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【第2章完結!】美少女店主はおっさんに戻りたい!~異世界転生の行き先はこちら~  作者: 松川あきら
第2章

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36.水晶玉の魔法陣



 ――昨日の夕方、モモの散歩から戻ったティモを、セロが「飲みに行くぞ」と言って連れ去った。ティモは私たちの前でアルコールを飲んだことはなかったが、日本ではたまに飲んでたと言っていたから、飲めなくはないのだろう。セロがついていれば、そう無茶な飲み方もさせないだろうし。

 この見た目では一緒に飲みには行けないというアロイが帰宅した後、私は魔法陣の解析を再開して、作業は深夜まで及んだ。


 そして今日の昼過ぎ、お腹がすいたことに気がついて食料保存箱を覗いたが、ほとんど何も残っていなかった。セロが買ってきてくれたパンは昨日の夜と今朝の朝食で食べきってしまった。つまり、買い出しに出なければならないだろう。

 渋々ながら商店街まで出た私は、買い出しを始める前に屋台でホットドッグとコーヒーを買う。近くにベンチがあったのでそこで食べることにした。


 ……ティモのあれは、雛の刷り込みのようなものだろうとアロイは言っていた。もしも本当にそうなら、それはとても悲しいことで……いや、違うな。だって、日本にいた頃のティモだって真剣に生きていたんだ。家族との感情の行き違いはあっても、それを悲劇と言ってしまってはティモに失礼だ。

 ――でもちょっと、ほんの少しだけ寂しかったね。

 ユラルで2回目の生を得て、初めて自覚した好意に勢いづいたのかもしれないけれど、私としては断る選択肢しかなかったのが申し訳ない。私本人はティモ相手に友人以上の感情を抱いてはいないし、リナの体で勝手なことをするわけにもいかないからだ。


 私がティモにとっての初恋だというのなら、私本人としては複雑だけれど、ティモは結果にあまりがっかりせずに、これからいろんな感情を覚えて、大人になっていって欲しい。


 遅い昼食を食べながらそんなことを考える。若者の成長に思いをはせるなんて、おっさんくさいなと思ったけれど、そういえば自分はおっさんだったなと思い直す。

 食べ終えたホットドッグの包み紙と、コーヒーの紙コップをゴミ箱に捨てて、私はベンチから立ち上がった。

「よし!」

 ティモへの複雑な申し訳なさとか、なかなか進まない作業のこととか、連日深夜まで作業している疲れとか、そういった諸々を吹っ切るための声を上げて、私はあらためて買い出しを始める。


 何を買おうか。どうせならしばらく買い出しに来なくていいようにしたい。それに、栄養の観点から考えるならパンだけじゃなく、肉や魚、野菜も食べたほうがいいんだろう。自分の体なら多少だらしない生活をしても自己責任と思うが、この体はリナの体だ。成長期の体にあまり不摂生を重ねてしまうのはよくない。


 いくらかの食材の他、すぐ食べられる惣菜も持ち帰りでいくつか買う。食料用の保存箱や魔法の保存袋に入れておけば、数日は味も変わらずに食べられる。

 あれこれと買い出しをした帰り道、ブリュノー商会の近くを通った。


(そういえば解体されるって言ってたな。まぁ、店が物理的に解体されるわけではないだろうけど……)

 そんなことを思いながら、店の方に視線をやると、予想通りというか、予想外というか、店は以前見た時のままで、商品もあの日見たままの状態で並んでいた。ただ、看板は掛け替えられ、スヴォリノフ商会という名前に変わっている。

 スヴォリノフ……なんか、どこかで聞き覚えが……?


「ベルさん?」

 店の前で書類の束を持っている、背の高い女性がこちらを見て声をかけてきた。例の屋敷で一緒に人質になったナターシャだった。

「ナターシャさん! この店、ナターシャさんの商会で買い取ったんですか」

「うちだけじゃなくて、ブリュノー商会が持っていた何軒かの店を、商工会ギルド全体で買い取ったのよ。そして、出資額に応じて、それぞれの商会で相談して、うちの旦那様がここを担当することになった感じね。乾物メインとはいえ食料品を扱ってるから、早めに店を開けたほうがいいだろうってことで、今、開店しつつ人員の入れ替えとかいろいろやってるところ」

 ナターシャは持っていた書類の束をバサリと振って、大忙しよ、と笑った。


 確かに食料品を扱う店が長く閉店しているのは近隣住民が困るだろう。乾物がメインの店だったから、なるべく自分で調理をしたくない私はあまり来たことがない店だったけれど。

 ……ん? 乾物……そういえば、あの日、ティモに案内されてセロが買ったのは……。


「……ナターシャさん、ここって、即席麺が売ってるんでしたっけ」

「あるわよ。大陸風の麺を、お湯を入れるだけで食べられるやつね」

「それ! それ売ってください!」

 今日買った食材やパン、おかずの他に、その即席麺があれば、しばらく引きこもれる!


「お湯を入れる時に卵入れると美味しいわよ」

 ナターシャが教えてくれる。

 ちょうどさっき買い出しした中に卵もある。試してみよう。

「稀人の感覚からしても、これはよく出来てると思う。もっと他の味や、麺の食感でバリエーションも欲しいところだけど、それは今後の課題ね」

「これ、保存も利くんですよね?」

「ええ、保存袋に入れなくても、常温で何ヶ月かは保存できるわ」

「それはいい。5個……いや、10個ください」

「野営の時にも便利だけど、どこかに長く出かけるの? それとも大人数?」

 10個の即席麺を用意しながらナターシャが尋ねてくる。

 

 1人で家に引きこもるために、とはちょっと言えない。

「えぁ……まぁ……そんなところです?」

「便利で美味しいけれど、こればかりだと栄養が偏るから気をつけてね」

 何かを察したのか、それとも実際にこればかりで済ませようとする客がいたのか、ナターシャがそう言って笑いながら商品を渡してくれた。


 その日の夕食にさっそく、その即席麺を食べてみたが、なかなか悪くない味だった。大陸風の麺はラーメンという名でユラルでも広まっている。もちろん、広めたのは稀人だ。稀人にはラーメン好きが多いらしく、専門店を開く稀人もいる。私も何度かそういう店で食べたことはあるが、それらのラーメンと、この即席麺が同じものだとは思えない。でも、まるっきり同じものではないが、小麦で作った細長い麺を、出汁の効いた味の濃いスープで食べるものと思えば、方向性は同じなのだろう。


 今日はシンプルにお湯だけを入れて食べたが、明日はナターシャのお勧めに従って卵を入れてみよう。そういえばティモも卵を入れて食べるのが好きだって言ってたっけ。

 さっと作れて、さっと食べられる。しかも汁物なので体も温まる。作業が立て込んでいる時に、こういう食事はありがたい。




 深夜まで作業し、お腹が空いたら買ってきてあったパンや惣菜を食べ、時々はお湯を沸かして即席麺を食べる、といった日々が続いた。

 キッチンには汚れた食器が溜まってきたが、作業が終わったらまとめて魔法で浄化すればいいやと放置していた。


 そうこうしているうちに、即席麺を食べようとしたらそれを入れる食器がなくなってしまった。我が家には、稀人が「どんぶり」と呼ぶサイズの食器がないので、大きめのサラダボウルや深めのスープ皿を使っていたのだが、もう使い尽くしてしまったのだ。

 面倒だけれど溜まった食器を洗おうかと、キッチンに立ったところで、調理用の小鍋が目に入った。


 ……どうせ湯を沸かすなら、やかんやポットじゃなくて小鍋で沸かしてもいいよね? 小鍋で湯を沸かしたらそこに直接麺を入れてもいいよね? 小鍋で麺ができあがるならそのまま食べて……いいよね? そういえば作業スペースには薬草を煮出すための小鍋もある。――いける!




 今までに描き写した魔法陣のメモを眺め、そしてカレンダーを見る。リナが戻ってくるまで……フェデリカが来るまであと2日だ。今日からは店も閉めて、朝からずっと作業をしていた。


 水晶玉の中心部にある魔法陣はもう描き写してある。そして、一番表面にある陣も写してある。中間層にあるものが読み取りにくかった。角度を変えながら少しずつ、試験用の魔力を流して、全部で5層あることはわかったけれど、中心を1層目、表面を5層目と考えて、2層目から4層目はその上下の陣が重なってくるので正確に読み取るのに神経を使うのだ。

 それでも2層目と4層目はなんとか描き写した。あと残るは3層目……この3層目だけに魔力を流せれば写すのも楽だと思うけれど、中心から流すか、外から流すかのどちらかしかできないので、3層目が一番読み取りにくい。


 とはいえ……あと2日あればぎりぎり間に合いそうかな、と思う。壁の時計を見るともう昼を過ぎていた。昼食を食べようか、それとも、昨夜は作業疲れでぐったりして風呂に入るのを諦めてしまったので、一旦休憩ということにして、先に風呂に入ろうか……。


 思案する私の耳に、聞き覚えのある声が届いた。

「あれぇ、お店閉まってる。定休日じゃないのに」

 聞き覚えはとてもあるけれど、今聞こえてはいけない声だ。

「ベルさぁん、いないのぉ?」

 カチャカチャと鍵を開ける音。

 この店の合鍵を持っている人間なんて1人しかいない。


「やっほー、ベルさん、ただいまぁ!」

 店の扉を開けて姿を現したのは、リナだった。

「いやだ、なんだかお店が少し埃っぽくない?」

 リナの後ろにはフェデリカもいる。


「は?? え? ふわぁぁっ!?」

 私は、がたがたと作業スペースの椅子を鳴らして立ち上がり、慌てて店に出る。

「リナ? フェデリカ!? なんで? 予定ではあさって……」

 私が日付を勘違いしていた?


「ちょうど実装されたばかりの新型車両に乗れたのよ。予定より早く着いてよかったわ。あの車両がもっと増えれば少し楽になるわね」

 フェデリカがそう言って笑う。

 リナも、持っていた荷物を下ろしながら頷いた。

「燃料の魔石だっけ? 行きはそれを補充するのに、ところどころで停まってたけど、帰りは停まる回数が少なかったもんね」


 リナの声を聞きつけて、奥の部屋からモモが走ってきた。ワフッと一声鳴いて、リナにまとわりつく。

「モモー! ただいま! ちゃんとベルさんに散歩連れてってもらった?」

「あ、……あの、ここのところ忙しくて……3日くらい散歩行ってない、かも?」

 私が少し、しどろもどろになりつつそう言うと、リナは呆れたように肩をすくめた。

「そんなことだと思った! だってお店も掃除できてなさそうだもん」


 4日前にモモの散歩に行ったのも、実は私ではない。様子を見に来てくれたティモだ。

 あんなことがあった後なのに、ティモは依然と変わらない様子で訪れてくれた。私が様子をうかがうような視線を送ると、にへ、と笑って、「変わらずに接してやるほうが男らしいぜ、ってセロさんに言われたっス」と言っていた。それを素直に聞いて実践できるティモに、私はより一層、友人としての好感を抱いた。弟とか、甥っ子とかがいればこういう感じなのかもしれない。


「とりあえず、お土産とかお昼ご飯も買ってきてるし、みんなでお茶でも飲もうよ。あたし、お湯沸かしてくるね!」

 リナがそう言って、作業スペースの奥、リビングやキッチンがあるほうへと向かう。

「あ、リナ、待って。あの……」

 止めようとしたが間に合わなかった。


「きゃーーっっ!! 何これぇぇぇ!!!?」

 リナの悲鳴を聞いて、フェデリカが冷たい視線で私を見下ろす。

「想像がつくわ。埃だらけ、脱ぎ散らかした服があたりに散乱するリビング、汚れた食器や鍋が積み上がるキッチン、あふれているゴミ箱。研究が佳境に入った時のあなたの部屋よね」

「……その通り、です」

「お風呂は? 入ってるの?」

「……昨日は入ってない、です」

「一昨日は?」

「一昨日は! 入っ……たかも?」

 このやりとりは記憶にある。昔、付き合っていた頃に何度となく繰り広げられたやりとりだ。


 フェデリカはため息をひとつついて、自分の荷物を持った。

「あなたはリナちゃんの荷物を持って。まず奥へ行きましょう。私とリナちゃんで部屋を片付けるから、あなたはお風呂に入りなさい」

「い、いや、あの……水晶玉の……」

「聞こえなかった?」

「はい! お風呂に入ります! すみません!」

 私は、リナの荷物を持って……ついでに、作業机の上にあった水晶玉と魔法陣を描き写した紙も持つと、慌てて奥の部屋へと走った。


 30分後、私が風呂を終えて髪を拭きながらリビングへ行くと、リビングもキッチンも見違えるようになっていた。食器類はフェデリカがまとめて浄化の魔法を使ってくれたようだ。

 散らばっていた衣類やタオルなどもまとめられ、洗濯の魔道具に放り込まれている。リビングの床では、自走式の掃除の魔道具が走り回っていた。


「ベルさん、とりあえずお昼ご飯食べよ。どうせ食べてないんでしょ? デザートには、首都で買ってきたお茶菓子があるよ! マカロンっていうの!」

 リナがティーポットからお茶を注ぎ分けながら、私に座るように促す。

 テーブルの上にはサラダやローストビーフなどと一緒に、温かそうなパンも並んでいる。焼きたてを買ってきてくれたのだろう。


 そして、フェデリカは、私がテーブルの上に置いておいた魔法陣のメモと水晶玉を見比べていた。

「何の作業をしていたのかと思ったら、これを描き写していたのね」

「そう。5層あるんだけど、真ん中の層だけがまだ写せてなくて……」

「重なり合っててわかりにくいものね。――まずはお昼にしましょう。わたしたちも食べてないからお腹がすいているの」

 フェデリカはあまり表情を変えずに、水晶玉と魔法陣のメモをテーブルの隅に置いた。リナからお茶を受け取り、食事を始める。


 首都は楽しかった、というリナの話を聞きながらの昼食になった。蒸気を使った自動車も何台か見かけたようだ。オスロンではまだだが、首都では自動車が走り始めているらしい。首都は街路も整理されているので自動車の導入がしやすいのだろう。

「高い建物も多くてね、都会!って感じだった!」

 とリナが楽しそうに言う。

 楽しめたならよかった。


「あなたはこのひと月、何をしていたの? あの水晶玉はどこで手に入れたの?」

 フェデリカが微笑みながら私を見る。

「え。……いや、特に何も。素材の採集に行ったから、在庫の整理とか……。水晶玉は……えっと、とある筋から……?」

「ふぅん……? あの魔法陣の描き方には見覚えがあるわ。予定より早く着いたおかげで、こちらでの仕事には少し余裕があるし、少し調べてみてもいいかしら?」

 フェデリカが笑みを深める。

「……あとで話すよ。一言では説明できないんだ。さ、リナ! お茶菓子のお土産を食べさせてよ。マカロンだっけ?」

 リナの前では話せないという気持ちを込めた私の言葉は、フェデリカに伝わったようで、彼女はそれ以上の追求をやめた。ありがたい。


 昼食とマカロンを食べ終えた後、リナはモモの散歩に行くと言い出した。帰ってきたばかりで疲れてるんじゃないかと聞いてみたが、リナは、疲れてないよと笑った。

「それに、フェデリカさんとお話があるんでしょ? あたしが聞かないほうがいいことなら聞かないでいてあげる。あたしは、ベルさんとアロイさん、セロさんが無事ならそれでいいの」

 フェデリカだけではなく、リナにも伝わってしまっていたらしい。その上で理解してくれている。


 フェデリカと2人きりになったリビングで、私は水晶玉を手に取った。

「フェデリカ、この水晶玉だけど……」

「ちょっと待って、ベルナール。わたしのほうでも見てもらいたいものがあるの」

 フェデリカは自分の荷物から小さな布の袋を取り出して、私の目の前でその袋の口を開ける。彼女が中から取りだしたのは、透明な物体……八面体だ。正八面体ではなくて、少し細長い。細い四角錐を2つ繋げたような形。ベースは透明だけれど、まるで不純物が入った水晶のように、中にはびっしりと細かい文字や記号が……。

「ふぇ?」

 間の抜けた声を上げてしまった。


 フェデリカが手にしているのは、私が持っている水晶玉をそのまま八面体にしたような物体だ。水晶玉は大人が片手で持てるサイズ。フェデリカの八面体も片手で持てるサイズだが、細長い分、フェデリカの手から両端がはみ出している。

「立体魔法陣。わたしは球体じゃなくて、平面に描きたかったからこの形になったけれど」

「……さっき、この魔法陣の描き方に覚えがあるって言ったよね。ひょっとして、私がちまちま描き写さなくても、これの意味がわかってた?」

「わかってた、って言ったらがっかりするかしら?」

「するよ!!」


 うがーーーっっ!!!


 

誤字修正(20250419)

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