26.協力
「協力関係になったことですから私達の活動もお伝えします。私と栗香はここで配信活動や広報を行っています」
桜姫さんは自身の机に置いてある電子機器を私に見せてくれます。薄くて大きい画面と、それに付随して何やら英語や数字が書かれたボタンがいくつもあります。画面にはポップな文字とこの学園の写真が写っています。また文明機器ですか。
私がマジマジとそれを見てると桜姫が驚いた様子で目を丸くさせてます。
「もしかしてパソコンを見るのは初めてですか?」
私は黙って頷きました。雪月さんも何か分からないようで首を傾げてます。
「これはノートパソコンと言いまして、誰でも手軽に世界中の情報が手に入る電子媒体です。情報だけでなく、通信販売やゲーム、動画視聴、配信など様々なこともできます。ここに映っているのは私が作ったサイトでしてここを避難場所としてお伝えしてるんですよ」
わーお。今ってそこまで文明が進歩してるんですか。あの戦争で時間が止まってる私からすれば目から鱗ではなく、竜の鱗が落ちそうです。
「人間の頭脳とはどこまでも恐ろしいのう」
これは狐も知らなかったようで呆気に取られてる。事実、彼女が言ったのが本当なら下手をしただけで情報が国内だけでなく世界中に伝わるらしい。いや、本当に恐ろしいな。
「その様子だとスマホも知らない?」
桜姫さんがポケットから薄型の機械を見せてくれます。客で来た人が何度か見せてくれたのでどんな物かは大体覚えています。
「こっちもパソコンと用途はほぼ同じだけど、スマホの方が手軽に連絡が出来ます。とはいってもこんなご時世ですから連絡先なんて意味はないので実際はカメラやライトとして使う方が多いです」
いやはや。これはもう魔女の薬なんてこの世界に必要はないのかもしれません。
たった100年ダラダラしてる間に勤勉な人がここまでしてたとは。
「パソコンもスマホも知らないなんて、無人島にでも漂流してたの?」
栗香さんに物凄い睨まれます。あながち間違ってはいません。
でもその反応からして今の時代ではこれらを持ってるのが当たり前のようです。
「ま、まぁあんな所で住んでたら知らないのも無理ないと思います」
桜姫さんが庇護するように言ってくれます。敢えて所在地をぼかしてくれて助かります。
もし言われたら栗香さんに野生のチンパンジーか何かと思われるでしょう。
「ではここに来た時に言われた合言葉というのも、その機械が関係しているんですね」
「はい。時々配信をしていまして私の配信を知ってる人ならば必ず知ってるので悪い人ではないだろうという判断です」
そう言って彼女はパソコンをカチカチと動かすと何やら画面が切り替わりました。
それでアーカイブという所に白い矢印を持ってくると、また画面が変わります。そしたら何やら頭に可愛いケモミミの生えたピンク髪の子が映ったのがいくつか出て来てます。
彼女はその中の1つを選ぶと今度は画面が大きくなります。
『ひめこん~。みんな生きてる~?』
先程の可愛らしい子が大きく画面に映って何やら喋っています。でもこの声は桜姫さんでしょうか。それに画面端では何やら文字がぽつぽつと表れています。
そして画面の少女はずっと何やら喋り続けて何とも不思議な光景です。
「この配信は色んな人が見てくれてるので、ここでも一応避難の告知はしています。合言葉というのは初めに言った挨拶のひめこんがそうなります」
これが配信とやらですか。本当に時代は私の知らない遥か彼方へと行ってるようです。
私おばあちゃんだから何が何やら。
とはいえこれらの機械はおそらく電気で動いているのでしょう。今でも電気が使えるのはこの学園が特別なのか、或いは県によって違うのでしょうか。
「見てくれてる人は大体外国の方ばかりなんですけどね。ここに出てるコメントは別の所で見てくれてる人が書き込んでるんです」
桜姫さんが指さして教えてくれました。確かに英語などの多言語の言葉が目立ちます。
それもそうでしょう。このご時世で生きてる人が壊滅的な上、これを見れるというならばある程度の安全が保障された場所でなければならない。その上で電気も使えるという条件をクリアするのはどれほど困難なものか。と思ったら日本語の文字が出てきました。なんですと?
「たまに日本人が書き込んでくれますから、そうした人を助けたくて活動をしています」
なるほど。ただの女学生と思いましたが聖女の類でしたか。
その点は非常に感心しますが……。
「避難告知をしている、と仰りましたが私からすれば軽率に思いますけどね。例えばこれを見てどう思いますか?」
偶々目に入った文字を指さします。そこには日本語で心にもない罵詈雑言が書かれています。
「もし仮にこれを書いた人がここに来たらどうしますか。私なんかよりも余程危ないと思いますけど?」
彼女が性善説を信じているのか知りませんが、少なくとも栗香さんは違うでしょう。無論、私も信じてません。ここに食料を奪いに来る輩がいたら? 彼女達が女だと知ってそういう輩が来たら? 女子2人だけしかいない状況下でもしもの想定をすれば危険なんてものではありません。相手に居場所まで教えてるのですから、いつ来るかも分からない恐怖は想像を絶するでしょう。私には絶対無理ですね。
「だから私がいる」
机に座ってる栗香さんが答えた。どうやら彼女が病的なまでに相手を疑っているのはそうしたことも関係してそうですね。だったらやめたらいいのにと思いますが、私に彼女達の事情に首を突っ込む権利もないでしょう。そもそも興味もないですが。
「ではこの機械を使えば緋色学会についても調べられるんですね」
「はい。でもそれはこちらの望みを聞いてからですよ?」
桜姫さんがニコッと笑ってパソコンを閉じました。流れでサラッと聞いたら教えてくれるかもと思いましたがそう簡単にはいかないようです。
見た目よりもしっかりしてそうで感心感心。或いは最近の子は皆こうなのでしょうか。
「これから魔女さんにお願いしたいことは外に行って食料を取りに行って欲しいんです。ここから少し離れた所に食品工場の倉庫があるんです。ただ工場には怪物もいるので安全とは言えません」
どうやら楽して情報を手に入れるわけにはいかないようです。
「別に嫌なら逃げてもいいよ? いつも私1人だし」
1人?
「私が行くと足手まといだからここから離れないんです。でもやっぱり栗香が心配だから」
戦闘担当と情報担当ですか。案外いいコンビなのかもしれません。
「私からしたら姫の方が心配。私がいない間に悪い男が来るかもしれない」
そして互いを信頼してる様子。まるで私の相棒のような関係ですね。だから互いを心配して人が欲しいと。大体の思惑は理解しました。
「ならば倉庫へは私が同行しましょう。それで学園には雪月さんを残します。それなら心配はないでしょう?」
「お姉ちゃん!?」
雪月さんが面喰った顔をします。おそらくずっと私と一緒に行くという想定をしてたからだと思います。とはいえ相手の真意はまだ分かりません。特に栗香さんは感情のムラが激しい。少し粗相があればこちらにも危険が及びかねない。そんな中に雪月さんを連れるのは些か気が引けます。今の所桜姫さんに害があるようには見えませんし。
「そう言ってくれるとこちらも助かります」
桜姫さんと、それに栗香さんも頭を下げてくれました。やはり彼女が心配なんですね。
でも雪月さんは私にしがみついて首をぶんぶん振ってます。
「わたしは魔女のお姉ちゃんと一緒がいい!」
まるで親離れできない子供のように訴えてきます。
「雪月さん。これも私の旅に必要なんです。分かってください」
それでも首を横に振り続けます。これは困りました。
「少し留守を任せるだけです。大丈夫です、私は死にません」
これでもダメなようです。仕方ありません。彼女をハグしてあげましょう。
強く強く抱きしめました。
「……分かった。魔女のお姉ちゃん、無理しないでね」
納得してくれて感涙です。というかそうさせたのですが。
私のいない間に彼女にお願いを囁きました。雪月さんは優秀ですから仕事があれば放り出しません。そのまま言うと不自然だったので抱きしめたのです。近くから見れば仲のいい親子に映ったでしょう。
彼女から離れて立ち上がります。とはいえこれでまだ終われません。桜姫さんの方を見ました。
「そちらのお願いは把握しました。しかしこちらも1つだけ条件を出していいですか?」
私が言うと2人の眉がピクリと動きます。まさかそう言われると予想してなかったのでしょう。
「彼女、見ての通り少々人見知りなものですから私がいないと不安になるんです。それにあなた達が私を疑うように、私もあなた達を疑う権利はあります。なのでこれを1つ飲んで頂けないでしょうか」
雪月さんから鞄を受け取って中から小瓶を取り出しました。
「これを桜姫さんに飲んで欲しいんです。杞憂で終わればそれでいいんです。ただ私は0と100以外の可能性は信じられない性分なものですから」
彼女達は信じられると思うのは本心です。ですが万が一というのもある。そんな中で雪月さんを1人にさせるのは不安もある。あの狐ではないが、善意を信じ切るのは危険だ。
それに雪月さんが脆いのも先程のハグを見てますから察するはず。
なんとまぁ、我ながら醜い性格だと思います。利用できるなら全部使う。私、いつか祟られるでしょうね。ああ。もう呪われてましたね。
2人は悩んでる様子でしたが桜姫さんが席から立ち上がりました。
「分かりました。飲みます」
「姫、いいの? 毒かもしれないよ?」
「大丈夫大丈夫。魔女さんはそんな人じゃないって知ってるから。それに元はと言えば栗香が撒いた種だよ?」
「う」
桜姫さんにキツく言われて参ったのか栗香さんが黙ります。私は彼女に薬を渡しました。
蓋を開けて彼女はごくりとそれを飲み込みます。すると……。
「魔女さーん。好き好き好きー!」
私に抱き付いてくる始末。効果はばっちりなようです。
「お姉ちゃん……」
「君、そういう趣味じゃったのか?」
「魔女! 姫に何を飲ませた!?」
冷ややかな視線プラス殺意。最高ですね。
言わずもがな飲ませたのは惚れ薬です。別にそんな気があって飲ませたわけではありません。しばらくお利口でいて欲しいから飲ませただけです。
効果は数時間程度なので私が戻ってくるまではこの調子でしょう。
「お姉ちゃんの馬鹿。もう知らない!」
親の心子知らず。いやまぁ、この状況で理解できる方がおかしいですけど。
これは後で弁明するのが大変そうです。やれやれ。




