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【第2章完結!】美少女店主はおっさんに戻りたい!~異世界転生の行き先はこちら~  作者: 松川あきら
第1章

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17.全裸の男


 私とアロイは荷物をその場に置いて、急な斜面を上がった。今朝、そこを降りてくる時に、斜面の途中にある丈夫そうな木にロープを結んでおいたので、危なげなく登ることができた。

 斜面の上では、セロが薄汚れた全裸の男を羽交い締めにしていた。全裸……全裸!?

「ベル、眠らせろ! アロイ、ロープあるか」

 セロの声に応じて、私は慌てて呪文を唱えた。

「【柔らかな絹、甘やかな(かいな)、眠りを誘う霧】!」

 全裸? なんで全裸?


 じたばたと暴れている男は、もじゃもじゃと絡まった焦げ茶色のくせっ毛をしていた。顔は無精髭と汚れで判然としない。その顔のあたりに、白い霧がふわりと浮かぶ。緑色の瞳がとろけるように焦点を失い、男はすぐに眠りに落ちた。

 アロイが出したロープを受け取って、セロは手早く男の両腕を背中で拘束して、その場に座らせた。

「丸腰だから……いや、マジで必要以上に丸腰だから、そう警戒することもなさそうだが」

「宿なしでふらつくにしたって、こんな山の中にいるのはおかしいね」

 そう言いながら、アロイが眠りこけたまま拘束されている男の正面にまわりこむ。


「……ベルナール」

「なに?」

 呼ばれて返事をすると、アロイはこちらを見ていなかった。

「違うよ、君を呼んだんじゃなくて……これ、ベルナールじゃない?」

 これ、とアロイが眠る男の顔を指さす。

「あ、マジだ」

 拘束した腕を確保したまま、セロも男の背後からのぞき込んで顔を確認する。


 ――は?

 はぁぁぁぁぁぁっっ!!??

 なんでこんなところに!? いや、そもそもなんで全裸!?

「な、なな、なんで……あ、服! 服を!」

「落ち着け、ベル。今大事なのは服じゃねぇ」

「そもそもここには着替えもないしね。まずは下に置いてある荷物をとってこよう。そして一旦、セロの小屋に引き返そう。さすがに裸の男を連れて街には戻れない」

 アロイの提案にセロは頷いているが、私は頭が真っ白になっていて動けなかった。


 確かに、言われてみればこれは自分だ。以前より痩せていて、髪はもじゃもじゃになっているが、自分だ。左の脇腹には昔の怪我の痕も残っているし、右すねにも古い火傷の痕がある。

 あの日からひと月半……ふた月に少し足りないくらいか。髪もひげも伸び放題で服もなく、全身が薄汚れているのは、その間ずっと裸で山の中を放浪していたから? いやいや、なんで裸?


 アロイが荷物を持って戻ってきた、ちょうどその時、裸の男――ベルナールが目を覚ました。もともと深い眠りに誘うような魔法ではないので、目覚めるのは当然だったけれど……濃い緑色の瞳で見つめられると、鏡を見ているような妙な気分になる。今、実際に鏡を見たら、鏡の中にいるのは黒髪の美少女なんだけれど。

 ベルナールは座り込んだまま、両手を後ろで拘束されているが、ぐいと首を前方に傾けて、私に顔を寄せてきた。クンクンと、何故か私の匂いを嗅いでいる。

「あおん!」

 ベルナールが嬉しそうにそう叫んだ。

 ひょゎっ!?

 拘束を解かないまま、セロが「は?」と言い、アロイも「犬?」と首を傾げる。

 犬?

 ……え、犬??


 とりあえず敵意はなさそうだということで、セロが拘束を解く。私としても、自分の姿をした人間が拘束されたままというのは心苦しいので良かった。

 セロの小屋に向かって歩き始めると、ベルナールは四つん這いで移動し始めた。なぜか私の横にぴったりとくっついている。時々私の顔を見ては、「あぅん」と甘えるような声を出した。

「ひょっとして……モモ?」

 セロがふと思い出したように言う。それを聞いて、アロイも「ああ」と声を出した。

「おんおん!」

 我が意を得たりとばかりに、ベルナールが……モモ? が返事をする。

「え、モモ? って誰? どこから出てきたの、それ?」

 どうやらまた私だけが何も知らない。ニホンではそう呼ぶ、みたいなことだろうか。


「最初にリナと話した時に言ってたじゃん。両親とモモにもう会えないのか、って。流れからして妹かなと思ってたんだけど、ひょっとしたら飼ってた犬だったのかなって」

 セロの言葉に感心することしきりだ。

「はー……よく覚えていたね、そんなの」

「日本ではモモっていうのはペットの名前に多いからね。僕も妹かペットかなと思ってはいた」

 気づいていないのは私だけだったらしいと、アロイの言葉にがっかりする。


 セロの小屋に再び戻った私たちは、ひとまずモモを風呂に入れることにした。いろいろな匂いが混じっていて臭くてかなわない、とアロイが主張したからだ。私もセロもそれに関しては同感だった。

 さて、誰が洗うかという話になった。

「もちろん、俺は嫌だが?」

 セロが言う。

「僕だって嫌だね」

 アロイが言う。

「私が洗うよ! 私だって君たちに洗われるのは……なんかちょっと嫌だ!」

 話し合いは一瞬で終わった。

 

 風呂を借りて、モモの全身を洗う。ハサミと剃刀も借りて、髪やひげをさっぱりさせることにする。少し痩せているし、服を着ていなかったせいであちこちに擦り傷や小さな切り傷はあるが、重大な怪我や病気があるようには見えない。あとでアロイにもチェックしてもらおう。

「あおんおん!」

 自分の声で犬の鳴き真似でもされているようで居心地が悪いが、人間の声帯があっても、言葉で意思を伝えることはできないのだろうから仕方がない。

 ただ、体を洗っても髪を洗っても、剃刀でひげを剃ってさえ、私の指示には従って、嬉しそうな表情をしているので、モモはリナにとても懐いていたのだろうと思う。


「洗い終わったよ」

 四つん這いになったモモの頭をタオルでわしわしと拭きながら、リビングに戻る。セロとアロイが同時にこちらを振り向き、ため息をつく。

「こうして見ると、ほんとにベルナールだね……」

「美少女が裸の男を四つん這いにさせている絵は、ちょっと背徳的だな。――ほらこれ」

 そう言いながらセロが服を差し出してくれる。

「ここに置いてあった俺の着替えだ。ベルナールのほうが若干背は高いが、着られないってことはねえだろ」

 ゆったりとしたズボンとシャツに、薄手のセーターを貸してくれた。2人にも手伝ってもらいながら服を着せる。

「栄養がやや足りていないけど、脱水症状もない。だいたい健康だね。……何を食べていたのかは想像するとちょっとこわいけど、少なくとも今はお腹も壊してないよ」

 私が言う前に、アロイはモモの全身状態をチェックしてくれたらしい。


 栄養補給だと言って、セロはウサギのシチューを出してくれた。私が風呂でモモを洗っている間に作っていたらしい。犬に人間と同じものは……と思いかけたが、体が私のものなのだから、何の問題もない。ただ、火傷には気をつけてほしい。そう思っていたら、セロはモモの皿には水を足して、薄味にした上で温度も下げていた。気が利く。

「さて、どうするか、だな」

 シチューを私たちにも配り終えて、セロは手近な椅子に腰を下ろした。ちなみにモモは床に敷いてある毛皮の上に座って、シチューの皿に直接顔を突っ込んでいる。

 その様子を眺めながら、アロイが口を開く。

「ベル、念願の“自分の体”だね。魂をシンプルに交換できるものならここでモモとベルを交換して、街に戻ったらリナとモモを交換すれば完了ってことになるけど」

 それはそうだ。そんなことができるものなら。

 ……フェデリカならできるだろうか?


「多少きれいにしたからといって、四つん這いで歩くベルナールを街に連れ帰るわけにいかねえな。どうする? ここでかくまってもいいけど、それって解決になんねえだろ?」

 セロがシチューをすすりながら言う。確かにそうだ。

 フェデリカから隠れるために、アロイの家に厄介になろうとしたのと同じで、セロの小屋にしろ、アロイの家にしろ、隠れ住むことはできてもそれは何の解決にもならない。それに、このまま店を休み続ければ私の収入がなくなる。もちろん、いくらかの貯えはあるけれど、そういう問題でもない。

「さっき、家のほうに通信を入れてみたんだけど、リナはおとなしく本を読んでいるらしい。使い魔ってお勉強するのねぇって母が言ってたよ」

 アロイがそう教えてくれた。


「いや、しかし……犬も異世界転生するんだなぁ」

 セロが感慨深げに言う。

 言われてみればそうだ。人間と違って、自分の状況を言葉で話したりしないから気づかないだけで、犬に限らず、他の獣も異世界から魂が入り込むことがあるのかもしれない。

「僕やセロは、こっちにくる寸前のことを覚えているけど、リナは以前、よく覚えていないって言ってたよね。その後、思い出したとか言ってた?」

 アロイに聞かれて少し考えたが、その話を聞いた記憶はない。

「いや、そういうことは聞いてないな。ただ、どう? 君たちが覚えているそれも、進んで人に話したい内容かな」

 私が尋ねると、セロとアロイは一瞬、目を見合わせた。


「俺は5年前。交通事故だったけど」

「僕は8年前だね。病気だった。話しにくいかどうかは人によるし、状況にもよるね。モモがここにいるってことは、リナと同じタイミングで転生……いや、リナの場合、死んでるとは限らないから、転移というべきかな。リナとモモが一緒にいる時に転移したのか、それとも、命を落とした時と転生する時は、少しタイムラグがあるようだから、別々に転移か転生をして、たまたま同じ時間軸にいるんだろうかって考えたんだけど……リナが思い出してないようならわからないか」

「ベル、動物の言葉がわかる魔法陣は? こういう場合には使えねえの?」

 セロの言葉に、私は首を振った。

「あれはリナに使っていたのが最後の1枚で、セロにはまだ見せてないけど、それを魔石に焼き付ける形で首輪にしたから手元にはないよ。作るには店にある材料と辞書が必要なんだ」


 それぞれにシチューを食べ終えて、モモは満足したように床の上で丸くなって眠ってしまった。人間の体で感じ取る匂いは以前と比べて非常に心もとないものだろうと思うけれど、私の――リナの体の匂いに安心したのだろう。

 私も、先行きはともかくとして、自分の体を保護できたことは一安心だ。雪が降る前で良かった。この状態で冬を迎えていたら間違いなく凍死していただろう。もう秋も終わりに近い。今までだって凍死の危険性はあったと思うけれど、木のうろや落ち葉に潜りこんだりして、動物なりになんとか対処していたんだろうと思う。


 過酷な環境で生き抜いてきたモモのことを、撫でてやりたい気持ちでいっぱいだったが、なにせ自分の姿だ。複雑な気持ちで、私はモモを見つめた。

 ふと、モモが目を開ける。

「あぉん」

 小さく甘えるような鳴き声。自分の姿であっても、中身のことを考えると、これはやっぱり撫でてあげなくてはいけない。モモにとって自分は犬で、私は飼い主なのだ。

 私はモモの隣に腰を下ろして座り込んだ。

「よしよし、よく無事でいたね。偉いな、モモは」

 馴染みのあるくせっ毛を撫でる。

 モモはうっとりとした顔で、私の手に頭をぐいぐいと押しつけてきた。

 その様子に、思わず撫でる手に力がこもる。


 ――だめだ。これはだめだ。

 私たちは、元に戻らないとだめだ。



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