20.復讐
緋人の埋葬も終わって私と雪月さんの旅が再開します。変な狐のおまけ付きで。
先程の銃撃で悲鳴があったのですから、おそらく敵の何人かは逃げた可能性があります。
奇襲という卑怯な手で攻撃したのですから相手もこちらに容赦してくれないでしょう。
暫くの間は油断できそうにないですね。やはり銃を使うと大抵ろくでもない結果になります。
そんな考え事をしてる自分に思わず鼻で笑ってしまいました。さっきまで共にしていた人がいなくなったというのに、もう気持ちを切り替えて先を考えてるからです。
まるであの人の存在がなかったかのように。やはり私は普通ではないのかもしれません。
雪月さんは普通の人間らしく落ち込んだ様子でトボトボ歩いています。幼い彼女には苦しい結末だったでしょう。けれどこの程度で根を上げられてはこちらも困ります。
この先、非情な決断だって必要にもなるでしょう。時には私を見捨てるという判断も必要になるかもしれません。そういったことも含めて雪月さんは成長しなくてはいけない。
「辛いなら帰ってもいいんですよ?」
雪月さんの足なら今から引き返せば村に戻るのもそう時間はかからないでしょう。
あそこならペコリーマンもいますし、温く平凡な一生で終えられるでしょう。
けれど彼女は首を振りました。
「行く。魔女のお姉ちゃんに付いて行くって、決めたから」
芯が強いのか、強情なのか。一体誰に似たのやら。
私としては彼女が居てくれた方が助かるのでありがたいですけど。
来ると言うならば私に拒む理由はありません。このまま先に進みましょう。
とはいえ道路を歩くのはさすがに目立って困るので住宅街へ行きます。
何かあればすぐに隠れられるからです。それは相手も同じでしょうが。
「今は私の近くに居てください」
「はい」
いつ襲撃に遭うか分からないので不用意な行動はできません。相手もこのまま黙って見過ごしてくれないでしょう。
前方は雪月さんが警戒してくれているので後方は私が警戒します。今の所、敵の気配はなさそうです。本当ならここにいる狐が監視してくれたら一番楽なんですけど、こいつの場合は平気で嘘を言いそうなので却下。
それから数時間ほど歩き続けましたが敵の気配は全くなく平和なものでした。とはいえずっと警戒しているものですから今までに比べてペースは格段に落ちているのは確かです。
この調子ですと県を出るのも相当先になりますし、ここは手を打たなくてはならないかもしれない。何せ私が撒いた種ですから。
「雪月さん。少し休憩にしましょう」
「分かった。どこで休む?」
住宅街なので周りは家しかありません。地図を見たら公園がぽつぽつ見受けられますがさすがにそんな所で休むのは些か危険です。かといって人様の家に勝手に侵入するほど節操はなくなっていません。
「公道に戻ってお店にでも入りましょう」
「いいの?」
「はい」
広い場所に出れば相手の的になる可能性があります。けれどこのまま警戒して進んでいては埒があきません。いくら周囲を警戒してるとはいえ相手がそういうのに慣れていればこちらに気付かれずに今も追ってる可能性があります。
攻撃して来ないのは万一銃弾を外せば私達が気付いて隠れて逃げられるからです。おまけに相手の武器が銃ならば不用意に発砲して弾を使いたくないはず。
もし私なら相手を確実に殺せるタイミングを伺う。食事中か寝てる時か。
だったらさっさと休んでこっちが気を緩めてると思わせて来てもらうのが一番早い。
地図を見たら北へ行けば市街に出てお店もある。よし。
住宅街を抜けて道路向こうにバーガー店が見えたからそこを指さした。雪月さんが頷いて周囲を警戒しながら店まで来ます。扉のガラスは割られていたので中に入ります。
相変わらず証明も点いておらず閑散としています。おまけに椅子や物が散らかっていて酷い有様。
雪月さんが空いてるテーブル席を見つけてそこに鞄を置いて休憩しようとしましたが肩を叩きます。
「雪月さんは少しの間トイレの方に行ってもらっていいですか?」
「え?」
「追手が来てる可能性があるので」
耳打ちするように伝えたら彼女は何も言わずに従ってくれました。では私も動くとしましょうか。外を注視していては向こうも近付いて来ませんでしょうし、カウンターの奥へと行きます。如何にも食料を探していますという振りをしつつ、相手の動向を探ります。
パキッ
すごく小さな音でしたが確かにガラスを踏む音がしました。やはりストーカーでしたか。
すぐに身を屈めてナイフを握ります。狭い場所ならこちらの方がいいでしょう。最悪銃弾を受けても私は死にません。
店内の様子を伺います。すると黒髪のベストを来た女性が周囲を警戒しています。手には拳銃を構えています。誰もいないのに少し驚いてる様子ですがゆっくりとこちらへと来ます。
店内にいなければ厨房にいると考えるのが普通でしょう。
私は屈んでいるので相手の視界には入っていません。あと少し。今!
ナイフを構えて飛び出したはいいのですが、ここで私の期待が裏切られた。
明らかに相手の意表をついたのに女性の反射神経がすごかったのかあっさりと身を引かれて避けられてしまったのです。
勢い余った私はテーブル席にダイブ。お腹ぶつけた、痛いー。
なんて呑気に考えてる時間はなかった。頭に不快な鉄の物体を突き付けられてる。
撃ちたきゃ撃てばいい。どうせ私はその内生き返る。それでこいつが満足して出て行ってくれたら雪月さんも無事だし何も問題ない。
なのにどうしてかな。神様というのはどこまでも悪い方向へと進めたくなるようで。
「お姉ちゃん!」
状況を察した雪月さんが飛び出して来てしまったようです。女の注意が一瞬逸れたからその隙を見てナイフを振る。
腕を掠めたけど致命傷にはならない。逆に相手の銃弾が私の足を貫いた。ああもう、本当に。
何とか頑張って立ち上がったけど、その時には女が雪月さんの所に行って銃口を頭に付きつけてる。
「これで全員か?」
女は冷たい口調で言います。嘘でもまだいると言うべきか。
「早く答えろっ!」
女が苛立って雪月さんに銃を押し付けます。彼女は痛みに堪えるようにしてますがその目は今にも泣き出しそうでした。
「私とその子しかいませんよ」
随分とご乱心のようなので下手に刺激しないでおきましょう。
「なんで、殺した?」
女が私に向かって言います。
「なんで私の彼氏を殺したんだよ!」
怒鳴るように叫び静かな店内が少しだけ賑やかになりました。
どうやらあの時の爆発で彼女と一緒にいた人が死んだようです。
「先に攻撃してきたのはそちらでしょう」
「私らはあの化物しか狙ってない。あんたはあの化物を助けようとしたのか?」
憎しみの篭った眼差しで睨んでくる。よほど大切な人だったのでしょう。
「私達を見ていたならあの者が他の不死者とは違うと気付きませんでしたか?」
「知るかっ! あいつらは私のダチや家族を奪ったんだぞ! 許せるわけねぇだろが!」
通りで無駄に多くの弾を乱射していたわけですか。そもそも緋人なんて相手するだけ疲れるだけなのにわざわざ殺そうとしてたのですから相当憎かったのでしょう。
「もう一度聞く。何で私の彼氏を殺した」
「あなた達が話しに応じてくれる人なら私も手荒な真似はしませんでしたね」
「あんた、状況分かってるのか? あんまり私を怒らせるとこの子がどうなるか分かってるんだろうな?」
女はぐりぐりと雪月さんの頭に銃口を突き付けています。人質を手に入れて随分と強気になっているようで。
「その子に人質の価値があると思っているならとんだ思い過ごしです。彼女は私を姉と呼びますが血のつながりもありませんし、そもそも同行してるのも利害が一致しているだけですよ」
彼女に人質としての価値がなければこの女にも隙が生まれるかもしれません。けれどそれは火に油だったようです。
「それは面白いな。だったら本当にそうか試してやる」
今にも引き金を引きそうな様子だったので、私はポケットから銃を取り出して構えました。
すると私が拳銃を持っていたのに驚いた顔をしています。もっとも相手が持ってるのより古くて年季が入っていますけれど。
「ご安心を。あなたも銃弾がもったいないでしょう? 私が代わりに殺してあげますよ」
「おねえ、ちゃん?」
両手で構えてしっかりと狙いを定めます。実際、私の態度を見て女も少し焦っているようです。本当に撃つのではないか、そう思ってませんか? ええ、私は撃てますよ。
少しでもそう思ったのか雪月さんを自身の胸元に引き寄せて盾にしてますが、そもそも銃弾は貫通するので意味なんてありません。それにどちらを狙っているか分からければ相手も不安になるでしょう。
すると女が私に向かって発砲してきました。
腹部に、痛みが。
「あんた何なんだよ! 本当に人間かよ!」
「私は魔女ですよ。この白い髪が見えませんか」
痛くて立つこともできません。もう銃を構えるのも難しそうですね。
とはいえ女の手はガタガタ震えながら私を狙っています。
「あんたのせいで! あんたのせいでっ!」
「もうやめてっ!」
雪月さんが涙目ながらに訴える。さすがに幼女の涙は効いたのか女は雪月さんを解放した。するとフラフラした足取りで銃を見つめています。
「はぁ。もう何かどうでもよくなった。今、そっちに行くね」
そう言って女は自分の頭に銃弾を放った。血が噴き出て床に倒れます。
それはやめて欲しかった。ここで緋人になられたらどうしようもない。
私の思惑とは裏腹に彼女が怪物になる様子はなかった。どうやら最悪の危機だけは免れたらしい。悪運だけは強い。
「雪月さん、大丈夫ですか?」
彼女は放心した様子で倒れた女の人をジッて見つめてる。幼い子に見せるにはあまりにショッキングな現場だったかもしれません。
「あなたは何も悪くありませんよ。これは私の罪です。ですから気に病む必要はありません」
「うん……」
それでも思い詰めた顔でずっと彼女を見ていた。
こればかりは私が何を言っても仕方ないか。人を殺せば別の業を引き寄せる。そんなのあの時から知ってたじゃないか。それでも選んだのは私自身。
「ねぇ、お姉ちゃん」
「なんですか」
「さっき言ったの本当?」
人質にされていた時にした発言でしょうか。
「あんなの嘘に決まってるじゃないですか。私が動揺すればあなたの人質としての価値が高まってしまう。だからああ言ったんですよ」
「そう、だよね」
不安そうに私にしがみついてきます。本気にしていたのでしょうか。聡明な彼女ならそれくらい気付くと思いましたが。
ふと、顔を上げてガラス窓に自分の顔が映ります。私、こんな顔してたっけ。目も口もまるで笑ってない。これじゃあ本物の魔女じゃないか。いや、違う。私は人、だから。