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15.疑念

 雪月さんの案内で山の中腹辺りにまでやってきた。それなりに見晴らしのいい所で村も見えるほど。とはいえどこを見ても一面緑ばかりで何かがあるようには到底思えません。


「向こうに行けば上流に繋がるよ」


 雪月さんが指をさして教えてくれますがその先もやはり緑で覆いつくされています。私の予想では緋水が村に流れていたのですから川上に研究所があると思いましたが違うのでしょうか。緋水ほどの薬を作るならそれこそ大規模な研究所になりそうですし、それならここから見えないというのは些か疑問です。


 別の視点で考えるならば川に予め緋水を混入させた、と考えるべきでしょうか。科学者の視点に立った時、私なら緋水を完成させたとしてもその効果がどれほどのものか試したくなる。どれだけ被験者がいようとその数だと実際の統計とは異なる可能性が高い。


 なら外の交流が少なくてかつ、表沙汰になりにくい限界集落を選んで実験をしていてもおかしくはない。地震が起きたタイミングで実行したのは世間の目が復興で慌ただしくなっているし、手助けの名目があれば軍隊が公道を走っていても違和感はない。


 だけどこの説だと1つ問題点がある。緋水を川に流したとしても大量に流さなければ村に着くころには薄くなりすぎて効果がほぼなくなっている可能性。そんな大量の緋水を流そうと思えば大量のトラックが必要になる。こんな山道を大型トラックが通れるはずないし、仮に通っていたなら村の誰かが気付いて警戒するに決まっている。戦闘機を使って上空からの方法でも同じ。


 なら残された選択は川に緋水が混入していたのではなく、村の井戸水に緋水が混入していたと考えたら? それなら村人の誰もが生活に使うし確実に緋人になる。つまり村の中で裏切り者がいたということ。消去法で考えれば緋人になっていない人となる。


「魔女のお姉ちゃん?」


 雪月さんが私の顔を覗いてくる。どこか不安そうな瞳で首を傾げている。

 彼女、なのだろうか。確かに雪月さんはどこか落ち着いてるし、緋人相手にも臆していない。

 国から何らかの支援を受け取っていたならば、その落ち着きにも納得はできなくもないけど。


 いや、違うな。もしこの子だったら村に留まる理由もないし、わざわざ危険な山の中を何度も往復する必要もない。それに時折見せるあの顔は紛れもなく両親の死を悲しんでる少女の顔だ。


「いえ、何でもありません。それよりここはもう大丈夫です。村へ帰りましょう」


「ん。分かった」


 来た道を戻るようにしてその場を後にしました。

 帰りは下りだから楽……というわけでもなく、緋人を警戒してなるべく足音は立てないように歩いているのでこれがまた面倒。枝を踏んだらポキッて音がなるし、石を蹴ったら砂利も流れていくし、慎重にならないといけない。全部雪月さんの教えです。


 それからも歩き続けていると道中でまたしても緋人を発見してしまいます。

 やけに鼻息を荒くしてご機嫌斜めな雰囲気ですから先程雪月さんがたぶらかした緋人でしょう。むしゃくしゃしているのか意味もなく木を叩いたり枝を折っています。これは見つかると面倒になりそうですね。


「任せて」


 雪月さんが形代を取り出して風向きを呼んでいます。あんな激情した緋人に通用するのでしょうか。形代を手放すとパタパタと飛んでいき、それが視界に映った緋人は理性をなくした獣のように叫んで奥へと走っていきました。うん、前言撤回かな。


 雪月さんが頷くと彼女は偵察するように先へと小走りで進んでいきます。これだけ歩いているのにまだまだ体力ありそうで不老不死が泣いてますよ。なんて冗談を考えてる暇はなかった。


 雪月さんは木陰に隠れてこちらを見ると何度も首を振っています。私も咄嗟に隠れたのですが、どうやらさっきの緋人が戻って来ているのです。感情的になっていたようですが2度もくらってくれるほどお人好しでもありませんでしたか。


 緋人は周囲を警戒するように見回しています。雪月さんはその場に屈んで相手の視界に入らないように努めていましたが……。


「ぐおあぁぁぁっ!!!」


 案の定見つかってしまったようです。雪月さんはその場から逃げようとしましたが腰が抜けて立ち上がれなくなっています。その表情は恐怖で怯えている。


「君も彼女を疑っているのだろう? ならばここで様子を見れば答えが分かるのではないか?」


 私を唆すように隣にいた狐が口を開く。


「力があるならば1人でどうにかできるし、そうでないならこのまま死ぬ。白黒はっきりさせるには良い機会ではないか」


 こいつの言う通り雪月さんが裏で誰かと繋がっていれば、この程度は乗り切る力があるかもしれない。そうすれば私の目的も一気に近づくだろう。


 でももしも、本当に白だったら?


 気付いたら体が飛び出していた。ここで彼女を見捨てたら母に顔向けができなくなる。


 緋人の背中にサバイバルナイフを思い切り刺し込んで抜いた。赤い血がドロッと出て来て雄叫びをあげた。普通なら重症だがこいつならすぐに再生してしまうのだろう。だがそんなのはどうでもいい。


「化物になっても幼女襲うとか変態かよ。てめぇの相手は私だ。このロリコン野郎」


 攻撃されたことで緋人の注意は私に向く。その表情はまるで般若だ。そうこなくちゃね。

 鞄を投げ捨ててその場から離れる。とにかくこいつを雪月さんから遠ざけないと。

 緋人を殺す薬はポケットに最低1つ入れるようにしてあるし、あとはどうにかするだけ。


 でも悲しいかな。格好つけたはいいものの、私の運動神経なんて芋虫並だからドーピングしてる怪物相手に捕まるのは10秒もかからないという。

 銃を抜く前に両腕を掴まれてしまうという情けなさ。来世は軍隊にでも入団しようかな。


「お姉ちゃん!」


「私なら大丈夫です。雪月さんはそのまま逃げてください」


 このまま骨を折られようが、頭を喰われようが文字通り死にませんから。犯すのだけは勘弁して欲しいですけど。


 緋人は片手で私の両腕を拘束し力を加えてきます。血管が圧迫してきて流石にこのままは不味そうですが、腕が折られたくらいでは死にませんし時間稼ぎとしては好都合です。

 ですがどうやらこいつも承知の上らしく只でさえキモい顔をにやつかせています。

 きっとこいつの生前はとんでもない悪人だったのでしょうね。


 いいでしょう。私を怒らせると怖いですよ。


「君も馬鹿だな。余計な手出しをしなければ今頃悠々自適な旅をできたというのに」


 狐様は近くの木に登って高みの見物らしい。いいご身分なことで。


「生憎私は人間派なんでね。妖怪よりも人を助けたくなる性分なんです」


 さて、余裕を見せるのもさすがに限界が近づいてきました。いくら不老不死とはいえ腕を折られるのは結構面倒です。時間が経てば治るとはいえその間は実質何も持てないのと同義ですから。ナイフも銃も、特効薬である薬すらも持てないなら勝ち目はなくなります。

 私が死んだら自ずと雪月さんの身も危なくなるでしょう。ならばこの状況を打開しなくてはなりません。無論、この狐の力を借りるなんて論外です。


 緋人は私をいたぶるのに飽きたのかもう片方の手でお腹を抑えてきて力を加えてきます。

 なんて悪趣味な野郎だ。だけどこのままだと身動きできないし、どうにも……。


 そんな時、私と緋人の横を1枚の形代が通り過ぎていった。突然のことで一瞬気が取られたらしく腕の力が緩んだ。これならいける。左手で持っていたナイフで奴の腕を思い切り刺した。


「ぐあぁぁぁっ!」


 痛みという概念はあるようで解放してくれて何とか地面に足が着いた。あー、全身痛いー。

 でもまだ終わってない。


 何せ私が顔をあげた時には奴の腕の傷は既に治っている。ナイフを抜いて茂みに投げ捨てられるとジリジリと距離を詰めてきた。


 ポケットには奴を殺す薬がある。けどここで投げた所で奴の口の中に入る可能性は限りなくゼロに近い。でも今度捕まればその可能性は完全にゼロになる。一か八かで投げるか?

 外しても終わり。まさに博打だね。そんな僅かな可能性に賭けるのは抵抗があるが……。


 するとまたしても形代が飛んできた。こいつも流石に慣れてきたのか面倒に手で振り払う。でもそれで終わりではなく、今度は無数に形代が飛んで来たのだ。奴の顔に何枚も形代が張り付いて剥がれない。それだけでなく奴の全身にまとわりつくようにして形代が張り付いていく。そのおかげで奴は態勢を保てなくなりその場に倒れてしまった。


 緋人は形代を剥がそうと暴れているが抵抗も虚しい。よし、顔に近付けた分さっきより確率は上がったね。


「ご愁傷様。来世は僧侶にでもなれよ、クソロリコン」


 薬を飲んでしまった緋人は苦しそうにうなされたと思うと泡を吹いて横たわった。


 ふう。やっと面倒が終わってくれた。ていうかこいつ私のナイフどこに投げたんだよ。あーくそ、せっかくの貰い物だから失くしたくないんだけど。


 すると我が家の狐様がナイフを加えて戻って来た。珍しく気が利く。


「またしても苦境を乗り越えてしまったようだな」


 心底残念そうな言い方だ。


「私と契約するよりその辺の年寄りを捕まえた方が成功すると思うよ」


 ナイフを受け取りケースにしまう。これでペコリーマンに顔向けができる。


「魔女のお姉ちゃん!」


 埃を払っていたら雪月さんが私の胸に飛び込んでくる。周りに化物いるかもしれないのにいつもの警戒心はどこへやら。


「逃げてって言ったつもりでしたけど戻ってきたのですか」


 結果的には助けられたわけですけども。


「だって。だってもう誰にも死んで欲しくない、から」


 震える声で絞り出した言葉からどうやら泣いているようです。やっぱりこの子は子供のようです。小さな頭を撫でてあげましょう。


「ご安心ください。私は絶対に死にませんので」


「本当? パパやママみたいにならない?」


「ええ。約束します」


「うん……」


 なんというか申し訳ない気持ちがありますね。これでは疑っていた私が邪に見えてしまうじゃないですか。とりあえず彼女の人となりが分かっただけでも収穫ですかね。

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