4.ベルちゃんかわいそう!
「とりあえず提案があんだけど」
セロが私を見る。アロイも注目したのを確認して、セロが言葉をつなぐ。
「ベルナールの捜索願いを冒険者ギルドに出しに行かねえか?」
「は? 私の? いや……ここにいるけど?」
「ああ、なるほど。いい考えかもしれないね。というか、おそらくそうせざるを得なくなるってことだよね?」
「そう。そしてそのほうが話が早い」
セロとアロイだけでわかり合っている。
ま、待って。今考えるから……。
「ベルナール、今のおまえを見て元のベルナールだと考えるやつはいないだろ? んで、すぐに元に戻るようなあてはない。そして、元のおまえの体はどこにある?」
「そんなのわかるわけないだろ。むしろ私が教えてほしいくらいだよ」
「だから冒険者ギルドに教えてもらうんだよ」
そうセロに言われても、今ひとつぴんと来ない。冒険者たちを捜索隊として雇うってことか?
「リナの体にベルナールが入っているんなら、ベルナールの体にリナが入っている可能性が高いってことを言ってるのさ。こちらの世界の体に、僕らの世界の魂となれば、これは完全に稀人だろう。リナ本人にとってはわけのわからない事態かもしれないが、こちらの世界の人たちは稀人という現象を知っているわけだ。稀人が発生して、本人の健康状態に問題がなければ、周囲の人はどうする? 君だったらどうする?」
アロイに問われて、そこでやっと思い当たる。
「冒険者ギルドに連れて……そうか!」
この世界の稀人は多くが冒険者だ。そのこともあって、冒険者ギルドは稀人の扱いに慣れている。冒険者ギルドは稀人のための相談所でもあるのだ。わりと早い時期に体のほうの記憶を理解できれば、連れて行かれるまでもなく稀人自らが冒険者ギルドに足を運ぶ。そこで事情を説明して、保護を受けるなり、仕事の斡旋を受けるなりする。本人がぼんやりしているようだったら、周りが稀人のことを説明して冒険者ギルドに連れて行くのが一般的な反応だ。
いいか、とセロが言った。
「おまえ自身はリナの記憶をろくに引き出せないから、稀人とは言えねえだろうけど、リナはおまえの記憶を引き出せなくても稀人なんだ。だから、“ベルナールの姿をしたやつ”を、積極的に探すんじゃなくて、もし見かけたら知らせてくれって形で依頼を出しておけば、リナは見つかると思う」
「加えて、君がここで店をやる言い訳にもなるだろう。確か似た年頃の姪っ子がいるんだったよね? じゃあ、君は今日からベルナールの姪っ子だ。叔父さんの店を手伝うために来たが、叔父さんがいなくなってしまったという形でね。店のことは自分がなんとかするけれど、叔父さんを見つけたら教えてほしい、って言えばいい」
アロイが説明を追加する。
私が朝からぐだぐだと考えていた、自分の体はどこにあるのかとか、リナの魂はどこにいったのかとか、それらに道筋をつけるだけではなく、私が予定通りに店を開けられる言い訳まで!
「すばらしいよ! 2人とも!」
「お褒めにあずかり光栄だよ、ベルちゃん」
「よし、んじゃ早速ギルドに行こうぜ、ベルちゃん」
「なんだそれ!!」
ちゃん!!
「善は急げだね」
「アロイ、こっちの世界じゃ“分け前を決める前に獲物の血を抜け”って言うらしいぜ」
「セロ、それは“やっちまったもんはしょうがない”っていう意味も含んでる」
「じゃあなおさら今の状況にぴったりじゃねえか。ベルがやっちまったもんはしょうがねぇ」
「それもそうだ」
アロイとセロの掛け合いを複雑な心境で聞く。
私たちは冒険者ギルドへと向かうため、街の通りを歩いていた。冒険者ギルドは商業区と宿場街が交わるあたりにある。冒険者ギルドの近く、飲食店が多く並ぶあたりは“荷揚げ通り”と呼ばれている。そこから少し裏通りに行けば歓楽街もあるが、今の体では絶対に行けないところだ。
商業区は港に近いので、風に潮の匂いが混ざっている。商業区のなかでも一番港に近いあたりには市場や生鮮品を扱う店が並び、そこから加工品、生活雑貨、服飾、書店と並んで、商業区の中でも港から一番離れたエリアにあるのが魔法関連のものを扱う店だ。
商業区はとくに、人や馬車、荷車の往来が激しいので石畳の隙間には瀝青を流し込んで頑丈に作ってある。何年か前に土木技術系の知識がある稀人が主導して、商業区の道は車道と歩道に分けられた。その時に、もともとある石畳をそのまま生かす形で隙間に瀝青を流し込んだのだ。灰色の石に黒い縁取りがされたようで、奇妙な見た目になったなぁと思っていたが、石畳のがたつきが減ることで馬車や荷車の事故も減った。車道と歩道を段差で分けるのは将来、自動車というものが普及するのに必要らしい。
「このあたりは昨日の露天商がいたあたりだ。確か、そっちの角のほうで……」
昨日の夕刻前の買い物を思い出しながら通りを指さすと、男の怒声が聞こえた。
「だから昨日ここにいた魔法陣屋はどこに行ったと聞いておる!」
見ると通行人が足を止めたり、新たな露天商が準備を始めようとしつつ男の様子をうかがったり、小さな人だかりを作っていた。
なんとなく立ち止まって見ていると、青い制服を着た2人組の男が近づいてくる。街の警備隊だ。
「ひょっとして、ベルと同じ被害者かな」
私と同じく足を止めたらしいアロイが呟く。セロも立ち止まっていた。
声を張り上げているのは少し腹の突き出た中年の男だった。見た感じは40代くらいか。黒々とした口ひげを生やしている。
「ここにいた魔法陣屋は不良品を売りつけたぞ! 異世界の生き物を呼び出す陣だと言っていたのに、呼び出されてきたのは何の変哲もない……」
「ああ、待て待て。異世界から何かを呼び出したのか?」
警備の男に聞かれ、そうとも、と口ひげの男は頷いた。
「そういうふれこみで買ったのだがな」
「ではちょっとこちらへ来てもらおう」
警備の男2人が口ひげの男の両脇を固めた。
「異世界からの召喚は現在禁止されている。魔法陣を使用した者も例外ではない」
「なんだと!? 待て待て、わしは……!」
「話は詰め所で聞く」
「……連れて行かれちまったな」
「まぁ、告知がまだ充分ではないから厳罰といってもたいしたことはないと思うけどね。今のおっさんは特に変わったものを呼び出したわけではなさそうだし」
言いながら、セロとアロイが私を見る。“変わったもの”を呼び出した代表格と言わんばかりに。
ただ、私としては今の男の存在は好都合だ。アロイの言うとおり、たいしたものを呼び出したわけじゃないなら、召喚禁止の通達が充分ではない今、そうひどいことにはならないだろう。逆に、あの口ひげの男から話を聞いた警備隊が、魔法陣屋のほうを追う可能性のほうが高い。なにせ、異世界から召喚できるというふれこみで陣を売ったようだから。
「ベルの時も、異世界からって言われたのかい?」
ギルドへと歩き始めながらアロイが尋ねる。いや、と私は首を振った。
「私の買ったものが最後の1枚だったんだ。最後だから安くしとくとか、珍しいのが呼べるかもしれないよくらいは言ってたが、異世界からっていうのは聞いてないよ」
「魔法陣そのものにおかしなところはなかったのかよ」
「うーん、書く人のクセも出るしねぇ。ちょっとまわりくどい書き方をしてる陣だなとは思ったけど、それ以上の違和感はなかったな」
そんなことを話しているうちに、私たちは冒険者ギルドへたどり着いた。
冒険者ギルドは私にとっても通い慣れた場所だ。今は魔法屋の開店準備が始まって、冒険者稼業は引退状態になっているが、少し前まではここで稼がせてもらっていた。
入ってすぐの場所は小さな待合スペースと受付だ。受付の左右から奥に2本のカウンターがあり、カウンターに囲まれた中ではギルド職員たちが働いている。左右のカウンターのうち、左側は素材の査定や買い取りが行われ、右側は稀人の相談窓口となっている。壁には大きな掲示板がいくつか設置されていて、難易度ごとに大雑把に分けられた依頼用紙が張り出されている。紙が今ほど安くなかった時代は木札が掛けられていたらしい。
「よう、ナタリー」
セロが慣れた様子で受付の女性に手を振る。私にとっても顔なじみの女性だ。
「あらいらっしゃい。今日は可愛い子連れてるのね」
そう言われて思わずアロイを見上げると、アロイは真顔で首を振った。
「君のことだよ、ベル」
「今日はどうしたの、セロ。アロイも。見かけない子と一緒にいるじゃない。新しい稀人さん?」
「いや、違うんだ。実はこの子、ベルナールの姪っ子でね。名前はたまたまベルちゃんっていうんだけど」
言いよどむ様子もなく、セロが事情を説明する。
曰く、ベルちゃんはベルナールに呼ばれて新しく開く店を手伝いに来た。数日前に街に着いてベルナールと一緒に準備をしていた。が、準備をしつつも最近のベルナールはちょっと様子がおかしかった。
「僕も同じことを感じてたよ。ベルナールのやつ、いかにも悩みがありそうな顔で、何でもないから放っておいてくれなんて言うからさ」
アロイも顔色ひとつ変えずに嘘をつく。
「あらあら。そうねぇ、ベルナールってそういうところあったかもねぇ。こういうの、稀人さんはなんていうんだっけ、誘い受け? かまってちゃん?」
え、ちょ、ナタリー!?
うんうんと頷きながらセロが続ける。いや、否定して? 否定してよ!
「そんで、ベルナールのやつがさ、昨日の夜から帰ってこないってベルちゃんが言うもんだから。いや、大の男が一晩や二晩帰ってこなくたって別に騒ぐほどのことでもないんだけど、家にベルちゃんがいるのに連絡しないってのはさ。それにあいつの店があと3日で開店だろう? だから、大げさにしなくてもいいんだけど、もしあいつを見つけたら俺かアロイに連絡してくれないかって頼みにきたんだ」
「ほら、ベルちゃんからも」
とん、とアロイに背中を押されて一歩前に出てしまう。
「え、あ、あの、よろしく……お願いします」
「もっと可愛く」
私にしか聞こえないような声でセロが言う。
「あの、叔父さんのお店には私がいますので……」
「もっと健気な感じで」
アロイからの追加注文。
健気な感じってどんなだ!
「叔父さんが帰ってこないと困るんです……! どうかベルナール叔父さんを探してください!」
うわ、恥ずかしい!
顔が赤くなるのを感じて、思わずうつむいた。が、それがナタリーの誤解を招いたようだ。
「えー、ベルちゃんかわいそう! わかった、みんなに声かけておくからね、心配しないで。すぐ見つかるわよ」
羞恥に耐えながらアロイとセロをそっと見上げると、2人とも満足そうに親指を立てていた。上出来、と言わんばかりだ。
なんだよ、この茶番!