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致死量の孤独

作者: ノマズ

 それは本当に発作のように起こるのだと、三十を過ぎたあたりから何度か、自覚することがあった。何か集まりで、異性と少し接する機会がある。「少し」というのは、本当に一言のやり取りだけだとか、挨拶だけだとか、一瞬目が合うだけだとか、あるいは、同じグループの中にいただけだとか――ともかく、そういう機会だ。


 この、少しだけ異性と接する機会というのは、私みたいな人間には、猛毒になる。

 普段、他人と心から打ち解けることを怖がり、思いついた時に遊びに誘えたり、連絡を取り合う友人が一人もいず、そして、異性と会話すること自体が極端に少ない、そういう人間にとっては。


 異性との少しの接点――この「猛毒」を浴びた日、私は家に帰るのが億劫になって、集まりの解散した後、一人で繁華街をさ迷った。一人になりたくなかった。どこの誰でもいいから、話がしたかった。異性と話がしたかった。


 だけど私には、そういうお店に行く勇気も無ければ、もちろん、ナンパのような真似なんでできっこない。私はそのまま、繁華街から各駅停車で四十分揺られて、自分の町に戻って来た。けれど駅に着いてから、私はやっぱり帰りたくなくて、ふらふらと駅前の店の並ぶ場所をさ迷った後、暗い道を歩いて自宅へと戻った。


 自宅へと帰る四十分の道のりで私は、二度休憩した。足が疲れたわけでは無い。ただただ、心が疲労していた。誰かと話したい、誰でもいいから、話がしたい。そんな発作に見舞われて、私は歩道の小さなベンチで、出会い系のアプリをスマホに入れた。そうして、安くない金額の会員費を払った。それくらい私は切羽詰まっていた。


 アプリを登録して、自分の、結婚には向かないプロフィールを偽りなく記入した。暫くすると、「いいね」がついた。すぐにメッセージが届いた。けれどその相手は、業者とかさくらとか、そういうものに違いなかった。けれど私はその時は、そうじゃない可能性だけを考えて、返信のメッセージを返した。


『はじめまして。めったに使わないので、まだよくわかりません。よろしくお願いします』

――はじめまして、よろしくお願いします。メッセージありがとうございます。

『私は、離婚歴がありますが、大丈夫ですか? 子供はいません』

――大丈夫です!

『真剣な恋愛を考えていますか?』


 私はメッセージでこう質問され、考えてしまった。許されるなら電話をかけてしまいたかった。「真剣」の意味について、話す必要があると思ったからだ。しかしメッセージで返さなければならないので、どういう言葉を使うかと、考えながら再び帰路についた。長いメッセージはきっと嫌われる。だからといって、「真剣」をどういう意味で自分が捉えているのかを、伝える必要はある――と、そんな様な事を考えながら。


 しかし、家に帰り、再びスマホを取り出して、アプリを開くと、その相手はアプリの管理者に「強制退会」させられていた。つまりやっぱり、相手は業者かさくらだった。だけれど業者でもさくらでも、私はその時、感謝した。一瞬でも、本物の異性と言葉を交わしているという気持ちになれた。


 そうしてそれから数日が経ち、私の「孤独」は尾を引いている。クラブやバーや居酒屋や、そういう場所にも行こうとした。しかし私はそれができない。それができない生き方をずっとしてきてしまった。急にそれを変えることなんて、もうできない。


 このエッセイも実は、この「猛毒」を発散させるように書いている。書けば少しは楽になるかもしれないなんて期待して。


 結婚した数少ない同僚は、結婚生活の大変さを、同僚の中で愚痴る。

 私はそんな同僚を励ます。独身の、気軽な立場を装って、「大変だなぁ」なんて。

 でも本心は違う。

 私だって、好きで独身でいるわけでは無い。そういうなり行で、こうなっている。私だって、結婚がしたかった。結婚でなくてもいい。話せる友人、異性の友達が欲しかった。でも、それを遠ざけるように引っ込み思案に育ってしまった。


 先輩も結婚したらどうですか。

 そろそろ結婚して実家出ないとね。


 同僚が、近所の老人が、私にそんな言葉を向ける。

 きっと、何気ない一言なのだ。

 だけど私は、その一言一言に、殺意を覚える。実際は、私は臆病だから、人に危害を加えることは愚か、異議を唱えることだってできない。笑って、「そうだよね」「そうですよね」「でも相手がいないんですよね」なんて、へらへらして答える。


 『令和になって子育てがしやすくなったと思うか?』というアンケート調査を見ると、80%強が、〈悪くなっている〉と解答している。だけど私は、ひねくれて、どうしょうもなく孤独と嫉妬を募らせた私はつい、「独身者が税金を多く払ってその支援をサポートしているのに、よくそんな回答ができるな!」と思ってしまう。


 だったら代わってくれよ。

 そんなに子育てに文句を言うのなら、代わってよ。

 私は別に、旅行に行きたいとか、贅沢がしたいとか、ブランドの何かが欲しいとか、そんなことは言わない。全部貯金で良い。金だけはかからない性質だ。唯一の趣味の本は、せいぜい100円。別に、それすら無きゃ無いで、小説なら自分で書ける。子供に本が必要なら、私が、童話でも何でも書いて、読み聞かせだってするよ。


 だけど実際はわかっている。

 結婚に子育て、私にはその経験がない。だから私には彼らの気持ちがわからないことを。


 きっとこの孤独という猛毒は、自覚させられたが最後、徐々に少しずつ加速しながら、確実に私の心を蝕んでいく。先日、その猛毒を浴びた日、電車に乗っている間、私は「自殺」を考えた。「する」、というわけではない。けれど、こういう孤独感からそれを選ぶ気持ちというのを、実感した。死んでもいいかな、と、ぽろっとそう思った。


 結局私はあの日から、異性とは相変わらず、コミュニケーションをとっていない。きっと、アプリに登録したとて、会員登録期間の半年を過ぎた後も、その状況は変わらないのだろう。読書サークルに顔を出してみるとか、何かの会に顔を出してみるとか、そういうことを半年か、年に一回くらいは、あがくような気持ちでするかもしれないけれど、きっとそれだけのことだ。


 このどうしようもない孤独を自覚すると、不意に涙が出てくる。

 実際には、不意に涙が出て、孤独を自覚するという順序だけれど。


 二十代の頃、私は、独りでも大丈夫だと思っていた。一人でいる時間が好きだった。一人で読書や、小説制作に没頭している時ほどの幸福は無かった。今もその幸福を感じているのは変わらない。


 けれど最近不安になる。この、「物書きの幸福」さえ、徐々に蝕まれていくのではないだろうかと。私にはもう一つ、運動の趣味があったが、ちょうど三十を過ぎた頃、その趣味が――あれだけ楽しいと思っていたその趣味が、全くつまらなくなってしまった。突然味かわからなくなったかのように。


 孤独を自覚したのが先だったか、その趣味の味がしなくなったのが先だったのかはわからない。けれど、同じような時期だった。そしてその味気無さの根本には、虚無があった。

 こんなことやってても、という感覚。

 私にとってはまだ、「小説」は『こんなこと』ではない。

 人生のコアに間違いない。


 ――けれど、本当にずっとそうなのだろうか。

 昔の私なら、そんなこと悩みもしなかった。そうに違いないという確信があった。小説こそ人生だ、と。けれど今、そこまで断言できなくなってしまった。


 さて、このエッセイを書いた目的は実はもう一つある。

 それは、同じような境遇の人に、仲間がいる、と伝えるという目的だ。こんな、誰とも知れない人間に「仲間」なんて言われてもピンとこないかもしれないけれど、それでも少しは、麻酔のような効果があるのではないだろうか。


 孤独ではない人にとってきっと、孤独は避けられるものだろう。

 だけれど、私のような者にとっては、孤独は、避けられないのだ。

 だから、頑張れなんて言わない。環境を変える努力をしろなんて、言わない。ただ、同じような奴がここにもいるぞと、伝えたい。だからといって、生きろ、とも言えない。私自身が、「死んでもいっか」なんて思っているから。


 でも、この、きっと永遠に続くであろう孤独でも、麻酔があれば、少しは気がまぎれるのではないかと思う。麻酔は麻酔だから、怪我が治るわけでは無いけれど、そうはいっても、今辛いんだから。私も、貴方も、今辛いんだから。


 きっと死に向かっていくこの孤独を、この一瞬でも分かち合って、何となく、「嫌になっちゃうね」と、お互い、ちょっと笑えたらいいと思う。

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