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【第2章完結!】美少女店主はおっさんに戻りたい!~異世界転生の行き先はこちら~  作者: 松川あきら
第2章

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45.エリノアの体



「いっ……っっっ!!!」

 痛い、という言葉すら形にならない。反射的に出した自分の――エリノアの――声すら全身に響いてさらなる痛みを誘発する。

 どこが痛いとかじゃない、全身が痛い。多分、冷静に考えれば痛くない箇所だってあるはずだ。でも、思考の全てが痛みに支配された。


「【陽のぬくもり、泉の癒やし、夜更けの月のさやかなる光に……解ける、流れる、鎮まる】――ベル、落ち着いて、ゆっくり深呼吸して」

 アロイの声が聞こえた。

 アロイは自分の声をまだ若くて頼りない声だと言うが、自分が患者となって聞くその声は、声変わりしたばかりでまだ少しかすれた、優しく穏やかな声だ。

 その声の指示通りにゆっくりと息を吸うと、体の中になにか爽やかなものが行き渡るような気がした。そして、吸い込んだ息をゆっくり吐き出すと痛みの大半が薄らいでいった。


「大丈夫? 痛みの8割くらいはなくなったと思うけど」

 アロイの言葉通りだ。全身に響くような痛みがなくなったおかげで、少し落ち着いて考えられるようになった。

 とりあえず、激しい痛みを感じたということは、無事にエリノアの体に移れたということだろう。頭と首は固定されているので動かせないけれど、視線だけを巡らせると、隣にリナの――さっきまでは自分の――体が横たわっているのが見える。


「今の状態でどこが痛いとか苦しいとか、言語化できる?」

「……頭が割れるように痛い」

「それはそうだろう。なにせ割れてるからね。他は?」

 アロイは冷静に言うが、頭が割れてるというのはすごいことなのではないだろうか。とはいえ、移動した直後ほどの痛みではない。さっきは死にそうに痛かったけれど、今は魔力切れの時よりも少し痛いかなという程度だ。

「腰のあたりが痛いのと、そこから右足にかけてしびれてる。さっきまでは目眩と冷や汗と吐き気があったけど、それは軽減されてるかな」

 私の申告にアロイが頷く。


「目眩と冷や汗はさっきまでひどい貧血だったからだ。君の魂が入ったことで、造血の魔結晶も、これまでかけた癒やしもかなり効果が出てきた。止血も造血もできているようだ。頭と腰は今ここではこれ以上治療できないから、医術院に運んでからになるよ。――大丈夫ですよ、お姉さん。魂が入って、ここまで治療効果が出れば、ここから先は命に関わるようなことはないです。年頃の女の子ですから、傷跡も残らないようにできます」

 アロイの言葉の後半は、私の頭のほうに座っているらしい姉へ向けたものだった。

「じゃあ……エリノアは助かったんですね……っ! ああ……いえ、違うのね、エリノアの魂はこの人形の中で、エリノアの体に入ってるのはベルナールの魂で……」

 姉は少し混乱しているようだが、声には安堵の雰囲気が漂っている。


 よかった、と言って姉は私の手をそっと握った。

「ありがとう、ベルナール。そしてごめんなさい、痛い思いをさせて。わたしが娘の身代わりになれればよかったのだけれど……」

「気にしないで、姉さん。私が姪っ子にしてやれることがあってよかった。私が不在の間、リナのこととお店のことを頼むよ」

「わかってる。――あなたのお店の帳簿、見違えるほどわかりやすく書き直してあげるわ。どうせ赤字じゃなきゃいいやぐらいの計算しかしていないんでしょう?」

 くすり、と姉が涙と埃で汚れた顔で微笑む。よかった。やっと少し心の余裕ができてきたようだ。


「……はい、そうです。じゃあよろしくお願いします」

 少し離れて、どこかに通信を入れていたアロイが戻ってくる。

「今、医術院の患者搬送用の馬車を手配したよ。10分か15分くらいで着くと思う。……ええと、アンネリースさん、でよろしいですか? ばたばたしていて自己紹介が遅れて申し訳ありません。アロイ・クラクストンです。ベルの冒険者仲間で回復術師です。あと、こちらも後回しになっていてすみませんでした。――【湧き出ずる泉、癒やしの白虹】」

 アロイは自己紹介をしながら、姉の足の傷に回復魔法をかけた。


「まぁ、ありがとうございます。さっき魔結晶を使ってもらったので痛みはなかったんですが」

 そう答えながら姉も、ベルナールの姉ですと自己紹介をしていた。

「今の魔法でもう傷跡もなくなると思います。数日は肌の赤みと、若干の違和感が残るかもしれませんが」

「重ね重ね……本当にありがとうございます。本当に、ベルナールの言うとおり。……あなたの仲間たちはすごいのね」

 姉が私のほうを向いて言う。


「そうだろう? こんなこと、他の誰にもできないよ」

 私は少し自慢げに言う。

「あなたもよ、ベルナール。あの状況で、魂さえ入ればいいなら自分が入るって……あなた、もう少しくらい迷ったらどうなの」

 姉が少しだけ呆れたように言う。

「迷うなんて……だってそれが唯一の解決方法だと思ったから……」

 実際、今少し落ち着いて考えてみても、それ以外の解決方法は思い浮かばない。フェデリカの顔を見た時に、エリノアの魂がもう後戻りできないところまで離れかけているのだと、そう気づいてしまったからだ。


 ――この場にいる私たちのうち、誰か1人でも欠けていれば、エリノアの魂は体から離れてしまっただろう。フェデリカの結界で押しとどめなければ事故現場で離れてしまったかもしれない。

 その結界がなければ……ひょっとしたら、エリノアは稀人として生まれ変わったのかもしれない。

 本来、瀕死の大怪我を負った状態では異界の魂が入ることはないと言われている。けれど、セロの蘇生とアロイの回復があった。大怪我ではあったけれど、すぐに死んでしまう状態ではなかった。だから稀人になる可能性はあったのだ。


 私は稀人を否定したくはない。セロもアロイもティモも大事な友人だ。冒険者をやっていたから、他にも稀人の友人はいる。

 でもさっきの事故現場で、私は結局何もできなかったけれど、それでもエリノアが、“エリノアとして”助かるようにと祈ってしまった。


 ――もしもエリノアの体に別の……ニホンの女の子の魂が入ったら、私と姉はそれを受け入れられただろうか。首都にいる義兄、エリノアの父親も、そして祖父と祖母にあたる私の両親も。エリノアがエリノアでありながら、魂は違ってしまうことを受け入れられるだろうか。

 アロイの両親も、セロの家族も、ティモの育ての親も……それを受け入れるまでに一体どれほどの葛藤と悲嘆があったのだろう。


 私自身は、アロイもセロもティモも、稀人になってからの彼らしか知らない。稀人としての彼らと知り合って友人になった。けれど、稀人になる前の……生前の彼らを知っていた友人たちはどう思ったのか。

 今更になって、ジェレミア教主をはじめとした九聖教の人々が、声高に主張していたことを、理屈ではないところで理解できる。家族を稀人に奪われた、そう思ってしまう人間がいることはきっと仕方がない。


 けれど、もしもエリノアの魂が離れて、稀人になってしまったら……受け入れるか否かは別として、エリノアの姿を持った女の子が路頭に迷うのはしのびない。結局、面倒を見てしまうだろう。そして戸惑いながら「叔父さん」と呼ばれたら、私はきっとそれを拒否できない。姉も義兄もそうだろう。


 ――エリノアが死なずに済んでよかった。それを思えば多少の体の痛みくらい、なんてことはない。

 それと同時に、稀人にならずに済んでよかったとも思ってしまっている。

 普段は、稀人は良き友人なのだから、なんて言っているくせに、自分の身内となるとこうだ。私は……なんて自分勝手なんだろう。


「ベル、変な顔してるけどどこか痛い?」

 アロイがひょいと私の顔を覗き込んできた。首を振ろうとしたけれど頭と首は固定されている。

「……いや、さっきの痛み止めの魔法はすごい効き目だね。魔力切れみたいな頭痛がするくらいで他は大丈夫。ただちょっと……お店の仕入れとかどうしようかなって考えていただけ」


「そういえば、これはもういらないわね」

 フェデリカが、私の胸の上に置いてあった魔道具を手に取る。薄緑色の魔石を銀線で包んだものだ。魂を外に出さないための……中に入れないための、結界を張る魔道具。

「フェデリカがそれを用意している日でよかったよな。それがあったおかげで、稀人にならずに済んだろ」

 ダイニングのほうからセロの声が聞こえた。

 まるで、さっきの私の葛藤を聞いていたかのようなタイミングに、少しだけひやりとする。


「マジでほんとっスよね。やっぱ身内の目の前で稀人になると、身内の人も可哀想っスもん」

 ティモも安堵の声で応じている。

「そうだね。僕も、今の両親が肩を寄せ合って泣く姿を見てるから……きっと前世の両親も同じだったろうと思うからさ。だから、今回の人生では絶対に両親よりも長生きしようと決めているよ」

 アロイがそう言って小さく笑う。


 ――そうか。そう思っていいのか。

 稀人にならずに済んでよかったと……そう思っても許されるのか。


「あれ、ベル、泣いてる? やっぱり痛い?」

 アロイがまた覗き込んでくる。

「違うよ、さっきの現場が埃っぽかったろう。目や鼻に埃が入って……」

「ああ、そうだね。――ごめん、リナ、洗面所でタオルを濡らしてきてくれる?」

 アロイの声にリナが「はぁい」と返事をして、ぱたぱたと洗面所に走って行く足音が聞こえた。


「アンネリースさん、入院の手続きのために医術院へ同行するでしょう? その間、エリノアさんはわたしが見ておくわ」

 そう声をかけたのはフェデリカだ。

「あ、そうね。この状態のエリノアをあまり人目に触れさせてはいけないんでしょう? フェデリカさんが見ていてくださるなら安心だわ」

 それまで片手で抱きかかえるようにしていた人形――今はもう寝息を立てている幼いエリノアだ――を姉はソファの上に優しく寝かせた。


「ベル、治療は回復魔法の反動を見ながらになるけど、多分、入院は10日から長くても半月だ。魂を入れ替えて……っていうのは言わなくていい。医術院では単純に体だけを診て治すからね。だからしばらく君は、エリノアと呼ばれることになる。うっかりベルナールです、なんて名乗らないように」

 アロイにそう言われるまで忘れていた。そうだ。私は医術院ではエリノアと名乗らなくてはならないんだった。


 そして、とアロイは他の面々を見渡した。

「アンネリースさんと僕は医術院に同行、リナとエリノアとフェデリカは留守番。ティモとセロはどうする? 特にセロ、その包帯に防水加工はしてるから日常生活はしてもいいけど、指に力が入らないんじゃ、お風呂に入れても髪や体を洗うのに不便があるんじゃない? よかったら僕の家に来るかい?」

「メイドさんが手伝ってくれるのか?」

 セロが笑いを含んだ声で応じるのが聞こえた。


「僕や男性の使用人でも……いや、君なら付き合ってる女性を自分の部屋に呼べば事足りるのか」

「んー……誰を呼ぶかによって、後から一悶着ありそうだしな。それに、私室に入れると距離感を勘違いさせるのも面倒くせぇな」

 セロの返答に、うへぇとティモが声を上げた。

「ア、アロイさん、ひょっとしてセロさんは今、すごいこと言ってるっスか!?」

「すごいことじゃないよ、ティモ。ひどいことを言ってるんだ」

 そう。明らかに付き合っている相手が複数いて、その誰とも今以上に親密になるつもりはないと言っている。


「そうだ、ベルナール、浄化の魔結晶の在庫はあるか? どうせ数日のことだ。それでしのぐよ」

 そうか、そもそも冒険者は街の外では浄化の魔法で清潔を保つ。一般魔法が苦手なセロは、いくつかは妖精魔法で代用しているようだけれど、浄化はなかなか難しいと以前に聞いた覚えがある。

「あるよ。在庫の場所はリナに聞いて。代金なんていらないから、好きなだけ持っていっていいよ」

 私がそう応じると、私の頭の上のほうで姉が口を開いた。

「代金はあとで帳簿を付けるときに、わたしが全て補填します。他にも必要な魔結晶や魔道具があればぜひ」


「いや、浄化だけ3日か4日分あればそれでいい。そんなに気にしないでくれ。誰が相手でもあの場に居合わせれば俺は同じことをした」

 そう言うセロに、姉は首を振ったようだ。私の角度からでは見えないけれど。

「いいえ、それを言うならわたしだって、娘を助けてくれた方々には、誰であれ礼を尽くします。居合わせてくれたみなさんには、後日、あらためてお礼を」

 真面目で義理堅い姉のことだ。金銭か品物かはわからないが、後日、本当にきちんとした礼を届けるだろう。


 カランカラン、と少し高い音が外から聞こえた。

「医術院の馬車がついたようだね。ベル、今から君はエリノアだ。そしてアンネリースさんも、この体は弟の魂が入っているものではなくて、娘さんです」

 アロイがあらためてそう言って、私と姉は頷いた。

 アロイが玄関へと向かって、専用の担架とその運び手を迎え入れる。


「さて。じゃあ俺とティモはこのへんで……」

 セロがそう言いかけた時、フェデリカが制止の声を上げた。

「ちょっと待って、セロさん。魔獣の素材のことで少し相談したいわ」

 私は、アロイと姉に付き添われて担架に乗せられ、家から運び出されたが、その寸前にちらりと見たフェデリカの顔は妙に深刻だった。そしてその手には、八面体の立体魔法陣を持っていた。


 大きめの馬車に乗せられると、担架は車体の天井にある吊り金具に取り付けられた。

「揺れや衝撃が少ない設計にはなってるけど、痛かったらすぐ言ってね。“エリノア”」

「大丈夫、すぐよくなるわよ、“エリノア”」

 アロイと姉が念を押すように私をエリノアと呼ぶ。

 2人とも、実際のエリノアに対するよりも、さらに幼い相手に言い聞かせるような口調だった。


「……わかってるよ。そんなに子ども扱いしないでよ」

「OK、その調子だ」

 アロイの返答には、「16歳の女の子らしくていいね」という意味が多く含まれてるように思う。別に今のは、エリノアっぽくしようと思ったわけではないのだけれど。


 リナの体に比べれば2歳ほど年かさになったわけだが……もともと私はそんなに演技をしていたわけでもない。エリノアの体でもさほど違和感はなさそうだ。それがいいことか悪いことかは別にして!


 ――ただ気になるのは……さっきフェデリカが手にしていた立体魔法陣が、やけに濁っていたように見えたことだ。



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