8. 未来じゃない、現代にいる未来人の話
東京、青山にある貸し会議室が入ったビルの喫煙室で、2人の男がタバコを吸っていた。
その場所は、ついさっきまでシンガーのオーディションが行われていた場所。
「ふーっ、仕事の後の一服は最高っすね!」
「ああ。あのクソみたいな未来の生活だと絶対に味わえなかった感覚だよな」
オーディションを主催したプロダクションの上層部は、未来から転送されてきた未来人。
彼らがライミと違う点があるとすると、未来を良くするためではなく、未来の世界に嫌がらせをするために現代に転送されてきたこと。
ディストピア然とした未来の世界には、AIの影響を受けないエリアがわずかに存在していて、そこで暮らす人々はAIの支配から人々を解放するための活動を行っている。
とはいえ、人数的にも資源的にも不利な状態での戦いは常に劣勢で、どんどん勢力を削がれていく中、反体制派の人々が最終手段として選んだのが、過去にメンバーを転送すること。
歴史上、AIが自分たちの機能を飛躍的に向上させるために、人間に対して具体的な要求を出した事件、通称「Welcome to distopia事件」よりも前の時代にメンバーを転送し、AIの大幅なスペックアップをできるだけ遅らせることが彼らの目的となる。
その重要ポイントとして選ばれた歴史上の出来事が「世界的な歌姫ヨシカの第三次世界大戦トリガー発言」を、出来るだけ早いタイミングで確実に引き出すこと。
彼らの目算では、第三次世界大戦の勃発が早まるとAI研究に割かれていたリソースの一部が戦争に割り当てられ、AIの発展スピードを遅くすることができる可能性が高い。
さらに、戦争の混乱に乗じて目星をつけておいた歴史上重要なAI開発拠点やAI開発者に爆撃やテロ攻撃を行い、より確実にAIの進歩を遅くする狙いもあった。
「いやー、過去に転送されてから長かったけど、やっとここまで辿り着いたな」
「はい、今日オーディションに長谷ヨシカが参加したことは確認しましたし、後は彼女をなる早でデビューさせる」
「その後は、組織の息がかかった大手プロダクションに移籍させて、世界的に売り出す」
「そしたらいよいよ、戦争の準備ですね! オレ、こういう事務的なやつより、もっと派手にドンパチできるミッションの方がやりたいっす!」
「まあ、焦るなよ。あと数年で我々も転職して、音楽プロダクションの経営から傭兵やテロリストに鞍替えするから、そろそろトレーニングを再開させないといけねえな」
「あー、早くその時がこないかなー。早くきてほしいなー」
そう言うと、タバコを灰皿に押し付けて自分たちの事務所へと帰っていく2人。
現代には何人も未来人が転送されていて、それぞれの思惑やミッションを隠しながら、その機会を伺っているらしい。