28.虚勢
食料を手にして倉庫から離れた私と栗香さんは街の道路脇にあるベンチに腰を下ろしていました。さすがに休まないと死にます。主に私が。
全身打ち付けたせいですっごい痛いし、今も頭がジンジンする。
あの緋人絶対許さん。今度から薬はもう少し持つようにしよう。
隣をチラッと見ます。栗香さんは落ち込んだみたいに俯いていました。
どう声をかけていいものか分かりません。というか私に慰められても嬉しくないでしょう。
私、嫌われてますし。
「ごめん。足引っ張って」
栗香さんがぽつりと呟きます。
「生きてるので良しとしましょう。それに栗香さんの武器があったから最悪の事態は免れたので謝る必要はありません」
「失望、したよね。あんなに威勢巻いてたのに、何もできなくて。本当は私、人を殺したことない」
その人の中に緋人も含まれてるのでしょう。
けれど何となくそうじゃないかとは思っていましたけど。最初出会った時もわざわざ自分の場所を教えるように矢を放ちますし、雪月さんを狙っている時も臆してました。
武道の経験はあるようですが本当の戦いは知らない。けれど彼女は1つ間違っています。
それが普通なんです。寧ろただの女子生徒が緋人狩りまくって、斬るのに躊躇いもなかったらそれこそ不気味です。
「姫に格好悪い所見せたくなくて、ずっと見栄張ってた。1人で行ってたのも、情けない所見られたくない、から」
今にも泣き出しそうなくらい声が弱っています。凛々しいと思えば脆い一面もある。
思春期の子は分かりませんね。
「姫の役に立ちたいって思って頑張って協力してた。無理もしてた。けど、この世界に姫は必要、だから」
全ては桜姫さんの為、か。なんて健気なのでしょうか。
「不躾で申し訳ありませんが、桜姫さんがあなたに告白したと伺っているのですが?」
栗香さんの話を聞いているとどうにも腑に落ちません。こんなに彼女を慕っているなら冗談半分でも承諾しそうな気もします。彼女は小さな手で拳をつくります。
「私の学校、女子しかいないから。姫ってあんな性格だから同性からも結構モテるんだ。でも私なんか姫に相応しくないし、それに私の代わりはいるだろうけど姫の代わりはいない。だから姫を応援したい。今はそれだけでいい」
男女の解れならぬ女子の解れですか。けれど、やはり彼女は優しい子だったようです。
「もう1つ。こちらも話したくなければ構いませんが、栗香さんが緋色学会を追う理由を伺ってもいいですか?」
すると彼女はさきほどよりも拳を強く握って奮えてます。
「魔女は、親しい人がいる?」
急になんでしょうか。
「えぇ、まぁ」
今は雪月さんくらいなものですが。
「じゃあ、その人達と会って、自分の事を全く覚えてなかったらどう思う?」
「はい?」
「両親も、友達も、近所だった人も、話しかけたらどちら様ですかって言われる気持ち、分かる?」
どうやら彼女の中に眠る悔恨はかなり深そうです。
「もしや緋色学会へ行ったのですか?」
栗香さんは頷いた。以前ばあやから似た話を聞きました。お孫さんを緋色学会に連れてからおかしくなった、と。彼は緋色学会に関する記憶がなかった。それはつまり記憶に関する何らかの処置をされていたこと。
おそらく、表沙汰になるのを嫌って連中が手を打ってあったのでしょう。
「お父さんとお母さんが具合が悪いからって緋色学会に行ったの。でも家に帰って来たら私の顔を見て、どちら様ですかって言うんだよ。最初何かの冗談かと思った。でもいくら問い詰めても私のことなんか知らないって言うんだよ。ねぇ、この気持ち分かる?」
栗香さんがポロポロと涙を零しています。
「これを話しても誰も信じてくれなかった。それで1人、また1人、私の周りから人がいなくなってた」
この組織はどこまでも腐っているのでしょうか。こんなまだ未発達の子にここまで過酷な仕打ちをするなんて自分のように怒りで震えてきます。
「桜姫さんはどうだったんですか」
「姫だけは、信じてくれた。あそこに絶対行ったらいけないって言った。姫は私を信じてくれて、だから今も一緒にいる。姫は本当に強いよ、私なんかよりも。泣いてる所も見たことないくらい」
……なるほど。それなら彼女を守りたいと強く願う理由も理解できます。
そして栗香さんが無害であるということも。
「辛い過去を思い出させてすみません。このままでは一方的に問い出したみたいで不公平ですので私の秘密も教えます。実は私、不老不死なんですよ。年齢は100以上です。あと、ここに悪霊がいるんですよ」
その話を聞いて彼女がキョトンとしています。信じてくれるならそれでいいし、そうでないならそれも一興ですか。ベンチから立ち上がりました。
「休憩はこれくらいにして帰りましょうか」
「不老不死に悪霊ってどういう? 説明して」
それはいずれ、でしょうか。
※
学園に戻って教室へと帰ってきました。
窓際の席で桜姫さんが雪月さんを抱きしめてスリスリしてます。雪月さんが虚ろな目をしてましたが私に気付いて一目散に飛んできました。
「お姉ちゃん! おかえり」
「ただいまです。雪月さん」
どうやら留守中は無事だったようですね。撫でてあげましょう。
笑顔で跳ねる様は何度見ても癒されます。
「むー。雪は本当に魔女さん一筋かぁ」
桜姫さんが不服そうに頬を膨らませてます。その様子ですとそれなりに打ち解けてくれたようですね。
栗香さんが彼女の机に食べ物の入った袋を置きました。
「今日の分。魔女は優秀だった」
「栗香がそういうって珍しいね。こんなに沢山持ってきてくれたのならかなり頑張ったんじゃないんですか?」
すっごく頑張りましたよ。頭脳派の私が体張ったんですから。
「魔女は信用していいと思う」
「栗香が言うなら信じる。では魔女さんの約束通り、緋色学会の情報を教えます」
これでようやく本題に入れそうです。無理したかいがありましたね。
「その前に少し手洗いに行ってもいいですか? 休憩がなかったものですから」
「どうぞどうぞ。出て突き当りの所にあります」
「わたしも行く!」
雪月さんと仲良く廊下に出て歩きます。チラッと振り返りますが2人は来ていないようです。狐は来てますが。
「雪月さん、彼女はどうでしたか?」
彼女に与えた任務は桜姫さんの人物を探ってもらうことでした。
「わたし、あの人苦手。でも悪い人じゃないと思う」
ゲッソリした様子で項垂れてます。何があったか大方察しますが。
でも惚れ薬って確か最初に見た人に効果があるはずですから、惚れたのは私のはずですが……。つまりあれは彼女の素。やはり幼女は強いようです。
「学校も案内してくれたよ。おっきな人はいなかった」
居たらそれはそれで不味いですけど。栗香さんの話から照合しても彼女は悪い人には見えませんし、信じて大丈夫でしょうか。
「栗香さんも良い人でしたよ。極普通の女の子です」
御トイレ発見。わー綺麗ー。白くてピカピカだー。まさか掃除してるのでしょうか。
いや、そんな余裕はないですよね。うーむ、ここに住むのもいいかもしれない。
とりあえず手を洗いますか。むむ、蛇口がないです。どうやって水出すんだろう。
わお、勝手に出てきました。え、手を出すだけで出る仕様ですか。
どんどん置いていかれる気分になります。
「栗香さんから気になる話を聞いたので雪月さんと共有しておきます」
「なに?」
「どうも緋色学会に行った人は記憶を失ってるそうなんですよね。彼女の両親も被害にあったらしく、それであんなに憎んでいたそうです」
「そう、なんだ」
人の過去を話すのは気が引けますが、雪月さんは私の相棒ですから情報共有は大事です。
彼女は自分の事のように落ち込んでいる様子。
「実はその件で私に思い当たる客がいたんです。もしかすれば今回の一件の片棒を担いでる可能性があります」
過去に薬屋に来たあのノッポ君。彼に渡した薬は記憶を蘇らせる薬だった。もし彼が緋色学会と内通してその薬を研究者に渡していれば、色々と合点が行く。
それに彼の場合恋人を失くしているのですから、そうした弱みを付け込まれた可能性もある。どちらにせよ、残りの容疑者から考えてもかなり怪しい。
「でもなぁ、魔女よ。吾輩はなんか出来すぎやと思うんよ。それに容疑者ならまだおったやろ?」
確かに断定はできない。あくまで可能性の話。
「キラリンの薬は緋水からほど遠いし可能性は低いかなって」
「でもあの女は唯一高額な支払いしたやろ? 元から売り払うつもりならそうしてもおかしくないと思うんよ」
「それならもっとらしい薬を求めそうな気もするけど?」
「そもそもやな。君は薬の効果に着目してるけど、それが間違いやと思うんよ。奴らが欲しいのは効果そのものでなく、あの草じゃないんか?」
蓬莱草か。言われてみればあの成分さえあれば如何様でも千変万化は可能だ。
つまりその成分だけ抽出して新たに薬を開発したってことか。
……一理あるな。
「珍しく冴えてるね。どうした?」
「吾輩はいつも冴えてるぞ」
とはいえそれでも容疑者はノッポ君とキラリンしかいない。どちらかと会えさえすれば答えははっきりする。
「ええっと。つまり?」
雪月さんが分からないみたいで首を傾げてる。
「犯人はまだ見つからず、ですかね」
優秀な探偵でもいたらすでに解決していたのでしょう。
緋色学会が悪というのに変わりはないですけど。




