」
「あ。それならあるよ」
栗香さんが倉庫ないの棚を探って大きなバックパックを見せました。
「昔持ってきて置いてあったの。もしも学園がダメになったらこっちに来るつもりだったから」
「最高ですね」
そんなわけでバックパックに食料をこれでもかと詰めていきます。私は当然温めるだけで食べれるご飯にしか興味がありません。皆が入れる中でこっそりと油揚げのカップ麺が見えましたが、今回は大目にみましょう。
バックパックがパンパンになって持ち上げようとしましたがとんでもない重さです。
雪月さんに至っては引きずらないと運べないそう。
物を減らそうか思案しましたが栗香さんがひょいと持ち上げて背負ってしまいました。
「どうしたの?」
とんでもない馬鹿力。いえ、力持ちですね。
「もしや運動をしてましたか?」
「これでも弓道部の部長だから。弓を射るのって結構力がいるんだ」
なるほど。そういえばずっと弓を使っていましたが通りで。
「なら弓もないか探しますか?」
これだけ大きな倉庫なら弓か、それの材料くらいは揃ってそうですが。
栗香さんは首を振りました。
「あいつらに矢なんて効かないでしょ。それに私にはこれがあるから」
日本刀を手に取って言いました。
「思ったのですがどうしてあなたがそんなものを?」
ただの女子生徒が持つにはあまりに物騒な物です。銃持ってる私が言うのもアレですが。
「おじいちゃんが道場しててね。病気で亡くなる前に私に譲ってくれたの」
「病気、ですか」
「うん。おじいちゃんはあんな変な薬は信用ならんって言って聞かなくてね。それで最期を迎えた。結局その判断は正しかったから私はおじいちゃんの教えだけは信じてる」
それで日本刀を持つ姿だけは様になっていたんですね。おかげで彼女の人となりは何となく分かってきました。心はまだまだ未熟ですがそれを克服さえできれば、将来は有望そうです。
さて、今度こそ出発です。