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11.遭遇

 街のスーパーを転々としたが結局他の人と遭遇できなかった。どこのスーパーもご丁寧に食料だけがなくなっていて、今の人達は生きるのも大変そうだ。


「なぁ。不死人、もとい緋人(ひびと)と呼ぼうか。あれが死ぬって政府は本当に知らなかったと思う?」


 私は咄嗟の機転で退治できたが、私の所に来たあの2人がこの事実を果たして知らなかったのだろうか。いくら再生し続けるとはいえ銃火器を撃ち続ければ心臓に負担がかかるわけだから、いつかは死ぬと思うんだよね。


「まぁ無理があるわな。あの時点で知らんにしても何かしらの弱点くらいは知ってやな護衛1人だけで君の家に行くわけないと思うんじゃ」


 やっぱりそうなるよね。私に真実を教えたくなかったのか、教えると不都合があったのか。どちらにせよこれであの2人の話は完璧に信用できなくなった。やっぱりお偉いさんって嫌いだ。


 適当に道路をフラフラ歩いてたら丁度視界に古い雑貨屋みたいのが目に入った。店の前には読まれなくなった雑誌が乱雑に積み上げられて、自販機も電気が切れて中の品も倒れてる。店内は真っ暗だけど棚や床が妙に綺麗なのが目に付いた。


 ダメで元々だしそうっとお邪魔してみる。するとどうだろう。薄暗くて気味悪い所だけど棚には乾パンや魚の缶詰が陳列してあるし、別の棚には飲料水もある。どこのスーパーに行っても一切手に入らなかった物がここにはズラリと並んでた。やっぱり人は目立つところに行くんだねぇ。


「どなたかいませんかー」


 すると奥の方から足音が聞こえてエプロン姿の男性がやってきた。妙に気怠そうな顔をしてたけど私の顔を見るや否、目を大きく見開かせてる。可愛くて見惚れたか?


「その白い髪、もしや魔女さんですか!?」


「んー?」


 この声どこかで聞いたような。あ、思い出した。前に私の所に客で来たペコリーマンの声だ。

 安楽死したいって言って薬を求めて来たんだよね。


「そういうあなたはペコリーマンさんですか。ご無事で何よりです」


「ペコ……? ともかく魔女さんも生きていてよかったです」


 まぁ私は死なないんですけどね。


「まさか店を開いていたのは驚きです」


「はい。あれから魔女さんに言われて自分でも色々考えて、自分だけの店を構えることにしました。借金もかなりしましたし、苦労も多かったですけど今までの生活を考えたらすごく気が楽になったというか。こういう方が自分の性に合ってたんだなって分かりました」


「それはよかったですね。しかもこんな世の中なら借金も有耶無耶になったでしょうし、寧ろ勝ち組になれたのでは?」


「はは、違いないです。まさかこんなことになるなんて当時は思ってもいませんでした」


 随分と清々しい顔をしている。それもそうか。この人からすれば国が崩壊したってことは嫌な上司もいなくなったわけだしね。


「おい、魔女よ! ここに油揚げがあるぞ!」


 空気も読まずにこいつはカップ麺を尻尾で意気揚々と持って来る。確かにパッケージには大きく油揚げが写ってるけど。


「うわぁ! 浮いてる!」


 そういえば普通の人にはこいつが見えないんだっけ。説明するのも一々面倒だなぁ。


「私に憑いてる悪霊なのでお気になさらずに。失礼ですがこのカップ麺を頂いても? どうにもうちの悪霊は油揚げを所望してるようで」


「魔女さんにはお世話になりましたからこれくらい構いませんよ。今お湯を沸かします。魔女さんも1ついかがでしょうか」


「私は結構です。貴重な食料を頂くほど厚顔ではないので」


 こいつに聞こえるように嫌味っぽく言ったつもりだったけど本人はまるで気にしてなさそうだ。厚顔無恥め。


「色々とお話を伺いたいのですがいいですか?」


「俺で答えられる範囲なら何でも教えますよ」


 ペコリーマンはカセットコンロを用意してやかんに水を入れて火を点けた。水も貴重だろうに本当にこいつは。


「ではお言葉に甘えさせてもらいます。まずこの辺りで生き残りってまだいます?」


「この辺、ですか。外は危険ですから俺自身も外出は殆どしないので詳しくは分からないですね。とはいえ数多くいないというのは確かです。ただ東京の方にはまだ生き残りがいるとは思いますよ。俺は元々東京からこっちに来た身ですけど、東京はパンデミックの被害も酷かったけどその分鎮圧も早かったです。ですからまだ人はいると思います」


 なるほど、東京か。それに今の話から軍隊が緋人を鎮圧したのだからやはりあの話は嘘だったというのも分かった。ふむ。


 ペコリーマンは湯が沸いてそれをカップ麺に注いで割り箸を置いた。なお、こいつは3分所か1秒も待てなかったらしく即座に食らいついた模様。油揚げが空中で消える様は何とも奇妙でペコリーマンもビビってる。


「大体の事情は分かりました。ですがこの辺に人がいないにしても開放しているのは危機感が足りていないように見えます」


 緋人がいないにしても今日出会ったチンピラのような奴がいないとは限らない。そうなったら気弱そうなペコリーマンではされるがままになるだろう。


「仰る通りで返す言葉もないですね。けど、もう何か色々どうでもよくて明日死ぬならそれでもいいかなって思ってるんです」


 その言葉に嘘はないのか妙に達観している。一度死のうと考えたからこそ、どこか吹っ切れているのかもしれない。


「それにあの緋水、でしたっけ? あれが水道水にも含まれてるとしたら俺の命も長くないと思うんですよ。だからもう、頑張るだけ無駄かなって」


 そういえば政府は水道水にも混ぜる暴挙を行っていたんだった。成分が通常よりも限りなく薄いとしても常用していれば異変は起きるだろう。何とも許しがたい行為だ。

 私の薬で何とかできればよかったのだが、それが出来ていればとうの昔に自殺できている。


「では貴重な話を聞かせてくれたお礼にこれをお渡しします」


 鞄から小瓶を1つ取り出してカウンターに置いた。どこかの胡散臭い薬と違ってラムネ色でキラキラした液体です。


「いつかあなたが望んだようにそれを飲めば楽に死ねます」


 いくら食料があるとはいえ、いつかは尽きてしまうのがオチだ。そうなれば餓死するか、外に出て緋人に喰われるかの2択になるだろう。丁度こいつがカップ麺食べたし。

 けど私の予想に反してペコリーマンはその薬を受け取らずに返してきた。


「やはりあなたは良い魔女さんだ。でもいいんです。覚悟ならとうの昔に決めましたから。それにさっきはああ言いましたけど実はまだ死ねない理由があるんです」


「聞いても?」


「大した話ではないですけど時々ここへ水を買いに来る子がいるんです。だからせめてあの子が来なくなるまでは生きようかなって」


 それはつまりまだ生き残りが近くにいるというわけか。表現からして幼い子供だろう。


「差し出がましいですがその子供についてお聞きしても?」


「俺も詳しくは知らないけど何でも山の中にある村に住んでるって言ってました。それに不思議な子なんですよ。まるで絵本の中から出て来たような幻想的な雰囲気があるし。あ! 俺は別にロリコンとかそういうのではないですから!」


 言ってもないのに否定するあたり社畜が抜けてない気がする。それに女の子ですか。興味が湧いてきました。わざわざ水を買いに来るって言うのは近くの水が飲めない証拠。それはつまり緋水が関わってる可能性が高い。


「ありがとうございます。私はその子を追って山へ行こうと思います」


「正気ですか? こう言ったら悪いんですけどあの子ちょっと変わってるというか。あの怪物がいない保証もないですよ」


「それはどこに行っても同じでしょう。それに色々と野暮用があるものですから」


「そう、ですか。ならせめてこれを使ってください」


 そう言って奥の棚から何やら革で包んだ物を持って来てくれた。革から抜き取るとそれはサバイバルナイフだった。一度も使われてなさそうなくらい研ぎ澄まされており、銀の部分に映る自分の顔がよく見える。


「それであの化物と渡り合えるとは思いませんけどないよりはマシかなって」


「ありがとうございます。それとこいつの弾ってありません?」


 私がポケットから拳銃を取り出したらペコリーマンの目がギョッとしていた。

 そんなに驚く?


「じゅ、銃弾はさすがにないですよ。銃刀法違反で捕まりますから」


 へー、今はそんな面倒な法律があるんだ。それは失敬したね。とりあえずサバイバルナイフは内ポケットに隠しておこう。


「お礼にこれをあげます」


「えっと。薬は別に」


「さっきのとは違うから安心してください。それをあの怪物に飲ませたら殺せるから」


「本当ですか?」


 その飲ませるまでが滅茶苦茶大変なんだけどね。でもまだ生きたいみたいだし少しでも可能性を与えてあげるよ。


「やっぱりあなたは魔女なんですか?」


「火炙りにだけはしないでね?」


 ここにはもう用もないしそろそろ出て行こうかな。それで店を後にしようとしたけど、こいつまだ食ってるぞ。


「待って欲しいのじゃ! まだスープを味わっておる途中でな」


「知らん」


 次の行先も決まったしさっさと行動した方がいい。何せ夜の山なんて考えたくもないからね。友好的な人だったらいいけどどうなることやら。

現在地は関西を想定してますがはっきりと地名が出ることはないと思います。

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