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22.相棒

 眩しいって思って瞼を開けたら店内に朝日が差し込んでた。もう朝か。

 ソファで寝てたけど案外眠れるものなんですね。元々そういう暮らしに慣れてたのもあるでしょうけど。


 するとコトンと私の肩に何かが倒れてきます。見たら雪月さんが寝息を立てながら寄りかかっていました。しかも私の手を握っている模様。

 そういえば悪夢を見るから一緒に寝たいって言ったんだっけ。見た感じぐっすりお休みなようですし、悪夢は見てなさそうで何よりです。


 とりあえず早く起きて頂かないと私も動けないのですが。無理に起こすのも悪いですし、手を払うのも躊躇います。これは困りました。


「んー」


 タイミングよく雪月さんが目を開けてくれました。ウトウトとした様子で瞼を擦っています。挨拶をしようと思ったのですが、雪月さんが私の膝上に倒れて二度寝してる。

 そこに良い抱き枕があるんですけど。今ならモフモフ付きですよ。


 なんて考えてる間に寝息を立てる始末。仕方ない、起きるまで待ちますか。


 ※


 雪月さんが目を覚ますのにそう長い時間はかからず、今は朝食の支度をしてくれます。私が二度寝したら夕方まで目を覚ましませんよ。


 そうこうしてる間に彼女がトレーで朝食を運んできます。朝の献立は味噌汁とおむすびのようです。おむすびは昨日沢山作っていましたからその残りでしょう。味噌があったのは意外でしたが。もっとも具材は一切入っておらず、文字通り味噌の汁です。


「ごめんね。本当は何かあったらよかったんだけど」


「そういう生活には慣れていますのでお構いなく」


 雪月さんが料理を並べてくれて、ご丁寧にこの狐の分まで用意してくれてあります。彼女からすればこいつも立派な家族なのでしょうか。ともかく手を合わせて頂きます。


 まずは味噌汁を一口。悪くない味です。味噌の分量というのは案外難しい。私として濃いよりは少し薄いくらいが丁度いい。


 というのも……。


 味噌汁と言えばおむすびでしょう。ですがここで問題。おむすびを味噌汁に入れますか?

 答えは絶対にノーです。確かに味噌と白飯の相性は抜群です。つい入れたくなる気持ちは分かります。ですがせっかく握ったおむすびを味噌汁に入れようものなら、水分を吸って一瞬で崩れてしまうからです。それはおむすびに対して全く敬意がありません。

 ですから一緒に食べるならまずはおむすびを一口頬張り、その間に味噌汁を啜る。これで決まりです。


 おっと。また私としたがつい脳内で熱くなってしまいました。おむすびのことになると我を忘れてしまいがちです。


 雪月さんはというと、何とも優雅な所作で味噌汁を啜っています。おむすび片手に吸い物を啜ってる私とは大きな違いです。とはいえ彼女はとても嬉しそうな顔で食べているのが分かります。


「雪月さんは良いお嫁さんになれますね」


 なんて呟いたら雪月さんは急に赤面してむせ込んでしまいました。失言でしたか?

 こうやって美味しい料理を作ってくれて感謝の気持ちを伝えただけなんですけど。


 なにせ私が料理をしようものなら味覚音痴でなければ食べれないそうです。母から食材がもったいないと何度も叱責を受けたものです。


 食事を終えて支度を終えたらさっさと出ましょう。昨日はあまり移動できてませんから今日はその分を取り戻さなくてはなりません。ただその前に。


「雪月さん。お手洗いは今の内に済ませてください」


「はーい」


 化物と戦ってる最中にお腹が痛くなっても誰も助けてくれませんからね。

 私は催しは起こらないのである意味便利な体とも言えますが。


「まるで保護者だな」


「共に戦う仲間だから気にかけるのは当然」


「そうしておくとしよう」


 雪月さんが戻って来ると早速出発です。当面の脅威はないと思いますが、油断はできないので住宅街を進みます。


 ただ、ここでまたまた問題発生。


「うーん」


 何だか左手がずっと握られてるんですよね。雪月さんが私に引っ付いて離れません。

 何なら今にも胸の中に飛び込んで来そうなくらい。


「お姉ちゃん?」


「いえ……」


 前まではすごく頼もしそうに見えたのに今はどうしてこんなにも無防備なのか。

 一周回って幼児化が進行した? 或いはこれが本来の彼女?

 どちらにせよ、こんなにべったりされると私も歩きにくい。


「雪月さん。少し離れて欲しいのですが」


「やだ。わたし、お姉ちゃんと一緒がいい」


 いや、本当に困りました。本来ならきつく言えばいいのですけど、こんな可愛い子に上目遣いで訴えられたら何も言えなくなるというか。ああ、私も人のこと言えませんね。ロリコンかもしれない。

 ですがここは心を鬼にしなければ。彼女を何とか引き離します。


「雪月さん。外は何が起こるか分かりません。不用心は避けるべきかと」


 けれど彼女は不服そうに頬を膨らませてきます。かわいい。かわいいんだけど!


「頑張ったら一杯撫でてあげますから」


「がんばるっ!」


 キラキラと目を輝かせて先に走っていきました。不注意厳禁ですよー。これでは本当に保護者じゃないですか。


 彼女の問題は一旦置いといて、この銃を見ておきましょう。昨日襲撃してきた女が使っていた拳銃を拝借させてもらいました。厳しい現状ですから武器はいくらあっても困りません。


 弾は残り2発。馬鹿みたいに撃ちまくるから殆ど残ってないじゃないですか。銃なんて基本脅しの道具なのですから撃つのはもっと慎重になって欲しいものです。

 とはいえこの銃は私が持ってるのよりすごく軽く手にも馴染みます。私が持ってる銃が大きくて重すぎるだけな気もしますが。これなら片手でも撃てそうですが慣れない内は厳禁でしょうね。それにあの至近距離で2発もくらったのに致命傷にもなってないのですから威力も期待できそうにありません。ないよりはマシでしょうけど。


 銃をポケットに隠して先を目指します。すると雪月さんが小走りになって戻ってきました。


「お姉ちゃん。この先におっきな人がいる」


 彼女に言われたので近くの敷地に身を隠します。先を見たら2つ目の十字路のある付近で緋人が歩いていました。それだけでなく近くの公園らしき所にも緋人がいる。

 居住区ゆえか、緋人になった人がそれなりにいるようです。どうしたものか。


「迂回する?」


 そうしてもいいのですが公道に出て万が一見つかった時、こいつらと鬼ごっこしては間違いなく捕まります。主に私が。

 それに見ただけで2体もいるなら他にもいると考えるべきですし、他の緋人を呼ばない為にも慎重になるべきでしょう。


「このまま進みましょう。頼りにしてますよ」


「分かった、任せて」


 彼女は一歩前に出て形代を指に挟みます。ここは街中で山と違い周囲は無機質な建造物しかありません。そんな中で彼女の陰陽術は使えるのでしょうか。

 彼女はどこを見つめているのか、私の目には遠い彼方を見ているようにしか映りません。


 けれど彼女は見ている。僅かな電線の動きでしょうか。公園のブランコの動きでしょうか。道端に立てられた旗でしょうか。或いは自分自身の髪の揺れすらも計算しているのかもしれません。


 そして形代を手放した。ひらひらと舞い上がるようにして空へと飛び立った。けれどまるで吸い込まれるようにして公園でたむろしている緋人の所へと向かっていく。


「ぐがあぁぁぁっ!」


 血の匂いを感じた緋人は急に気性が荒くなりどこかへと飛んだ形代を追いかけて行きました。すばらしい。


「さすがは私の相棒です」


 お礼に頭をなでなでしてあげましょう。さきほどまでキリッとしていた彼女でしたが表情が緩んで何とも可愛らしい。とまぁ、惚気てる時間はありません。

 緋人はまだまだいますから彼女には役に立ってもらわないといけません。


 その後も雪月さんの陰陽術に唆されたお馬鹿な緋人達はフラフラと誰もいない所を目指して走っていました。幼い彼女の掌に踊らされてるとは何とも哀れよ。


「やはり雪月さんを連れて正解でした」


 私としても緋人と抗争するのは極力避けたいからです。いくら緋人を殺せる力があるとはいえ、弾も薬も有限です。出会う度に一々戦っていては命がいくつあっても足りません。いや、命ならいくつでもあるのですが薬はそうも言えないです。


「わたし、お姉ちゃんの役に立ってる?」


「ええ、とても」


 そしたらまたしてもフニャフニャな笑顔を見せてピョンピョン跳ねる始末。こういう所はまだまだ子供なんですけど、それまた可愛いのです。


 それから先に行くと大きな商店街の前にまで来ました。丁度道路を挟むような形で公道の前にまで来たようです。同時に大きな問題も発生しました。


 先程まではぽつぽつとしかいなかった緋人がここぞとばかりに集結しています。それは商店街の方にも、道路のどちらの道に対しても。ここは緋人の街とでも命名してあげましょうかね。


 今更来た道を引き返すわけにもいきませんし、どうにか進みたい所ですがどうしたものか。


「わたしの出番?」


「少し考えます」


 雪月さんの陰陽術は確かに優秀です。けれどそれには大きな欠点がある。というのは基本的にあの術は1体1でしか通用しないと思うんです。複数の緋人がいた場合、形代の近くの緋人は釣られるかもしれません。でも勘のいい奴ならこちらの存在に気付くかもしれません。

 そうなれば最後、ここにいる全員の緋人が私達を追い回すでしょう。


 仮に彼女が複数の形代を扱えたとしてもこんな街中では成功率も極めて低い。そんなリスクを背負うのはやはり気が引けます。だからといって隠れながらやり過ごすのも危険な綱渡り。血の匂いに釣られるなら近くに行けば間違いなく気付くでしょう。その結果も同じ。


 ふむ、どうしたものか。


「手はないこともありません。ですが少々危ない橋にもなります」


「わたし、どんな道でも魔女のお姉ちゃんに付いていくよ」


「良い返事です。なら雪月さんはここに残っていてください」


「え?」


「私が緋人を引きつけますので後で合流しましょう。合流場所は商店街の向こうがいいですね」


「そんな。わたしも一緒に……」


「いいえ。この作戦は1人の方がいいんです。昨日も言ったでしょう。私、不老不死ですから最悪緋人に捕まっても死にません。でもあなたは違う」


「でも……」


 心底不安そうな顔をしています。一度離れたら二度と会えないと思っているのかもしれません。頭を撫でてあげました。


「ご安心ください。あなたの約束を反故にする気はないので。それにさっき言いましたよね。どんな危ない橋にも付いて来るって。ならここは私を信じてくれませんか?」


 雪月さんは迷ってる素振りでしたが昨日の約束や私に対する敬意を見せてくれて、頷いてくれました。素直な子は好きですよ。さて、作戦が決まれば後は実行するだけ。


「敵が動くまで雪月さんはここで待機していてください。私が先に行きます」


「分かりました」


 行動開始。変な狐も付いて来てるけどこいつは緋人に見えないから只の飾りでしょう。

 進むべき道は、商店街がいいかな。奥には緋人がいる。とりあえず野菜売り場のお店で隠れさせてもらいましょう。緋人はざっと数えただけで4体はいます。面倒極まりない。


「さすがの君でもこの数を切り抜けるのは難しいと思うがね」


 どうせ今回も高みの見物でしょう。こっちは話す余裕もない。


「吾輩の力が欲しければいつでも言うがよい」


 それは絶対にないからご安心を。


 隙を伺ってるけどやはり奥へ進むのは難しそうです。ならここは雪月さんを見習って手を打ちますか。


 売り物だったであろう、腐ったじゃがいもを1つ取ります。それを奥へと投げました。

 じゃがいもが地面に落ちたと同時に緋人の注意がそちらに向きます。


 今!


 視線が別を向いたおかげで1つ先の魚屋にこれました。後はこのじゃがいもを投げ続けるのを繰り返すだけ。

 ……母が知ったら絶対に怒るだろうな。なんて考えてる暇はないけど。


 私の華麗な身のこなしにはさすがの緋人様も敵わなかったようで何とか奴らを撒いて奥へと来れました。狂暴な緋人は理性がない分、知能もないので案外こういう単純な作戦にも弱いようです。


 商店街を抜けた先は市街のようで見た感じでは緋人は見当たりません。けれどここからが本番です。落ち着け私。やるぞ。


 女から奪った拳銃を空に向ける。


「君もつくづく馬鹿だな」


 私の思惑を理解したのかこいつが呟いた。ええ、馬鹿ですよ。悪いですか。

 思考してる間に空に発砲した。


 パァンという乾いた音が静寂の街に響き渡る。


 さぁ、ここからは時間勝負。準備運動してる暇はない。走れ、私。


 チラッと後ろを振り返る。そしたらどうでしょう。商店街から沢山の緋人がやってきました。


 やれやれ。そんなに私のファンになりたいのですか。悪いけどお断りします。


 奴らに見つからないようにどこかに隠れることもできる。

 でもそれじゃダメだ。せっかく一か所にまとめたのにまた散り散りになったら今度は雪月さんが危ない。


 私の役目は餌。とにかく目立つように道路を走る。


「「「ぐおおぉぉぉっ!」」」


 後ろから熱烈な声援が聞こえます。モテるって辛いですね。


 さて。私が死ぬのも時間の問題でしょう。でもそれでいい。

 私の役目は雪月さんを逃がすこと。秘密を明かしてあるからあの子も私の安否を気にしないはず。


 さすがに、疲れてきましたね。

 まだ100mくらいしか走ってない気もしますが。


 後ろからは緋人の群れ。私にしては頑張った気がします。えらいえらい。


「お姉ちゃん!」


 そしたら後ろから何やら聞き覚えのある声が。


 疲労で幻聴が?


 と思ったら私の隣に自転車に乗った雪月さんがやってきました。そんな便利な物が。


「乗って!」


「私が漕ぎます。代わってください」


 急いで乗り換えて後ろに雪月さんが座る。狐が前の籠に入るからその上に鞄を叩きつけてやった。変なうめきをあげてたけど今は忙しい。


 自転車のおかげでスピードアップ。


 というわけにもいかないらしい。

 やはりドーピングした選手は想像以上に速い。


 距離が縮まる。不味いですね。


 すると雪月さんが形代を飛ばして緋人を妨害してくれた。

 顔に形代が張り付いて前の奴が転倒すると釣られて他の奴らも乱れる。


 これは私もへばってる場合じゃないですかね。


「うりゃー!」


 全身全霊、全速前進。


 雪月さんの妨害もあって徐々に緋人との距離も離れてるようです。

 けど一体だけ張り切ってる奴がいる。距離も近いせいか形代の影響も諸共してない。

 全くしつこい人は嫌われますよ。


「雪月さん、耳を塞いでください」


 彼女が何か言う前に拳銃を抜きました。こういう時、片手で使えるのは便利ですね。


「田舎に帰りな、くそったれ」


 こめかみ狙って撃ち抜いた。緋人は宙にひっくり返るようにして倒れる。

 すぐに起き上がろうとしてたけど、そんなのんびりしてくれたら流石の私でも逃げられる。


 女からもらった拳銃の弾は尽きた。もうこれはいらないかな。餞別にお前にくれてやるよ、家宝にしろよな。じゃあね。


 それで緋人の影が見えなくなってようやく一息付いて足を緩められます。

 私おばあちゃんだけど頑張ったー。


「雪月さん、ナイスサポートです」


「魔女のお姉ちゃんもお疲れ様」


 拳を出したら彼女も当ててくれました。やはり相棒は一味も違いますね。

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