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【第3章】チートなき世の稀人たち~美少女(30代・独身男性)による見聞録~  作者: 松川あきら
第2章

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5.イメチェン


 えへへ、と少し照れたように笑いながら店に入ってきたリナは、何もかもさっき別れた時とは違っていた。

 まず服装が違う。いつもは――つまり、魂が入れ替わる前には私が着ていた服なのだが、上下ともにゆったりとした服を着ることが多かった。私は服にあまり頓着しない人間なので、普段着といえば作業着と同じ意味だった。そのまま作業をしてもかまわない、丈夫な生地で汚れが目立たない服が一番いいと思っていたのだ。

 今のリナは、細身のズボンに真っ白なシャツ、その上に濃色のベストを着ている。


 それに髪型だ。うっとうしいくせ毛をいつもなんとなくまとめてるだけだった。まとまっていない時もあった。視界が確保されるように時々前髪を切ったり、暑い日には後ろ髪をまとめてゴム紐でくくったりしていたが、今は耳の後ろからうなじにかけては、すっきりと短く切られている。その上は多少長さを残しているが邪魔になるほどではない。


「へぇ、いいじゃん。ツーブロックでトップからフロントにかけてはくせ毛をふんわり流した感じだな。それに服もそのくらい細身のほうが似合う」

 セロが言う。ブロックだのトップだのはよくわからない。いや、単語の意味はわかるけれど、それが何を意味してるのかがわからない。

「え、細身の服のほうがよかったのかな。私はひょろ長くて頼りなく見えるのがいやで、ゆったりめの服を着ることが多かったんだけど」

 というより、冴えない風貌は何をしても冴えないままだと思い込んでいた。 

「見りゃわかるじゃん」

 セロにあっさりとそう言われる。

 確かに。認めざるを得ない。“私だった頃のベルナール”よりもずいぶんとすっきりして、マシに見える。


「どう? 服はアロイさんと一緒に選んだの。髪型は美容師さんと一緒に考えた」

 リナは両手を広げて、服をよく見せるようにその場でくるりと回った。

 手ばなしで褒めようとしたけれど、もともとは自分の姿形だと思うと少しばかり複雑だ。それに、セロはさっきなんて言った? 私が長らく放置していたことだって……つまり、それは……。

「リナ……ひょっとして、やっぱり私みたいなおじさんの見た目が恥ずかしかったとか……」

 ああ、フェデリカの言うとおりだ。私には鈍いところがある。


「え、違うの、ベルさん。恥ずかしいとかじゃなくってね、なんていうか……ほら、お店でお客さんの前に立つんだから、きれいな服のほうがいいと思ったの。作業する時には袖を少しまくったり、エプロンしたりすればいいしさ」

「リナ、慰めなくていいよ。僕もセロも、ベルが店を開くっていう時にちゃんと忠告はしたんだ。作業着みたいな服のままで人前に立たないほうがいいんじゃないかって。なのに、服を揃えるのを怠ったまま、開店間近になって例のアクシデントだ。リナから相談を受けた時には、僕もセロも首がとれるんじゃないかと思うほど頷いたよ」

 肩をすくめたアロイの言葉には、反論できなかった。


 確かにそうだ。アロイにもセロにも言われていた。何だったら、フェデリカと住んでいた時には彼女からも言われていた。だから当時はフェデリカに服を選んでもらったりもしたけれど、別れてから自分では服を選べなくて、このざまだ。

「ベルさん? あのね、ベルさんはいつも自分のことをおじさんだとか、冴えないとか言うけど、ちゃんとした格好をしたら、そんなことないと思うんだよね。いつも鏡の前で思ってたの。髪の毛とか眉毛とかちゃんと整えて、背筋を伸ばしたら、そんなにかっこ悪くないよ?」

 慰めなくていい、とアロイに言われても、リナは慰めてくれた。


 魂が入れ替わってしまってから、確かにベルナールの体は少しずつ姿勢が良くなっていった。リナが意識的に背筋を伸ばしていたのだろう。

「ベルさんは、あたしが仕事を手伝ってるからその分だって言って、お小遣いを多めに渡してくれていたじゃない? それを貯めてたんだけど……実は、服はアロイさんが買ってくれたんだよね。今着てる服だけじゃなくて、普段着も。それに美容院はお金払おうとしたら、美容師さんが、セロさんに言われてるからってお金受け取ってくれなかったの。――セロさん、ありがとう」

 ベンチのほうから、セロがひらひらと手を振る。

「リナが、ベルの“脱・もっさり”を実行してくれるって言うんだ。リナに金払わせるわけにいかねえだろ」

 アロイがセロの隣に腰をおろしながら同意する。

「そうだよ。別にオーダーメイドで(あつら)えたわけでもない。そんなに高くない既製服だけど、魔法屋の店員としては見栄えがするようになっただろう?」

 ――ぐうの音も出ない。


「リナ……ごめんね、気づかなくて。そしてありがとう。私自身が上手くできなかったことをやってくれて。アロイとセロも、ありがとう」

 2人はリナの前では言わないけれど、リナの生活費について私に打診してきたことがある。魔法屋を開いてまだ1年も経たないのだから、先も見通せないだろうし、いろいろと大丈夫なのかと。

 そんな話をされた時は、2人とも魂の年齢はやっぱり私よりも年上なのだと感じた。その時には、困ったらちゃんと言うから大丈夫と答えたのだが、アロイとセロはリナのことを気にかけている。私に直接じゃなくて、リナに援助する隙を狙っていたのかもしれない。

 実を言えば、リナが店番や雑用を手伝ってくれるおかげで、私のほうは魔道具や魔結晶の作成に集中できているし、私が入っているリナの体が美少女だということもあって、店の評判は悪くないのだ。


 そう思いながら、リナの全身をもう一度見る。

「うん、いいね。季節が変わったらまたちゃんと服を選ぼう。髪型や服をどうにかしたくらいで……と以前は思っていたけれど、こうやって客観的に見ると、やっぱり見た目って大事なんだなって思うよ」

「よかった。ベルさんに何も言わないでやっちゃったから、前の方がよかった!って言われたらどうしようかと思ってた」

 リナが嬉しそうに笑いながら言う。



「そうだ、セロ。血は増えた?」

「うーん……あんま変わんねえかも」

 アロイとセロの会話が聞こえて、ベンチのほうに目をやると、アロイがセロに手をかざしているところだった。

「……いや、増えてはいるね。ただ充分ではないだけで。これなら僕が回復魔法をかけるよりも、さっきの魔結晶をもう一度使ったほうが早い」

 言いながら、アロイは鞄の中から、深紅の魔結晶を取り出した。それを2つ、セロに握らせる。

「2つ? いっぺんに?」

 セロの確認にアロイが頷いた。

「そう。どうやら想定より効果が弱いみたいだ。レシピを倍量にして作り直したほうがいいかな。――これ、残りもあげるよ。調整して作り直すから試作品は処分ってことで。成人男性に使うなら、2個から4個ってところかな」

 セロが魔結晶を使い終えたところで、アロイが小さな布の袋をそのまま渡す。

「お、サンキュー。まぁ、そうそう使う羽目にならなきゃいいがな」

「そうだね。――ああ、ついでだ。【湧き出ずる泉、癒やしの白虹】」

 アロイの手元で淡い光がきらめいた。白く、時には虹色に瞬いて、そのまますぅっとセロの体に吸い込まれる。


「……ん?」

 頭の上に疑問符を浮かべたようなセロに、アロイが小さく息をつく。

「そのくらいどうでもいいと思っていたんだろうけど、肩と、あと背中にも内出血が残っていたからね。治しておいたよ。あとは、ランチの時にコーヒーだけだったろ。多分、血が足りなくて胃が動いてなかったんだろうけど、さっきの魔結晶でそれも改善されるはずだから、今日の夕食からはしっかり食べて」

「うわ、よく見てんな」

 苦笑するセロに頷いて、アロイは私とリナのほうを振り向いた。


「そう。この際だからセロにも、そして君たちにも言っておくけど、僕はいろいろと見てるんだよ。詳細に……たとえばさっきみたいに、血の量まで見るのにはじっくり手をかざすけれど、大雑把に血の流れが滞ってる場所、炎症が起こってる場所を見るくらいなら、手をかざす必要はなくてね」

 だからたとえば――とアロイが続ける。

「先月、リナがどこかにぶつけたのか膝に青あざを作っていたのも知っているし、10日くらい前にはベルが食べ過ぎてお腹を壊していたのも知ってる。君たちが、医術院や診療所に行くまでもない、僕に相談するまでもない、と判断しているようなものも、僕はだいたい把握している」

 アロイの言葉に、私は「うっ」と反応してしまったし、リナも「ひゃ」と言って右膝に手をやった。


「毎回会うたびに、というほどではないけれど、月に1回か2回くらいはチェックしてるんだよ。だから重大なものを見つけたら君たちには言うからね。了解しておいて」

「回復術師ってのはそういうもんなのか?」

 セロの言葉に、アロイは「さぁ?」と肩をすくめた。

「他の回復術師がどうしてるのかは知らない。僕だって、通りすがりの人まで全部見ているわけじゃないよ。でも僕は、自分の家族や友人が、『もう少し早く治療を始めていれば』なんて言われるのは嫌なんだ」

 ニホンでの最期は病気だったというアロイが言うと、この上なく説得力がある。

「わかった、私たちも何か自覚症状があったらすぐアロイに相談するよ。ね、リナ」

 そう言った私に、リナがぶんぶんと頷いた。

 そんなリナの仕草を見て、アロイが微笑んだ。

「ああ、誤解しないで。なんらかの圧をかけているわけじゃないんだ。ただ、僕は基本的に言われない限りそのままにしておくけれど、僕自身が気になったら、勝手に治すことはある。今、セロにしたみたいにね。まぁ、それだけの話さ」



 先ほどエリクサーを作った小鍋を片付けて、ポットで普通のお茶を淹れる。

 お茶を入れたカップをアロイに手渡し、セロにも聞いてみる。

「セロも普通のお茶にする? それ、飲みにくいでしょ」

「いや、いいよ。せっかくだし、このままで」

 答えたセロの手元にあるカップを覗きこんで、アロイが眉をひそめた。

「それ、何飲んでるの? 少し変わった匂いがするけど。ていうか、色もおかしいけど」

「エリクサーだってよ」

 そう言ったセロが笑いながら私を見る。

「はぁ?」

 アロイもそう声を上げて私を見た。


 九聖教の演説を見かけた話と、彼らが売ってるエリクサーを昔分析したことがあるという話をすると、アロイも頷いた。

「なるほど、九聖教のやつか。ちょっと味見させてもらっていい?」

「ああ。言っておくけどまずいぜ?」

 そう言うセロからカップを受け取って、アロイが一口すすった。さっきよりは冷めているけれど、飲みにくさは変わらないだろう。なにせ、私が作ったのは“エリクサーの原液”なのだ。

「……確かにこれは飲みにくい」

 アロイが文字通り苦笑いをして、セロにカップを返す。


「本物のエリクサーも美味しくないのかな」

 リナがそう呟いた。

「本物? 九聖教のエリクサーなら、多分これを水で薄めてるんだと思うから、これよりは飲みやすいと思うよ」

 そう答えた私に、アロイが思い出したように言う。

「でも、もともと神話のエリクサーとかアムブロシアみたいなものは、“神の酒”だったり、“天上の美味”だったりするんだろう? だとしたら、美味しくないという時点で偽物なのかもね」

「あ、ううん、そうじゃなくて。ゲームのエリクサー」

 そう言ってリナは笑った。


「エリクサーと言えば……エリクサー症候群だな」

 答えたのはセロだ。手元の偽エリクサーを一口飲んで、やっぱまずいなと言って続ける。

「あまりに貴重なものを手に入れちまって、これはいざという時に使おうと思いながらゲームを進めて、でもその“いざ”はなかなか来ないんだ。そのゲームをクリアする時までな」

「その、ゲームのエリクサーっていうのは、不老不死の霊薬なの?」

 私の問いにはアロイが笑って首を振った。

「不老不死の霊薬ならいつ飲んだっていいんだろうけど、ゲームの中で扱われるものは全回復……どんな怪我も病気も毒も全て癒やして、体力も魔力も完全回復するっていう薬のことだよ。――ベルだったらどうする? 最終的に巨大な悪と戦わなきゃいけない、でもいつまでかかるかわからないような長い旅に出ると仮定してさ。途中でそんな霊薬を手に入れるんだ。だけど、旅の仲間には腕の良い回復術師もいるから、普通の怪我や病気は魔法で回復できる。路銀もある程度手元にあって、街で宿に泊まれば体力や魔力だって回復する。君ならその霊薬をいつ使う?」

 面白がるようなアロイの言葉に、私は考え込んだ。


 何でも治せる霊薬ならいつ使ってもいいのかもしれない。でも、仲間が普通に治してくれるような怪我で使うのはもったいない。貴重だというのなら、同じものがいつ手に入るのかもわからない。

「もし、半端な事態で使ってしまったら、その後に本当にいざという事態になった時に、あの時のエリクサーが今あれば、って思っちゃうよね。だったら……途中にアクシデントがなければ、その最終決戦? みたいなところで使うのかな」

 私の答えに、まぁそうなるよなと呟いたのはセロだ。

「みんなだいたいそう思うんだ。そして結局、最終決戦でも使うタイミングがないままに勝ったりしてな。気がつけば、一番頼りになるはずだった霊薬は出番のないまま、ただのお守りとして鞄の隅で眠ってるんだ」

「あれって、エリクサー症候群って言うんだね。でもお守りなら、途中でなくすよりはいいのかなぁ」

 リナの言葉になんとなく頷く。

 使えないお守り、か。


 そのエリクサーほど貴重なものではないが、冒険者ギルドでは新人たちに「回復を惜しむな」と教える。回復術師の魔法ではなく、回復の魔結晶のことだ。もちろん、かすり傷で使えというわけではないけれど、消耗品をもったいないと思って使わずにいると、それをきっかけにして新たな怪我につながったり、大きな事故を引き起こしたりするからだ。結果的に、最初の怪我で魔結晶を使っておくのが一番被害が少なかったのに、ということも多い。

 回復の魔結晶は、質にもよるけれど、1つあたり400カディから700カディというところか。診療所や医術院に患者としてかかるよりも少し割高だ。持ち運べることや、素人でもすぐに使えるという点を考えれば、さほど高いとは思わないが、貯えの少ない新人冒険者などは少しためらってしまうのかもしれない。


 新人冒険者、と考えて、ティモのことを思い出した。体格の良さに似つかわしくない、少し気弱そうな顔がなんとも憎めない男だったなと思う。

 そう思ったのが顔に出たらしく、アロイに目ざとく見つけられてしまう。

「なんか今、ベルがにやけてたけど、なに? 思いだし笑い?」

「思いだし笑いってほどでもないけど、昼に会ったティモはなんだか憎めない感じだったなと思ってね」

「あいつ、騙されてエリクサー買ってなきゃいいけどな」

 セロの言葉にはリナが、買ってそう!と笑った。


 ……ほんとに。買ってなきゃいいけど。

 いや、買ってもいいんだけど、望む効果は得られないのだから、それを頼るようなことにならなきゃいいけど。


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