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31.本音

「だから私は言ったんだよ。やめようって」


 教室に戻ると栗香さんが開口一番に口を開きます。


「あんなにいるとは思わないよ」


「とにかく、あそこに近付くのは絶対禁止」


「そんなの当たり前だよ」


 桜姫さんと栗香さんは呑気に会話をしています。でも私にはそれが些か軽率にも思えました。


「まだ、ここで生活するつもりなんですか」


 2人の会話を遮るように言いました。あんなに緋人がいるならいつ脱走してくるかも分かりません。そうなればここも安全ではなくなります。一応ここに来るまでに閉めれる所は閉めたので今は安全でしょうが。


 彼女達も分かっているのか黙ります。


「こんな生活長くは続きません」


「だから逃げるって? どこに? どこも同じでしょ」


 栗香さんが私を睨んで言います。それはその通りなのですけどね。

 でも少なくてもここより安全な所はいくつかある。ペコリーマンのいる街だったり、ばあやの住んでる峠だったり。


「私と栗香も覚悟をしてここで生活してます。今更変わろうとは思ってません」


 桜姫さんも栗香さんと同じ気持ちのようです。ここから離れて一縷の望みに賭けるより慣れた生活を一日でも長く続けるなら、後者を選ぶタイプですか。

 そう言われては何も言えません。


 しばらく沈黙が続きましたが場に不似合いなグーというお腹の音が鳴ります。

 すると雪月さんが顔を真っ赤にして俯いてしまいました。


「ごっ、ごめんなさい」


 何度もお辞儀をする彼女を見て場も和みほっこりします。


「じゃあ軽い何か作って来るよ」


「わたしも行く」


 栗香さんと雪月さんが出て行きました。怪物と戦った後というのに、なんとも気が抜けますね。そんなわけで教室には私と桜姫さん、あと変な狐が残ります。

 こいつは外を見ていて、空は曇天でぽつぽつと雨が降り始めていました。この様子ですと強くなりそうです。


 会話も特になく、桜姫さんはパソコンを広げていつものようにカチカチとします。


「あ。そういえば緋色学会の件、なんでも答えますよ」


 彼女は笑顔で言ってくれました。


「調査は失敗だと思いましたが」


「魔女さんがいたから難を逃れられたと、私は思います。だからきちんとお礼はします」


 そう言ってくれるのは嬉しいですね。これで報酬がなければただ運動しただけになります。


 すると狐が私の方をチラリと見る。何か言いたげだ。


「その前に少し雑談でもしませんか。色々あって少し疲れまして」


「魔女さんも疲れることがあるんですか?」


「毎日疲れてばかりですよ。いつになったら楽できるか未だ見当もつきません」


 桜姫さんはくすくすと笑っています。本当にどこにでもいる何の変わりもない女子高生にしか見えません。


「雪月さん、良い子だと思いません?」


「すごく可愛い子だと思います。髪はサラサラで目はくりくりしてて、はぁ妹に欲しいなぁ」


 恍惚な眼差しで語るからこれ絶対本心だ。あげませんからね。


「うちの子は優秀でしょう?」


「正直びっくりしました。あんな小さな子が戦えるなんて思ってもいませんでしたから」


 そうでしょうね。私も最初は驚いたものです。


「本当にすごい子なんです。大抵のことは1人で何でもできますし、家事や身の回りのこともこなします。たまーに、抜けてる時もあるんですけど、危ない時は本当に利口ですよ」


 私の惚気話を聞いても桜姫さんは笑いながら聞いてくれます。


「そんな優秀な彼女なんですけど、どうしてか今朝薬がなくなったって言ってきたんですよ」


 すると桜姫さんの表情が少しだけ真顔になります。


「あんなに小さい子なら失くしてもおかしくないと思いますよ」


「普通ならそうでしょう。けど彼女、あの袴に一杯の形代を持ち歩いてるんです。私は一緒に旅してるので分かるのですが彼女が形代を落としてる所は見たことがありません」


 私は桜姫さんをジッと見た。


「え~。もしかして私を疑ってます? そんなのしませんよ。大体お薬持ってるなんて初めて会って知るわけないじゃないですか」


 彼女は笑いながらそう言います。まぁそうでしょうね。実際彼女が盗んだなんて思ってもいませんし。


「ただの魔女の独り言ですよ。ああ、それとまだありました。ここに来てからずっと疑問だったんですけどここって避難場所なんですよね?」


「そうですよ。それがどうしましたか?」


「そのわりに誰もいませんよね」


 桜姫さんの眉がピクッと動く。配信活動や広報活動をしているのに誰一人その存在を知らないというのはありえるのでしょうか。


「こんなご時世ですから誰も気付いてないんだと思います」


 それはきっと本当なのでしょう。でも学校って避難場所として指定されてるのが普通じゃないですか? 前に震災で街に行った時も皆さん学校に集まっていました。

 けどこの学校には彼女達以外生き残りがいない。


 たまたま、そういうこともあるかもしれませんが。


「ていうかさっきから何ですか。私の事疑ってるんです?」


「ただの雑談ですよ。それに疑ってるなんてとんでもない。私は0か100以外信用できない性分ですから」


 本当はずっと疑ってました。けれど確証はなかった。栗香さんの話を聞いても彼女が悪い人にはこれっぽっちも思えなかった。でも今回の一件で全てが繋がってしまった。


「まだあります。昨日、栗香さんと倉庫に行った時彼女が言ってたのですが、彼女はあなたが泣いてる所を見たことがないって仰ってたんですよ」


「それがどうしたんですか?」


「おかしいですよね。あなたは私の薬屋で涙が止まらなくなる薬を買ったはずなのに」


 あれを飲んだら数日は涙が止まらなくなります。そんな状態ならば否応でも彼女なら気付くでしょう。


「栗香の前で飲むわけないじゃないですか。そんな恥ずかしい所、彼女に見られたくないです」


「そうかもしれません。仮に家で飲んだとしてその間学校も休んでいたとしても、栗香さんなら心配してあなたの家を訪ねると思いますよ?」


「今時そんなことする人はいませんよ、魔女さん。これがありますから」


 そう言って彼女はスマホとやらを取り出します。そういえばそれで連絡ができると言ってましたね。彼女は勝ち誇ったみたいな顔をしてますが、それが哀れで仕方ありません。


「そういえば倉庫には普段緋人がいないそうですが、なぜか昨日はいたんですよね。なぜでしょうか」


 すると桜姫さんは机をバンと叩いて立ち上がります。


「本当さっきから何なんですか! 人を悪魔みたいに言って不愉快です! 魔女さんがそんな人とは思いませんでした!」


 これでもまだダメですか。強情ですね。


「今日はあそこに連れたのも私を嵌めるためだったんじゃないですか?」


 ギリギリ脱出できたものの、あと一歩遅ければ死んでいました。あの鉄の扉が異様に重くなったのも疑問です。すると彼女は目から涙をポロポロと流して泣き始めます。


「ひどい……。あそこには私もいたんだよ? 自分も死ぬかもしれないのに魔女さんを嵌めるなんて絶対できないよ」


「では絶対に死なないという自信があったら?」


 彼女はビクッと肩を震わせました。


「私、緋人とは結構戦ってきましたが、あいつらって人には容赦ない癖に緋人同士だと全然争わないんですよね。あなたは、どちらでしょうか」


 静かに問いかけました。彼女は俯いて黙り込みます。


「何よりただの生徒のあなたがどうして教師しか入れない所のパスワードを知っているんですか? それをどうやって知ったかここで説明願いましょうか」


 すると彼女はゆっくりと顔をあげました。さっきまで泣いていたのが嘘みたいに泣き止んでいて、目付きも悪くなっています。


「はぁ、きっしょ。なに、あんた? 探偵か何か? ただのキモいババァって聞いたんだけど」


 急に態度が変わった?


「はいはい、そうですよ。全部私がやりました。薬を盗んだのも、あんたを嵌めたのも、ぜーんぶ私がやりました」


 呆気なく自供しましたね。


「あなたが私の薬を緋色学会に渡したんですか」


「別にいいじゃん。減るものでもないんだしさ。寧ろこんな腐った社会をぶっ壊すのに丁度いいでしょ? なーにが男女平等だよ。どこが男女平等だっつーの。格差しかねーじゃん。女に生まれたら男にへーこらしてさぁ。顔も身だしなみも整えてさぁ。相手が喜ぶように言葉選んでさぁ。で、その結果が得られるのが男の年収の半分以下。ふざけてんの?」


 まるで私怨のように彼女はつらつらと言葉を続けます。


「別にそんなのはどうでもいいんだけどね。私にはこれがあるし?」


 彼女がパソコンを見せてきます。前に言ってた配信とやらでしょうか。


「ここなら本心さらけ出しても何も言われない。寧ろ皆喜んで金を出すくらい。それで思ったんだ。皆、心の中の獣を縛り付けてるんだって。親に見せる顔、友達に見せる顔、行きつけの店の人に見せる顔、SNSで知り合った人に見せる顔。本当の自分ってなんだろうね? 人間皆役者揃い。何もかもが分からなくなってどん底に落ちて」


 桜姫さんの表情はさきほどの優しさとかけ離れてどんどん歪んでいきます。


「そうだ、世界壊そって思ったんだ。こんな社会だから皆心を縛ってるんだって。だったらこんな腐った社会はいらないよね」


 ニコニコと話すその仕草にはかつての面影はありません。彼女は一体何を言ってるのでしょうか。


「それで緋色学会に入ったのですか」


「別に最初からじゃないよ? だってあんなキモいおっさんが集まってる所に私が行くわけないじゃん。でも、なんか私には素質があったみたい」


 素質……? 気になりましたがそれを聞くには少々難しそうです。


「まぁいいや。魔女さん、本当勘がいいね。これでも演技には自信があったんだよ? 画面の向こうのお友達もみーんな騙されたのに」


 よほど普段の愛嬌には自信があったんでしょうね。生憎、私は人に興味がなくなってるので無関心になってるだけです。


「栗香さんも騙していたんですか?」


「騙す? 騙してないよ。私、今でも栗香が大好き。好き、好き、好き。ねぇ、栗香ってすごく可愛いよね。真面目で冷静で、思いやりもあるけどそれを表に出さない所とか、すっごく好き」


 まるで乙女のような顔を見せます。栗香さんは特別?


「辛い事や悲しい事があっても顔に出さずに我慢してるんだよ? すごく傷ついてるのに普段通り過ごそうとして笑顔作ってるんだよ? いつ壊れるんだろうって楽しみにしてて、1人また1人大切な人が消えても、必死に泣くのを我慢してるのがたまらなく愛おしくて」


 やばい。この子本気で頭おかしい子だ。なのにその表情はまるで恋人を思い出す乙女の顔で私にはこの子の気持ちがさっぱり理解できないし、一生理解できないと思う。


「でもね、栗香強かった。家族も友達もいなくなったのに一杯我慢してた。でも栗香が私を慕ってくれてるの知ってるんだ。だからね、最後の瞬間に栗香から希望を奪ったらどんな目をするかなぁってずっと楽しみにしてたんだよ? 栗香が絶望に歪む顔を見るのを楽しみにしてたんだよ? 栗香がボロボロになって泣き叫ぶのを見たかったんだよ? ねぇ、魔女さんどうして邪魔してくれたの?」


 愛憎に歪んだ彼女の顔はもはや人とは思えません。或いは私が知らない間に人類の恋もここまで進化したのでしょうか。もはや言葉すら出て来ないですね。

 ただ1つ分かるのは異常なまでの怒り。それは栗香さんの為でなく私の薬を悪用したことにたいして。


 すると急にガシャンというトレーが床に落ちる音がしました。振り返ると栗香さんが放心した様子で立っていました。


「姫……今の本当?」


「ああ。その顔、それ。それが見たかった。ああ、栗香大好き」


「姫、質問に答えて。私のお父さんとお母さん。それに友達を騙したのは……」


「そうだよ。全部私がした。緋色学会に優秀なお医者さんがいるって教えたら皆二つ返事で行ってくれたなぁ。やっぱり日頃の行いって大事だよね。みーんな私の言う事信じてくれる」


「嘘、嘘……嘘……」


 栗香さんが頭を抑えて崩れます。そんな彼女に雪月さんが駆け寄りますが、私は桜姫さんを見逃せません。彼女は栗香さんを見て鼓動を激しくさせています。本当に彼女を痛めつけて喜んでる変態のようです。悪趣味にもほどがある。銃を構えました。


「魔女さん、こんな可愛い子撃つの?」


「生憎、私には醜い化物に見えますね」


「ひどいなぁ。そんなの言ったら人間なんて皆醜い獣だよ」


 彼女の返答を無視して発砲しました。


 は?


 銃弾を避けた!?


「噂通り容赦ないんだね。うん、いいね。何か魔女さんも好きになってきた。冷静で落ち着いた顔をボロボロにしたくなっちゃった」


「黙れ。お前の悪趣味には付き合いません」


「それは私が決める」


 彼女はパソコンをカタカタ鳴らすと急に明後日の方角から爆音がしました。

 何事かと思いましたが桜姫が口を開けました。


「魔女さん、ここに避難者がいないのはおかしいって言ったよね。そうだよ、ここに来た人は皆あれにしてあげたんだ。私って優しいよね、悩みを持って死ぬくらいなら獣になって死んだ方がマシじゃない?」


「どこまでも下衆ですね。魔女って名乗ったらどうです?」


「落ち着いてられるのも今の内。さっきの研究錬を開けてあげたの。やっぱり閉じ込めておくのはかわいそうでしょ?」


 私は栗香さんが持ってる日本刀を手に取って彼女に斬りかかります。けれど桜姫はひょいと躱して窓に飛びました。


「ばいばい、魔女さん。また生きて会いたいな♪」


 そう言って彼女は飛び降りました。すぐに見下ろすと彼女が手を振ってます。2階とはいえ全く無傷。一体どうなってるんですか。


 それからほどなくして、プツッと音がしてスピーカーらしきものから雑音が流れます。


『せっかくだから生配信もしてあげる。タイトルはデッドオアアライブ、これで決まり。私の視聴者さんを一杯楽しませてあげてね。ゲームと違って残機は1つしかないからあっさり終わっちゃダメだよ?』


 彼女からすればこんな状況すらも娯楽の一環でしかないのですか。どこまで腐ってるのでしょうか。遠くから緋人の雄叫びが聞こえてきます。


 空を見上げると雨は強く、止みそうもない。これは一体誰の涙ですか。

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