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【第2章完結!】美少女店主はおっさんに戻りたい!~異世界転生の行き先はこちら~  作者: 松川あきら
第2章

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15.アナグマバーガー



 野営地での2日目はお茶を淹れるところから始まった。砂糖と香辛料を少しと、携帯用の粉末ミルクも入れて、スパイスミルクティーにする。持ってきていたスコーンも軽く炙って温めて食べる。

「小さめの平パンも持ってきてるからさ、アナグマの解体が終わったら、昼はそれを挟んでアナグマバーガーにしようよ」

 私がそう提案すると、アロイが頷いた。

「いいね。ザワークラウト……キャベツの酢漬けとチーズは僕が持ってきてるよ」

 それを聞いて、ティモが嬉しそうにした。

「オレ、オスロンの街の中でもハンバーガーの店とかあってびっくりしたっス! こっちでもハンバーガーって一般的なんスね!」


 ハンバーガーは、小さく焼いた平パンで肉や野菜、チーズを挟んだものだ。もともと、大きめの平パンにいろんな具材を挟む平パンサンドはオスロンでよく食べられるもので、今でも軽食の定番だが、丸いパンを二つ折りにするため、できあがりが半月型になる。稀人たちがハンバーグと呼ぶ挽肉ステーキは、円形に近い状態のほうが作りやすいので、それを挟むために小さな平パン2枚で挟むスタイルをハンバーガーと呼ぶようになった。

 ハンバーグやコロッケなど、稀人の言葉が語源になった単語は今では日常的に使われていて、ハンバーガーという呼び名もその延長として使われている。料理自体は以前からあったはずなのに、もうそれ以外の呼び名を誰も使わないくらいに馴染んでいる。


「こっちのハンバーガーは美味しいよね。僕も学校帰りなんかによく食べるよ」

 アロイがティモに同意する。その隣でセロも頷いた。

「だいたいの食べ物はまだ工場生産じゃないから、その店での手作りだもんな。店によって特色があるし、オスロンは街のまわりに牧場が多いから肉が美味い」

 昔は食事に馴染めない稀人も多かったと聞いたことがある。私の記憶にある、ここ10年、20年の間でも、たとえばマヨネーズが一般化したり、たこ焼きやカラアゲが稀人風にアレンジされて、それがユラル人にも受け入れられ、むしろ稀人風の味付けのほうが最近では一般化したり……私が物心つく前もそうだったのだろう。

 そうやって、稀人たちは自分たちが馴染めるように食事を改善していった。その前向きさには感服する。私が逆の立場だったとして、自分の舌に馴染むような料理をこうやって広げていけるだろうか。


「ティモ、食い終わったら昨日のアナグマを解体するぞ」

「はい! やります! 魚の解体なら知ってるんスけど、獣系は初めてっス!」

 セロの言葉にティモが勢いよく返事をして立ち上がった。

 今日の予定はアナグマの解体と胡蝶草の採取だ。胡蝶草を探す途中で、ティモが倒せる魔獣を少し探せたらいい、とセロが言っていた。


 私は、昨日、煮沸だけしておいたマレード貝の処理にとりかかった。身は食べられないので処分するしかない。貝殻だけにして持ち帰るのだ。煮沸したことで二枚貝はパカリと開いているので、その中身をナイフで取り出していく。

 ちまちまと作業しながら、ティモたちのほうをうかがうと、セロにあれこれと指示されながらも、ティモはなんとか作業をこなしているようだ。元の体は漁師だったというから、大型の魚や、ひょっとしたらアザラシなんかの海獣を解体した経験があるのかもしれない。見ている限り、一般魔法はセロよりも得意なようで、毛皮を洗浄したり、肉を冷やしたりするのもできているようだ。


「意外と……というと失礼かな。でもまぁ、上手くやってるようだね」

 私と同じことを考えていたのだろう。私の向かい側に腰を下ろしながらアロイが言った。朝食の後片付けを終えたようだ。

 アロイもナイフを取り出して、マレード貝の処理を手伝ってくれる。

「そうだね。私よりティモのほうがセンスがあるかもしれない」

「ベルはセンスの問題じゃなくて、不器用なんだよ。魔道具作りで発揮される器用さが、獣の解体で発揮されないのが不思議だ」

「“米粉と小麦粉は違う”ってやつだよ。それに加えて、今はこの体だ。力仕事でも役に立たなくなっちゃったなぁ」

 はは、と笑うとアロイも笑った。

「今ならベルより僕のほうが力仕事で役に立ちそうだ。まぁ、ティモには負けるけれどね」


 貝の処理を終えた後は、私とアロイも解体の手伝いにまわり、昼までにだいたいの作業を終えることができた。大半の時間は毛皮の処理に費やしたので、肉は大雑把にばらしただけだ。

 昼と夜に食べる分の他はセロの指示のもと、ティモが冷凍処理する。漁村では魚の処理をしていたはずなので、そのあたりはティモもスムーズに作業ができた。冷凍した肉と毛皮はセロが持つ大きな保存箱に入れる。セロはその箱をさらに魔法の収納袋に入れて小さく収納した。さすがに本職なだけあって、箱も袋も容量が大きく、高性能なものを用意している。


 アナグマの肉に塩と香辛料をすり込みながら、ティモに感想を聞いてみる。

「獣の解体は初めてって言ってたけど、どうだった?」

 えっと、とティモは少し頭をかき、言葉を整理するように答えた。

「……こういうの、日本の感覚だとちょっとコワイっつーか、キモいっつーか……なんか恐ろしいっスけど、ティモの体の記憶もあるんで、意外とイヒカンみたいなの無いっスね」

 ティモの言葉を聞いてセロが笑った。

忌避感(きひかん)、な。――俺は日本では雑誌の仕事しててさ。ジビエ料理の取材をした時にイノシシの解体を見せてもらったことがあって……そうだな、そのときよりはセロの知識を吸収したときのほうが、違和感がなかったな。日本と違ってユラルではまだ狩猟文化が根付いてる」


 魔石コンロにのせた鉄板の上で、アナグマの肉がじゅうじゅうと音を立てる。

「魔獣の肉は、季節を問わず脂がほどよくのってるのがいいところだね」

 くん、と肉の焼ける匂いに鼻を鳴らしてアロイが言う。

 ティモは美味そうっスね!と同意したあとに、はたと何かに気づいたようにセロに顔を向けた。

「そういえば禁猟期って……このアナグマは大丈夫なんスか?」

 それを聞いてセロが笑う。

「これは魔獣だからな。まぁ、そうじゃなくたって、冒険者が野営のメシを確保するのに獣を1頭や2頭仕留めるくらいは目こぼしされてるよ」

 セロの答えにティモは首を傾げた。

「あの……魔獣と獣の違いって、なんスか……? あ、ひょっとしてこれって常識っスか?」

 ティモは自信なさげに付けくわえる。常識といえば常識だけれど、漁村では意識しなくてもよかったのかもしれない。


 ほどよく焼けた肉を鉄板の隅に寄せ、あいた部分に平パンを並べながら私が説明する。

「魔獣は、攻撃的な魔力を持った獣だよ。さっき解体した時に魔力袋があって、中に魔結晶があっただろう? 普通の獣でも魔結晶はあるんだけど、魔獣のは普通のものよりも大きくて、属性の色がつく。アナグマは土属性だから黄色だね。魔獣は繁殖力が強いし、凶暴なんだ。もちろん、魔獣と魔獣のつがいから魔獣が生まれるんだけど、土地の中には魔力溜まり……えーと、たとえば火山帯で岩陰にガスが溜まるように、魔力が濃縮されて溜まる土地が時々あってね。あまり魔力の強すぎる土地では獣は弱ったりするんだけど、例外的にそこで生まれた獣が単独で魔獣化することもあるよ」

 ほうほう、とティモが頷いた。


 セロが説明を追加する。

「だから魔獣に禁猟期はない。あと昨夜出くわしたグレートベアな。あれは魔獣じゃねえけど、魔獣並に凶暴だからあれも特に禁猟期は定められてない。数を減らし過ぎるのもどうかって話にはなってるから、帰ったら昨夜のグレートベアの位置を組合で共有しなきゃな」

 アロイが肩をすくめる。

「グレートベアは魔獣にカウントしてもいいと思うけどね。まずサイズが桁違いだし、もちろんあの凶暴性も。成獣相手なら、熟練の狩人でも1人じゃやり合えないだろう」

 そう言いながらアロイは、温まった平パンにキャベツの酢漬けをのせていった。そこへセロが焼けた肉を順にのせていく。さらにアロイがその上に薄く切ったチーズをのせると、肉の熱で温まったチーズがとろりと溶け出した。最後に私が、もう1枚の平パンをのせれば、アナグマバーガーのできあがりだ。


「うは、オレ、魔獣の肉って食べるの初めてっス!」

「アナグマは雑食性だが、人間は食わない。だから安心して食え」

 今まさにバーガーにかぶりつこうとしたティモに、セロが言う。

「な、なんかそう言われると食いにくいっス……ほんとに大丈夫なんスか?」

 そんなティモを見てアロイが笑った。

「木の実や虫、鳥なんかを食べてるようだね。あとネズミとか。魔獣は周囲の動物よりも生態系の1段上にいるというか……まぁ要は凶暴で強いから、季節を問わず餌にはあまり困らないんだ。だからよく脂がのる。アナグマの肉は美味しいよ」

 言いながらアロイがアナグマバーガーを口に運ぶ。ほぼ同時にセロも自分のバーガーにかぶりついた。もちろん私もだ。


 3人が食べているのを見て、ティモもごくりと喉を鳴らした。午前中いっぱいを解体に費やしたのだから、お腹はすいているだろう。

「オ、オレも食べるっス! いただきます!」

 がぶりと大きな口でかぶりついた。じゅわりと脂と肉汁が白いパンにしみこんでいく様が、こちらからもよく見える。

「うわ、あま! 脂の甘さっスか! ベルさん、砂糖かけたわけじゃないっスよね!?」

「砂糖なんてかけてないよ。甘いのは脂だね。私もアナグマは久しぶりだけど、アナグマの脂はイノシシより甘いんじゃないかな」

 冬場のイノシシは脂が甘いが、それよりも甘く感じるのだ。肉自体の癖のなさとも相まって、アナグマの肉は美味しい。


 私の隣でセロも頷いた。

「だからアナグマの肉はわりと高く売れるんだ。残りの肉は各自で持ち帰ってもいいし、売り払ってから現金で分けてもいい実入りになる。……これ、アロイが持ってきたキャベツの酢漬けも合うな」

「セロと一緒なら、必ずどこかで獣の肉が手に入るからね。それを見越して持ってきたんだよ」

 思った通りだった、とアロイが笑う。

 以前、アロイの家の食卓で、セロの話題が出た。その時にアロイは、「あいつは弓を持たせて山に放り込むのが一番役に立つ」と評していた。確かにその通りだ。セロとともに野営して、保存食だけで過ごしたことは一度もない。


 そういえば、私はアナグマを仕留める時にいくつか魔法を使ったが、それ以外では役に立つところをまだティモに見せていないような気がする。

 なんというか、先輩冒険者としては、「ベルさんはオレが守るっス!」じゃなくて、「ベルさん、さすがっス!」と言わせてみたい。

 よし、午後はティモに先輩冒険者としての貫禄を見せつけてやろう!


 私はひそかにそう決意した。



 

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