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16.支度

 村に戻ってきましたが結局大きな収穫は何も得られませんでした。まぁこんなすぐに研究所の場所が分かれば苦労もしませんかね。情報隠蔽なんてお国様の十八番だろうし。


 ここにはもう用もありませんし、次を目指すとしましょうか。幸いまだ空は明るいですし街に戻るくらいの時間はありそうです。


「雪月さん、短い間ですがお世話になりました。私は次を目指そうと思います。それでは」


 軽く挨拶を済ませてすぐに出発しようと思いました。彼女に愛想がなくなったというわけではなく、不老不死として人と深く関わっても辛いだけなので別れはこれくらい簡素な方がいい。


「あの! わたしも魔女のお姉ちゃんについて行ったらダメ?」


 後ろで雪月さんで叫びます。思わずため息が出そうになりました。何となくそう言われる気がして早くに行きたかったのですが。


「有難い申し出ですが私の旅は危険極まりないですよ。今日戦った怪物をこれからもずっと相手にしないといけないのですから」


「うん……。でもわたし、お姉ちゃんに助けてくれなかったらあの時死んでた。だから今度はわたしが魔女のお姉ちゃんの助けになりたいの」


 そう思うなら少しでも命を長く生かして欲しいものです。確かに彼女の陰陽術は便利かもしれません。けれどそれ以上に彼女は幼過ぎる。身も心も未熟だし、疑うことも知らない。

 そんな子をドロドロの世界に連れるなんて将来不良になったら両親になんて弁明すればいいんですか。


「君が悩むなんて珍しいの。君なら二つ返事で連れると思ったがな」


「狐さんもこう言ってくれてるよ!」


 こいつの場合は絶対裏があるから信用できないんだよ。


「それに助けてもらったのは君も同じじゃ。ならこの子に借りがあると思うで?」


 はー、ここでそれを言うかな。私が不利になる情報はポンポン言うの本当悪霊狐。

 雪月さんをここに放置したくないっていう気持ちは確かにあるけど。

 うだうだ考えるだけ時間の無駄か。この様子だったら否応でも付いて来そうだし。


「分かった。けど私に付いてくるならこれだけは守って欲しい。この旅では私の発言が第一。例えどんなに荒唐無稽だろうと私を尊重する。そこの狐の言う事は聞かない。いい?」


 雪月さんは面食らって少し反応に戸惑ってる。純粋な彼女なら私の知らない所でこいつに唆される可能性がある。言い方は悪いけど私を神のように尊重すればこいつの言動にも耳が入らなくなるはず。


「うん、聞く! 魔女のお姉ちゃんの言う事なんでも聞く! 死体漁りでも盗みでも何でもする!」


 いやなんでそんな悪い方に捉えられてるの? 私そんなに悪い魔女に見えますかね。

 どうやら彼女にはまだまだ教育も必要なようです。


 でも。


「これから長い旅になるでしょうがよろしくお願いします、雪月さん」


「はい、こちらこそ」


 新たな協力者も増えたしここに来たのも無駄足ではなかったかもね。

 これ以上雑談をしている暇はないしさっさと行くとしよう。


「お姉ちゃん。麓に行くならこっちが近道だよ。案内するね」


 どうやら彼女を味方にして正解なようです。何て頼もしい背中なのでしょうか。


 山道を抜けて道路にまでやってきました。麓近くの所で街も見えています。なるほど、これなら確かに買い出しに出てもそんなに時間がかかりませんね。あんなに時間をかけて行った自分がバカらしいです。


「雪月さんにこれを渡しておきます」


 鞄から薬を出して彼女の手に乗せた。


「これは何?」


「今日あの化物を殺した薬になります。それを飲ませたらイチコロでしょう。今後どうなるか分かりませんので雪月さんにも持っていて欲しいんです」


 彼女の力はあくまで自衛手段のみ。なら緋人を倒せるこの薬はいつか必要になるはず。

 彼女は小さく頷いて袴の中にしまった。


 それで視界にあのお店が入る。


「次の街へ行く前に少し支度をしていきましょうか」


 店に入ったらペコリーマンが椅子に座って新聞を読んでた。それがいつのものかは分からないが少なくとも今日ではないのは確かだ。きっと新聞でも読んでないと退屈なのでしょう。

 彼は私に気付くと新聞を置いて立ち上がった。


「あなたは魔女さん。それに、その子は……」


 雪月さんは彼を見てペコリとお辞儀をする。育ちの良さを痛感したね。


「色々あって彼女と一緒に行くことになりました。それでこのお店で準備をしていこうと思ったんです」


「そうですか……」


 ペコリーマンが少し寂しそうな顔をする。さてはお前もロリコンだな?


「こちらの方はどうでしたか?」


「特に何もありませんよ。いつも通り平和そのものです」


「それは中々洒落た言い回しですね」


 人間がいなくなったから自然界からしたら平和になったとも言える。


「いくつか物資を頂きたいのですがよろしいでしょうか」


「もちろん構いませんよ。ここは俺の店ですから」


 こういう時協力してくれる人って大事だなって思いますね。そう思ったらあの樹海で細々と薬を作っていたのも無駄ではなかったようです。


「では地図を頂きたいのですがあります?」


「ありますよ。国内のと県内がありますけどどうします?」


「両方お願いします」


 何せ私は樹海住み故に土地勘もなければ地理にも疎い。このままあてもなくフラフラしていれば同じ所をグルグル回ってしまうでしょう。


 ペコリーマンがせっせと棚を漁って地図を用意してくれました。わぉ、今の地図ってこんなに細かいんだ。何て正確なんだろう。文明の進化を感じて感動しますね。


「次はどこを目指すつもりなんですか?」


「東京、ですかね」


 今の所情報が何もない。ならば人が多く集まる所に行くしかない。地図を見た限りではここからでは相当距離があるのは分かる。


「東京ですか。徒歩で行くには随分遠いと思います」


「それでも行くしかありませんから。それに歩くのは彼女も慣れてます」


「本当は車があれば魔女さんに貸しましたけど街がゴタゴタしてる時に盗まれてしまって。すみません」


 別に頼んでないのに謝る所がまだまだ抜け切れてないようで。それに私は車の運転ができないから借りた所で意味ないしね。


「雪月さんも欲しいのない?」


「えっと……紙」


「紙?」


 コクリと頷いてる。そこでようやく理解する。陰陽術で使う形代を作るのに必要なのでしょう。

 今日出会った緋人相手に大量消費してたし貯蓄もなくなってしまったのかもしれない。


「あの、消耗品の紙はありますか?」


「できたら無地で白いのがいい」


「無地の白、ね。ちょっと探してきます」


 ペコリーマンが奥へと消えてガサゴソと物音を立てていた。小ぢんまりとした店に見えたけど案外何でも揃ってるんですね。


「魔女よ! 吾輩はこれが欲しいぞ!」


「却下」


「んな!」


 大方食い物だろう。ちらりと見たらこの前食べたカップ麺だった。こいつどれだけ油揚げに餓えてるんだ。食料はペコリーマンも食べるだろうから極力選びたくないのである。そう思ったけどふと思い出す。


「雪月さんは食べたい物ある?」


 私は飲まず食わずでも平気だけど彼女は普通の人間。空腹もあれば喉も乾く。

 少しだけ食料を分けてもらった方がいいかもしれない。彼女は遠慮するように首を振った。

 雪月さんはどこかの妖怪と違ってその辺を分別できる良い子みたいだ。思えばここには水しか買い出しに来てなかったみたいだし。


「ありました、ありました。これで大丈夫ですか?」


 ペコリーマンがA4くらいの紙束を掲げて戻ってくる。それを見て雪月さんが小さく頷いた。


「それとこの水と乾パンも売ってもらっていいですか?」


 棚から取ってカウンターに置いた。次に固形物が食べれるのはいつになるかも分からないし、最低限の用意は必要でしょう。


「お姉ちゃん、わたし本当に」


「さっき私が言ったの覚えてるよね?」


 そう言ったら彼女は言葉をつまらせる。私の言う事は絶対、それに逆らわない。まさか彼女もこんな所でその約束が利くとも思ってなかったのでしょう。


「これは私もちょっと食べたいなーって思ってた所です。やはりダメでしょうか?」


「棚にあるのは全部商品ですから全く問題ないです」


 それが本心かどうかは分からないけど、今はその好意に甘えさせてもらおう。何やら野良の狐が迷い込んでカウンターに悪戯しようとしているが店の商品なので元に戻す。


「これで全部かな。このご時世にお金なんていらないだろうし、私があげられるのは薬だけなんですよね。何か欲しいのあります?」


 鞄から小瓶を出して並べていく。


「別に構いませんよ。魔女さんにはお世話になりましたから」


「そうもいきません。好意にタダ乗りするほど私は愚かではないですから」


 優しい人ほど損をするというのは知っている。そしてその優しさを利用する輩がいることも。だからこそそういう人には報われて欲しいと願うのは極普通でしょう。


「本当にいいんです。俺、毎日地獄みたいな日を過ごしてたけど魔女さんと出会ってから心の重りが落ちたみたいで本当に感謝してるんです。もし魔女さんと出会ってなかったら俺はきっと地獄と苦痛の中で命を落としてたと思います」


 そこまで感謝してくれるのは素直に嬉しいですが、なんかこれ告白みたいですね。


「だから俺にできることで魔女さんの力になれるなら喜んで協力します。これはあの時の礼金だと思って受け取ってくれないでしょうか」


 お金ならあの時受け取ってるんですけどね。まぁでも、それだけこの人にとって人生が変われたのかもしれない。これ以上押し問答するのも失礼かな。


「分かりました。あなたの善意に感謝します」


「こちらこそありがとうございました」


 荷物を鞄の中に纏めてこれで準備完了って所かな。結構重くなったけど仕方ない。

 さてと、これ以上ここに長居する必要もない。私には大きな目的があるのだから。


「それでは私達はもう行きますね」


「もう暗くなってきますし今日くらいはここに泊まってくれても構いませんよ? あっ、別に変な意味ではなくて」


 相変わらずこの人は墓穴を掘るのが上手だ。


「お誘いありがとうございます。でも目指す先が遠い所なので少しでも距離を縮めたいんです」


 ここから歩いて東京にどれだけかかるのか見当もつかない。それに道中で別の手がかりを得るかもしれない。ゆっくり休んでる暇はない。


「それなら仕方ありませんね」


 ペコリーマンはどこか侘しい顔をした。この街にはもう彼以外生き残りはいないのかもしれない。だったら私が言うべき言葉は。


「全てが終わったらまたここに来ます。それまで死なないでくださいよ?」


 それだけ言い残して彼の返答も聞かずに出て行った。生きる希望というのが人に必要なら私がそれになってあげましょう。


「魔女のお姉ちゃん。鞄持つよ」


 雪月さんが私の手から鞄を奪い去ります。何とも気が利く助手でしょうか。

 では次の街へ目指して旅立ちましょう。

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