表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
【第2章完結!】美少女店主はおっさんに戻りたい!~異世界転生の行き先はこちら~  作者: 松川あきら
第2章

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

41/80

7.食事会の夜

お盆で帰省するので来週の更新はお休みです。



「首都では九聖教の話は聞かないわね。オスロンだけの団体じゃないかしら」

 フェデリカが食後のお茶を口に運びながら言った。豪奢な印象を与える、ゆるくウェーブのかかった赤毛は、今日はきっちりと後ろでまとめられている。夕方まで会議をしていたというから、装いが仕事モードなのだろう。つんと尖った鼻先には金縁の眼鏡がかけられている。


 今日はフェデリカとともに食事に来ていた。セロが選んだ店は、西国の料理に稀人風のアレンジを施した味付けが人気の店らしい。私やリナが人目を気にしなくていいように、間仕切りで区切られた席を用意してくれた。

「首都では稀人反対派はいないっていうこと?」

 私の問いにフェデリカは首を振る。

「似たような稀人排斥論者はいるし、小規模な団体はあるけれど、九聖教と名乗ってはいないっていうことよ。ただ、オスロンでもそうだと思うけれど、稀人排斥論者より、稀人に好意的な人間のほうが多いから、あまり大事(おおごと)にはなってないわね」


 テーブルの上には人数分のお茶とデザートが並んでいる。カジュアルなコース仕立ての料理は質にも量にも満足のいくもので、コースの最後に出されたデザートは、ぷるんとしたミルクプリンにサイベリーのソースをかけたものだ。ちなみに、フェデリカとリナはそれにチョコレートタルトを追加していた。

「っつーか、稀人はこの国だけじゃなくて、世界中にいるじゃん? なのに、稀人反対派とか排斥派みたいなのが主流になってる国の話は聞かねぇし、それが稀人差別につながってるなんて話もない。結局、今さら稀人を排除することはできないってことじゃねぇの?」

 セロの言うことはもっともだ。


 ユラルにいる稀人の大半はニホンからの転生者だが、他の国ではその国に対応した稀人がいる。稀人という現象は、ユラルだけに限ったことではない。国ごとに、または時代ごとに稀人が多いか少ないかのバランスはあるけれど、世界中で稀人は自国の技術を革新的に進めているし、たまたま稀人が少ない国があったとしても、周辺国家から技術やその成果物は輸入できる。稀人による技術の進化というのは世界的な現象なのだ。

 そして、稀人排斥論を唱える人々がいるのもユラルだけではない。


 私の隣でアロイも頷いた。

「たとえば九聖教が唱えてるお題目は、日本では進んだ技術が人を傷つけているとか、飢餓や疫病、貧富の格差があるとか、あとは戦争についてもだっけ。まぁ僕がいた頃の日本に戦争はなかったけれど、日本に限らず世界全体で見るなら、確かにその通りだ。――でもさ、それってこちらの世界でも同じだろう?」

「そうね。そして多分、稀人がいなくても同じだったわ」

 そう答えたフェデリカは、いつのまにかタルトを食べ終えている。もちろん、ミルクプリンもだ。


 テーブルの上にあるティーポットから、お茶のお代わりを注いでフェデリカが続ける。

「むしろ稀人が技術を進めなかったら、もっと暗い時代になっていたんじゃないかしら。10年以上前に世界中で次々に起こった農業改革は、飢える人間を確実に減らしたわ。今飲んでいるこのお茶の葉だって、より効率のいい栽培、より美味しい発酵のさせ方を教えてくれたのは大陸の稀人よ。わたし自身は、人工的に稀人を召喚することに反対しているけれど、稀人の存在そのものを排斥したいわけじゃない。少なくとも、彼らの技術力で圧倒的に安価になった紙や布をありがたいと思っているわ」

 フェデリカの言葉にアロイが頷いた。

「僕はセロほどコーヒー派じゃないから、お茶が美味しいのはありがたいね。首都のほうでは緑茶がメインらしいけど、オスロンのあたりでは紅茶が多いのも嬉しい。――ただ九聖教については、主張もぼんやりとしてるし、何をしたいのかがあまり見えてこないのが少し気になるかな」


「そうか? わりとはっきりしてんじゃね?」

 セロが意外そうに言う。逆にアロイも意外そうに聞き返した。

「はっきり?」

「そう。主張は稀人が嫌いだってことだろうし、何をしたいかって言えば、稀人に嫌がらせをしたいんじゃねえの?」

「つまり、セロの解釈だと私怨だってこと?」

 アロイが聞く。フェデリカも興味深そうにセロに視線を向けた。


「だってオスロンだけの小規模集団なんだろ? 日本でもそういうことはあったじゃん。誰かが何かを気に入らない、だから排除したい、それが多少偏った言説でも……っつーか、偏った言説であるほど、“周囲とは違う自分”に酔って、ついていくやつはいるさ」

 セロの説明に、私は、そういうこともあるかもしれないと思っただけだったが、アロイにはニホンで思い当たることがあったらしい。

「なるほど、陰謀論を信じる人々みたいなものか。世界で進んでいる陰謀――この場合は稀人の勢力だね。周囲のみんなは騙されているけれど、自分だけが真実に気がついている、というような」

 アロイの言葉にフェデリカが頷いた。

「そうね。私怨から始まる陰謀論と、それに共鳴した小集団っていう解釈はぴったりくるかもしれないわね。義憤のふりをした私怨なら、たいしたことはできないとも言えるし、逆に何をやるかわからないとも言えるわ。九聖教の代表者がどんな私怨を抱いているのかはわからないけれど、少なくとも今さらこの世界から稀人の影響を消し去ることはできないわね」


 稀人の存在とこの世界の歴史はすでに切り離せない。稀人が初めて確認されたのがいつ、どこでなのか、文献には残っていない。つまりそれほど昔から、ごく自然に、そういう存在はいたのだ。

 稀人たちが総動員でこの世界の技術力を引き上げれば、いつか、あちらの世界の技術力に追いつくのではないかと言う者もいるが、未だにそれは達成されていない。セロやアロイが言うには、専門的な高等教育を受けた人間じゃないと、そこまで大きく歴史を進めることはできないらしい。アルミニウムの抽出を実現した、名も知らぬ彼のように。

 ――アルミで思い出した。


「セロ、こないだ言ってたやつの試作品、アルミで作ってみることにしたよ。金属加工専門の荒物屋に手配して、外側を作ってもらったから、私がいくつかの魔石か魔法陣で仕組みを作ってみようと思ってるところ。そんなに難しくはないから、あと5日もあれば形になると思う」

 私がそう言うと、アロイが「何のこと?」とセロに視線を向けた。

「ベルに野営用の湯沸かしカップの開発を頼んでたんだよ」

 セロが仕組みを説明するのを、フェデリカとアロイが興味深そうに聞いていた。

「野営用じゃなくても、研究所で使えそうね。魔法でカップ1杯分の水を出すのは簡単だけど、熱湯を出すのは簡単じゃないもの。ニホンでそういうものがあったのかしら?」

「日本ではお湯が冷めない仕組みの水筒はあったけど、直にお湯を沸かす仕組みのものはなかったよ。確かに、フェデリカの言うように、研究中にお茶が欲しくなった時にも便利そうだ。ベル、意外とそれ、いろんなところに売れるんじゃないの?」

 アロイにそう言われて、なるほど、と販路の拡大を考えてみる。室内で働く人にも需要があるなら、女性向けのデザインも考えてみたほうがいいのかもしれない。


「あと数日でできるなら少し完成を急いで、フェデリカにもモニターをしてもらえばいんじゃねえの?」

 首都に帰る前に間に合えばさ、とセロが言う。

「あら、完成させてくれるなら嬉しいわ。いい出来だったら首都の同僚にも宣伝してあげるわよ」

 そう言ってフェデリカが笑った。

「首都に戻るのは4日後だっけ。うん、間に合いそうだよ」

 多分間に合うと思う。

「4日後かぁ、首都に行くの楽しみ!」

 チョコレートタルトを食べ終えて、はしゃいだ声を上げたのはリナだ。

 数日前、リナに、フェデリカが首都に連れて行ってくれるけど、どう?と話したら、目をキラキラさせてぶんぶんと頷いたのだ。


「美容院行っておいてよかったぁ」

 うふふ、とリナが笑う。

 その様子を見て、フェデリカが大きく頷いた。

「本当にそうね。リナちゃんが以前のベルナールのままだったら、首都で美容院に連れて行こうと思っていたけれど……髪も服も似合うわよ。リナちゃん、センスがいいのね」

「そうかな? ならよかった。お店に立つからちゃんとしたほうがいいと思って、セロさんとアロイさんに相談したの」

 そう、つまり私は何の役にも立たなかったわけだ。

「ベルナールは役に立たないしね」

 フェデリカが私の心を読んだように、すっぱりと口に出した。


「でも首都で流行ってる洋服とかあるなら、ちょっと見てみたいなぁ」

 リナの発した言葉は私の常識の中にはないものだった。流行り……? 首都とオスロンの違い……?

「もちろんよ、一緒に行きましょう。何着か買ってあげるわ。もともとそのつもりだったし」

「ほんと!? ありがとう! 嬉しい!」

 フェデリカの申し出に、リナは素直に喜んでいる。

 私は少し複雑だった。元々は私の肉体なので、それを飾るための服を買ってくれるというのは申し訳ない気持ちになる。だが、今は中身がリナなので、リナが望むなら私だって買ってあげたいと思う。だが30過ぎの冴えない男が着飾ったところで……いや、見栄えを気にする重要性は先日のリナの件で学んだばかりだけど……。


「そうだ、ベルさん。言おうと思ってたんだけどさ」

 リナが私の顔をのぞき込む。

「ぅひょぇ!?」

 悶々と悩んでいるところだったので、変な声が出た。

「ベルさん、もともとはお店が休みの日には自分で採集とかも出かけるつもりだったんでしょう? あたしの体に傷をつけないようにとか考えてるなら、そういうことあまり気にしないでいいからね?」

「え!? あ、いや……うん、それもあるけど」

「あたしが首都に行ってる間は、ベルさんもあたしの面倒見なくていいでしょ? だから採集とかは自由に行っていいよ。もちろん、あたしの体だからってわけじゃなくて、怪我とかはして欲しくないけど」

「ああ……そうか。そうだね。リナがしばらくいなくなるのか。――あらためて考えると少しさみしいな」


 そういえば自分でも採集に行く予定だったなと思い出したのは、今年の春先、山が雪解けを迎えた頃だった。冒険者たちから買い上げればいいし、外に出ない分、魔結晶や魔道具を作ることに集中できていたから、損をしているわけではないけれど。

「あと、あたしがいなくても、身だしなみはちゃんとしてよね」

「う……努力するよ」

 昔、似たようなことをフェデリカにも言われたような気がする。そんなことを思い出して、ふとフェデリカのほうに視線を向けると、彼女も微妙な笑みで私を見ていた。同じことを思い出していたらしい。

「面倒を見ているのはどっちかしらね?」

 フェデリカがぼそりと呟いた。

 く……。まさに今、私もそう考えたところだよ!



*****


 店を出る頃には、すっかり日が落ちて周囲は暗くなっていた。とはいえ、飲食店が多くあるあたりはまだ賑わっている。

 アロイが帰りの馬車を呼んであるというので、私とリナはそれに乗せてもらうことにした。泊まっている宿がすぐ近くだというフェデリカは、この後は別の店に飲みに行くというセロが送って行った。


 アロイの家の馬車は、以前にも乗せてもらったことがある。外見はきらびやかというほどではないが上品で、家紋の入った立派な馬車だ。板ばねが効いていて乗り心地もいい。

「わぁ、中もきれい!」

 街なかの乗り合い馬車しか乗ったことがないリナが少しはしゃぐ。座席はクッション性のある造りで、表面には複雑な織り模様の生地が貼られている。

「父専用の馬車はもう少し贅沢な造りだよ。重要なお客を乗せたりもするからね。こっちは家族用」

 専用の馬車を所有するということ自体がステータスだ。馬を飼い、御者を雇う。その維持費はかなりのものだろう。あまりに縁がなさ過ぎて計算したこともないけれど。


 賑わう通りから商業区へ入ると、周囲が少し静かになった。大半の店はもう閉店している時間なので、通りにはあまり人がいない。私の店を含めて商店のほとんどは基本的に店舗兼住宅なので、窓には明かりが見えるし、街路には魔力灯が立っている。だから真っ暗になるわけではないけれど、活気のある昼間とはやはり違う。

「まだそんなに遅い時間じゃないけれど、やっぱり店が閉まる時間になるとこのあたりはさみしく感じるね」

 そう言いながら、私は馬車の窓の外を見た。外は全くの無人というわけでもなく、歩く人影はちらほらと見えた。

「街区ごとの違いだよね。この時間なら商業区でも飲食店のあるエリアが賑やかだし、それに隣接する宿場街もそれなりに人通りがある。工業地帯なんかも夜に動かす工場があるから、明るいらしいよ」

 アロイの言葉に、私は頷いた。工場のいくつかは交代制で夜も動かしていると言う。生産するものによっては、一度動かした機械を止めずに、一日中動かしたほうが効率がいいものがあるらしい。


「おい、あれはクラクストン家の馬車じゃねえか?」

 窓に顔を寄せたままだった私の耳に、そんな言葉が飛び込んできた。

 馬車に入っている家紋を知っている人間がいたのだろう。……なんとなく、今聞こえてきた声に、敵意に似た何かが含まれていた気がした。

「アロイ……この馬車は有名?」

 私が聞くとアロイは首を傾げた。

「どういう意味? 特に事故は起こしてないし、逆に人助けをしてまわってるわけでもないし、ごく一般的な馬車だと思うけど」

「いや、なんか今……」

 聞こえてきた声を説明しようとした時、馬車が速度をゆるめた。私の店の近くに着いたらしい。


「坊ちゃん、着きましたよ」

 御者が外から声をかけてくれる。馬が完全に歩みを止めるまでひと呼吸。

 馬車の背後から走ってくる何人かの足音が聞こえた。

 リナが馬車の扉を開けようとする。

「リナ、待って」

 私の制止に、え、とリナが手を止めて顔を上げた瞬間。

「天誅ーーーーっっ!!」

「【月光の盾!】」

 叫ぶように唱えた魔法は間に合ったか。イメージを詳細に形作る暇はなかった。だから魔力を多めに放出して広い範囲をカバーできるようにした。


 ガン!!

 固いもの同士がぶつかる鈍い音がした。

 アロイが馬車の後部にある小さな窓から外を覗く。

「ベル、さすがだ」

 馬車に衝撃は来なかった。どうやら間に合ったらしい。

 私もアロイの隣から外を覗いてみた。

 目の前には魔力の壁が立ちはだかっている。いつもなら強度はそのままに、もっと薄く透明な壁を作るけれど、速度を重視して大雑把に放出した魔力は、分厚い半透明の壁になって、馬車のすぐ後ろに立っていた。

 魔力の壁の向こうには、角材を振り下ろした姿勢のままでいる男が1人、鉄パイプのような物を振り上げている男が1人、素手で魔力の壁をごんごん殴っている男が2人いた。20代から30代といったところか。


「イーノス、すぐ出して! 多少揺れてもいい、駆け足で!」

 アロイが御者に指示を出すより早く、馬に鞭を入れる音がした。

 がくん、と馬車が一瞬揺れてそのまま走り出す。

 私が立てた魔力の壁はせいぜい道路の半分と片側の歩道を塞ぐくらいの幅だ。男たちは壁を回り込んで来ようとしていたが、馬車が走り出すほうが早かった。

 馬車を引いたままとはいえ、馬が駆け足になってしまっては、人の足で追いつくのは難しい。魔力の壁を回り込んできた男たちは少しの間追いかけてきていたが、やがて引き離されていった。

「な、なに、今の……!?」

 馬車の扉を開けようとして制止され、手を引っ込めた時の姿勢のままでリナが呟く。

「天誅、と言ってたかな。……まぁ今はあまり口を開かない方がいい。舌を噛むよ」

 ばねやクッションが効いていても、馬車の揺れはすさまじい。アロイの言うとおり、しばらくは黙っていたほうがいいだろう。

 襲撃を受けた場所を考えると、魔法屋に戻るわけにもいかず、私たちはアロイの家に行くしかなかった。


 ――義憤のふりをした私怨なら、たいしたことはできないとも言えるし、逆に何をやるかわからないとも言えるわ。

 私はフェデリカの言葉を思い出していた。



誤字修正(20250419)

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ