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【第2章完結!】美少女店主はおっさんに戻りたい!~異世界転生の行き先はこちら~  作者: 松川あきら
第2章

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21.4人部屋の夜



「ティモ君は、ニホンにあったもので、こちらにもあったら便利だなと思うものは何かないかね」

 クラクストン家での夕食は、格式張ったディナーではなく、いくつもの料理が大皿で並ぶカジュアルな形式のものだった。緊張しなくて済むので助かる。とはいえ、少し遠い位置にある料理なんかは、メイドさんがサーブしてくれるので、ティモはお代わりのたびに恐縮していた。しかも、スコットさんの奥さん――マリーさんも同席していて、料理の減り具合を見ながらお代わりを差配してくれるので、ティモにとってはそれも緊張の種だろう。

 料理や飲み物を食べたり飲んだりしながら、スコットさんがティモに質問している。稀人と話をするのが好きだとは聞いていたけれど、むしろそこから何か商売のアイディアが出ないかを期待しているようだ。


「あ、あの……えっと……そうだ、カップ麺とか食いたいっスね」

 ティモはまだ少し緊張しているようだが、さっきのティータイムもあったので、少しずつスコットさんにも慣れてきている。

「カップ麺というのは、以前アロイやセロ君も言ってたね。お湯を注げば食べられる麺料理なのだろう? アロイに持たせたアルファ米に使った魔法を応用すれば、中身は作れると思うのだが……」

 ふむ、とスコットさんが考えるが、その隣でアロイが小さく首を振った。

「父さん、容器が多分まだ無理です。日本では発泡スチロールやプラスチック……つまり合成樹脂をもとにしたものや、ある程度の防水処理や断熱処理を施した紙製品を使ってました。魔道樹脂を使うと使い捨てにはならないのでコストが上がるかと」


「ん、じゃあインスタントの袋麺は作れるってことか。ほら、麺に味付けしてあって、お湯をかけるか、少し煮れば食えるようなやつ。ついでにそれを小さめのサイズで作ってもらえりゃ、ベルが作った湯沸かしカップとの相性もいいな」

 セロがそう言って私を見る。

 なるほど。白湯やお茶で体を温めるだけではなく、ちょっとした温かい軽食にも使えるという目算か。使い道が増えそうなのは、これから湯沸かしカップを売り出そうと思っている私には嬉しいことだ。


「あのラーメンは、オレ、卵入れるのが好きっス! 懐かし……あれ? でもそれはもう売ってるっスよね。鶏出汁即席ラーメンって名前で、紙袋に入って売ってるの見たっスよ」

 ティモの言葉にスコットさんが訝しげに首を傾げた。

「……どこの商会で売っていたかわかるかい?」

「街の地理を覚えるのにうろうろしてた時に見たので……商会の名前とかはわかんないっス。ただ、時計塔の広場からも冒険者ギルドからも少し離れてて……今度買ってみようと思ってたんで、行けばわかるんスけど」


「それを見かけたのはいつ頃かな?」

 スコットさんが重ねて質問をする。何か不審な点でもあるのだろうか。

「えっと……オスロンに来てわりとすぐだったんで、10日くらい前かもしんないっス。あ、そっか。野営の時にそれ買ってくればよかったっスね」

「……父さん、それ、ひょっとして協会に未登録ですか?」

 メイン料理のひとつ、白身魚のアクアパッツァに手を伸ばしながらアロイが尋ねる。


 協会……そうか、新商品を売りに出す場合はその権利を商品権利協会に登録する。私たちユラル人が開発したものについては、登録するかしないかは自由意志にまかせられているが、稀人が関わるものは、必ず登録される。稀人の権利を守るためだ。


 スコットさんがアロイの言葉に頷いた。

「アルファ米の登録を準備していたから、即席で食べられるもの、保存食料、乾物の類については調査済みだった。即席……ラーメンだったかね? 大陸風の麺類だろう。それは協会に登録されていなかったよ」

「登録なしで売られているとしたら、ユラル人が開発したものってことでしょうか?」

 私も料理に手を伸ばしながら聞いてみる。私が皿に取り分けたのは、アナグマ肉の赤ワイン煮だ。野営の時に食べた、シンプルに焼いたものや、シチュー仕立てにしたものとはまた違う香りと食感が楽しめる。


「偶然、ユラル人が開発したということもあるかもしれないが……」

 スコットさんが眉根を寄せて言う。

 アロイが小さく頷いた。

「食べてみれば何かわかるかもしれないですね。それに、その商会に売ってる商品の中で、他にも何かあるかもしれない。――君たち、今日は泊まっていける? もちろん、ゲスト用のナイトウェアも用意するよ。夜になってからあまり出歩かないほうがいいのと、できれば明日、ティモに即席麺を売っていた店を思い出してもらって、一緒に買いに行きたいんだけど」

 アロイは後半を私たちに向けて言った。


「午前中に出るなら、午後から店を開けられるから、私はかまわないけど……」

 私はそう答えながらティモとセロを見る。

「ナイトウェアに加えて、ナイトキャップもついてくるなら俺もかまわないぜ?」

 セロが笑う。ナイトキャップ……帽子ではないだろう。セロが言うならそれは寝酒のことだ。

「希望があれば?」

 アロイが笑って肩をすくめる。

「じゃあ甘めのブランデーを。木樽の香りがするようなやつだ」

 普段はすっきりめの酒を飲むことが多いセロにしては珍しい注文だ。寝酒だからなのか、それとも単にそういう気分なのかもしれない。


「肝心のティモは?」

 私がそう尋ねると、ティモが少しおどおどしたように、それでも頷いた。

「は、はい……えっと、予定は大丈夫なんスけど、初めて来たお宅に泊まるの、ちょっと緊張するっス。あ、あの……みなさんと同じ部屋で寝ることは可能っスか。ひとりじゃ心細いっつーか……」

 その返答にはアロイがくすくすと笑って頷いた。

「4人部屋を用意してもらうよ。野営の続きと思えば、ティモも少しは気楽だろう」

「あ、ありがたいっス!!」



 遠方からの客をもてなすこともあるというクラクストン家は部屋数も多いし、設備はちょっとしたホテル並だ。ただ、さすがにベッド4台の部屋はなかったようで、広めの2人部屋に折りたたみのベッドを追加で用意してくれた。折りたたみとはいえ、きちんとマットレスがのせられて、ベッドメイクもされているので、普通のベッドと比べて遜色はない。むしろ安宿のベッドよりよほど上等だ。

 貸してくれたナイトウェアも、なるほど確かに、寝間着とかパジャマというよりも、ナイトウェアと言うほうがふさわしいような上等な生地だった。しかも、私のはちゃんと女の子用だし、ティモが借りたものは、ティモの体躯でもゆとりのある作りだった。


「なんか、4人部屋なんて学生寮みたいだ」

 なんとなく楽しくなって私がそう言うと、アロイが意外そうに首を傾げた。

「あれ、ベルは寮暮らしをしてたんだっけ?」

「いや、私は高等院までは自宅だったし、魔導院に通ってた時は安い下宿を借りていたよ。でも、寮住まいの友人が何人かいてね。時々、誰かの部屋に押しかけては、討論したり研究したり……という建前で、カードをやったりお酒を飲んだりしてたからさ」

 懐かしそうに言う私を見て、ティモが「うーん」と唸った。

「なんか……ベルさんの中身がおっさんだって聞いても、やっぱり見た目が可愛いっスから、そう思えなかったんスけど、学生時代に酒を飲んでいたって聞くと……なんだか、おっさんの昔話聞いてるみたいっスね」

「いや、おっさんの昔話なんだよ」

 思わず私がそう突っ込んだ時、部屋のドアをコココッという控えめながらせっかちなノックの音がした。このノックの仕方はセロだ。


 ノックの次の瞬間にはドアが開く。セロの手にはトレイがあり、その上には酒瓶とグラスがのっている。本当に寝酒をもらってきたらしい。

「おっさんの昔話がなんだって?」

 言いながら、2台ずつ向かい合わせにベッドが並ぶ部屋の真ん中をセロが通り抜けていく。向かった先はベランダだ。

 ベランダに続く掃き出し窓は半分開けてあった。もう5月も半ばを過ぎて、夜でも寒くはない。夕食をたっぷり食べた後で、夜風が心地よかった。


「おまえらは、誰も酒飲まないんだったな。ユラルの成人って何歳だっけ」

 ベランダにあった小さなテーブルにトレイを置きながらセロが言う。

「一応18歳かな。高等院に行った人なら、高等院を出るまでは身分が学生だから、卒業した時点で成人と見なされる。だから18歳から20歳前後、という言い方もできるかも」

 私がそう答えると、ふとアロイが何かに気づいたように口を開く。

「あれ、じゃあ僕はもう成人って言ってもいいのかな。6月の初めが卒業式なんだよね」


 なるほど……と頷きかけて、私は別の事実に気がつく。

「え、じゃあアロイはひょっとして受験生じゃないの!? 医術院に進む予定だったろう? 6月に高等院を卒業したら、その後すぐ……7月に院の試験があると思ったけど」

「うん、医術院に行くよ」

「ちょ、受験生がこの時期にのんびり採集に出かけるなんて、そんな暇ないだろう!?」

 私が慌ててそう言うと、ティモが若干青ざめた。

「え、あ、あの、オレ、ひょっとして誘っちゃいけなかったっスか!?」

 大丈夫、とアロイは手をひらひらと振ってベランダに出ると、セロの向かいに腰を下ろした。

「試験はあるけど、高等院の教授と私塾の先生、医術院の教授がそれぞれ推薦状を書いてくれたからね。僕は夏に短い論文をひとつ提出して面接を受ければそのまま合格できる。もう見習いとしてある程度手伝ってるからね、向こうも合格させないと困るのさ」


 医術院や魔導院は、高等院を卒業した後に通う、教育機関を兼ねた研究機関だ。もちろん高等院以上に学費がかかる。本来は20歳を過ぎたあたりで入学する者が多く、アロイのように16歳で入る者は少ない。

 しかも、夏の試験に向けて本来なら試験勉強の大詰めというこの時期、のんびりと素材採集に行く受験生などいない。とはいえ、それだけの権威の推薦状が3通もあるのなら、アロイには試験勉強などいらないということになる。


「論文のテーマは、こないだセロに使ってもらった造血の魔結晶に関する考察にしたよ。貴重なデータも得られたからね」

 そう言ってアロイは笑った。そして、とそのまま続ける。

「高等院卒業が成人とイコールなら、僕もそろそろお酒をたしなんでも許されるというわけだ」

「何年ぶりだ? 9年ぶり?」

 セロが、自分のグラスとアロイのグラスにブランデーを注ぐ。

「向こうでも病気をした後は飲んでなかったから、ほぼ10年ぶりかな。日本ではビールか日本酒、たまにワインを飲むくらいだったから、ブランデーなんてほとんど飲んだことないけどね」

 セロとアロイは、無言でグラスを合わせた。チン、と涼やかな音が響いた。

 なんとなく、その音に誘われるように、私もベランダの近くへ行った。


 アロイはグラスを口に運んで、ブランデーを一口、口に含む。

「あ、思ったよりきつくない……ような?」

「甘めだからそう思うんだろ。まだ体は16歳なんだから、俺のペースに引っ張られるなよ」

 セロが笑う。セロのペースで飲んだら、元の私の体でもついていけない。

 っつーかさ、とセロが思い出したように言う。

「こういう、初めての酒って父親と飲んだほうが良かったんじゃねえの? スコットは、おまえの卒業式を待ちかねているのかもしんないぜ?」

「あぁ、そうか。そうかもね。じゃあ僕が今夜これを飲んだことは内緒にしておいて」

 ふふ、とアロイは笑うが、グラスは手放さなかった。


「家族、ってそういうもんなんスかね……」

 ぼそりと、私の背後でティモが呟いた。思わず、首を上に向けてティモの顔を振り仰ぐ。

 私の顔に疑問符でも浮かんでいたのか、ティモはなんだか言い訳をするように、いや、とか、えっと、とか口走った。

「あ……その……オレの……ティモの両親は早くに亡くなったんで……」

「ニホンではどうだったの?」

 私が何気なく言ったその言葉に、ティモの眼が暗くなる。

「日本では……両親揃ってたっス。弟もいたっス。オレも、日本ではたまに酎ハイみたいなの飲むこともあったんスけど……多分、両親はオレが酒を飲むことも知らなかったと思うっス」

「……あまり、関係は良好ではなかったということ?」

 聞いていいんだろうか。ティモの過去はちゃんと過去になっているんだろうか。


「や、わかんないっス。別に、親に殴られたとかそういうことはなかったっスから。オレから何か話せば答えも返ってきたんで、別にガン無視されてたわけでもないっス。ただ、オレはパカることが苦手なんで、親がどう思ってたとか、そういうのはわかんないっス」

「パカ……る?」

 初めて聞いた言葉だ。稀人は時々、言葉を思いがけない略し方で話すことがあるから、これもそのひとつだろうか。

「あ、えっと、オモウ……パカル?」

(おもんぱか)る、か。ニホンではパカるって略すの?」

 私が笑いながら聞くと、セロとアロイから同時に「略さない」と返ってきた。どうやらティモ独自の略し方だったらしい。


 ブランデーを口に運びながら、セロが呟く。

「……基本的に日本で身についている語彙が、そのままこっちの知識とすりあわせて翻訳されていく。専門用語なんかはこっちで新しい言葉を覚えることも多いけどな。“慮る”を正しく言えないってことは、さてはティモ、おまえ漢字苦手だったろ」

 うっとティモが唸る。どうやら図星だったらしい。


 ユラルでは基本が表音文字だけれど、大陸では漢字も使われている。言語体系が遠いらしく、稀人がいてもユラルに漢字は持ち込まれていない。

 稀人たちも、体が覚えている言語を使うほうが自然なのか、ニホン語をそのまま持ち込む稀人はいないと聞いている。だから例えばたこ焼きやカラアゲ、ギョーザといった料理名は、稀人がユラル風に発音したものになる。私の場合は、体がリナのものだから、ニホン語も読み書きできそうな気はするけれど、そういえば試したことはない。


 なるほど、とアロイが呟く。

「ティモは家族とうまくコミュニケーションができないタイプだったかもしれないけど、それは必ずしもティモのせいばかりともいえないよね。もちろん家族が悪いというつもりもないけれど……どちらにしろ、今ここで僕らが判断できることでもない」

「全ての家族がみんな仲良しなんてのも幻想みたいなもんだしな。たとえ家族でも気の合わないやつがいたっておかしくねえ」

 セロもアロイに同意している。

 私は幸い、今は首都にいる家族との仲は良好だ。ただ、家族関係で悩んでいた友人もいた。だから、家族について思い悩むことがない自分は幸運であるという認識はある。


「や、あの……多分、オレが悪いんス。オレがパカれなくて、空気読めないから、オレがいつも家族の空気悪くして……あと、大学も落ちたし、オレの出来が悪くて……オレ、長男だったのに、期待に応えられなくて……」

「ティモ、でもそれっておかしくない? 家族の気持ちを慮れなかったからっていうけど、空気を悪くしたとか、期待されていてそれに応えられなかったって部分は慮れたの? それとも口に出された?」

 私がそう尋ねると、え、と言ってティモは黙ってしまった。


「それは慮れたとは言わねえな。思い込んだって言うんだ」

 セロがそう言って、手元の杯の中身を飲み干した。

 セロが2杯目を注ぐのを見ながら、アロイも口を開く。

「家族とすれ違うこともよくあるから断言はしないけれど……でも、僕らはもう日本での生を終えてしまったんだ。今はこちらで稀人としての命を生きている。ティモ、もしも過去のことが気になって仕方がないというのなら、僕とセロは多分、君がちゃんと愛されていたというストーリーを作ることはできるよ。でも、もうそれを証明することは絶対にできないんだ。だからこそ、愛されていたストーリーも作れるし、君が疑っている、愛されてなかったんじゃないかっていうストーリーも作れる。僕らは君の元のご両親を知らないからね」


 そうだな、とセロが呟く。少し考えるように、グラスを持ったまま斜め上の何もない空を見てから、ゆっくりと続ける。

「ティモ、おまえ、コンビニ飯とかファストフードが多かったっていうけど、手料理の記憶がないわけでもないだろ。それに、同じ家の中にいて、洗濯物はどうしてた?」

「……時々、バイトで遅くなった時、テーブルの上にラップされた生姜焼きとかあって……レンチンして食べたり……朝飯も……あ、オレ、夜のシフトとか多かったんで、朝は遅かったんスけど、オレの好きなレーズン入りのロールパンが買ってあったり……洗濯物も、洗濯機に放り込んでおいたら、次の日には洗濯されてて……」

 え、あれ? とティモが呟く。予想外の事実に今気がついたような顔をしている。


 アロイが微笑む。ブランデーのせいか、頬がほんのりと赤い。

「生前のティモにあれこれ言わなかったのは、大学に落ちた君にプレッシャーをかけずにいようと思ったのかもね。君には伝わりにくくて、だからこそ君にとっては充分じゃなかったのかもしれないけれど。――君は稀人としてこちらに来て、不器用ながら人に頼ること、相談することを知っていた。それは、君が頼ること、相談することを許されていたからだと僕は思った」


 ほろり、とティモの目から大粒の涙が落ちた。

「え、うわ! ティモ! 急にどうしたの!?」

 私が思わず声を上げるが、ティモは私の背後に立ちすくんで、セロとアロイを見つめたまま、ほろほろと涙をこぼした。

「やめろやめろ、俺らが泣かせたみたいじゃねえか」

 セロが不機嫌そうに言って、手をひらひらと振る。

 アロイはその向かいでくすくすと笑った。

「死んでから初めて気づくことっていうのもあるんじゃない? 僕は病気が原因だったから、死ぬ間際に病院のベッドで気づかされたこともあったよ」

 ティモは自分の手で拭った涙を不思議そうに一度見て、それでも後からあふれ出てくる涙に困惑したように、何度も何度も涙を拭った。

「オレ……あの……オレ、もう、寝るっス……」

 ティモはそのままふらふらとベッドに上がり、薄い毛布を頭からかぶって丸くなった。


「……どういうこと?」

 私は今ひとつ飲み込めてない。

 そんな私を面白がるように、セロはちょいちょい、と私を手招きする。

 それに従って私はベランダに出て、後ろ手に掃き出し窓を閉めた。ティモに聞こえないようにという、セロの意思が伝わってきたからだ。

「野営の時に、日本ではコンビニ飯が多かったってあいつ言ってたろ? コンビニ飯っていう言葉に感じるニュアンスの違いっつーか、受け取り方が多分、稀人とユラル人とでは違うんだ。コンビニの概念はベルも知ってんだろ? そこで弁当が売ってるなんて便利だと思ってるだろ」

「うん。……違うの?」

 私の返事にアロイが頷く。


「便利は便利だよ。美味しいしね。でも……無機質というか、そればかりだった、と言うと僕らはそこに、一抹の寂しさを感じ取るんだ。コンビニ弁当、ファストフード、さっきティモが言ったカップ麺。たまに食べると美味しいし、時々無性に食べたくなるものでもあるけれど、ぱっと思い浮かぶものがそれっていうと……ね?」

 そう言ってアロイはセロに視線を向けた。


 セロは、閉じた窓のガラス越しに、毛布に潜り込んだティモをちらりと見る。

「寂しさとかむなしさとか、味気なさとか……少なくとも、ティモの記憶の大半がそれで占められてたのは事実だろうさ。だから、俺とアロイが言ったのは、一番希望的観測だ。それでも、救いってもんは、ないよりはあったほうがいいだろ」

「同感だね。……さ、僕たちも寝ようか。僕はあの折りたたみベッドに寝てみたかったんだよね」

 アロイがグラスを置いて立ち上がった。


 さっきティモが潜り込んだベッドも、折りたたみのほうだ。私たちに気を遣ったのか、それとも単に気づかなかったのかはわからないけれど。

「じゃあ俺とベルは普通のベッドのほうか。クラクストン家のベッドは高級品だからな。自宅に帰るより寝心地がいい」

 セロがそう言って笑う。

 私も先日泊めてもらったが、同感だ。柔らかいのに柔らかすぎず、シーツや毛布の手触りもいい。


 ――ティモはひょっとしたら眠れないかもしれない。寝具の質には関係なく。

 私には感じ取れなかった、ティモの寂しさをセロとアロイは感じ取っていた。彼らの言葉が、少しでもティモの救いになればいい。

 寂しいまま、前の生を終えてしまったとティモが思っていて、それが今の自信のなさに繋がっているなら、少しでも過去の寂しさが癒えればいい。

 ティモが毛布をかぶった、大きな丸い山を見ながら私はそう思った。



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