1.夏の終わりから始まる
第3章スタートです。よろしくお願いします!
「なんか……冒険者っぽいことしたいっスねぇ」
そう呟いたのはティモだ。周囲の成人男性と比べても頭1つ以上は大きい長身に、幅も厚みもある体はまさに筋骨隆々といった感じだ。よく日に焼けた肌に、短く整えた赤茶色の髪まで筋骨隆々(?)なのか、つんつんと尖っている。男らしい顔立ちながら、その言動は21歳だという年齢よりもやや若く……というより幼く感じるのは、“生前”から人見知りだったという性格のせいだろうか。
「冒険者っぽいことならもうしてるじゃないか。傭兵ギルドで戦闘訓練して、空いた日には冒険者ギルドで依頼を受けているんだろう?」
ティモの隣でミルクティーのカップを片手に小さく笑うのはアロイ。見た目は少し小柄でやや細身の16歳だ。本人が言う通り、去年よりも背は伸びているが、まだまだ成長期の途中だろう。声変わりを終えたばかりだけれど、体格がまだ伴っていないので、大人の男性の声というよりは、少しハスキーな女性の声に聞こえなくもない。日焼けしていない肌に明るい茶色の髪とはしばみ色の瞳は上品な美少年という雰囲気があるが、アロイは稀人なので、魂の年齢で言えば30代後半になる。
「ティモさん、こないだ天馬も買ったって言ってたじゃん。もう立派な冒険者なんじゃないの?」
甘くした冷たいミルクコーヒー――アイスカフェラテと言うらしい――を飲みながら、リナはそう言った。黒くつややかな長い髪と黒い瞳、白い肌、まだ14歳なので色気云々については遠い話だが、美少女であることは間違いない。そしてほんの少し前まで私の魂が入っていた体でもある。
私たちは冒険者ギルドのカフェテラスで飲み物や軽食を楽しんでいた。
21歳のティモ、16歳のアロイ、14歳のリナ、そして私の体は今、16歳の金髪の少女だ。傍目から見れば、若い男女4人組に見えるだろう。
ティモとリナも稀人だけれど体は年齢相応だ。ティモが魂と同じ歳の体に入ったのは偶然だが、リナに関しては本人の体に本人の魂が入っているので必然だ。そしてアロイは16歳の体に37歳の魂、私は16歳の体に33歳の魂。しかも! 私自身は男性なのに、少女の体に入ってしまっている。
「ベルさん、どうしたの? ぼんやりして」
リナにそう話しかけられて、私はテーブルの上にあったホットコーヒーのカップを手に取る。
「いや、今の私たちを外から見たら、平均年齢がずいぶん低いグループに見られるだろうなと思ってさ」
「今日はセロがいないからなおさらだね」
くすくすとアロイが笑う。
そう、セロがいればまた少し印象が違ったかもしれない。とはいえセロも見た目はまだ20代半ばだ。魂の年齢はアロイの1つ上と言っていたから38歳か。
「セロがいれば見た目の平均年齢と、中身の平均年齢の差がさらに広がりそうだけどね」
私の答えに、そういえばとティモが口を開く。
「セロさんは今日、仕事っスか?」
「こないだ会った時に、グレートベアの被害がどうのって言ってたから、狩人たちで見まわりにでも出てるんじゃないのかな。まぁ僕らも別に待ち合わせしたわけじゃなくて、たまたま僕とティモが近くで行き会って、お茶でも飲もうかってギルドに寄ってみたらベルとリナがいただけだしね。……2人は納品か何か?」
アロイに聞かれて私は首を振った。
私は魔道具店を営んでいるので、冒険に必要な魔道具や魔結晶を冒険者ギルドに卸すこともあるけれど、今日は違うのだ。
「今日はねー、あたしの稀人申請にきたの」
うふふ、とリナが笑う。
「ああ、そうか。魂と体が一致したから、もう稀人の申請に不都合がないのか」
アロイが納得したように頷く。
「あとは私自身が、このエリノアの体でベルナールだっていうことを報告しに、かな……」
必要なことだけれど、私としては進んで申告したいことでもない。
私が今入っている体は姪であるエリノアのものだ。私とリナ、それぞれの体と魂の交換を行おうとしていた時に、私の家の近所で姉と姪が大きな事故に巻き込まれた。そこで姪の命を救うためにやむを得ず、33歳の独身男性である私の魂が、16歳の少女であるエリノアの体に入ることになってしまった。
エリノアの体の怪我さえ治ればすぐに、魂も元に戻れると思っていたのだが、素材の関係上、雪が降る頃までそれはかなわないらしい。
私自身が店主として商売をしているからには、以前と見た目が違うというのはいろいろと面倒が多い。なので、稀人の申請に行きたいというリナに付き添う形で冒険者ギルドにきて、ついでに取引先の1つであるギルドに、私がベルナール本人であると、魔力で認識してもらったのだ。
……本当はごまかせるものなら、ちゃんと元の体に戻るまで、ベルナールは首都に出張中ってことにしちゃおうかなと思っていたのだ。そして、その間は姪であるエリノアが店を手伝いに来ているとか……。
でも、冒険者ギルドは大口の取引先でもあるし、何かを納品したり魔道具の作成を請け負ったり……とにかく、様々な書類にサインする機会もあって、その際に魔力を認識されることもある。そうなれば結局すぐにバレるのだ。
ギルドの受付のナタリーには、「14歳の美少女から、今度は16歳の美少女になったわけね」と微妙な視線を送られた。
そうでしょ!? そう思うでしょ!? 私だってそう思ったもん!
だから報告したくなかったのに!
ギルドに行こうよ、というリナに、退院したばかりで仕事も溜まってるからとふにゃふにゃ理由を付けて逃れてきたけれど、7月の終わりに退院してから、今はもう8月の終わりだ。そもそも私が入院していた間の帳簿を見たら、姉が全て綺麗に整理してくれていて、私が手出しをする余地はもう残っていなかった。
店の引っ越しも予定しているが、それは引っ越し先である店舗兼住宅の改修工事を終えてからなので、今できることは少ない。手続き関係は、見た目が少女になってしまっている私では信用度が低いということで、姉が全て請け負ってくれている。
そんなわけで、渋々と……本当に渋々と、今日、リナと一緒にギルドに来たのだ。
「でもリナ、冒険者にならないなら稀人の申請も別に急ぐことはなかったんじゃない?」
そう聞いてみたら、リナは小さく首を振った。
「だって、稀人の申請をしたら補助金がもらえるんでしょ? あたしの学費になるじゃない」
「だから、リナの学費くらい私がちゃんと払えるってば」
湯沸かしカップを広く売ってもらっているので、私のほうにもその売り上げの一部が入ってきている。つい先日も大口の取引が成立したばかりだ。
「それは貯金しとけばいいじゃん。稀人の補助金って、事情にもよるけど最大5年間って聞いたの。今14歳だから、19歳までは出るってことでしょ? そのくらいの歳になればあたしも何か仕事を見つけられると思うし、あたしとエリノアちゃんが一緒に行きたいねって言ってた学校は3年制だから、今からもらっておけばいろいろちょうどいいと思ったんだもん」
リナがそう主張する。
リナと、私の今の体の持ち主であるエリノアは、オスロンにある服飾の学校に一緒に行く予定だ。今は魔導樹脂と魔力でできた人形に入っているエリノアの魂が、元の体に戻ってからの話になる。9月に始まるその学校の前期には間に合わないけれど、3月からの後期に間に合うか、それとも来年の9月から入学するか、それは状況次第で決めようということになっていた。
「はぇー。リナさん、めっちゃしっかり考えてるっスね!」
ティモが感心したように言う。その隣でアロイも頷いていた。
「服飾系の学校に行くなら、魔導ミシンも必要になるし、細々とした道具もいるしね」
「そう、入学準備もいろいろお金がかかるでしょ?」
リナが大人びた表情でティモとアロイに頷いてみせる。
「でもミシンくらいは、僕とセロでプレゼントするつもりでいるからまかせてよ。一番新しいやつを父さんに頼んで手配してもらうからさ」
「わ、ほんと!? 嬉しい!」
リナが小さく手元で手を打ち合わせた。年相応の体に本来の魂が入っている様は、やはり素直に可愛らしいと思える。せめてリナの魂だけでも元に戻せてよかった。
「だからリナは、他の細かいものを揃えるといい。練習用の布なんかはベルの実家が首都で紡績工場をやってるから、そっちから手に入るだろうけどね」
言いながらアロイがこちらを見る。
それはそうだ。そのあたりは姉が手配するだろう。
「――っていうかティモが言う冒険者っぽいことって何?」
アロイが話題を引き戻した。
「へ? あ、そうっス! オレ、訓練とか荷運びとか簡単な採集とかばっかりで、あんま冒険者っぽくないなって」
ティモは訓練終わりでお腹が空いていたらしく、私とリナ、アロイが飲み物だけなのに対して、大きなビーフバーガーが皿の上にのっている。それももう残り少しだ。
「でも他に冒険者っぽいことってなんだろう。行商の護衛とか、魔獣退治?」
私が首を傾げると、リナがうふふ、と笑った。
「ティモさんなら、ドラゴン退治がしたいとか、魔王を倒すために魔族の国へ行きたいとか言いそう」
「……え。マゾクの国ってどこにあるの?」
きょとんとしてしまう。どこか遠い大陸の外国だろうか。
私の反応を見て、ティモががっくりと肩を落とす。肩を落としながらも、残りのバーガーを手に取って2口ほどで食べ終えると、それをレモネードで流し込んだ。
「そっスか……やっぱり魔王とかいないっスか。そういえば、ここで最初に会った時にセロさんも言ってたっスね。魔王も竜王もいない、って。――でも! ドラゴンとかワイバーンはいるんスよね!?」
うん、いるにはいる。けど……。
「ティモ。ワイバーンは上級冒険者たちが集団でやっと狩れるようなものだし、そもそもよほど濃い魔力溜まりでもないと発生しない。あと、ドラゴンは狩猟禁止だ」
アロイが淡々とそう告げる。
「……はぇ?」
ティモはポカンと口を開けた。
「えー。ドラゴンって狩猟禁止なんだ。退治しちゃだめなのね」
リナも意外そうに言った。
え、そんなことが意外に思えるほど、ニホンでは普通にドラゴンを狩ってるの!?
「ゲームだとドラゴンに気軽に挑むけどね」
アロイがふふっと笑う。
――そうか、ニホンのゲームというやつか。ニホンにドラゴンがいるわけではないのか。
私はティモに向けて軽く説明をする。
「ドラゴンは世界でも数体しか確認されてなくてね。研究対象なんだよ。何から進化するのか、どういう魔力を貯め込めばドラゴンになるのか、そういうこともまだ全然わかってない。西の大陸や東の大陸にはドラゴン研究所があって、ドラゴンを発見したらそこへ報告しなくちゃならない。そもそもワイバーンですら難敵なのに、ドラゴンなんてどれほどの戦力を用意すれば退治できるのかわかんないよ」
そう言うと、ティモはまたあからさまに肩を落とした。
「冒険が! 冒険ができないじゃないっスか!」
そう叫ぶティモに、アロイが肩をすくめる。
「魔獣退治でいいじゃないか。結構派手なのもいるよ。ただ、フタホシアナグマにわたわたしているようじゃまだまだだけどね」
「そ、それは……! 結局、訓練がんばるしかないんスかね……」
「今のところはそうだろうね。機会があれば実戦に同行させるのはかまわないけれど、ティモはまだ初級冒険者に足を踏み込んだかどうかくらいだから……」
うーん、とアロイが腕を組む。
ティモが武器の訓練を始めて3カ月半くらいだろうか。才能と練習量によっては、そろそろ初級冒険者と名乗っても許されるかもしれない。見習いと初級の間くらい、といったところか。
「アロイさんとかベルさんは……上級冒険者ってことっスか?」
ティモの質問に、私とアロイはなんとなく目を見合わせる。
中級、上級というのは明確にそう区別されているわけではない。昇級試験があったりもしないので、指標になるものもないのだ。
冒険者ギルドに所属している冒険者たちの中で、例えば初級・中級・上級に分けるとしたら、自分がどのくらいの位置にいるか、というふんわりとしたものでしかない。
その自認と、ギルドからの評価、他の冒険者たちからの認識、それらが噛み合った時に、自然と「あいつはそろそろ上級だよな」というような評価をされる。
「組む相手によるけど、僕もベルもセロも、いわゆる上級冒険者たちのパーティにメンバーの1人として誘われることはあるかな」
上級だと胸を張って言えるほどではないけれど、というアロイの言葉は事実であり、そういう言い回しでしか説明できないものでもある。
「求められる役割にもよるよね。人数の多いパーティで、私たちがそれぞれの得意分野に専念できるなら、という条件付きでもある。セロが少し前に、雷の妖精を使えるというだけで上級パーティに組み込まれたように」
私の言葉にアロイも頷いた。
「そうだね。前回は雷の妖精を使える妖精使いが少ないという特例だったけど、本来、セロの妖精魔法は中級程度だと思う。魔力もあまり多くないし。でも弓の腕だけなら多分、上級に片足を突っ込んでるくらいかな」
アロイが言う。多分そのくらいだろうと私も思っている。
セロ自身はギルドからの評価よりも、狩人として狩猟することに意味を見いだしているようだけれど。
そう考えた私の表情を読まれたのか、アロイはちらりと私の顔を見て続けた。
「セロが狩人と兼業ではなくて、妖精魔法も使える弓使いとして冒険者稼業に専念したら、おそらくとっくに上級認定されてると思うよ」
「それを言えば、アロイがせめて18歳以上だったら、とっくに上級回復術師だよね」
肉体がまだ大人ではない、というのは不利な点の1つだろうと思う。
私の言葉に、アロイは少し笑って肩をすくめた。
「うへぇ……」
と、ティモが何かを言いかけた時。
りりりりん、りりりりん、とどこからか音がした。
「僕のだ」
アロイがズボンのポケットに手をやる。通信の魔道具の呼び出し音だ。
魔道具を手に取ったアロイが、魔石に表示された名前を見てくすりと笑った。
「噂をすればセロだ」
アロイは魔道具をテーブルの上に置いて、魔石に触れた。
「はい。セロ? 今ちょうど君の噂を」
『……アロイ、今どこにいる? この後の……予定は空いてるか』
魔道具からはセロの声が流れてくるが……少し様子がおかしい。声に力がないし、息も途切れがちに思える。
「予定は空いてるよ。どうした? ――どこに行けばいい?」
アロイもそう思ったのだろう。立ち上がって、椅子の背にかけてあった鞄を手に取る。
「ごめん、リナ。このカップ、カウンターに戻しておいてくれる?」
私もテーブルの上を軽く片付けて、アロイと同じように立ち上がった。
『南門から……いや、あー……ちょっと待ってくれ』
ぼそぼそと、魔道具の向こうでセロは誰かと話しているようだが、その内容までは聞き取れない。
『……そうか、わかった。アロイ、南門の外の……行商溜まりまで来てくれるか。できれば、造血の魔結晶が欲しい』
「わかった。魔結晶は手元にあるよ。南門でいいんだね? そこまでは来られる?」
『ああ、行ける……んだよな?』
セロが誰かに確認している。同行者がいるのか。
「セロ、私とティモもいるけど、力になれる?」
魔道具にそう呼びかけると、ほんの少しの間があって、セロの返事があった。
『……誰かと思えばベルか。来てくれれば助かる。……悪い、キツくなってきた。一旦切るぞ』
苦しげな声を最後にぷつり、と通信は切れた。
「ほら、ティモさんも! お皿とかはあたしがカウンターに戻すから早く! ベルさん、あたしはお店に戻ってるね。何かあったら教えてね」
ぽかんと私たちのやりとりを見守っていたティモの肩を、リナがばしばしと叩く。
「はぇ!? なんスか、緊急事態っスか!?」
ティモが慌てて自分の荷物をまとめ始めた。
幸い、冒険者ギルドのすぐ近くには小型の馬車をメインにした馬車溜まりがある。アロイが通信の切れた魔道具をポケットに戻している間に、私はそこに走った。




