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【第2章完結!】美少女店主はおっさんに戻りたい!~異世界転生の行き先はこちら~  作者: 松川あきら
第2章

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34.はつこい(アロイ視点)



 ティモと冒険者ギルドで待ち合わせたのは、あれこれあった日から10日後の昼だった。

 ティモと初めて会った日に座っていたのとたまたま同じテーブルを、僕とティモは陣取った。

「オレ、ここのビーフバーガー、好きなんスよ!」

 ティモがトレイにのせて持ってきたのは、牛肉のハンバーグとチーズを挟んだバーガーだ。しかもダブルなので迫力もすごい。肉汁したたるハンバーグとあふれるほどにとろけた黄色いチーズ、グリルしたオニオンに生のトマト。直径も大きくて食べ応えは抜群だ。肉体労働をしたあとの冒険者に人気の品なのも納得できる。

「冒険者ギルドのは稀人向けの味付けだからね。バーガーなんかは特に、濃いめの味付けだよね」

 僕もここのパスタは気に入っている。今日はナポリタンだ。日本で言う喫茶店風の味で、本格的じゃないのがいい。


「今日は、例の報酬を渡そうと思ってね。これ、確認してくれる?」

 2人ともひととおり食事を終えて、食後の飲み物に移行したあたりで、僕はティモに魔法の収納袋を渡した。ティモはそれを受け取って、袋の中を一度覗き込んでから、手を突っ込む。そこから、ずいと取り出したのは、あの日使っていた鉄製の大斧だ。


 大きさも重さも10分の1にしてくれる収納袋に入れてきたから、僕でも持ってこられたけれど、僕があの袋から取り出すとしたら、一旦床に置いて両手で引きずり出す必要があっただろう。それをティモは、片手で袋を支えたまま、もう片方の手で軽々と引きずり出した。


「うぉ、なんか……ちょっと輝いてるっスね!?」

「それは防錆加工をしたついでに磨いたからそう見えるだけだよ。冒険者がキラキラ光る目立つ武器を持っていたって敵の目を無駄に引きつけるだけだろう」

 防錆加工自体は鉄製の武器ならだいたい施されている。この大斧にももともと施されていたが、他の加工をしたついでに防錆加工も新しくした。今はキラキラしてるけれど、練習である程度使えば、目立たなくなるだろう。


「あ、あとなんか、魔石?みたいなのがくっついてるっス」

 ティモは椅子に座ったまま片手で大斧を掲げ、あちこち眺めまわしている。

「そう、その魔石が雷属性のものでね。軽く魔力を込めて敵に攻撃をすると、雷属性の攻撃も一緒に与える。いわゆる電気ショックみたいなものだよ。魔石1つでだいたい15回くらい使えるはずだ。こっちに換えの魔石もいくつか用意したから、一緒に持ち歩くといい。魔石自体はそんなに高いものじゃないし、魔石屋に行けば売っているけど、属性は間違えないでね」

 小さな革袋をテーブルの上に出しながら、僕はティモにそう言った。


「間違えるとどうなるっスか? 爆発したり……」

「爆発はしないよ。何の効果も出ないだけだ。あと、その収納袋の中に革のカバーと、ハーネスみたいなのも入っているだろう?」

 街なかでは剣を抜き身で持ち歩かないのと同じで、斧や槍も刃の部分は保護するのがマナーだ。もちろん、収納袋で持ち運ぶならカバーはなくてもいいが、背負って持ち運ぶこともあるだろう。背負えるように留め具のついたハーネスのようなものも用意した。これが剣ならベルトに吊せばいいけれど、大斧となるとそうはいかない。

「うへぇ、何から何までありがたいっス!」

「報酬の一部なんだから、堂々と受け取ってよ」

 恐縮するティモに、僕はそう言って笑った。



「お、こないだの斧か」

 僕の背後から、セロの声が聞こえた。アイスコーヒーの入ったグラスを手に持っている。

「よくそんなでかい斧振り回せるよな」

 呆れ半分、感心半分の声を出して、セロは僕らと同じテーブルの椅子に座った。

「セロ、意外と早かったね」

「ああ、首都行きの汽車が今日は割と空いてたからな。乗車手続きがスムーズだったんだ」


 セロはお父さんとお兄さんを駅で見送ってからこちらに合流した。

 10日前、セロのお父さんが馬車と天馬を乗り継いでオスロンに来たという事情はベルから聞いた。その2日後くらいに、現金報酬を振り込んだ旨の連絡を通信で入れたら、ちょうどその日にはお兄さんも首都から来たらしい。ただし、お兄さんは普通に汽車に乗ってきたという。

 「返事をよこせと言っておきながら、結局2人とも、俺の手紙を見る前にこっちに来やがった」とはセロの弁だ。

 セロの無事を確認して、ついでにこちらで友人や知人たちと会って、今日の首都行きの便で2人は帰っていくという。


「セロさん、昼メシは食べたんスか?」

 アイスコーヒーしか持っていないセロの手元を見て、ティモが聞く。

「ああ、駅に行く前に昼は済ませた」

 お父さんとお兄さんが帰る前に、家族水入らずの食事をしたのだろう。


 今回、その2人がオスロンに駆けつけた理由をベルから聞いたけれど、首都とオスロンは5日に1度の便、しかも2日以上かかる道のりだ。家族としては心配だったろう。しかもセロは――今のセロになる前に、一度“実績”があるのだ。


「もうすぐ、新型車両ができるって聞いたよ。燃料の魔石の抽出効率が良くなって、オスロンと首都の間が1日半になるらしいけど」

 僕がそう言うと、セロは小さく肩をすくめた。

「俺もその話は聞いたけど、新型車両の数が揃うまではちょっと複雑な運行になるらしいな。なにせ、速度が違いすぎる。旧型と完全に入れ替わるまでは、途中駅で待ち時間がかなりできるだろうし」


「それでも時代が進むのを実感できるのはちょっと楽しみだね」

 こうやって、蒸気機関車の速度が上がって、路線も増えて、駅も増えて……物流網が整えばもっとこの国は発展する。

 とはいえ、路線を増やすためにはその地域の魔獣を根絶する必要がある。それが日本とは事情が違うところだ。完全に技術力だけの問題じゃない。


「あ、そういえば……オレ、昨日銀行で入出金の記録見てびっくりしたんスけど、あの……振り込まれた報酬って、なんか間違ってないっスか?」

 カバーを掛けた斧をテーブルに立てかけて、ティモがおそるおそるといった風に切り出してきた。

「ん? なんか違ってたか? 俺と同じ金額かどうかは知らねえけど」

 セロがそう言って僕を見る。


「みんな同じだよ。2日分の基本料金に出張手当と危険手当。こちら側は全員無傷だったわけだから、成功報酬も少し上乗せして、本来なら4万カディってところだけど、父さんにそう言ったら、端数は切り上げるとかなんとか言って、5万カディずつ振り込んだと思うけど? 違ってた?」

 スコットの言いそうなことだとセロは苦笑している。予想通りだったのだろう。

「え、だ、だって、5万カディって、日本円にしたら50万円っスよね!?」

「そのくらいだね」

 あわあわしてるティモに、僕は頷いた。


「オレ、港で荷運びしても、1日で1000カディってとこっスよ!?」

「荷運びならそんくらいだろうな。でも冒険者の仕事は……ああ、そうか、ティモはまだ市内のお使いくらいしかやってねぇか」

 セロの言葉に僕も納得した。

「そういえばそうだね。僕は、自分やセロが請け負う時の基本料金で計算したから。まぁでも今回はティモも同じ現場にいたんだから、同じ金額もらってもいいんだよ」


「ふへぇ……冒険者って儲かるんスね!?」

 納得した風でもあり、びくびくした風でもあり。微妙な顔でティモがそう言った。

「でもティモが受けられる仕事は、しばらくはもっと安い仕事だと思うけど……そもそもね、対人の仕事は少し高いんだ。やっぱり、人間を手にかけたくないって人は多いからさ」

 僕がそう言うと、セロも隣で頷いた。


「魔獣退治のほうが安いといえば安いが……まぁ、対象の魔獣の強さによるな。それに魔獣退治だと基本料金の他に素材が売れるから、対人の仕事よりは魔獣相手の仕事のほうが人気がある。リスクで言えば、ヤバさは同じなんだけどな」

 セロの言葉にティモは、うへぇと言った。

「な、なるほど……覚えなきゃならないことって、たくさんあるんスね……」

「覚えなきゃならねぇこともあるし、あとはまぁ、割のいい仕事がそうそういつもあるとは限らねぇから、計画的にってのも大事だろうな。特にティモは武器や防具を損耗するだろ? 修理代はいつも確保しとけよ」


 セロが言うのは、いわゆる前衛職の宿命でもある。何人かで組んで仕事をする場合には、分配の時にそれなりの配慮があることも多いけれど、そもそも今のティモはまだ傭兵ギルドで訓練を受けている段階だ。まともな冒険者仕事はまだ受けられないだろう。

「は、はいっ! えっと、修理代と宿代と、あとは消耗品と……」

 指折り数えるティモを見て、僕も思い出した。


「そうだ、セロ。これ、報酬のおまけ」

 僕は鞄の中から小さな布袋を出してテーブルの上に置いた。

 セロはそれを受け取り、中を覗いて頬をゆるめた。

「魔結晶か。回復と解毒と……造血のも入ってるな。これ、新しく作り直したやつか? 前のより少し大きい」

「うん。前の試作品だと効果が薄いことがわかったからね。倍量で作り直したやつ」

「こんだけあればしばらく補充しなくて済む。助かるよ」


 冒険者としても、狩人としても、街の外で仕事をする機会が多いセロにとっては、回復の魔結晶は必需品だ。獣や魔獣を相手にすることが多いので、もしセロが回復を必要とする時は、常に浄化も必要になる。最近僕が回復の魔結晶を作る時に浄化の効果を含めるようにしたのは、セロの使い方を見ていたからだった。


「そういえば、今日はベルさんは……?」

 ティモが少しだけあたりを気にしながら言う。

「そうだ、あいついねぇな?」

 セロは今気づいたようだ。


「ベルは今、忙しいというか……研究者モードだよ。一昨日、父さんのところに湯沸かしカップの改良品と設計図、魔法陣の見本を持ってきてたけど、髪もぼさぼさだったし、ご飯もあまり食べてないようだった。なのに、やる気だけはあふれてるんだ。見かねて母さんが無理矢理、食事をさせて風呂も用意していたけどね」

 あぁ、と納得したような声を出したのはセロだ。

「カップの改良と、エリクサーの分析と、例の水晶玉の分析ってとこか」


「そうだね。カップのほうは終わって、エリクサーの分析表も一昨日受け取った。僕が調べたのとだいたい一致していたから、お互いに正しく分析できたんだと思う。で、そのエリクサーのどの成分が魔力回復に効くのか、これは僕が医術院で研究することにしたよ。だから今、ベルは水晶玉に刻まれてる魔法陣を書き写してる頃じゃないかな」

 僕の言葉にセロが頷く。

「そしてまた、風呂と飯を忘れるんだろうな」

「店はかろうじて開けているようだけど、モモをカウンターに待機させてるらしいよ」

「犬が店員かよ」

 呆れたように言うセロに、僕も笑った。

「本人は作業スペースで水晶玉とにらめっこだ」


「ベルさん……そういうところも可愛いっスね……」

 ティモがぼそりと呟く。

「……ティモ?」

 僕の疑問の声に、ティモは顔を赤くした。

「や、いや、あの! そういうアレじゃないんスけど!」

「いや、どう見てもそういうアレだろ。っつーか、野営の時におまえ聞いたよな? あいつの中身はおっさんだって」

 セロの言葉に、ティモはますます顔を赤くした。

「聞いたっス! 聞いたっスけど! でも可愛いじゃないっスか!?」


「えーと、それはあの見た目だけの話かな? 見た目だけでベルをどうこうしようって言うんなら、僕とセロはリナの体を守る派だけど?」

 僕がそう言うと、セロも頷いた。

「あいつらが本来の姿に戻ってからなら何も止めねぇが、今はちょっと特殊な状態だからな」

「あの、いや、なんていうか……見た目も可愛いんスけど、オレは……」

 赤い顔で、大きな体を小さくするティモ。


「……え、中身の話? いや、確かに僕とセロも、あの体に入ってる時のベルは妙に可愛いっていう結論に達したことがあるけど……」

 それはベルの言動が大人げないことへの揶揄(やゆ)でもあった。

「だって……ベルさんは、オレに、守ってくれてありがとうって言ってくれたんス……っ!」

 ティモが赤い顔のままで言う。


「……うわ、出たよ、こじらせ系」

「むしろ吊り橋効果じゃない?」

 セロと僕の言葉に、一瞬言葉を詰まらせたけれど、ティモは、ぐっと拳を握りしめた。

「あの……! オレ、こないだも言ったっスけど、日本では人の気持ちとかわかんなかったんス。空気読むとか苦手で、距離感とかもわかんなくて! ……でも、ティモの体に入って、いろんなことがわかったんス」


 僕はセロと目を見合わせたけれど、とりあえずティモの主張を聞くことにした。

「あの……なんか、こういうこと言うの、恥ずかしいんスけど……愛情、って言うんスかね。オレが日本で受け取り損ねてて、もちろん返すこともできてなかったものを、ティモは受け取って、そして返してたんス。ティモの記憶にそれを教えてもらって……オレ、そういえばここで初めてみなさんに会った時にも、ベルさんに笑いかけてもらって……可愛いな、って……」

「待て待て待て」

 セロがティモの言葉を止める。


「おまえが愛情とやらを、こっちにきて理解したってのはわかった。で、ここでベルのあの容姿と、妙に天然な言動でうっかり勘違いしてるのもわかった」

「勘違いとかじゃないっス! オレは、ベルさんが好きっス!」

「あの見た目じゃなくても? っていうか、おっさんでも?」

 セロが重ねて聞く。

「そうっス!!」

 開き直ったかのようにティモは拳をさらに強く握りしめる。


「……おっさんでもいい、っていうパターンは初めてだね」

 僕は思わずそう呟いた。

 ベルの見た目でちょっかいをかけてくる冒険者たちはいた。それはベルとリナの中身が入れ替わっていると公表した後のことで、馴染みの冒険者たちからの、「入れ替わりを解消したらぜひ」という、からかい半分……残りの半分は“あわよくば”の申し込みだ。


「……性的嗜好に文句を付ける気はねぇけどな。それを言ったら俺が女と付き合ってるのもどうかって話になるし」

 セロの場合は……いや、それもそうなのか。ちょっと複雑すぎてわからなくなる。そのあたりを突き詰めて考えると、魂と外見の組み合わせだけで言うなら、セロとベルが付き合えばいいのにとか言い出したくなるから困る。


「それに!」

 ティモが拳をどん、とテーブルに叩きつけた。テーブルの上にあった3つのグラスが揺れるけれど、幸いどれも空だった。

「それに、オレ、もうひとつ学んだっス!」

「……何を?」

 一応、といった感じでセロが尋ねる。

「やまない雨はないとか、明けない夜はないって言うじゃないスか!」

「言うね」

 僕も、一応頷く。


「オレ、日本でそんな感じだったっス。人との距離感わかんなくて、こんなオレでもいつか誰かを好きになれるのかなとか、誰かがオレを好きになってくれるのかなとか考えてたっス。オレの心ん中はいつでも、梅雨時みたいにじとじとしてたんス。やまない雨はないのかもしれないっスけど、雨がやむ前に死んじゃうことはあるっス!」

 ティモの主張。


 それを言われたら、僕とセロはもう何も言えない。僕らは目を見合わせた。同じことを考えているのがわかる。

 そうだ。僕だってそうだった。明けない夜はないけれど、僕は夜が明ける前に病院で息を引き取った。僕にとって、明けない夜はあったのだ。


「……あー、それでおまえはどうしたいんだ?」

 セロが少し諦めたように言う。

 止められない。そう、僕らには止められない。


「あの……えっと、今すぐベルさんとどうこうってことはあの……でも、オレが自覚したこの気持ちは伝えたいっス……」

「で、なんて言うつもりなの?」

 僕のこの質問も、セロには諦めたように聞こえただろうか。


「あ、え、いや……うん、正攻法で! 大好きなので付き合ってくださいって言いたいっス!!」

 僕とセロはまた目を見合わせ、そして2人同時にため息をついた。

「もしおまえがベルの今の体を押し倒そうとしたら、ベルの魔法が発動する前に俺がおまえの股間を撃ち抜くからな」

 セロが釘を刺す。

「そんなことしないっス!!」

「……一応、この後、ベルのところに差し入れに行くつもりだったけど……ティモも来る?」

 僕のその言葉に、ティモは鼻息も荒く頷いた。

「もちろん、行くっス!!」


 僕とセロは、もう一度ため息をついた。



 

誤字修正(20250419)

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