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【第2章完結!】美少女店主はおっさんに戻りたい!~異世界転生の行き先はこちら~  作者: 松川あきら
第2章

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46.一番大きな牡蠣



 医術院での入院生活は意外と早く過ぎていった。というのも、これは情緒的な話ではなく、大きな回復魔法の後は患者側が体力を消耗するので、食事をたっぷり食べて薬で眠るのだ。だから基本的には、癒やしの魔法をかけられて食事をして半日眠るという繰り返しになる。

 私にとっては生まれて初めての外科手術も行われるというので、実は少しだけ興味深く思っていたのだけれど、それも深い眠りの魔法をかけられている間に終わっていて、空腹で目が覚めたら手術の翌日だった。


 手術の翌日――入院して3日目の午後にはリナが、14歳のリナの体でお見舞いにきてくれた。フェデリカと一緒に訪れたリナは、私のベッドの横に立つと「えへへ」と恥ずかしそうに笑った。

「なんかぁ……この姿でベルさんの前に立つの、少し恥ずかしいね。去年、魂を入れ替えようとした時、お互いに魂同士では姿を見たけど、リアル……えっと、現実では初めてでしょう?」


 込み入った話をすることもあるかもしれないからと言って、姉は個室に入院させてくれていた。

 確かに、こういう報告を受けるなら大部屋というわけにはいかない。


「本当だ、なんだか新鮮だね、リナ。なんだか鏡を見ている気分になるけど……でも、だからこそリナがちゃんとリナになれたんだってことがわかるよ。なんか、こういう言い方もおかしいけど、おめでとう、リナ! ――それに、フェデリカもありがとう、ずっと尽力してくれて」

 そう言うと、フェデリカは小さく笑ってリナの肩に手を置いた。

「そうね、まだあなたとエリノアさんが残ってるから、全て解決したわけではないけれど、とりあえずリナちゃんだけでも戻れてよかったわ。それに、アンネリースさんに聞いたと思うけれど、エリノアさんもあの体に馴染んだようよ」


 そう、エリノアがあの人形の体でちゃんと目覚めたと、今日の午前中に来ていた姉が教えてくれた。エリノアは事情を説明されて、泣いていたという。自分が逃げ出してしまったことへの謝罪、私の魂が入ったことへの謝罪と感謝……本当は直接会いに来たがったようだが、“人間の使い魔”を外に出すわけにはいかない。

 私の魔力で染めた人形にエリノアの魂を入れてある状態というのは、エリノアを私の使い魔にできる状態でもあるのだ。


「あ、リナ。私のクローゼットに入っている服は全部持っていっていいからね。あれは、その体のための服だったんだから」

「うん、わかってる。それにね、この後、フェデリカさんが服を買いに連れてってくれるの!」

 リナが嬉しそうに報告してくれる。14歳の魂と14歳の体。あるべき姿に戻れたリナの様子を見るのは私も嬉しい。


「元の体に戻れたお祝いにね。――でも、なんとなく、ベルナールが入っている時の顔と、今の顔とでは少し違うようにも思うわ。今のほうが活発そうな感じよね。顔つきも魂の影響を受けるのかしら」

 リナの顔を見て、フェデリカが言う。

「魂というよりも、性格の問題じゃないかな。体が入れ替わっていた時だって、私よりリナのほうが社交的というか、物怖じしないというか……そんな感じだったから」

 リナが社交的なのか、私のほうが人見知りなのか……。


 ただ、リナが元に戻れたということは、フェデリカの理論と今回の手順には間違いがなかったということだ。私の魂が入るための人形は、もう一度作り直しになってしまうかもしれないけれど、これまでかかった時間を思えば誤差のようなものだ。

 私は俄然、退院が楽しみになってきた。



 入院7日目にはセロが差し入れを持ってきてくれた。両手の包帯もとれて完治したから、動きに不自由がないか狩りに行って確かめてきたと言って、差し入れてくれたのは夏鹿の煮込みハンバーグだった。

「メシには制限がないどころか、栄養はとれるだけとったほうがいいって聞いたから」

 そう言ってセロが笑う。

「美味しそうだ。あとでいただくよ。それに、後遺症がなかったようで良かった」

「おまえのほうは? 順調にいけばあと3日か4日ってとこか?」

「うん、だいたいの治療は終わってね。あとは頭の怪我で後遺症がないかどうかを細かく調べて、何もなければ体の動きを見るんだってさ。しばらく眠って食べての繰り返しだったから、軽い運動から始めるって言ってたよ」

 そう報告すると、セロはふと私の顔をじっと見つめた。


「……ん? どうかした?」

「いや……今までリナの顔だったからな。少し大人びて、黒髪が金髪になって、印象がずいぶん変わったなと思ってね」

「ああ、それはね。まぁでも退院したらすぐにエリノアと入れ替わればいいだけだから」

 私が笑うと、セロは「そうだな」と頷いた。



 入院中に治療に当たってくれたのは、医術院に所属している正式な医術師だ。回復術師は医術院を卒業すると、医術師と呼ばれるようになる。だから私の担当はアロイではなかったけれど、助手として医術院を出入りしているアロイは頻繁に顔を出してくれた。


 姉が私の店から持ってきてくれた湯沸かしカップを見て、なるほど、と頷いている。

「研究中にもちょうどいいと思ったけど、入院患者にもこれはお勧めかもしれないね。ベッドで手軽に1杯分のお茶が作れる。それに、セロがインスタントコーヒーも持ってきてたろ?」

「うん。あれはなかなかいいね。この湯沸かしカップで作ると本当に手軽だ。それにティモが持ってきてくれた即席麺も、半分に割るとこのカップにちょうどよかったよ」

「栄養が必要とはいえ、それが過ぎて太ってしまっては、エリノア嬢に怒られるかもよ?」

 くすくすとアロイが笑う。


「うわ、そろそろ控えないとね。そういえば、私の退院の目処は立った?」

「うん、明日また、今日よりちょっと負荷をかけた運動をしてみて、それで何事もなければ明後日には退院かな。みんなには僕から伝えておくよ」

 アロイの言葉に、思わず「やった!」と声を上げてしまう。

「入院自体は別に苦ではなかったけど、やっぱり自宅に戻れるのは嬉しいし、自宅に戻ればエリノアとの入れ替わりだからね。フェデリカも、少し長い休暇を取ったとは言っていたけど、あまり長引かせるのも悪いと思ってたからさ」

 私の言葉にアロイがうんうんと頷く。


「まぁ、すぐ入れ替わり云々っていうより、まずは退院祝いでもしようよ。ティモが漁師料理を作れるっていうから、明日あたりセロも一緒に、3人で港に行ってみようと思ってるんだ。君は海老が好きだったろう?」

「漁師料理か! いいね! 海老も好きだけど、今の季節ならオスル牡蠣が美味しいんじゃないかな」

「牡蠣か。オスル牡蠣は岩牡蠣の仲間だから夏が旬だね。大きいやつを探してこよう」

 これは楽しみが増えた。

 退院と牡蠣、そして元の体に戻ること。



 入院11日目にして、退院の許可が下りた。姉が迎えに来てくれて、手続きや支払いを済ませてくれる。

 帰宅用に手配してくれた馬車の中で、姉が私の顔を見る。

「無事に退院できてよかった。本当に感謝してる」

「もういいよ、そんなに何度も言わなくても」

「……ところでベルナール、今、あなたの家でみなさんが退院のお祝いを用意してくれているんだけれど……」

 やった! 牡蠣かな! セロがいるなら肉料理もありそうだ。先日差し入れてくれたハンバーグはとても美味しかった。


「あのね、ひとつ聞きたいんだけれど……」

 馬車の小さな窓から外をちらりと見て、姉が口を開く。

「なに?」

「例えばの話なんだけど、あなたは良い知らせと悪い知らせなら、どっちを先に聞きたいタイプ?」

 姉が微妙な顔つきをしてそう尋ねてくる。困ったような、何かを隠しているような……?


「えぇ……良い知らせしか聞きたくないけど……そうだなぁ、強いて言うなら、悪い知らせが先のほうがいいかな。その後に良い知らせがあれば、それで気分を立て直せるかもしれないし?」

 私がそう言うと、姉は小さく何度か頷いた。

「そっか……そうよね……うん……でも……」

「なんだよ、何かあるの?」

「……うーん、とりあえず家についたら、エリノアがあなたに抱きついて泣きじゃくると思うからそこは覚悟しておいて?」

 なんだかごまかされたような気がする。



 馬車は数分で家についた。店も今日は臨時休業にしているらしい。あとで不在の間の帳簿も見せてもらわないと。きっと姉のことだから、几帳面な帳簿をつけてくれているのだろう。

「ただいまー!」

 そう言って自宅の玄関を開ける。

 退院前の運動で、エリノアの体にはずいぶんと慣れた。リナよりも一回り大きいけれど、もちろん私の本来の体よりは小さい。

 ただ、リナよりも年かさな分、女性らしい丸みを帯びていて、リナの時以上におしとやかな動きを期待されそうなのが困ったくらいか。


「叔父さんっ!」

 姉の予言通り、小さなエリノアが抱きついてきた。7歳くらいの少女の姿だ。今の私の体でも腰のあたりまでしか身長がない。

「ごめ……っ! ごめんね、叔父さん! 痛いのも苦しいのも叔父さんが全部代わってくれたって……お母さんに聞いたの! ごめんなさい! そして……ありがとう、あたしの体を助けてくれて!」

 泣きじゃくりながらエリノアは、何度もごめんなさいとありがとうを繰り返した。


「エリノア……いいんだよ。オスロンの医術院も優秀だからね、私はあまり痛い思いも苦しい思いもしていないよ。栄養をたくさんとれって言われてたから、この体がもし太っちゃってたらごめんね。見た目はあまり変わってないと思うんだけど、どうかな?」

 嘘だ。実は、姉に持ってきてもらったエリノアの服を着ているけれど、腰回りが少しきつい。

「叔父さん……大丈夫、ありがとう。お母さんはダイエットメニューを作るのが得意だから、しばらくお母さんにご飯作ってもらえばいいと思う」

 ふふ、とエリノアが涙まじりに笑った。泣きやんだようで何よりだ。


 家の中にはいい匂いが漂っている。リビングのテーブルの上も豪華だった。牛肉の赤ワイン煮込みはつやつやと輝いているし、パエリアの上には大きな海老がこれでもかとのっている。それに私がリクエストしたオスル牡蠣は大皿の上に生のまま山盛りにされていた。


「お、主賓のお帰りだぞ。ティモ、アクアパッツァは?」

「今できるっス! アロイさん、大皿あるっスかね」

「いや、この皿はセロが作ってるクリームパスタを入れるから、ティモのは鍋のまま出そう」

「ねぇ、こっちのお皿ってもう運んでいいのー?」

「リナちゃん、そのお皿は重いからわたしが運ぶわ。リナちゃんはコップを出してくれる?」

 キッチンからダイニングにかけては大騒ぎだ。そしてリビングにどんどん皿が運ばれてくる。


 私とエリノアは玄関で立ったまま、その騒ぎを見つめていた。2人で並ぶと、少し癖のある濃い金髪も同じ、元の私の目に近い、濃い緑色の瞳も同じで、まるでよく似た姉妹のようだ。違うところといえば、髪の長さだけだ。16歳のエリノアの体は髪を長く伸ばしていたので、それを三つ編みにしている。7歳の人形の体に入ったエリノアは髪がまだ短い。


 ダイニングとリビングを見回していた姉が、声を上げる。

「お料理も揃ったようね。みなさん、今日は弟のためにありがとうございます」

 キッチンとダイニングにいた面々も、それぞれ皿やコップ、ワインなどを手にしてリビングに揃う。ソファだけでは足りないので、オットマンやダイニングの椅子も総動員だ。

 モモもリビングにいた。リナの足もとですっかりくつろいでいる。見た目も中身も元のご主人であることが嬉しいのかもしれない。


 私は主賓ということで、ソファの真ん中に座らされた。両隣をエリノアと姉が挟む形になる。テーブルの向かい側に置いたダイニングの椅子にフェデリカとセロが座り、ティモとアロイはソファの空いた席に、リナはオットマンにクッションをのせて座っている。


「それで、あの……フェデリカさん、先に説明をお願いできる?」

「あら……あとじゃなくていいの?」

 フェデリカが、姉の言葉に少し意外そうな顔を見せるが、姉は頷いた。

「そのほうがいいって、さっき言ってたから」

 ――え? さっきって……つまり、良い知らせと悪い知らせってやつ?

 え? え??


「いやいや、先に乾杯しようぜ。乾杯はタイミングってもんがあるじゃん?」

 セロがそう言いながら、みんなに飲み物を配る。私とエリノアとリナには、炭酸入りのレモネードを配り、それ以外の面子にはピンク色のワインを配った。

「肉と魚が入り交じってるからな。軽めのロゼを探してきたんだ」

「乾杯するにはちょうどいい、華やかなワインね。――いいわ、じゃあ先に乾杯しましょ。ベルナール、挨拶してちょうだい」

 フェデリカにそう促されるが、私は“悪い知らせ”が気になってそれどころではない。


「いや、挨拶もなにも……悪い知らせがあるって言われてるのに、乾杯する気分じゃないよ!?」

 渋る私を無視するかのように、隣で姉が立ち上がった。

「はい、ではわたしが弟の代わりにご挨拶します! みなさん、このたびは本当にお世話になりました。誰1人欠けてもエリノアは助からなかったと弟に聞いています。本当に、感謝してもしきれません……! ありがとうございました! 乾杯!」

 姉がそう言って、ワインが入ったコップを掲げる。

 姉の言葉に、私以外の全員が口々に「乾杯!」と言って、コップやワイングラスを掲げた。ワイングラスの数が足りないので、いろんな形のグラスやコップが入り交じっている。


「ほら、ベルも! 乾杯!」

 セロの勢いに、思わず私もコップを合わせる。

 ――いやいや、待って。悪い知らせがあるんだよね?

「フェデリカ!? 必要な説明ってなに!?」

「ああ、たいしたことじゃないのよ」

 フェデリカはワイングラスに入ったピンク色のワインを1口飲む。あら美味しい、と呟いてグラスをテーブルに置いた。

 そして、レモネードのコップを持ったままフェデリカを見つめる私を見返して、こほん、と小さく咳払いをした。


「あのね、ベルナール。あなたが元の体に戻るには、最低でもあと半年はかかるの」

 ――は?


「え。いや……え??」

 コップを持ったまま、姉の顔を見ようとしたら、すっと視線をそらされた。

 セロとアロイを見ると、2人はタイミングを計ったかのように、同時に肩をすくめた。……ひょっとしてセロもアロイも知ってたんじゃないか? だから見舞いに来てくれた時、セロは私の顔をじっと見つめたし、アロイは入れ替わりの話をしたら退院祝いに話題をそらした。


 単純な話なんだけど、とフェデリカが話を続ける。

「わたしが作った立体魔法陣は、1つにつき1人分の往復用なのよ。だから、リナちゃんに使ったものはもう濁って使えなくなってしまったし、あなた用の魔法陣は、エリノアさんを人形に入れて、あなたをエリノアさんの体に入れたことで、往復を使い果たして使えなくなってしまったわ」

 そういえば、医術院に運ばれる直前、濁った魔法陣をちらりと見た気がする。


「い、いや……それでも、悪いけどもう1つ……あ、エリノアの分もあるから2つかな? 新しく作ってくれれば……」

 とりあえず私はコップをテーブルの上に置いた。

「素材がないのよ」

「そんなの! 魔法屋を回れば……オスロンになくても首都にはあるんじゃないの?」

 私の反論に、フェデリカがもう一度ため息をつく。


「立体魔法陣は樹脂に陣を書きながら重ねていくんだけれど、そのインクに使う材料がね……わたし、確実を期してミドリサギの血液を使ったのよ。首都でたまたま見かけて、買い占めたわ。それであなたたち2人分のを作ったの。で、セロさんに相談したんだけど、ミドリサギって渡り鳥なのね。次に獲れるのは、早くても雪の降る頃らしいわ」

 そこまで言ってフェデリカはセロを見る。視線を受けてセロも頷いた。

「12月か……ひょっとしたら年明けの頃かもな。ここからもう少し北に行かなきゃだから、その往復の時間も必要だ。ちなみにオスロンの魔法屋に在庫を聞いたら今年の分はもうないってよ。そもそもミドリサギ自体がそれなりに希少種なんだ。いわゆるレア素材ってやつだな」


「……そうだ! 九聖教の魔術師が似た魔法陣を作ってたじゃないか。あいつが材料を隠し持っていたりしない!?」

 一縷の望みにすがろうと、アロイを見る。

 ……が、アロイは首を振った。

「僕もそう思って警備の人間に問い合わせたけど、他の材料はあったけどそれだけなかったようだよ。使い切ってたのか、そもそも違う材料を使っていたのかはわからない。それに、父さんにも頼んでどこかの商会に売れ残りがないか聞いてみたけど、全滅だった」


「……は???」

 つまり?

 私は少なくともあと半年は、エリノアの体で過ごすってこと……??


「だからね、ベルナール」

 ぽん、と私の肩に手を置いたのは姉だ。

「こうなると夫や父さん、母さんに事情を話さないわけにはいかないでしょう? もう手紙は送ったから、多分、あさっての便でみんなオスロンに来るわ」

 ……はぁ。


 あとね、と姉は続ける。

「こういう事情になると、わたしもあなたと一緒に住んだほうがいいと思うのよ。で、この家でわたしとエリノア、あなたとリナさん、4人で住むには手狭よね。部屋もないし」

 それはそうだ。私が借りている店舗兼住宅は平屋で、半分は店舗と作業場、残りの半分が居住スペースだ。リビングとダイニングキッチン、私とリナの部屋、あとは水回りだ。一応、屋根裏はあるが、在庫や素材の物置になっている。

「で、ちょっと周囲で聞いてみたら、1本南の通りに一回り大きな家が空いているらしいのよ。どうかしら、あなたさえ良ければお店ごと引っ越さない? 費用はわたしが出すわ」


「…………待って」

 そう、待ってほしい。


 半年は戻れない? そして家族がオスロンに来る? その上引っ越し?

 なに? 私は何に驚けばいいの??


「……! そうだ!」

 思い出した。これが悪い知らせというのなら、良い知らせもあったはずだ。

 それで少しでも気分を立て直そう!

「良い知らせってなに!? 姉さん、良い知らせもあるって言ってたじゃん!?」

「ああ……」

 姉が目をそらす。

「え、嘘でしょ。あるんでしょ? ねえ! 姉さん!」


「良い知らせは……そう、なんとこのオスル牡蠣! 普段の市場で売ってるのは2年か3年ものなんだけれど、4年ものが買えました! しかもこんなにたくさん!」

 姉が、どう?とばかりにオスル牡蠣を盛った大皿を手で示す。

「……嘘でしょ?」

「嘘じゃないわよ、4年ものよ。見て、このサイズ!」

「そうじゃないよ! そんなレベルの良い知らせで上書きできると思ってるの!?」

「だって……あなた、子どもの頃からずっと牡蠣好きじゃない……?」

「好きだけど! 好きだけど、そうじゃなくて!」


 うわーん! まただ! また女の子の体だーっ!!!?


「叔父さん……あたしの体に入ったままなの……いや?」

 エリノアが涙ぐんだ目で見上げてくる。

「い、い、いやじゃないよ、大丈夫だよ! 当たり前じゃないか、エリノア!」

 そう……そう言うしかないよね、これ!?


「……まぁいいや、冷めちまう。食おうぜ」

 セロがアクアパッツァに手を伸ばすのが見えた。

「セロ、パスタには何入れたの? きのこの香りがいいね」

 アロイの問いに、セロが答える。

「ああ、冬に獲ったイノシシのベーコンに、秋のポルチーニを干しておいたやつだ」

「あら、それ美味しそうね。わたしにも取ってくださる?」

 フェデリカが皿を差し出す。

「あたし、ティモさんが作ったパエリア食べたいー」

「お、リナさん、食ってくれるっスか。これ自信作っスよ!」

 ティモがリナにパエリアを取り分ける。


「ベルナール、ね、牡蠣食べましょ。ほら、レモン搾ってあげるから!」

 姉は一番上にあった、一番大きな牡蠣にレモンを搾って私に差し出してきた。

「……食べるよ。……食べるけどさ。上書きなんてされないんだからねっ!」


 ――牡蠣はとても美味しかった。



<第2章・完>


これにて第2章完結です! 第3章はそのうち(←?)考えます!

お付き合いありがとうございました!

ちらほら、番外編が不定期に出るかもしれませんが、今は別サイトにて別作品を公開中です。

(詳細はXにて)

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― 新着の感想 ―
面白い作品を執筆していただきありがとうございます。 ぜひ、3章よろしくお願いします。楽しみにしています!
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