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21.心の傷

 あれから私と雪月さんはファミレスに来てそこで休憩をしています。さすがに死体のある所ではゆっくりできませんですし、私の出血を見て彼女も心配したからです。

 実際、今日は歩くのも難しく足を引っ張るだけになるでしょう。とはいえ傷も深くないので明日になれば治っているでしょうけど。


 問題は私ではなく雪月さんの方かもしれません。あの女の人が死んでからというもの、まともに口を開かなくなってしまったからです。今もテーブル席で向かい合ってますけど、かれこれ1時間は会話もありません。正直気まずい。

 こういう時に限って悪霊狐は何も喋らないし、退屈そうに欠伸してる。


 仕方ありません。このままだと彼女との今後の関係に亀裂も入りますし、いい加減腹を括るとしましょうか。


「雪月さん。あなたに1つお話があります」


「えっと。何?」


 これ以上混乱させたくはなかったのですが、このままですと彼女の命にも関わります。共に生きると決めた以上、できることはしなければ。


「このままでいるのは不公平だと思いましてね。私について教えようと思います。単刀直入に言いますが私は不老不死です」


 それを聞いて雪月さんはポカンと口を開けたまま放心してます。急にこんなの言われても理解が追い付きませんよね。それでも言わないといけない。


「私、こう見えて100年以上生きてるんです。文字通り魔女なんです」


 普通なら冗談だと笑い飛ばすだろう。場を和ませるネタだと思うだろう。

 けれど彼女は笑いもせず私を見てくれている。


「雪月さんは知らないでしょうが戦時中に色々ありましてね。それで今日まで生きてきたわけです。不老不死になったせいでしょうか。私自身もどこかおかしくなっているのだと思います」


 普通とは何か。常識とは何か。正義とは何か。人道とは何か。

 今となってはどれも分からない。


「あの時、私は雪月さんを撃とうとしましたね。あなたが感じた通り私は撃とうと思えば撃てました。自分でも理解できませんが。私にはもう人の心がないのかもしれません」


 目的の為に端的に物事を解決していく。そこに人間性という非論理的な要素を排除していた。或いは私自身が妖怪になってしまったのか。それとも無意識の内に狐の言った言葉が合理的だと判断していたのか。


「雪月さん。あなたは私といるべきではないかもしれません。私といるときっとあなたの心まで穢れてしまう」


 これは本心だ。元々彼女を連れてきたのもきまぐれだったし、少しでも役に立てばいいと思っていただけだ。今回の一件で自分の本心に気付いてしまった以上、私はもう彼女を守れる自信がない。


 そこまで話すと雪月さんは俯いてしまいます。きっと失望したのでしょう。姉のように慕っていた相手は本物の魔女だったのですから。


「それなら、どうしてあの時助けてくれたの?」


 山中での出来事を指しているのでしょうか。


「わたしを利用したいだけだったらあの時見捨てたらよかったもん! 魔女のお姉ちゃんはそんな酷い人じゃない……」


 雪月さんは服の上に涙を零しながら言ってくれます。こんな時でも私を気にかけてくれるのは、やはりこの子はどこまでも優しすぎる。だからこそこんな過酷な場所に連れるべきじゃなかった。


「パパとママはおっきな人になってもわたしの身を守ってくれた。ずっと、わたしの傍にいてくれた」


 それはあの緋人のように理性を保っていたのでしょうか。


「辛かった。怖かった。何も考えたくなかった。眠ったら村に怖い人が来ておっきな人も村の人も殺したあの日のことが毎日でてくる。もう嫌だった。死にたいって思った。でも、パパとママがね、生きてってわたしに言ったの。だからね、わたしは生きてる」


 聞いてるだけで胸が苦しくなるような悲痛な経験を幼い彼女はしているようです。


「誰もいない。誰も来ない。誰にも知られないままわたしは死ぬんだろうって思ってた。そしたらね、魔女のお姉ちゃんがやってきたの」


 そんな辛い心中の中で私に対して無理して笑顔を振りまいていたのですか。

 この子は本当に。


「魔女のお姉ちゃんは時々怖いって思う。でもそれ以上に優しいって思うのも本当。それにわたしにはもう魔女のお姉ちゃんしか頼れる人がいないの。だから、帰れなんて言わないで……」


 彼女はポロポロと今も泣いたまま。そんな彼女の涙を見ても私の心の波は未だに揺れない。

 いや。私の心はあの戦争の時にとっくに壊れていたのでしょう。今ここにいる私はただの道化。

 本当の私はどこにもいない。


 けど、それでも。こんな私を必要としてくれるのなら。本当の私を見てまだ信じてくれるのなら、私もその期待に応えよう。


「分かりました。私ももう雪月さんに帰れとは言いません。その代わり、私にも条件があります」


「な、なに?」


「お互い秘密を知ったのですから、もう主従関係とか師弟関係はお終いです。これからは私の命令ではなく、あなたの意思で動いてください。それが旅のパートナーというものでしょう?」


 このままであったら真面目な彼女なら私の指示に従い続けるだろう。けれど私だって人間だ。間違いもあれば失敗もする。そんな時、誰かが間違いを正してくれなければきっと気付けない。


 雪月さんは意味を理解してないようでキョトンとしています。


「わたしで、いいの?」


「魔女に二言はありませんよ。返事は?」


「もちろん!」


 いい返事です。これで彼女は私の相棒というわけですね。もっとも、彼女の場合は自分で考えるようになるまではまだ時間がかかりそうですし、それまでは私も手助けしませんとね。


「では約束の契りとして指切りしましょうか」


「やっぱり魔女のお姉ちゃんって」


「おばあちゃん、ですか?」


「ううん。わたしにとって最高のお姉ちゃん」


 指切りも果たしたことで雪月さんも約束は反故にはしないでしょう。これで私の杞憂も1つ晴れたものです。


「そうだ。火が使えないか見て来るね。使えたらおにぎり作ってくる!」


 雪月さんは米の袋を持ってパタパタと走って行きました。笑顔が戻って何よりです。

 それに好物も覚えていてくれたようで。おむすびと言わなかったのだけ、おばあちゃん悲しいですけど。


「人間と仲良くなっても得がないと知っておると思ったがな」


「それは妖怪に限ってでしょ。私は人間だから関係ないの」


「肩入れした所で別れが辛くなると自分で言ってなかったか?」


 きっとそうなんだと思う。でもそういう関係を築けたならそれも悪くないかもしれない。

 だってまだそこまで経験してないから。


「お前も残念だったな。これでもう雪月さんはお前に耳を貸さないね」


「元よりあのような童を騙す趣味はない。吾輩の契約主は君しかおらんからな」


「お前も強情だな。ずっと一緒ならいつか首を縦に振ると思ってる?」


「それは時の運次第じゃな。吾輩は待つのに慣れている。いずれ、その時は来るじゃろう」


 どんな状況になろうとお前の力だけは借りたくないな。


 それから暫く時間が経ったけど雪月さんの帰りが遅い。さっきあんなのがあった手前、機嫌を損ねているとは考えられないが万一気持ちが変わってやっぱり魔女のおばあちゃんなんて大嫌いと言われようものなら、鉄の心の私でも心臓に穴が空く。


 心配なので厨房に行ってみるとそこには白い湯気を立てながら何やら良い匂いが。

 奥で雪月さんがご飯をコネコネしておられます。まさか本当に火が使えたとはね。

 貴重な水まで使って全くこの子は。


「お姉ちゃん! おにぎり作ってたら遅くなっちゃって。もうすぐ出来るよ」


 ほくほくのご飯を素手に握ってくれるこの子はまさしく天使。

 1つ出来上がったのがあったのでパクリと頂く。つまみ食いではない。味見です。


「塩気が……ない!」


「あー、うー。ごめんね? 探したんだけど見つからなくて」


 塩のないおむすびなんて只のご飯じゃない!


 でも、まぁ悪くない味、かな。


「いいよ。その代わりに雪月さんの愛を感じたから」


「えへへー。恥ずかしいよー」


 本当に娘にもらっちゃおうかな。なんて。


「おい、吾輩も欲しいぞ」


「お前にやる飯はない」


何故(なにゆえ)!」


「働かざる者食うべからず」


 何もしてないこいつが飯にありつくなどあってはならぬ。

 でもお優しいお姫様はこんな奴にでも慈悲を与えるらしい。なんと寛大なお心か。


「あっつ! あつい!」


「狐の癖に猫舌なの?」


「吾輩をあのような化け猫と同じにするでない!」


 熱々のおむすびが美味しいのに分かってないね。こいつが食べるのはこれで十分。


「さっきも言ったけど私は不老不死だから本当は何も食べなくて平気なんです。そこの馬鹿狐もね。だから周りもだけど自分も大切にしてね」


 優しいこの子だからこの先も自己犠牲の精神を持つかもしれない。そういう人が最後にどうなったかは身内でよく知っている。


「作ってくれるのは嬉しいけど食料はなるべく自分の為に使って欲しい」


「うん……。分かってる、けど」


「けど?」


「食事は一緒の方が、楽しい、から」


 本当にこの子は、もう。そんな風に言われたらきつく言えないじゃないですか。


「ふぅ。分かりました。雪月さんの意見も聞くって約束ですからね。あなたが望むなら一緒に食べます」


 そしたらパァッて笑顔を見せて喜んでくれる。こんなので喜ぶなんてまだまだ子供。

 いや何気ない日常こそが彼女にとって最高の幸せなのかもしれません。

 私も、そんな時間があれば嬉しいなって、そう思う。

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