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17.宿

 雑貨屋を出てから地図を頼りに公道を歩き続けて数時間は経過したのでしょうか。空は暗くなりつつ、そろそろ今日の寝床を探した方がいいかもしれない。私はともかく雪月さんに夜の風は少々お辛いでしょう。


 当の本人は何事もなさそうに先を歩いて緋人がいないか偵察をしてくれています。あんな動きにくそうな恰好なのに諸共してないし、寧ろ私よりペースが速いくらい。あの妖怪狐に至っては雪月さんが無害と知るや否、彼女の傍に近付いて余裕な態度を見せてる。余計なことを言わないか常に地獄耳で待機してるけど今の所会話してる様子はなかった。


 というかこれ私が一番足引っ張ってるよね。不老不死で疲れ知らずのはずなのになぜだろうか。雪月さんは周囲が安全だと判断すると私に手を振ってくれる。それに私は手をあげて返答するんだけど、まるで孫に置いて行かれてるおばあちゃんの図である。その内彼女にさらっと魔女のおばあちゃんと呼ばれるかもしれない。それだけは絶対に避けたい。


 何とか足を奮い立たせて彼女に追いつく。


「そろそろ寝る所を探しましょうか」


 決して彼女に置いて行かれるのが辛くなったとか、荷物も持ってもらっているのに不甲斐ない自分を見せたくないとか、そういう感情は一切なく雪月さんを心配しての発言です。


「確かに暗くなってきたね。でもこれくらいならわたしは平気だよ?」


 元々山の中で生活してるだけあって夜目は利くようです。それはそれで頼もしいです。


「早い内に探さないと深夜に住宅街に迷い込むかもしれないでしょう? 転ばぬ先の杖です」


 幸い、現在地は店もそれなりに並ぶ大通りで、地図を見なくても飲食店やらスーパーやら見つけられる。


「はーい。魔女の()()()()()の言う通りにするって約束だもんね」


「ほっ」


「どうしたの?」


「いえ、なんでもありません」


 ここから近い寝床はどこでしょうか。正直飲食店のソファなどをお借りしてもいいのですが、初日から彼女に辛い思いはさせたくありません。どうせならふかふかのお布団があって、お風呂もあって、夕食も付いてたら完璧ですね。何度も言いますが私ではなく雪月さんの為です。


「ここの旅館が近そうですね」


「私探して来るね」


 雪月さんが私の地図を取って先へと行ってしまいます。頼もしいですけど不用心にも思えてちょっと心配です。これが親心でしょうか。


「そういえば魔女よ。あの男に聞かなくてよかったのか?」


 こいつは私の傍を離れられないから一緒に来るらしい。居て欲しくもなかったけど。


「何を?」


「君は言ったじゃないか。君の薬が研究者の手に渡った可能性があるというのを」


 ああ、その話か。ペコリーマンも私のお客さんで容疑者候補だったから何も聞かなかったのを不審に思ったらしい。


「聞くつもりだったけど、あの人は違うと思うよ」


「その根拠は?」


「お前も一緒に居たなら分かるでしょ。あの人は嘘とかそういうのは言えそうにない」


 こっちが聞いてもないのに喋るから、もし仮に私の薬を研究者様に売り払ったならどこかで墓穴を掘ってたと思う。あの性格なら私を前にしてそんな後ろめたい気持ちがあったら挙動不審にもなるだろうし。


「君を騙す演技かもしれんぞ」


「その可能性はあるけど、もしそうなら私を家に泊めようとしないよね」


 相手の立場なら早く店から追い出したいくらいだし、そうしなかったのは嘘がなかったから。それにあの感謝の言葉は彼の誠意の気持ちだと思いたい。


「君の寝首をかくつもりだったかもしれんな」


「研究者と繋がってたなら私が不老不死だと知ってるのに? それこそ馬鹿げてるね」


「やけにあの男の肩を持つのじゃな。お嬢の時は疑っておったのにのう」


 お嬢って雪月さんのことか?


「私はただ事実を羅列してるだけだよ。それに雪月さんが普通じゃないのはお前だって感じてたじゃん」


 少なくとも私の経験上であの年頃の子があそこまで達観してるのは見たことがない。これも安倍晴明の血が関係しているのだろうか。


 こいつと他愛のない話をしてる間に雪月さんが旅館を見つけたらしく、地図を掲げて手を振ってくれてる。


「お姫様の呼び出しだよ。それと先に言っておくけど、私が一番信用してないのはお前だから」


「やれやれ。嫌われたものじゃな」


 雪月さんと合流すると丁度目の前に一軒家くらいの旅館が建っています。

 暖簾を避けて玄関を開けて中に足を踏み入れます。電気も何も点いておらずフロントは真っ暗。当然人の気配もありません。

 特に荒らされた形跡もなく、何も知らない人が来れば定休日だと勘違いするかもしれません。


 丁度カウンターの向こうに鍵がいくつも掛けてあったので1つ拝借していきます。

 廊下を歩いているとガラス窓の向こうに庭が見えます。池と観葉植物が立ち並び、何とも風情を感じます。本来なら池に鯉でもいたのでしょうが、今は何もいないようです。


 明かりがないのは少々辛いですが非常口と時々光る蛍光灯が救いの綱です。部屋番まで来て鍵を差し込みます。ロックを解除でき開きました。

 中は和室のようでそんなに広くはありませんが大きなベッドが2つもありますし、奥には縁側のスペースもあります。ふむ、悪くありません。


 中に入ろうとしたら雪月さんに服を引っ張られました。


「お姉ちゃん。土足で入っちゃダメだよ」


 彼女に足元を指さされるとそこには土足厳禁の張り紙が。ご丁寧にスリッパも並べられています。なるほど、そういう感じなんですか。旅館何て初めてなものですから勝手が分かりませんでした。とりあえずスリッパに履き替えましょう。


 部屋の明かりはどれも点きませんが外からの光のおかげで何とか見えるのが幸いです。

 雪月さんも目がいいようですし問題はないでしょう。


「さて。旅館に来てまずしなくてはならないことがあります」


「夕食?」


 生きる為には食事は必須だけど私からしたらそれは例外。


「まずはお風呂に入りましょう」


 さっき奥に露天風呂があるのが見えました。個室で付いてるなんてこの旅館結構お高い所でしょうね。


「いいですか、雪月さん。匂いというのは乙女にとって最も大事な要素です」


 本人は分かってなさそうに首を傾げてる。彼女にはまだ経験がないのでしょうが、この先旅を続けていれば絶対臭いが溜まっていきます。もしこの先でこんな幼気な子が私と同じ目に遭ってしまった日には一生立ち直れないことでしょう。私ですら心に大きな傷を背負ったのですから、彼女なら一生のトラウマになること間違いありません。そうなる前に賢い私は手を打ちます。


「二言は聞きませんよ。さぁ脱いでください」


「ちょっと待って、お姉ちゃん」


「待ちません。そりゃ」


 有無を言わせず彼女の帯を解いてしまいます。そしたらどういうことでしょうか。着物が崩れたのと同時に彼女の服から大量の形代が落ちてくるではありませんか。


「だから言ったのにー」


 えっ。彼女の袴には四次元空間にでも繋がっているんですか。いや確かに前もすごい数の形代飛ばしてましたけど。最近の服ってとんでもないですね。とりあえず形代を片付けましょう。


 色々ありましたが露天風呂まで来ました。どうやら水はまだ出るようです。しかもお湯もでます。さすがに舟に入ってるのは冷たかったのでお湯を足しましょう。体を洗ってる間に温まるでしょうし。


「雪月さんの体を洗ってあげますね」


「大丈夫だよ、それくらい自分でできるよ」


「そうもいきません。この水にも緋水が含まれてる可能性がありますから万一口に含んでは大変です」


「んー、分かったぁ」


 お利口のようで素直に言う事を聞いてくれました。私を師として敬うようになってくれたようで嬉しい限りです。


 シャワーからお湯を出します。今度は前みたいに馬鹿はしません。これくらいの温度でいいでしょう。顔にかからないように少しずつ髪を濡らしていきます。こうして見ると彼女の髪は本当に綺麗ですね。まるで水のように透き通っていて異国人のよう。


「今更ですが雪月さんの髪は珍しい色ですね」


 私も白髪なのであまり人の事は言えませんが彼女の髪は淡い水色。日本なら普通は黒ですから珍しいです。


「お母さんが外国の人って言ってた」


「通りで」


 まぁそうなるのでしょうけど、でも陰陽師の家系でそういうのっていいんでしょうか。詳しいことはどうでもいいんですけどね。


「魔女のお姉ちゃんも真っ白な髪だよ?」


「私は……まぁ染めてましてね」


 地毛って誤魔化そうと思ったけどそう言ったら間違いなくおばあちゃん認定されそうだったので却下。雪月さんも特に興味がないようで他愛ない返事をしてくれます。


 お互いの体を洗い終わった頃には風呂の温度もほかほかになって湯気が立ってました。手を入れて確認したらいい感じになっています。


「あったか~い」


「肩まで浸かるのは禁止ですよ。あと泳ぐのも当然禁止」


「は~い」


 誤飲対策もばっちり。さて、私も浸かろうかな。んー、これはいい湯です。

 湯舟に浸かったのなんて何年、いや何十年振りだろう? 最後に入ったのは確か実家の釜風呂だったと思うし、いやーやっぱりいいものですね。


「君も呑気なものだな」


 我が家のお狐様が風呂の淵に座って言ってくる。


「世界はこんなにも危機的状況だというのにな」


「急に人の心配なんてどうしたの? 毒茸でも食べた?」


「君がこうしている間にも多くの人が命を落としているんじゃぞ?」


「今更すぎない? こうなった時点で私にできるのなんて限られてるよ。急いだ所で何かが変わるとも思えない」


 いくら私でも生きてる全ての人を救いたいと思う程傲慢じゃない。


「別によいがな。じゃがあまり火照っているといつか痛い目をみるぞ? 人の善意は特にな」


 やっぱりこいつがいると至福の時間も一気に冷める。なんだか腹が立ってきた。


「そういえば前から気になってたんだけどお前って妖怪だよね。もし緋水飲んだらどうなるの?」


「人の病如きに吾輩が屈するわけなかろう」


「へー。じゃあ今から実験してみようか」


 こいつの首根っこを掴むとようやく状況を理解したみたいでジタバタ暴れ出すが手遅れだ。


「正気に戻れ魔女よ! 吾輩にそんな仕打ちをするなどあまりに横暴じゃぞ!?」


「前にお前は言ったよね。何もないならそのままだし、何かあれば死ぬだけだって。それをちょっと試すだけ」


 自分で言ったことなのでさすがに言い訳も思いつかないらしく反論できずに暴れている。


「お姉ちゃんダメだよ! 動物は水が苦手だからそんなのしたら死んじゃうよ!」


 案の定雪月さんに止められる。手を離したらこいつは軽快なステップで縁側の方へと逃げてしまった。妖怪とはいえ動物としての本能はあるのだろうか。

 こいつの秘密を暴くまでは契約とやらは履行できそうにもないな。

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