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18.理性

 露天風呂も満喫していい気分。寝るにはまだ早いしどうしようかな。そう思ってたら雪月さんが床に座って紙を小鋏で切っています。どうやら形代を作っているようです。

 なら、真面目な彼女に見習って私も薬でも作りますか。化物退治で結構減ってますし。


 それにしても彼女、形代を作るのが大分手慣れていますね。こういうのって普通最初にペンか何かで型を描いてから切るように思いますが彼女は何もない無地を切って形にしています。


 それだけ毎日無数の形代を作っていたのでしょうか。あんな村の中で1人寂しく。考えれば考えるほど可哀想に思えてきます。


「そういえば形代に血が必要でしたよね。私のを使ってください」


 雪月さんが有無を言う前にナイフで自分の指を切る。この先も形代を作るならわざわざ彼女が自傷する必要もないし、それなら私のを使った方が効率もいい。私の血であいつらが反応するのかは分かりませんが。

 うっ、こいつ結構切れ味いいな。深く切りすぎた。まぁでも、どうせすぐ治るしどうでもいいか。


 けれど私の実態を知らない彼女はその出血を見て大変慌ててしまったようです。


「こんなに血が出たら大変だよ! 止血しないと!」


「放っておいたらその内治りますから問題ないですよ」


「ダメだよ! 傷口から化膿したら危険だってママが言ってた!」


 本当に大丈夫なのですが彼女にその辺の事情を説明するのはかなり困難でしょうね。

 聡明な彼女は湯船のお湯を持って来て傷口を消毒した後、自前の絆創膏を張ってくれます。


「うん、これで大丈夫」


 その優しさが胸に染みますね。


「ですが血が必要なら本当に私に言ってください。わざわざあなたが傷を負う必要はありません」


「で、でもこれは私の戦い方だから……」


「雪月さん、約束覚えてますよね?」


「は、はい。分かり、ました」


 若干不服そうに言ってますが、こればかりは聞いて貰わないと。


「魔女のお姉ちゃんはどうしてそんなに優しいの?」


 優しい、か。本当に優しかったらあの時代で多くの人を助けられただろうし、今回の騒動も半分は私のせいだ。もし彼女の両親の死が私の作った薬が原因だって知ったらこの子はどんな顔をするんだろう? ある意味これは私の贖罪の旅だ。


 はぁ。気分が悪くなってきました。薬作りは中断です。


「食べれる物がないか少し探してきます」


「それなら私も」


「私1人で大丈夫です。雪月さんは残っていてください。何かあっては大変ですから」


 万が一緋人がいたらこんな狭い場所ですとかなり戦いづらいでしょう。逃げ場も殆どありませんし、風も遮るので彼女の形代も意味を成しません。それを自覚してくれたのか黙って頷いてくれました。


 靴に履き替えて廊下へと出ます。当然面倒な狐付きで。


「雪月さんを連れて来たの、やっぱり間違ってたのかな」


 こうして別行動して1人にさせるだけで物凄く不安に駆られる。勇敢な子だから大抵の状況は何とかできるかもしれないけど、それでもまだ子供。万一緋人と出会ってしまったら?

 そうでなくとも長い旅の中で彼女自身が緋人にならない可能性もゼロではない。もし彼女が緋人になったら私はどうするのだろうか。彼女を殺すのだろうか。


「吾輩はお嬢は足手まといになると何度も言っておるぞ」


「ありがとう。お前がそう言ってくれたら私は自分の選択が間違ってなかったって思える」


 少しでも自分の意思を貫かないとこの先やってられないぞ。がんばれ、私。

 こいつはやれやれって感じで溜息を吐いてたけど知るものか。


 こんな重苦しい思考はこれくらいにしよう。ただでさえ悩みの種は腐るほどあるのにこれ以上悩みを増やすなんて馬鹿らしい。とりあえず雪月さんが食べれそうなものでもあったらいいんだけど。それとおむすび。


 客室には食べ物は置いてなかったし、となると厨房かどこかになるだろうね。ロビーに戻ってきた。どこがどこだかよく分からないけど、厨房ってなったら鍋かフライパンでも転がってるだろうしそれで分かるかな。


 適当に部屋を出入りしていたら奥の方に銀の部屋があった。そう表現したのは台や壁が銀色に光っていたからで、何ともモノクロチックな部屋である。しかも結構広い。

 よく見たらコンロや鍋がいくつも置いてあるからここが厨房らしい。旅館の雰囲気とは全く違うんですね。


 食べ物は見た感じ置いてなさそうに見える。やはり旅館の厨房だからその辺の管理も厳しいのかもしれない。鍋の中はどれも空。そもそも旅館やホテルは客がいないと料理もしないし当然か。


 と思ったら調理台の上にペットボトルが並んでいてその中に『真水』と書かれた500㎖のボトルが置いてあった。わざわざ水を置いてあるなんて珍しいなって思ったけど、よく考えたら緋水騒動で混乱したなら普通の水道水も問題視されてただろうし、そうなると多くの料理人も困ったはず。だから新鮮な水を置いていてもおかしくはないかな。試しにボトルを緩めて一口飲んでみる。普通の水だ。


 これは雪月さんにあげるとして他にないかな。


「こっ、これは!」


 なんと厨房の奥に精米されたお米があったのです。しかも沢山。他の食べ物は殆どないのにどうしてお米はこんなに……。やはり即効で食べられる他の食べ物と違って水と火が必要なお米は需要が減ったのでしょうか。特に水が必要という点が悪かったんでしょうね。水は人が生きる上でも必要ですし、貴重な水をご飯を食べる為に使うのは効率が悪かったのでしょう。


「いらないなら私が貰っていきますよ」


 近くにあった袋にお米が一杯になるまで入れました。食べるかどうかは分かりませんが何もないよりはマシでしょう。おむすびおむすび。


 さて、用もなくなったので雪月さんの所へ帰るとしましょう。あまり時間をかけると彼女も心配するでしょうし。


 ガタン


 急に床にボウルが落ちる音がした。すぐに隣にいる狐を睨んでやったがそもそもこいつは床を歩いている。台の上のボウルが落ちた原因が考えるとしたら他に誰かいるのか。

 すぐに身を落として台の下へと身を隠した。


 こんな中で何かがいるとすれば誰だろうか。厨房に迷い込んだ野良猫の仕業説。いや、ここの扉は閉まってたし仮にここで野良猫が生活するには飲み水がないだろう。


 なら緋人か? でも私が知る限りではあいつらは暴走して雄叫びを上げてるイメージがある。そんな奴がいれば入った時に気付くだろう。


 だったら他に誰かいるということだろうか。雪月さんの可能性もあるけど真面目な彼女が私の言いつけを破って後に付いてくるとは思えない。ならば第三者しかない。


 一旦米と水を床に置いてナイフと銃に持ち替える。声もかけずに人の後ろに付いてくる変態野郎が友好的なはずがない。なるべく音を立てずに歩いて行く。突き当りに到着して顔をそうっと出した。私はすぐに顔を引いた。


 壁の隅に緋人がいたのだ。思わず心臓が飛び出そう。心臓出ても死なないけど。

 でも何かおかしくないかな。もう一度確認してみよう。


 慎重に顔を覗かせたら緋人が体育座りをして蹲っているではないか。しかもカタカタ震えて近くの台を揺らしている。ボウルが落ちたのはそのせいか。


「ヒック、ヒック」


 何やら声がする。泣いて、いるのでしょうか。今までとは違う現状に脳の処理が追いつきません。ここで下手を打つわけにもいかないので暫く観察します。


 5分くらい経っても緋人の様子が変わることなく蹲ったまま。本来ならばこのまま放置して帰ればいいのでしょうが、どうにもこの緋人は他と違う気がします。この機会を棒に振るか、どうか。決心して台から出ました。


「あの」


「ひっ!」


 声をかけたら異様にびっくりされました。見た目が緋色の人間にこんな反応をされると逆に困惑してしまいます。


「大丈夫、ですか?」


 すると緋人は顔をゆっくりと上げてこちらを見てきます。反射的に身構えてしまいましたが、すると向こうが驚いたようで両手を突き出してきました。


「や、やめてくれっ。殺さないでくれぇ」


 懇願するように訴えてきました。これには私もびっくりです。今までの緋人は理性がなく獰猛になっていましたが、どうやらこの人にはまだ理性が残されているようです。


「あなたは緋人……不死の方ですね」


「そ、そうだ。頼む、おいらを殺さないでくれ」


 声からして男性の方でしょうか。


「どうして不死の人間がこんな所に1人でいるんですか」


「家から、追い出されたんだ。こんな姿になったから、家族が気味悪がったんだな。周りの人もおいらを見たら悲鳴をあげて逃げるんだ。国の人に見つかって殺されそうにもなった。それで怖くなって誰にも見つからない所に隠れてたんだな」


 思った以上に残酷な運命が彼を襲っていたようです。ですがそれでも意識があるというのは驚きですが。


「私が見た他の者はあなたのように言葉を話せなくなっていましたが」


「おいらにも分かんねぇ。何度も助けてくれって頼んだけど、全部無視されちまったんだ」


「そうですか……」


 それであてもなく無人の旅館に隠れていたわけですか。どれほどここに居たかは分かりませんが、長かったのは確かでしょう。


「ご安心を。私はあなたの敵ではありません。私は薬師の魔女ですから。どうにもあなたに興味が湧きました」


「正気か魔女よ?」


 いつもこいつに正気を疑われてるな、私。言わんとするのは分かるが。


「理性ある緋人なんてこれ以上にないヒントだと思いますけど?」


「そうじゃろうが、こやつが他の奴のようにならないとも言い切れまい」


 それは確かにそう。でもこんなチャンスは二度とないかもしれないし、緋水がただ化物にするだけの薬でないなら国の目的だって分かるかもしれない。


「誰か、いるのか?」


「失礼。ただの独り言です。僭越ながらもしあなたがよければ私に協力してくれませんか? もちろんタダでとは言いません。私の薬を使えばあなたが元に戻る可能性もありますし、どうでしょうか」


「おいら、何も知らないけどいいのか?」


「その辺は私の役目ですから。悪くない交渉だと思いますよ」


 この人は少し考えるようにして俯いていたけど、顔をあげた。


「分かった。あんたに付いていく。ここで泣いてても、はじまらねぇよな」


「ご協力感謝します。それと言い忘れたのですが私の他にもう1人助手がいまして、まだ幼い故にあなたを見ると驚くかもしれません。ですから明日の朝、またここに来るのでその際に同行願えますか?」


 私の問いに特に不満もなさそうに同意してくれました。どうやら悪い人ではなさそうです。

 私の気持ちとは裏腹に狐様は不服そうでしたが。お前が言わずとも分かっていますとも。善意を信じていればいつか痛い目に見る、そう言いたいのだろう。


 それでも私は前に進まなくてはいけない。その為にあの樹海を出たのだから。

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