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32.誰が為

 状況は極めて不利。桜姫の言動が真実なら校舎に緋人がやってくるのは時間の問題。

 今すぐ脱出しなければなりません。


 振り返ると雪月さんは栗香さんの肩をなんでも揺すっています。けれど栗香さんはゼンマイが止まったブリキ人形のように放心したままピクリとも動きません。

 元々強がりな性格で本当は脆い彼女に桜姫の本性は何よりショックだったのでしょう。


 けれどここで彼女を説得して慰めている時間はありません。今は命がかかっているのです。

 なら、私が取るべき選択は……。


 何を考えているんだ私は。それでこの前あの緋人を助けられなくて後悔したじゃないか。

 そうなるくらいなら今度は彼女を助けて……。


「何を迷っている。こんな奴がいても足手まといじゃろう。捨て置くのが賢明じゃ」


 無慈悲な狐の発言が教室に響き渡る。いつもなら即座に切り捨てる言動をするが、どうして今はこいつが正しいと思ってしまうのだろうか。


 だってそうではないか。緋人が追ってる現状で彼女を連れても捕まるリスクが増えるだけ。

 仮にここを切り抜けられたとして彼女の精神状態はどうなる? それを克服したとしても桜姫と対峙したらどうなる? そもそも彼女は緋人とまともに戦えない。考えれば考えるほどリスクしかない。


 だったら彼女の愛用してる日本刀だけ拝借して雪月さんを連れて逃げるのが得策だ。

 雪月さんは悲しむかもしれないが彼女だけなら何とか説得できる。

 これが最善。これが賢明。


 なのに、どうして心はこれを拒むのか。私の心は死んだんじゃないのか。なぜ。


「魔女よ、急がなくては全滅じゃぞ?」


 分かってる、そんなの。私は。


 雪月さんを見る。今も栗香さんに声をかけ続けて正気に戻そうとしてる。

 緋人が迫ってるというのにこの子はまた自分じゃなくて他者を想うのか。

 私よりよほど行動力があるじゃないですか。


 もういい。どうにでもなれ。


 栗香さんを背中に乗せ……た。

 正直重い。女の子にこんなの言っちゃダメなんだけど、筋肉がない私にはキツい。


 それでもやるしかない。


「行きましょう。脱出します。雪月さんは敵の索敵をお願いします」


「はい!」


 廊下に出ました。雪月さんが辺りを見回して誰もいないのを手を挙げて合図してくれます。

 でも私はというと一歩歩くのもかなり大変です。人を担ぐってこんなにも苦労するんですね。心の悪魔がもうやめたらって囁いてる気がします。そうでなくても隣の狐がそう言ってる。


 分かってる、無謀だなんて。それでも助けなくては。

 私は薬師。人を助ける魔女だ。


 だから落ち着け。冷静になれ。こんな状況でも打開する方法は必ずある。

 考えろ、考えろ。


『わー。栗香を助けてくれるなんて魔女さんはなんて良い人! これがゲームだったら後でレアアイテムがもらえるよ。さぁ皆も魔女さん達を応援してあげて!』


 どこから見てるのか、校内放送で桜姫の声が響き渡る。人が真剣になってるのに小馬鹿にするこの態度。あの女、今度会ったら絶対に許さん。


 緋人はおそらく北側の入り口から侵入してくるだろう。私達が今いる現在地は南側の2階。

 通常であればこのまま階段を下りて街へ逃げるのが得策であるが、栗香さんを連れてる現状で階下へ行くのは危険がある。


 緋人が北にいるとはいえ別の個体が回り込んでくる可能性はゼロではない。特に外は激しい雨なので雪月さんの形代も機能しません。そんな中、街で逃げ切るのはほぼ不可能。


 ならば全員が生存するには校舎のどこかで身を隠し、栗香さんを正気に戻して、なおかつ緋人の目を掻い潜って街へ逃走する。


 考えてて笑いが出そうになります。なんという無理難題なのでしょうか。

 それでもやると決めたならやるしかない。


 地上が無理なら上へ逃げるのはどうでしょうか。緋人が私達がここにいるとは分からないはず。ならば闇雲に探す連中から逃れるならなるべく上の方がいい。いっそ屋上を目指すか。

 いや、屋上は駄目だ。万が一鉢合わせたら逃げられないし、当然雨もあるから危険だ。


 ならば屋上より下の3階のどこかで身を隠すしかありません。


「雪月さん、3階へ行きます。先導お願いします」


「分かった!」


 何とか重い腰を動かして階段にまで到着します。


 はぁはぁ、なんて疲れるのでしょう。ご老体の気持ちが分かった気がします。


 階段の踊り場に辿り着くだけで数分はかかってます。この間にどれだけ緋人が侵入してることか。


「雪月さん。空いてる部屋がないか探してください。なるべく広い方がいいです」


 彼女は大きく頷いて小走りで部屋を探してくれます。最悪栗香さんだけでも隠せる場所があれば私と雪月さんで防衛戦をすればいい。なんなら私が特攻して緋人の餌になれば時間稼ぎにもなる。


 それいいですね。緋人からはモテる自信があるので完璧です。

 乾いた笑いが出そうになりましたが、不意に私の肩を強く掴まれました。


「魔女。私を置いて、逃げて」


 後ろで栗香さんが呟きます。今にも泣き出しそうなのを我慢しながら言ってる気がします。


「生憎往生際が悪いものですから、ギリギリまで足掻きたくなるんですよ」


「本当に、もういいから」


「私、ひねくれものですからやるなって言われたらやりたくなるんです。だから栗香さんにどれだけ言われても勝手にします」


「もうやめてよ! このまま生きて何になるの? 家族も友達も、一番の親友に裏切られて、私には何も残ってない。私が死んだって誰も悲しまない」


「私が悲しみます。雪月さんも涙するでしょう」


「お願い、本当にやめて。私、こんな世界で生きていけない。もう、楽になりたい」


 彼女の震える手があまりに弱弱しくて生まれたての仔猫のよう。きっと彼女には意味も理由も希望さえもない。何もかも失っている。

 私はそんな彼女の為に気の利いたことができるほど高尚な人間ではありません。


 もし、できることがあるというのなら。


「私じゃダメですか」


「え?」


「家族も友達もいないというなら、全て私が努めます。心の隙間が出来たというなら私が埋めます。泣きたい時は胸を貸します。寂しい時は一緒に寝てあげます。悲しい時は温もりを分け与えます」


 彼女の震えは一向に止まらない。むしろ強くなってる気がします。

 やっぱり私が言うとお世辞にしか聞こえませんね。これが日頃の行いの悪さですかね。


「私なんかに優しくしたって何にもないよ。今も迷惑かけて……」


「あなたの年齢ならいくらでも迷惑かけていいんです。誰かを頼っていいんです。子供を導くのが大人の役目ですから」


 私が彼女くらいの年の時はそれはもう親に迷惑をかけっぱなしでしたから。

 時には叱られ説教もされ、でもいつも私の味方だった。


「うっ、うっ」


 栗香さんは泣いているのか、声を濡らしています。私は彼女を下ろしてそっと抱きしめました。頭を撫でてあげました。無論、こんなことをしてる場合ではないのですが、きっと今の彼女には必要だから。


「魔女、魔女。私」


「何も言わなくていい。全部分かってるから」


 彼女はただ泣いた。


 何も言わずに胸を貸します。


 倉庫でも思いましたがきっとこの子は誰よりも辛抱強かったのでしょう。


 本当に泣き薬が必要だったのは彼女の方だった。


 それから数分。彼女の涙は枯れるも、目は真っ赤になっています。

 ハンカチでもあれば恰好よかったのですが生憎持ち合わせていません。魔女なので。


 彼女の手を取りました。


「立てますか?」


 彼女はまだ震えてる。けれど私の言う通り立ち上がってくれました。


 おかげで背負うよりは幾分マシになりました。急いで階段を駆け上がります。


「お姉ちゃん、ここ!」


 奥で雪月さんが指さしていたので駆け寄ります。空いた部屋を見回すと桜姫が持っていたパソコンに似たものがいくつも机に置いてありました。部屋も広く隠れるには適していますし、机が邪魔して緋人から逃げるのもできそうです。


「さすがです」


 彼女の頭を撫でて褒めてあげたいものの、遠くから緋人の雄叫びが反響しています。時間を使い過ぎたせいで接近を許しましたか。


『ねぇ~、魔女さ~ん。もう諦めたら? 私も栗香と魔女さんがここで死ぬのは本当ぴえんなの。今なら泣いて命乞いしたら、お助けアイテムあげちゃうよ?』


 私は部屋にある機材を1つ両手で持ち上げてそれを廊下のスピーカー目掛けてぶん投げてやりました。すると砂嵐のような雑音に切り替わって、機材も廊下に転がっていきます。

 こちとら狐の声でイライラしてるのにこれ以上雑音を増やすんじゃねーよ。


 イラついてる時間もない。腹を括らなければ。


「栗香さんはここに隠れていてください」


「魔女……」


「私は平気です。前にも言った通り不老不死なので。それとこれもお返しします」


 彼女の手に日本刀を返した。本当はそれがあった方が戦いが楽になるだろうけど、それは栗香さんの私物。私が勝手に使っていい道理はありません。


 栗香さんはまだ何か言いたげて立ち呆けていましたが部屋に押し込んで扉を閉めました。

 隣には雪月さん。あと悪霊狐のおまけつき。


「ここを安全にするには迫る緋人を全員始末する必要があります。できますか?」


「お姉ちゃんがやれって言うならする」


 なんと頼もしい。


「怖くないですか?」


「お姉ちゃんと一緒なら怖くない」


 彼女の瞳は決意の眼差し。どうやらとっくに覚悟を決めてるようです。

 いつもいつも先を行かれてますね。なら、私も。


「来るならどこからでもかかってきな、化物」

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