2. じゃあどう言えばよかったの?(じゃあどう言えばよかったの?)って話
神奈川県の湘南エリアの中核市にあるターミナル駅から、ローカル線に乗り換えて15分くらい。
ホームのすぐ前が海で外国の人がよく写真を撮ってる有名な踏切がある駅あって、そこを降りて坂道を5分くらい登ると私たちが通ってる高校が見えてくる。
ちょうど暑い季節が終わって紅葉のシーズンまではまだ少し間がある、観光地的にはエアスポットみたいな秋の日だった。
私、深沢ハヅキは配られた進路希望調査票の3枠に何を書こうか、正確には何を書けばいいか悩んでいた。
高校に入学してから半年が経ったところで、将来なんて決まるわけがない。
急に「自分の未来の可能性を今ここで3つに限定しなさい」って言われても、そもそも未来の自分が1ミリも想像できてない。
だから「未来についてまだ何も見えてないです」って書きたいし、すごく超絶ポジティブに「私の未来の可能性はまだ無限のままにしておきたいんです!」って書いて中二的にな感じで煙に巻いておきたい。
ただ1つ言えるのは、この紙に書いた内容で2年生から理系と文系のどちらのクラスになるかが決まる。だから、そこだけはよく考えないといけない気がする。
仮にいつも一緒にいる仲良しのヨシカ(七里ヨシカ)とライミ(長谷ライミ)の2人と2年生でも同じクラスになるためには、ここで文系or理系の選択をミスるわけにはいかない。
結局、進路について考えるロングホームルームの時間内では、私の未来は見えてこなかった。
自由そのもの(つまり白紙)の調査票をクリアファイルにしまって、ナナメ前にいるヨシカをチラ見すると、3つの枠に何かの文字が書いてある。
親友がどんな未来を描いているか気になりつつも、そこは若干センシティブな部分でもあるので、ズカズカと土足で入り込むように聞いてはダメな気がしたから一緒に帰る途中にそれとなく聞いてみようと思う。
ロングホームルームの最後にだいたいの確認事項や諸連絡は終わっていたので、チャイムが鳴るとショートホームルームは無しでそのまま放課後に突入した。
私もヨシカも帰宅部なので、机の中の荷物をリュックに詰めたらまっすぐ学校を出て海沿いの国道へ向かう。
その日はよく晴れた日で、日差しがとても暖かかったから「アイス食べに行きたいよねー」ってお昼休みに話をしていて、放課後に食べに行くことになっていた。
例のバスケ漫画の踏切を渡って右に曲がると駅だけど、アイス屋さんは左に曲がって1駅分くらい歩いたところにある。
1駅って言っても徒歩10分くらいの距離なので、おしゃべりしながら歩いているとあっという間に到着。
夏場だったらすでにこの時点で汗びっしょりなんだけど、今はそんなこともなくて、平日なのもあってお客さんも全然いない超快適な環境で海を見ながらアイスを食べる。
少しカタめのアイスを木のペラペラのスプーンで食べようとするから折れちゃいそうでもどかしい。
大胆かつ慎重にアイスをパクパク食べている私を見てヨシカは「そんなに急いで食べたらお腹冷えちゃうよー」なんて言って、すごく優雅にアイスを口に運んでいる。
「なんかアイスって溶ける前に食べないといけない感があるんだよね。頭がキーンってなるギリギリの速度で攻めたい的な?」
と言い終わった瞬間に次の一口を食べながら
「でも、今くらいの季節はそこまで気にしなくても大丈夫じゃない?」
っていうヨシカの説はたしかにそうかもしれない。
「だよね、単純に勢いよくアイスを食べたいだけな気もする」
と言いながら一口、二口と口にアイスを運ぶ。
「たしかに、ハヅキちゃんアイス好きだよねー」
「うん、めっちゃ好き!」
と三口目、四口目を食べた瞬間に、おでこのあたりを締め付けられそうなあの感じがやってきて
「あ、ヤバい、頭キーンってなるやつきそう」
「ほら、ゆっくり食べないとそうなっちゃうよー」
と、私の1/5くらいのスピードで優雅にアイスを食べる手を止めて、心配そうな顔でこっちを見てくるヨシカ。
これはちょっと休憩しないとほんとにキーンってなりそうだし、こんな夏でもない季節に頭キーンってなってる場合でもないよなって冷静になって、冷静になったついでに進路の話題を振ってみる。
「うん、たぶん大丈夫そう。何とかキーンてなる寸前で持ちこたえられた気がするよ」
「そっか、よかったー」
「ところでさ、さっき配られた進路の紙、ヨシカは何て書いたの?」
我ながら見事な切り返しで、ナチュラルに切り出せた気がする。
「え、うち? うちは音楽系の専門に行きたくて、ちょっと考えてる都内の学校をとりあえず書いたかなー。ハヅキちゃんは何を書いたの?」
実は親友が将来のことをしっかり考えていた事実を知り、何だか置いて行かれたような気持ちになりつつ
「私はまだ何も考えてなくて、ほんとになんて書いたらいいかわかんなかったからまだ白紙のままなんだよね」
って正直に答える。
「そうだよね、まだ高校生になって半年くらいしか経ってないのに、決められないよね」
と、すでに決めているヨシカが言ってはくれるけど、そして私は決められてないのは事実なんだけど、さっきよりも焦り度が増してる気がした。
あと、わりとおっとり系のヨシカが音楽の道を目指してるのを知って、意外というか、でも確かにカラオケはすごい上手いからなーと納得感もあって、いろんな感情が複雑に混ざり合ってる。
「ヨシカは音楽の専門行って、その後はどうするの? そうなるとやっぱりアーティストになっちゃうとか?」
「そうだね。そんなに上手くいくかわかんないけど、歌い手とかシンガー系になれたらいいなって」
すこし恥ずかしそうにしながらも、しっかりと未来を見てる感じの目でキッパリと答える親友を見て、私だけ取り残されてる感がいよいよ濃くなってくる。
「だったらさ、まずはとりあえず普通の大学にいったりした方が、何となく安心だったりしない?」
自分では特に何を意識したわけでもなく、普通の高校生が何となく感じるよくある進路を思いながら聞いてみる。
今にして思えば、自分だけ取り残されるのが怖かったから、安心したかっただけなのかもしれない。
だって、たぶん進路希望調査票の提出期限がきたら、私は当たり障りのない文系の大学をとりあえず書いて提出することになるのかなって思っていて、無邪気に多くの人がきっとそんな感じなのかなって思ってた。
それが、思いもよらない近距離に、もうハッキリ進路を決めているイレギュラーな存在がいて焦ったのかもしれない。
「えっ、だってとりあえず、何となく4年間も過ごすのって時間的にもったい気がするんだよね……」
とりあえず、何となく4年間を過ごすんだろうなーって思っていた自分に対する、これでもかっていうくらいの正論パンチ。
「で、でもさ、もし、そのデビューとか音楽関係で上手くいかなかった時にさ、大学の方が何というか、何とかなりそう的な?」
「う、うん。そうだよね。そういう考え方もあるっていうのは、うちなりにわかってるつもりなんだ……」
今までに見たことがない微妙な表情になるヨシカに、何も言えなくなる私。
「ハヅキちゃんも、お母さんと同じような、つまんないことを言うんだね……」
「えっ!?」
私に聞こえるか聞こえないくらいの声で、わからないように小さくつぶやいたと思うんだけど、ごめん、バッチリ聞こえちゃった。思わず「えっ!?」って反応しちゃった。
「あ、ごめん! 何でもないの。ただの独り言」
「う、うん、そっか。そうだよね」
今までに流れたことがない微妙な空気をかき消すように、今日一番の明るい声でヨシカは
「あっ! そうだ、この後カラオケ行かない? うちの歌、改めて聞いてほしいんだ! 聴いてもらって認めて欲しいとかじゃないんだけどさ、決意というか気持ちは伝わるかなーって思って」
と、突然のお誘い。いつもなら「おぉ、いいねいいね!」ってノリノリで行ったところだけど、この流れでヨシカの歌声を聴いたら、ますます自分が置いてかれそうな気がして
「ごめーん! 今日はちょっと仕上げてしまいたいイラストがあるんだよねー。後でImstarにアップするから見てみてよ!」
って、とりあえず自分のいろいろを守ることを優先してみた。もともとイラストは今日明日で仕上げたいって思ってたのもあるから、半分以上はほんとの事情……ってことにしておこう。