3.魔結晶とポーション
「なんか、あそこまで何もわからない新人って久しぶりだね。普通はもう少し、こちらの世界に馴染んでから冒険者登録を考えるだろう?」
ティモが冒険者ギルドの建物内に入っていくのを見送って、私はそう呟いた。
その言葉にアロイが頷く。
「そうだね。冒険者になる稀人が多いのは、手っ取り早くて、人脈に関係のない新しい仕事っていう利点があるからだ。元漁師なら体が覚えてる技術だけでやっていけそうだけどね」
稀人になる前にやっていた仕事が、たとえば役所の書類仕事だったら、魂が体の記憶にすっかり馴染むまでは仕事が滞ることになる。商人も同じだ。けれど、体が覚えた知識というのは継承しやすい。とはいえ、セロも何ヶ月かはかかったと言っていたけれど。それでも、一から覚えるのに比べれば格段に早い。
冒険者の仕事というのは、ギルドが仲介する単発の労働がメインなので、人脈やそれまでの知識はあまり関係ない。だから魂が入れ替わって心機一転、という意味合いも込めてとは思うけれど、冒険者になる稀人は多い。
「あとは稀人……っつーか、日本人は“冒険者”って職業に妙な憧れがあるのは確かだな。どうせティモもその手合いだろうぜ」
セロが言うのは、以前にも聞いた、物語の中の冒険者だろう。さきほどのティモとアロイ、セロのやりとりを思い出す限り、ゲームというのもそれに当たるのかもしれない。
「そういえば、私はここで2人が待ち合わせするって聞いたから、ギルドへの納品ついでに顔を出したけど、2人は何か用があったんじゃないの?」
私がセロとアロイの顔を見ながらそう言うと、セロが「そうだ!」と声を上げた。
「そうそう、別に新人の相手しにきたわけじゃねえ」
足もとに置いてあった革のリュックを持ち上げて、中を探りながらセロが言う。それでアロイも思い出したようで、自分の鞄を持ち上げた。
「そうだった。セロ、通信で言ってた魔結晶を見せてくれる? あと、怪我をしたって聞いたけど?」
「ああ、3日前な。だから回復の魔結晶の手持ちが少なくなって。空の魔結晶とか山で採れた素材なんかを持ってきた。銀竜草の花やキオウシギの羽根もある」
「銀竜草は私も欲しいな。っていうか、怪我って? 今はなんともなさそうだけど、何があったの?」
私の質問に、セロは頷きながら、何種類かの魔法の収納袋をテーブルの上に出す。
「狩人仲間の何人かと組んでグレートベアを狩ってたんだが、見習いの1人がヘマをしてな。よりによって俺のほうに逃げてきやがった」
そう言って肩をすくめるセロの隣でアロイが、セロの体を探るように手を掲げていた。
「獣の爪は厄介だからね。……左肩か。傷そのものは大丈夫そうかな。膿んでるようならここで傷を開いて浄化からやろうかと思ってたけど」
さらりと怖いことを言って、手を下ろしたアロイが付け加える。
「ただ、血は足りてないね」
「そう、それな。まだちょっと貧血気味でさ。アロイ、なんかいい魔法薬とかあるか?」
セロに問われてアロイが頷く。
「魔法薬よりもっといいものがある。ただ、試作品だから、今ここで使ってみせてよ。それで効かないようなら、責任持って僕が回復魔法をかけるから」
アロイが鞄から魔結晶をひとつ取り出す。私の店で取り扱うアロイの魔結晶は、主に淡い水色をした回復の魔結晶だ。けれど、今取り出した魔結晶は、大きさこそいつもと同じように親指の先くらいのサイズだが、見たこともないほど深い赤色をしていた。
「造血の魔結晶……の試作品。普段、医術院では回復魔法に少し指向性を持たせて、怪我のあとの貧血を改善するんだけど……たとえば、回復魔法を受けたあとは体内のエネルギーを使うからお腹が空いたりするだろう? でも貧血を改善するためには単純にタンパク質や糖分だけを使うわけではなく、鉄分やビタミンなんかも必要になる。それがそもそも体に蓄えられていないことが多くて、貧血の改善には時間がかかってたんだ。それを補うために、血を造るのに必要な材料を魔法に変換して、一緒に魔結晶に込めてみたのがこれだ」
セロの手のひらの上に、アロイがその魔結晶を置く。
「え、試作品って……新しく作ったのか?」
置かれた深紅の魔結晶とアロイの顔をセロが見比べる。
セロが驚く気持ちはよくわかる。用途が限定されるものだとしても、魔結晶として使える新しい術式をアロイが独自で組んだということになる。
「そう、ちょうど一昨日できたばかり。僕を含めて回復術師たちで試してみたけど、そもそも誰も貧血じゃなかったから、効果がまだ確かめられてない。出血の多い怪我人が医術院に運ばれてきたら試そうと思ってたんだけど、ちょっと人体実験みたいで気が引けると考えていたところだ。セロが試してくれるならちょうどいい」
「俺を実験台にするのはいいのかよ。んじゃまぁ、ありがたく……」
呆れたように笑って、セロはその魔結晶を握りしめた。他人の魔力のめぐりは外からは見えないけれど、今、魔結晶に魔力を込めているんだろう。
ややあってセロが手を開くと、手のひらの上で魔結晶がほろほろと崩れて消えていった。
――医術院でどういう扱いになるのかはわからないが、この深紅の魔結晶がうまく働くようであれば、冒険者の生存率にも関わってくるかもしれない。回復の魔結晶と併せて使えば、生きたまま街の門をくぐれる可能性が上がるはずだ。
あとで、コストと量産の可能性について聞いてみなくちゃ。
「効果が出るまでに1時間くらいはかかると思うから、その間に物々交換を済ませようか」
鞄の中から小さな収納袋を出しながらアロイが言う。
「そうだな。空の魔結晶がこっちで、この袋がキオウシギの羽根。魔結晶のほうもキオウシギのが多いんだ。だから少し大きめなんだけど、アロイもベルも大きめのやつを欲しがってたろ?」
セロも収納袋から中身を取り出す。袋の見た目のサイズからはあり得ないような量が出てくるけれど、山と街を往復することが多いセロは、収納量の多い袋をよく使っている。今広げているうちの2つくらいは私が作ったものだ。
「キオウシギってどんな鳥? 羽根が黄色いんだね」
タピオカミルクティーを飲み終えたリナが、セロの手元をのぞき込んだ。
私はテーブルの上の羽根を1本、手に取ってリナに渡してやりながら説明する。
「大型の渡り鳥だよ。冬から春にかけてオスロンの近くに滞在するんだ。魔法で仕留めると羽根を傷めちゃうことが多いから、こうやって綺麗な羽根が手に入るのは狩人ならではだね。渡り鳥は長い距離を飛ぶから、魔鳥じゃなくてもうっすらと風属性の魔力を帯びていることが多い。キオウシギくらい大きなサイズだと特にそうだ。……この、ほんのり薄緑色の魔結晶、これがキオウシギのだね。他のは乳白色だから、サイズから見て鹿とかかな」
普段よく使う家畜の魔結晶は大きめのどんぐりくらいのサイズだけれど、今、セロが出した魔結晶の多くはクルミほどのサイズがある。
「キオウシギは季節限定だし、出回る量は多くないからね。腕のいい狩人が仲間にいるのは助かる。――ベルは風属性の魔結晶を使う? 僕は風属性が回復魔法と相性がいいからありがたいけど」
アロイに聞かれて私は首を振った。
「いや、私は主に羽根や草の素材のほうで。魔結晶は白いのをいくつか交換できればいいよ。今は手元に虫除けの魔結晶しかないから、あとで店に寄ってくれる?」
お互いに顔をつきあわせて相談しつつ、素材や魔結晶の行き先を決める。
「俺のほうも助かるよ。アロイが作る回復の魔結晶は他のよりも効きがいい。狩人仲間にも分けてくれって頼まれてんだ。――ベルには道具のことで相談があってさ。もともと、ここでアロイと魔結晶を交換した後にベルの店に寄ろうと思ってたんだ」
セロがそう言った。
「前回の魔結晶は、ちょっと実験的に浄化の魔法も仕込んであったんだ。うまくいったようならよかった。同じ作り方で多めに作ってきたよ」
今度はアロイが、鞄から取り出した布の包みを広げる。そこには見慣れた回復の魔結晶がある。淡い水色で親指の先くらいの……いや、少しだけ大きめかもしれない。浄化の魔法も仕込んだというから、その分、少し大きい魔結晶を使ったのだろう。
「そういえば……ポーションってないんだね」
アロイが出した回復の魔結晶をひとつ手に取り、陽にすかして見ながらリナが言う。
それを聞いてセロもアロイも、ああ、と笑ったけれど、私には何のことかわからなかった。
「ん? ポーション? って、液体の魔法薬のこと?」
首を傾げる私に、リナが笑う。
「違うの。ううん、違わないんだけど、あたしが知ってる“ポーション”じゃないなぁと思って。そんなにたくさんじゃないけど、あたしもいくつかゲームをしたことがあって、回復のアイテムがポーションって呼ばれてたんだよね」
「それがこの魔結晶だな。リナと似たようなことは俺も思ったことがあるよ。回復の魔結晶があるって知った時に、液体じゃないんだなと思った」
セロも回復の魔結晶をひとつ手に取って言う。
その隣でアロイがくすくすと笑った。
「まぁ、2人の気持ちもわかる。回復と言えばポーションだろうからね。でも、液体だとちょっと不便じゃない? 液体を持ち運ぶとなるとやっぱりガラス瓶になるんだろうけど、鞄に何本もガラス瓶を入れたら邪魔じゃないかな。僕たちの荷物は基本的に魔法の収納袋を併用するけれど、それでも瓶というのは取り扱いが面倒だ。空き瓶をその場に捨てていくのもどうかと思うし、空き瓶を回収する手間もどうかと思う」
なるほど、稀人同士の間では、ポーションというものに関して共通認識があるのか。回復魔法を込めた液体、ということだろうか。魔結晶に込める前の段階のものかもしれない。ただ、それをガラス瓶に入れて持ち運ぶというのは、アロイの言う通り、効率が悪そうに思える。
魔結晶に込める前、素材を合わせた状態なら液体に近くなることはある。魔結晶作りの作業をする時には、その液体を一時的にガラス瓶で保存することもある。ただ、それを実戦用として持ち歩くことはない。
「魔結晶は容器もいらないし、小さいから場所もとらない。ゲームではなく現実として考えると、液体の薬に比べてとても便利だ」
アロイの説明に頷いて、リナが回復の魔結晶を見つめた。
「なんかさぁ、いつも思ってるんだけど、見た目は飴みたいだよね。回復のはハッカ味。でもあたしとしてはソーダ味だと嬉しい。獣除けのはオレンジ味で、さっきセロさんが使ってた、貧血のお薬はイチゴ……んー、もっと濃かったからラズベリーかな」
「稀人はみんなそう思うよ。この世界の飴玉は透明じゃないものが多いから、こちらの人はあまりそう思わないみたいだけれど。……まぁ、回復の魔結晶に限って言えば、口に含んで魔力を込めても発動するよ。でも味は……控えめに言って美味しくはないね」
アロイの説明に、セロがにやにやと付け加える。
「確か、口に入れちゃ駄目な魔結晶もあったよな。たまに腹を壊したり体が痺れたりして、医術院に運び込まれる稀人がいるってのは都市伝説か?」
「だいたいの魔結晶は口に入れちゃ駄目だよ。僕はまだその都市伝説に出くわしていないけれど、ものによっては危ない材料も使ってるから」
アロイがそう言ってこちらを見る。それを受けて私も頷いた。
「私が作る魔結晶はだいたい危ない材料しか使っていないよ。鉱物の粉や虫の甲殻、毒草の根とか入ってるからね。口に入れたら……まぁ、死にはしないけど、それなりに治療が必要になると思う」
私の言葉に、リナは「うえぇ」と変な声を出した。
「なんかぁ、さっきの……ティモさんだっけ? あの人やりそうだよね。ギルドのカウンターで、ポーションください!とか。あと、魔結晶を口に入れたりとか」
言いながらリナが回復の魔結晶を布の上に戻す。
セロも同意するように頷いた。
「まぁ、ひと通りやらかすだろうな。でもギルドの連中は稀人の言動に慣れてるから、それなりに説明してくれるし、注意もしてくれんだろ。――俺はそれより気になってることがある」
セロがちらりと私のほうを見た。それで気がついたようで、アロイも私のほうを見る。
「セロが気になってるのは、僕と同じことかもしれない」
「え。……え? 私が何かやらかした?」
セロとアロイを交互に見ながら聞いてみる。
「さっきのおまえの営業スマイル……あれはちょっとどうかと思うぜ?」
セロがぼそりと言う。
「ベルには自分が美少女だという自覚を、いいかげん持ってもらいたいものだね」
アロイもしみじみと言う。
「な、なんだよぅ!? だって漁村から出てきて街で新生活を始めるなら、私にとっては商売のチャンスじゃないか!」
そりゃあ営業スマイルのひとつやふたつ、出るっていうものだ。
「ティモさんはぁー、あたしが言うのもなんだけど、可愛い女の子にチラシを手渡されてにっこりされたら勘違いしちゃいそうー」
はぁ!? リナ!?
セロやアロイならともかく、リナにまでそんなことを言われるなんて!?
っていうか、ティモが勘違い? つまり私のことを?
「いやいやいや、ないない! だって私の外見はともかく、中身はおっさんだよ?」
私が顔の前でひらひらと手を振ると、セロがにやりと笑った。
「それ、ティモに言ってなかったよな」
……そ、そういえばそうかな。
いや、でもないよ! そんなことない! ないったら!
「そうだ、ねぇアロイさん、こないだ相談したアレ……」
先ほどセロと交換した素材を鞄にしまっていたアロイの袖をリナが軽く引く。ああ、とアロイが気づいて微笑んだ。
「ちょうどいい、今から行こうか。セロも……と言いたいところだけど、セロは少しおとなしくしといたほうがいいから、店だけ教えてよ。僕らで行ってくる」
「ああ、アレな。ちょっと待ってくれ、今、店のほうに通信入れるから」
アレ? なにそれ。
リナが私に内緒でアロイとセロに相談したってことか。個別に相談するのはよくあることだけど、2人に相談したってこと? えぇ……なんかちょっと疎外感。
セロは通信の魔道具を出して、どこかに連絡を入れている。ややあって通話を終えると、アロイに店の場所を伝え始めた。
「“海竜通り”のステラの店だ。今なら大丈夫だって言ってたから。そこが終わったら、次はこないだアロイに教えたほう」
「“白壁通り”の店だね。うん、あのあたりならわかる。この後はベルの店に行く? それなら僕らが戻る頃に貧血が改善してると思うから、またあとで確認させてよ」
「ベルさん、あたし、アロイさんとちょっと出かけてくるね。先に帰ってて」
「え、あ……うん。わかった……」
リナにそう返事をすると、リナはアロイと連れだって、通りへ出て行った。
2人の背中を見送って、それが見えなくなったところで、私は、ぐるんっと音がしそうなほど思いきり振り向いた。
「セロ!」
「ん?」
「リナとアロイはどこに行ったの? そもそもリナに何を相談されてたんだ」
お父さんは隠し事をするような子に育てた覚えは……!
「リナの相談ごとは、おまえが長らく放置していたことだ。ほんとは俺が付き合ってやる予定だったが、アロイなら大丈夫だろ。2人が戻ったらわかるさ」
にやりと笑ってセロが言う。
くそぅ、教えてもらえないのか!




