7.呼び声
医術院を出たあと、私とコイランは冒険者ギルドへと向かった。
「ここの冒険者ギルドは活発デスね?」
ギルドの中に入ったところで、コイランがそう言う。昼をまわって、まだ夕方には早い時間だ。出入りする冒険者は多くはない。何を根拠に……と思ったら、コイランは掲示板の貼り紙を見ていた。
初級向けから中級向けのものが大半だが、少し奥には上級向けの依頼も張り出されている。まるでひったくるようにちぎり取られた依頼紙もあれば、紙の角までぴんと張った真新しい依頼紙もある。逆に、古びて見向きもされないような依頼紙はほとんどない。
なるほど、多岐にわたる依頼があって、それがちゃんと新旧入れ替わっている様を見て、活発だと評したのか。
「山も海も近いから、オスロンの周辺は魔獣が多いんだ」
そう答える。セロが山を得意としているので、セロと行動を共にする時には山方面に行くことが多いけれど、オスロンは内海に面した街だ。当然、海の魔獣も出る。大きな魔獣が港近くに来ると、船の出入りが制限されるので経済的にも大打撃だ。オスロン全体で考えれば、海の魔獣退治の仕事のほうが多いかもしれない。
カウンターの中には顔なじみのギルド員、ナタリーがいたので彼女に声をかけてみる。
「ナタリー、今少しいい? ちょっと聞きたいことがあるんだけど」
「あら、ベルナール。あたしも聞きたいことが……あ、でもセロとアロイは今日は一緒じゃないのね」
「彼らに用なら少なくともあと数日は待ってもらわないと。私が聞きたいのは、ここ最近のワイバーンの目撃情報についてなんだけど……何か情報はある? もしここのギルドに情報がないなら、ヴィダスの支部に問い合わせて……」
そこまで言った時、ナタリーの眉がぴくりと動いた。
ナタリーが私にちょいちょいと小さく手招きをする。手招きをするまでもなく、私はカウンターを挟んでナタリーの目の前にいた。それでもあえて手招きということは、もっと顔を寄せて小声で話せということだろう。
私が少し顔を寄せると、私の後ろにいたコイランが首を傾げた。その様子を見て、ナタリーが私に確認する。
「そちらの白いローブの方はベルナールと同じ用件でこちらに?」
「ええ。ボクも一応、冒険者登録はしていマスよ。ここではなく首都デスが」
コイランが銀の鎖でできた腕輪を、ナタリーに見えるように差し出す。鎖には銀色の細長いプレートが繋がれており、そこには深紅の魔石がはめ込まれていた。オスロンの冒険者証と同じように、四角い魔石を薄く切り出したものだ。ただ、魔石の片隅には金色の丸く小さな魔石がはめ込まれている。
金属や木製の台に魔石をはめ込むだけなら私のような魔道具屋でもできるけれど、薄い魔石に、ごく小さな魔石を同じ厚みではめ込む……これは精密な象眼技法だ。細工職人への特注品だろう。
冒険者証を扱う魔道具屋として、私でもその冒険者証が意味するところはわかる。
「……エスリールの方ですね」
ナタリーももちろん知っている。その冒険者証を発行するのは冒険者ギルドなのだから。
んん、とナタリーは少しだけ考え込むような声を出し、ギルド内をさりげなく見回す。
「ちょっと……別室でお話できる? ベルナールも、そちらのエスリールの方も」
私たちが連れて行かれたのは、ギルド内でも小部屋がいくつか並んでいるあたりだ。隣接する酒場兼カフェとは反対側にあたる。
通路の奥にある小部屋のいくつかは魔法転送陣の行き先として契約できる場所だ。持ち帰るのが難しい獲物――特に冒険者だけでは解体できない大型の魔獣を仕留めたあと、現地で魔法陣を使うと、契約しているギルドの部屋に転送される。
その手前には、密談というほどでもないが、あまり大っぴらにはしたくない話ができる小部屋がある。ギルド職員に申し出れば、一般の冒険者でも借りられるが、冒険者同士の話なら酒場の片隅でするほうが普通だ。
ナタリーはそんな小部屋の1つに入り、私とコイランを招じ入れたあと、扉に鍵をかける。
「狭い部屋でごめんなさいね。カウンターや酒場で話すとちょっと面倒なことになりそうだから。上級か、それに近い冒険者がワイバーンの件で尋ねてきたらこう対応するように今朝、通達があったのよ。ベルナールだけだったら、正直なところ、カウンターでごまかそうとも思ったわ。――だってあなた、今の体じゃ“そういうこと”はできないでしょう?」
そういうこと、というのは……つまり、戦闘絡みの荒っぽいことか。
「魔法は使えるし、運動神経という意味ではむしろ今の体のほうが反応はいいから、できなくはないけど……この体は預かり物だからね。あまり傷を付けたくはないかな」
そうよね、と頷いてナタリーはコイランに視線を向ける。
「でもエスリールの方が一緒なら話は別だわ。――初めまして。オスロンの冒険者ギルド職員、ナタリーと言います。ワイバーンの情報が出回っていない今、そちらからワイバーンの件を尋ねてきたということは、情報をお持ちということで間違いないですか?」
エスリールは例外なく強い妖精使いだ。それに加えて、長い寿命を生かして他の魔法を覚えている者も多い。弓や剣術を嗜む者までいると聞いたことがある。“嗜む”と聞けば、多少使える程度かと勘違いする人間もいるが、エスリールにとってのそれは、“ほんの”50年か60年ほど修練をした、という意味だ。普通の人間にとってみれば、一生を捧げたに等しい。
「コイランとお呼びクダサイ。情報は持ってイマス。そもそもボクはワイバーンを追ってこの街に来マシタ」
そして、コイランは医術院で話したことをナタリーにも説明した。
ナタリーはコイランの説明に目を見開き、手元の紙に急いで書き付け始める。
ひととおりコイランの話を聞いたナタリーは、大きく頷いて口を開いた。
「情報共有ありがとうございます。では、こちらが把握している情報も共有します」
――はたして、私はここにいていいのか……。
ワイバーンの目撃情報自体は大きな噂になることが多いけれど、実際に冒険者ギルド全体に詳細な情報が共有されることはない。自身の腕前を勘違いした未熟な冒険者が暴走しないようにという配慮だ。だからワイバーンの詳細な情報を知ることができるのは、その討伐隊に参加できる実力の冒険者だけだ。
私は万が一、討伐隊が組まれることがあっても、この体で参加する気はない。元の体であれば、魔術師として参加したいと申請することくらいはできるかもしれない。ただ、戦士ほどじゃないが、魔術師もそれなりに多い。実力順でと言われれば選考落ちしそうではある。
私のそんな考えを見通したかのように、ナタリーがちらりとこちらを見た。
「ベルナールは今回あまり関係ないけれど……もともとあなたが情報を聞きにきたのだから、どうせセロかアロイが後ろにいるんでしょう? あの2人以外には口外しないでね」
つまり、あの2人には言っていいのか。いや、最初に今日は一緒じゃないのかと確認されたことを思えば、むしろあの2人には積極的に伝えろという意味かもしれない。
「今朝、ヴィダスの支部から連絡がありました。ここから南西にあるヴィダスのさらに先、半日ほど行ったあたりに、内海に突き出した小さな半島があるんですが、その半島の根元と言えるあたりに、ワイバーンがいるようだ、と」
「数は? 何頭デスか?」
ナタリーの説明にコイランが問いを投げる。
「3頭です。もともと、コイランさんの説明通り、今年……そうですね、春くらいからですか、ヴィダス近郊でワイバーンの目撃情報はいくつかあったようです。ただ、近くを飛んだというだけで被害はありませんでした。近くを飛んで、その先、どこに行ったかはわからない、と。それが、一昨日も目撃情報がありました。これはオスロンのギルドにも、南門の外にある牧場の主人から目撃情報が上がっていますが、ヴィダスのそれはもっと詳細なものでした」
一昨日の……そうか、街の中にいれば見えない距離だったけれど、門外にいくつかある牧場では見えてもおかしくなかったのか。
ナタリーは説明を続ける。
「半島の根元のあたりは、切り立った崖になってまして、その近辺は潮目も難しいため、その付近に船を出す漁師はいません。ただ、そこから少し離れると良質な漁場になっています。ちょうど一昨日の午後、その漁場にいた漁師が、崖下に回り込むようにして飛んできたワイバーンを目撃したそうです。ワイバーンはそのまま、水面ぎりぎりを飛ぶようにして、崖の中に吸い込まれていったそうです。崖には洞窟があるようです。満潮になれば入り口が隠れてしまうような位置ですが」
「先の2頭もそこにいるデスか?」
コイランの問いにナタリーは首を振った。
「それはわかりません。一昨日の目撃情報は新たに飛んできた1頭だけです。もともと、先の2頭とも海のほうへ向かったという情報はありますが、それ以上の情報はないんです。だから、もしその洞窟に3頭が集まっていたとしても、洞窟を出入りしている気配はないんです。1度入ってしまえばそれっきり……ワイバーンはそういう習性でもあるんですかね」
ナタリーの最後の言葉は冗談めかしたものだっただろう。
ナタリーは知らない。目の前にいるエスリールが、ワイバーンとドラゴンの研究を生業にしている者だとは。
「基本的にワイバーンの巣は山の中デス。渓谷か、山頂を好みマス。洞窟を好む個体はほとんどいマセン。何故なら、ワイバーンは大きな翼を持つものだからデス。そして、ワイバーンは1度の狩りで大量に捕食するため、頻繁な狩りは必要ありマセンが、洞窟から全く出てこないというのは不自然デス」
コイランが説明するワイバーンの生態は、いくつかの大型魔獣とも共通する。
ただし、とコイランは説明を続けた。
「ひょっとしたら……特定の状況、えぇと、eriline……特別な? 特殊な? そういう行動をする場合があると言われてイマス」
「それは……どういった状態の時ですか?」
ナタリーがまたペンを構えて聞き返す。
「ドラゴンを育てる時デス」
「ドラゴン!」
「ドラゴン!」
私とナタリーの声が重なる。
「え? え、ワイバーンが? ドラゴンを育てるの?」
ドラゴンが生まれるのは100年に1度と言われている。それはきっかり100年ごとに生まれるとか、そういうことではなく、それほどに珍しいという意味合いだ。そもそも、目撃情報があるとしたら成体のドラゴンであって、それは今、世界的にも数頭しか確認されていない。いつどうやって生まれるのか、生まれてから成体になるまで何年かかるのかもわからない。
「ボクたちエスリールの間ではそう伝えられてイマス。故郷では目撃した者もいるので……」
なるほど。長命種ならではの情報か……。
私たちが例えば祖父や祖母から「我々の若い頃は……」なんていう話を聞いたとしても、それはせいぜい60年前かそこらの話だ。100年以上を遡るには、どこかに記録を残すか、代々正確に口伝されていくしかない。
けれど、エスリールは違う。もしもコイランが彼女の祖父に話を聞けば、それは500年前のことかもしれないし、600年前のことかもしれないのだ。
「ドラゴンの卵は地中から生まれマス。地中の火……マグマの中で、魔力が高まった時に卵が形成されると予想されていマス。何十年かかけてそれは地上にせり上がってキマス。そして、地上に卵が出ると、ドラゴン族にしかわからない波長の魔力を発し、同族を呼ぶとされてイマス。その呼び声に応じるのがワイバーンで、彼らはドラゴンの卵に呼ばれると、自身の命を削るようにして、卵の周りに集い、魔力を注ぎ続けマス」
「それは……ドラゴンの卵が孵るまで、ずっと……?」
思わず口をはさんだ私に、コイランは柔らかく微笑んだ。
「ええ、ずっとデス」
「あ、あの……ひょっとして専門家の方でしたか? もしもドラゴンの卵があるとして、それが孵るまではどのくらい……」
ナタリーの質問に、コイランが頷く。
「ああ、すみません。言ってマセンでした。ボクはワイバーンとドラゴンの関係を研究している者です。時間がかかる研究なので、エスリールがその任につくことが多いんデスよ。ただ、世界的にも、現在進行形で卵の孵化を見守っているという報告は聞いていないノデ、どのくらいかかるかはわからない、というのが正直なところデス」
「あの……じゃあ、今はワイバーンたちを刺激しないほうがいいということでしょうか」
「そうデスね。ただ、聞くと人間の居住地とあまり離れていないように思いマス。近寄らない場所だったとはいえ、漁場から目視できるところデスよね?」
「え、ええ。そうなんです。なので、まずは上級冒険者を募って、調査だけでもと思っていたんですが」
ナタリーがそう言いながらちらりと私を見る。なるほど、その先遣隊にセロとアロイを入れたかったのかもしれない。
「調査だけでも、というのは賛成デス。状況からいってドラゴンの卵が出ている可能性は高いデスが、そうじゃない可能性もまだ残ってイマス。まずはその確認を。そして、卵が出ていた場合、ワイバーンはおそらく卵に集中しているし、彼らは人間のことをあまり脅威に感じてはいマセン。彼らにとっては、人間もエスリールも等しく“小さき者”デス。必要以上に近づかないようにして、こちらから敵意を向けなければ、観察くらいは許されるデショウ」
コイランの言葉にナタリーが頷いた。
「わかりました。上層部にそのように説明します。あとは洞窟の正確な位置と規模、今動ける上級冒険者の人数を調べなければ……。あの……もしよろしかったらコイランさん……」
そう言いかけたナタリーに、コイランは微笑んで頷いた。
「Jah、こちらもそのつもりデシタ。もともとボク自身がこちらのギルドに説明をして、上級冒険者のパーティを貸してもらおうと思っていたところなんデス。なので、もちろんボクも同行したいデスし、上の方に説明が必要ならそちらも協力シマス」
ほっとしたような顔のナタリーに、私は言い添えることにした。
「ナタリー、その調査隊? 先遣隊? それにセロとアロイを考えてるのかもしれないけれどさ。セロは今、入院中なんだよね。で、明日から9月だから、アロイは医術院の入学式がある。それから数日は説明会やら、専攻する講座の面接やらで忙しいと思う」
ナタリーは小さく「あら」と言った。セロの入院に対してなのか、アロイの入学式に対してなのかはわからないけれど……多分、両方かな。
で、と私はコイランのほうに1度視線を送ってから、またナタリーに向けて口を開く。
「――説明すると長いんだけど、とりあえずセロの怪我が一昨日のワイバーン絡みでさ。その時にコイランとも知り合って……そういえば、オスロンの街の上を飛ばなかったワイバーンはどこに行ったのかっていう話になって、それでここに聞きに来たんだよね」
ナタリーが頷く。
「なるほどね。わかったわ。とりあえず調査隊を出すにもまだ詳細が決まってないし、その頃にはセロとアロイも予定が空くかもだし。今、イワウミオオヘビを退治しに行ってるチームが帰ってくれば、彼らに声をかけてもいいし……」
そこまで言って、ナタリーはさっきまで熱心に書き付けていた紙を持ち上げて、私とコイランに見せてきた。
「まずは! まずはさっきコイランさんに聞かせていただいたことを、ギルド長にも説明したいんですよ。コイランさんは、明日のご予定はどうなってます? 今日このあと、段取りをつけておくので、明日の午前中にギルドでの話し合いに参加していただきたく思うんですが!」
「明日、大丈夫デス。もともと、オスロンまで来たはいいけれど、この場合、州の責任者に話を通すのか、ギルドに話を通すのか、ちょっと迷っていたのデス」
コイランの言葉に、ナタリーは力強く頷いた。
「そのあたりはあたしが調整するので大丈夫です。では、明日、よろしくお願いしますね!」
普段は受付カウンターに立っているナタリーだが、ギルドに勤めてそれなりの年数になる。冒険者たちの顔も技能もよく覚えているし、上との話し合いでもしっかり自分の意見を言うらしい。彼女に任せておけば大丈夫だろう。
それにしても……ドラゴンの卵か。いや、まだその可能性がある、というだけだけれど。とはいえ、なかなか大きな話になってきた。
これは、ティモが聞いたら大騒ぎする話かもしれない。
でもごめんね、ティモ。セロとアロイ以外には口外できないなら、君には言えない。




