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【第3章開始!】チートなき世の稀人たち~美少女(30代・独身男性)による見聞録~  作者: 松川あきら
第3章

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3.ワイバーンは西へ<2>(セロ視点)



 ぶわり、と下から巻き上げられた強風で、モンテの体と、天馬から乗り出している俺の半身も持ち上げられる。その揚力と、俺の天馬の動きを少しだけクッションにして、モンテの右腕を引く。だが、それだけではモンテの落下の勢いは殺せない。

 俺は左手で握ったままだった天馬の手綱を引いた。天馬は懸命に翼や足を動かして上空に留まろうとするが、モンテの分の重さと落下の勢い、俺が半身を乗り出しているせいもあって、落下に近い下降に転ずる。


「【土の妖精! 地面を柔らかくしてくれ! 風の妖精! 風をもう一度頼む!】」

 ぶわり、と下から再び突風が巻き上がった。モンテの体が軽くなった一瞬を利用して、モンテの右腕をさらに引き寄せ、手綱を手放した左手でモンテの襟首を後ろからとらえた。さっきまでの天馬の頑張りもあった。自由落下する高さは随分減らせただろう。

 一瞬、ぐん!と腰を引かれる。俺の命綱だ。天馬の背中から引き出して、腰のベルトにセットする形になっているそれは、基本的には人間1人分しか支えない。それ以上の力がかかれば安全のために自動的に外れる。そろそろ限界だろうと思った次の瞬間には、カチリと音がして命綱が外れた。


 モンテの体を抱きかかえるようにして落下する。間に合うか。

「【風の妖精! もう一度だ!】」

 ぶわ、と強い風は感じたが、そこから地面は近すぎて、あまり勢いを減らせなかった。モンテの上半身を抱えたまま、体が地面に叩きつけられる。

「……ぐ! ってぇ……!」

 右肩から落ちたせいで、そのへんの骨が何本か折れた音がした。

 だが、俺もモンテも頭は打ってない。落ちた場所が街道を外れた草原だったのと、妖精に頼んで土を柔らかくしてもらったのが功を奏したかもしれない。最後の突風で頭を持ち上げられたのも大きいだろう。


「――くそっ!!」

 体勢を立て直しながらモンテの体を見て、俺は思わずそう口走った。声を出したことで右胸が痛むが、かまっていられない。

 モンテの右上半身は血に染まっていた。俺の目の前でも、どくんどくんと脈打つように首から鮮血が噴き出している。さっきの“赤いマフラー”の正体はこれか。

 俺は咄嗟に左手でその傷口を圧迫するようにつかんだ。本当は、大きな血管が切れた時は血管そのものをつかむようにしたほうがいいと聞いたことはある。だが、血の海の中で、俺みたいな素人が血管など見つけられるものじゃない。


 回復の魔結晶……いや、これほど深い傷なら間に合わないか。造血の魔結晶と一緒に使えばどうだ。アロイの改良で、造血の魔結晶の効果が出るまでの時間は短くなっている。魔力を多めに込めれば5分もかからず回復し始めると聞いた。ただ、傷が塞がってない以上は、いくら血を増やしても失われるほうが早いだろう。そもそも5分も持つかどうかすらわからない。

 見ると、モンテの顔は血まみれだけれど、その隙間から見える地肌は土気色になりつつある。狩人としてしっかり日焼けしていた肌は、今ではすっかり色のない蝋人形だ。


 何もやらないよりはマシかと、腰のベルトポーチから回復と造血、2種の魔結晶を取りだそうとした。

「いっ! ……てぇ! ……うわ、やべ」

 右腕が動かない。かといって左手は今、モンテの傷口を押さえている。この手を離せば、魔結晶を使う暇すらなく命は失われるだろう。……諦めるか?


 ばさり、とすぐ近くに天馬が下りる気配がした。

「ワイバーンにやられたデスか!?」

 少し片言の、柔らかくも緊張感のある声。

 誰だ。いや、誰だっていい。

「回復術は使えるか! こいつの首の傷を塞いでほしい!」

 俺がそう叫ぶと、その誰かが駆け寄ってくる。足音と、声が発せられる位置で、随分小柄なのがわかった。


「――残念デスが、今、その傷を塞いでも血を失い過ぎていマス。それより、あなたも重傷のようデス。助かる確率が高いほうから……」

「血なら増やせる!」

 小柄な人物の言葉を遮って俺はそう言った。言いながら振り向く。小柄な人物は白っぽいフード付きのローブを着ていた。フードの隙間から長い髪がこぼれ落ちている。


 ……白髪? いや、違う、銀髪か。細い髪の毛の1本1本がメタリックな輝きを放っている。生まれながらの銀髪の人間というのはほとんどいないと聞いたことがある。俺も実際に見たことはない。けれど、目の前のフードからこぼれ落ちる髪は、プラチナブロンドでもなく白髪でもなく、銀髪そのものだった。


「増やせる……デスか?」

 小柄な人物が疑わしげな声を出した。フードのせいで表情は見えない。

「造血の魔結晶を持ってる。頼む、傷を塞げるなら塞いでくれ。俺が止血の手を離せれば魔結晶が使えるんだ」

 言い争っている場合ではないと悟ったのだろう。小柄な人物は納得したようには見えなかったが、とにもかくにも頷いてくれた。

「わかりマシタ。――信じマスよ!」

 俺のすぐ脇から、小柄な人物が手を伸ばす。


「【Haldjate jõud Elu tuli Taevane tiib Käes peituv kaastunde valgus……】」

 その人物の口から、早口ながら、それでも歌うような詠唱が聞こえる。ユラル語ではない。

 伸ばした手の先に、小さな銀色の蛇が姿を現した。……いや、蛇とも言い切れないのかもしれない。その背中には白い翼が2対あった。ただ、細かな鱗に覆われた細長い体は蛇としか言いようがない。見ると、くるりと身を翻した銀色の蛇は、そのままモンテの首のあたりに溶けるように潜り込んでいった。

 あれは……妖精か。


「まさか……命の妖精?」

「もう手を離していいデスよ。血を増やしてクダサイ」

 モンテの血にまみれた左手で、俺はポーチの中身を草原の上にばらまいた。探ってる暇がもったいない。その中から、淡い青色の魔結晶と、深紅の魔結晶を手に取る。回復と造血だ。造血のほうは念のため3つ使う。ありったけだ。なにせ、ただの貧血じゃない。失血死寸前なのだ。

 モンテの額の上に魔結晶をのせて――そこしか俺の手が届く場所がなかった――合計4つの魔結晶に魔力を込める。ほろほろと崩れて吸い込まれていく魔結晶を見ながら、「間に合え……」と俺は呟いていた。


「Üllatus……本当に血が増えてきてマスね。助かるかもデスよ」

「それならよかっ……ぐ、げほっ……!」

 喉の奥から血の匂いがせり上がってくる。咳き込むとさらにその血の気配が強くなった。吐き出してしまいたいのに胸が痛くて吐き出せないし、吐き出してしまったら二度と空気を吸えないんじゃないかという気がしてくる。

 それにモンテの治療が間に合ったかもしれないという言葉を聞いて気が緩んだのか、右肩から胸にかけてひどく痛み始めた。


「だからあなたも重傷だと言いマシタ」

 もう一度さっきと同じ、どこの言葉かはわからないけれど歌うような詠唱が聞こえた。

 呼び出された銀の蛇は、今度は俺の胸の中に入っていく。

「右の鎖骨、上腕骨、肋骨3本が折れてマスね。肋骨のうち2本は肺に刺さってマス。一応、命に別状がないくらいまで治せマスが、2人ともなるべく早く、えぇと……Haigla……回復できる人たちがいるところに行ったほうがいいデス」


「……く、いてて……。命の妖精……ってやつは……少し乱暴だな」

 ミシミシと体の中で何かが動かされてるような気がする。まさかあの蛇が骨を1本ずつ動かしてるわけではないだろうが、似たようなことはやってるのかもしれない。

「あなたは妖精使いデスね? さっき、風の妖精の気配を感じマシタ。――命の妖精にすぐ気づく人は珍しいデス」

「見るのは……うっ……初めてだがな」

 痛みに耐えきれず、さっきばらまいた魔結晶の中から、回復の魔結晶を拾い上げて魔力を込める。少しだけマシになった。


「これが使えるのは、ボクたちだけデス」

 そう言うと、銀髪の人物はかぶっていたフードを上げて、俺の目をまっすぐに見つめた。

 フードの中から現れたのは、長く美しい銀の髪と……まるで猫の瞳のように縦長の瞳孔をもった青い瞳だ。真っ青なのに、どこか金色の光をはらんで見える。純度の高い魔石のようだと思った。銀髪の隙間からは、少しだけ尖った耳の先が見えている。

「エルフ……いや、エスリールか」


「エルフと呼ぶ人もいマスね。――命の妖精を扱うには、最低でも150年以上は生きていなくてはなりマセン。だから、扱えるのは長命であるボクたちだけなんデス。……さて、今できる治療は終わりマシタが、肺の中に血が残ってマスので、まだ息苦しいデショウし、動けば痛むと思いマス。ちゃんとした回復術なら肺の中の血も除去できると思いマス。急いで街まで行きまショウ。こちらの彼も止血はできたので、あとは血が充分に増えれば……とりあえず、動かすことはできると思いマス」

「そうか。ありがとう……助かった」


 俺の天馬はメダルの形をした魔道具に戻って、すぐそばに落ちていた。モンテの天馬も同じように、メダルに戻って少し離れた場所にあるようだ。荷物もそれぞれの魔道具の近くに落ちている。


 立ち上がって、モンテの魔道具と荷物を拾いに行く。ほんの少し歩いただけなのに息苦しいし、息をするたびに肺に溜まった血がゴボリと音を立てる。右胸がズキズキと痛んだ。

 さて、モンテをどうやって運ぶか……。俺の天馬に乗せるしかないか。

 エスリールは見るからに小柄だ。リナと同じくらいの背格好だろう。あの体格では、モンテを運んでくれとはちょっと言いにくい。

 ただ、俺も血が足りない。造血の魔結晶はさっき使い切ってしまった。胸の痛みと息苦しさもおさまってない。……この状態でモンテを運ぶのは俺もちょっと自信がない。


 荷物を拾って戻ってきた俺に、エスリールは、もしよかったら……と申し出てくれた。

「ボクがその彼を運びマスよ。首都で新しい魔道具を買ってきてマシテ、天馬に取り付ける小さな荷車のような魔道具なんデス。あなたが自分の天馬に乗れるなら、彼1人ならその荷車で運べると思いマス。荷車を出すと飛べないので、地上を走ることになりマスが」

 荷車、というが天馬1頭で地上を引っ張るという説明から、日本でいうキャンプカートのようなものだろうと想像した。


「そうか、ありがたい。じゃあ、ちょっと待ってくれ。回復術師の友人がいる。そいつを近くまで呼ぶから、治療の続きを頼もう」

「いいデスね。途中で合流スルか、街まで近いなら待ち合わせる形でも?」

「街までは地上を走れば……多分20分くらいか」

 言いながら、さっきばらまいた魔結晶の残りを拾う。その中に浄化の魔結晶が2つあった。


「じゃあ悪いが、その荷車とやらを出してくれるか。モンテをそこに載せたら、このあたりの血の跡を浄化する」

 ついさっき、近くの森の中でグレートベアを見かけたばかりだ。血の匂いなんか残していったら煙幕の匂いも無視して街道に出てきかねない。


 俺はエスリールが出した荷車――想像通り、キャンプカートのようなサイズだったが、かなり頑丈そうに見えた――にモンテの体と荷物を載せる。右肩と右胸は痛むが、エスリールはその小柄な体のわりに力があるのか、率先して手伝ってくれた。

 モンテの血がたっぷりと染みこんだ草原に、俺は浄化の魔結晶を2つ放り投げる。本当はモンテの体を受け止めて、色が変わってしまった俺の服にも浄化をかけたいところだが、地面の浄化のほうが優先だ。グレートベアはおそろしく鼻が利く。2つでも足りるかどうか。念のため、獣避けの魔結晶も使い、ついでに自分の荷物から獣が嫌う薬草を出して、葉をちぎりながら周辺に振りまいた。


 ――しょうがねえ。俺の服は治療ついでにアロイに浄化してもらおう。

 俺は通信の魔道具を取り出して、アロイの名前が浮かぶ小魔石に指を伸ばした。


『はい。セロ? 今ちょうど君の噂を』

「……アロイ、今どこにいる?」




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