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第3話 おにぎりみたいな車が行く

 荒平天神(あらひらてんじん)の駐車場に戻って来た俺達。俺はようやく車の前で里菜を下ろした。


「あ、あのさ……い、今更なんだけど」

「何だよ、どうかしたか?」


 姉貴の声が、いつになくしどろもどろだ。


「里菜ちゃんって、フェリーから落ちた訳でしょ? 遭難届とか出てるんじゃないの? 当然救助活動っていうのが、始まってるよね? 何処にも届け出さないのは、流石に不味いんじゃないかなあって思ってさ…」


 確かにそうだ。ニュースになった位である。今頃、付近は大騒ぎだろう。まさか数十kmも離れたここまで流れ着いているとは思うまいが。


「怪我はしてないから、救急車は呼ばんでも、警察か…」


 俺の言葉を聞いた里菜の顔が一気に暗くなる。通報した際の彼女の姿を想像してみた。きっと何処かに保護されて、後は質問攻めにあうのだろう。


「里菜…」

「あ……は、はい」

「君、連れがおった? 友達とか会社の同僚とか」

「い、いえ、一人旅ですっ! と、東京も独り暮らしで、祖国イタリアにも身寄りはおりません…」


 そうか……一人ね。では、身内に心配をかける事は無しと。


「よし、じゃあ取り合えず通報はナシだ。まずはその身体を洗って、身なりをどうにかして落ち着かなきゃな。姉貴、古江ふるえんとこの、ばあちゃんに電話してくれ。これから行っで風呂を沸かして欲しいってさ」

「えっ、大丈夫かな……」


 割合ノリの軽い姉貴(瑠里)だが、俺の提案には、流石に少し躊躇ちゅうちょしたらしい。俺と里菜、両方の顔を幾度か見て、少し黙った。


「分かった。私もこのまま里菜ちゃんとお別れしたくないし。うんっ! こげんなったら一蓮托生いちれんたくしょう呉越同舟ごえつどうしゅう

「えっ、い、いいんですか!」

「ま、何とかなるって。そういう事でしょ、友紀」

「泣こかいっ、跳ぼかいっ、泣こよかひっ跳べっ※! ってとこだな」


 ※泣こうか跳ぼうか泣くより跳んでしまえ。困難に出会った時は、あれこれ考えず、とにかく行動しようという意味。


 姉貴と俺の決断に、里菜の顔にが差した様に明るくなる。

 俺と姉貴も笑顔で返した。


「と、ところでこの車……ちょっと変わってますね」

「ねーっ、屋根がないのに()()はある。ちょっとどころかだいぶ変よね」


 里菜のフリを拾った姉貴がニヤニヤする。背骨とは如何なものかと思うのだが、この車、屋根を外しても、前後の座席の間に、太い骨が確かに存在する。

 屋根のある普通の車で表現するなら、前の窓枠と後ろの窓枠に当たる部分。これがとても太くて、前の座席に搭乗する者の頭の上を覆っているのだ。

 そして幌を外した状態だと、この骨がやたらと目につく。


「それに…なんだか日本車じゃないみたいな顔つきですね。私の地元でも走っていそう」


 変わってるねぇ…それは褒めているのかな? まあ日本車じゃないみたいってのは言い得て妙だな。


「後ろ姿は台形……。なんだか角がついたおにぎりみたい。ちょっと可愛いかも」


 そう言って里菜はクスッと笑う。お、おにぎりかあ……。ま、まあ良いか。


「まっ、とにかく乗ってくれよ。早く身体を暖めないとな」

「里菜ちゃん、私は後ろに乗るからどうぞ助手席となりへ」


 姉貴はそう言うと、後ろのタイヤに足を掛けて、ヨイショと、ドアも開けず乗り込んだ。ちなみにこの車、4ドアではない。


「え、良いんですか?」

「良いも何も、その方が友紀が喜ぶんだよ」


 里菜の戸惑いと、俺の顔を交互に見ながら口に手をあて、ウシシッと笑う姉貴。


 何だよ、そのらしくねえ気遣いは。


「と、とにかく乗ってくれ…って、脚までタオル巻いてちゃ乗れねえか」


 俺は左側のドアを開けて、再び里菜を抱えてから、そっと助手席に座らせた。


 俺自身も運転席に座り、キーを挿してクイっと捻る。悪友の整備士が言う独特なセル音の後、間髪入れずにエンジンがかかる。調子の良さそうな音だ。


 んっ? 此奴()も心なしか喜んでる?

 ……そんな訳ねえよな。


「行くか。ちょいと寒いかも知れないが、ヒーター付けるし、ばあちゃんとこには、5分で着くから我慢してくれ」


 左右確認、いつもより慎重にクラッチを繋ぎ、海沿いの道路に出る。


 左車線の眼下に広がる海。里菜はさらに海側なので、特にしっかり見える事だろう。


「うわぁー、この海岸ってこんなに小さかったんですね。神社のある岩と次に見える岩まで200m位かしら? 挟まれた砂浜が、なんだか三日月みたいで可愛いです」

「おうおう、これはまた随分と風流な事をおっしゃる。如何ですか、友紀氏?」


 姉貴は不意打ちで俺に意見を求める。此奴さっきからニヤニヤが止まらないのが、ルームミラーに映っているのだ。


「そ、そりゃあ東京に比べたら、この辺の海は何処でも綺麗さ。だけどイタリアの島って言ったら、多分シチリア辺りだろ? そ…そっちの方が、よっぽど綺麗なんじゃねえの?」


 俺は馬鹿正直な意見を返した。


「そ、そんな事……」

「ごめんねぇ里菜ちゃん。此奴、ほんっとうに可愛くなくてさあ」


 少ししょげてしまう里菜に、姉貴がフォロー…と、言うか取り合えず俺の事を落しておく。

 ちょっと言い過ぎたかも知れない……。イタリアという言葉ワードに、伝統あるサッカーの舞台、セリエAを重ねた嫌味だった。

 だがこんな嫉妬心を彼女にぶつけるのは、どう考えても間違ってる。

 ここは話題を変える事にする。


「と、ところで風が吹き荒れてすまない。さ、寒くはないか?」

「あ、はい。それは全然大丈夫ですっ! むしろ海風が心地良くて、ずっとこうしていたい気分……」


 俺は少しだけ隣に目を移す。里菜の言葉に誇張は無いらしい。

 乱れる髪を最早気にせず、自分が落ちた忌まわしき筈の海を見ながら、目元も口も緩んでいた。


 それならばと、俺は本来のルートを外し、ひたすらに海沿いを行ける道に切り替える。


 この海岸線は、ただ真っ直ぐ伸びている訳じゃない。小さな岩山に行く手を遮られ、緩やかな曲線と傾斜の後に、再び海が広がるのを繰り返す。


 この地形、運転する俺にとっては、程よいアクセルワークとシフトチェンジに、ハンドリングを要求されるので、気分が良い。


 しかし里菜にとってはどうなのだろうと、心配したが杞憂だった様だ。


「あ、この家面白いっ! 道路の下に建ってますね、2階にあるのが玄関なのかしら?」

「ああ、ここら辺にはこういう家もあるんだ。車道より海に近い傾斜した土地に建ててんだ」

「里菜ちゃん、家の親戚にはね、もっと傾斜がきつくて、1kmはありそうな所に沢山の家が建っててさ。子供の頃は、夏休みに遊びに行って、海水浴にBBQ、花火もやって楽しんだのよ」

「えーっ、楽しそうですねっ!」


 里菜がはしゃいでいる。もう気分は、すっかり落ち着いたらしい。

 俺にして見りゃ大した思い出でもないのだが、喜ぶ彼女を見ていると、楽しかった思い出補正がかかっていく様な気さえする。


 民家が増えて来た。目指す古江は、すぐそこだ。ここら辺は、古江漁港を中心に栄えた小さな港町。

 もっとも最近じゃ港よりも、その中にあるカンパチの海鮮丼が美味い『みなと食堂』の方が有名だ。


 その古江にある公園の近くに、俺等のばあちゃん『園田晴香そのだはるか』の家がある。

 ちょうど俺が生まれた頃辺りに、一度改築してをいるものの、流石に古さは隠せない。じいちゃんが亡くなってから、一人で住んでいる。平屋の小さな家だ。


 寄せればギリ2台は駐車出来るスペースに、車を滑り込ませる。さっさと降りて、里菜も車から降ろしてやった。


「ばあちゃん、いるんだろ? 入っぞっ」


 俺は引き戸の玄関を勝手に開く。大抵鍵はかかっていない。今日も同様だった。

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