彼氏ガチャ
「おめでとうございます!SSRをお届けに参りました!」
玄関のドアを半分開け怪訝な顔をしているであろう私に、目の前の笑顔で大きな段ボール箱を抱えている女性がそう告げた。
部屋間違えてませんか?そう言いたかったが、SSRという言葉が耳に入ったため、まさか、と思う。
昨日の夜、確かに出したのだ。SSRを。…ただし、スマホのガチャで。
暇を持て余した大学四年生の私は、今日もベッドの上で無意味な一日を過ごす。怠惰な人間だなとつくづく思うが、人間そう簡単には変わらない。彼氏がいようものならこの生活はもう少し楽しいものに変わっていただろうか。
そうは言っても、そもそも友達すら満足にいないというのに。マットレスに頬をつけ、スマホを弄る。最近は一日中TikTokを見るのがルーティンと化している。褒められたものでは無い。こんなこと、親が知ったら怒りを通り越して呆れられるだろうなと苦笑する。
可愛らしい女の子の動画から動物の赤ちゃんの動画、陽キャたちの充実した日常動画まで、様々な動画がスワイプする度に出てくる。興味のない動画の時はすぐに次の動画へ、可愛い子を見つけたらそのアカウントをフォローするなどをしていた。
様々な動画が一生出てくるせいか、飽きることはなく、朝起きてから見ていたはずなのに、既に正午を回っていた。
「お腹すいたな…」
そろそろ昼ご飯でも食べようかと思い、一旦次の動画で最後にしようとスワイプした。
「彼氏ガチャ?」
次の動画は広告だった。彼氏ガチャを謳うその広告は、私を煽るようなものだった。
『彼氏がいないあなたにだけこの広告は流れています!あ!待って!スワイプしちゃったらもうこの動画は一生見れないよ!騙されたと思って30秒ください!』
機械的な音声がそう動画で流れる。最初の一文で私がイラッとしてスワイプ仕掛けたことも、その広告にはお見通しだったようだ。仕方ないから最後まで見てやろう。少々上から目線になりつつ、その動画を見ていると、なんてことは無い。ただの釣り広告動画だ。彼氏ガチャというアプリに誘導する広告動画。
知ってるよ、私。一昔前に空想の彼氏とチャットが出来るアプリあったよね。今もあるのかしら?
一人脳内会話をしながら、その広告のコメント欄を見ようとタップすると、大量のサクラと思われるコメントがあった。
『このアプリのおかげで彼氏ができました!』
『最近アプリの彼氏と結婚しました!』
『やっっっとSR彼氏出た!』
『このアプリのおかげでリア充になれた〜〜!』
等々。それはまあポジティブなコメントがたくさん。怪しさが増していく。どこかにネガティブなコメントはないかと下にスクロールしていくと、これ以上スクロールできない一番下に、コメントが一つ。
『紹介コードで最初無料で10連出来るよ【G37v3jK】』
見つけてしまった。こんな下までスクロールする人はなかなかいないだろう。
得した気分になった私は、わざとらしくふふんと鼻を鳴らす。無料10連という言葉に釣られてついついアプリをインストールしてしまった。
アプリを開いてみるとなんてことは無い、ごく普通のイケメンがたくさん出てくるゲームアプリみたいなものだった。ただ、他のアプリと異なる点は、ガチャの画面しかないということ。簡素なガチャ画面には、SRの文字と共に2次元イケメンのイラストが描かれていた。リアル彼氏なわけないよね、そりゃあそうだよね。ほんの少しだけ期待していたからか、落胆も少しした。
ガチャ画面で触れる場所は無いかと色々な場所をタップしていると、SRやR、Nの排出率が書かれているウィンドウが出る。SRの排出率は0.01%とあり、妥当だなと思う。まあ、こういうゲームしないから分からないんだけど。知らんけど。
他にも触れる場所はないかと画面を眺めていると、設定と思われる歯車アイコンを見つけた。思った通り、招待コードを入力できそうな場所を見つけた。さっきのコメントをコピーしといたため、それをペーストする。
【初回限定無料10連チケット】を手に入れ、意気揚々と10連と書かれた場所をタップした。と、その瞬間に現れる10個のアイコン。いや、演出ないんかい。もうちょっとこう…いい感じの演出欲しいじゃんと思いながらその10このアイコンを、…2度見した。
「SSRぅ!?」
SSR!?いやだってさっき、さっきの画面、SRまでしか無かったじゃん。バグ?え?
NとRがズラっと並ぶ中、一体のSSR。SSRの隣に【笹原亮太】と書かれているのを見つけ、既に開かれていた目はさらに大きくなる。テレビをあまり見ない私だって知っている。今一番売れていると言っても過言では無い、俳優笹原亮太だ。彼の顔が朧気に頭の中に浮かぶと、このイラストも心做しか彼に見えてくる。
芸能人が彼氏になったらどれだけ世界が変わることか。アプリの中だけでもイケメン俳優と付き合えますよってか。多少口が悪くなりながら、彼のアイコンをタップする。すると、全身の立ち絵とともに、彼のプロフィールが事細かに表示された。これも本物と同じにしてあるんだろうかと、笹原亮太の名前で検索をかける。
全く同じだ。
「これ本人にに絶対許可取ってないでしょ。」
本人というか事務所か。
今をときめく俳優様が出てたらもっと話題になるはずだ。
「てか187cmって背たっか!」
自分の隣に立つ彼を想像して、意気揚々とする。ガチャをするまで彼のことなど一切気にしたことがなかったというのに。やはりイケメンは正義ということか。
笹原亮太を選択すれば彼モドキとチャットができるのかしらと、プロフィール画面の右下にある【彼に決定】をタップした。
「…は?」
思わず口も悪くなる。なぜならアプリが落ちたから。いやちょっと待ってよ。せっかくSSRが出たというのに、これでガチャ結果無しになってたら絶望しちゃうよ。
決してアプリにハマった訳ではなく、SSRというものが出たのにその事実が無くなることが嫌なのだ。そう、決して笹原亮太がかっこよくて擬似でも彼とチャットしたいとかそういうのでは。
しかし、アプリを何度タップしてもアプリが起動することは無い。このなんとも言えない気持ち。消化不良のような気持ちをどうにかしようと、1度スマホの電源を落とす。それと共に思い出した。
「やべ、もう2時じゃん。お昼お昼。」
そういう訳で、目の前のお姉さんに「部屋違います」などと言える訳がなかった。
ほぼ100%有り得ないと思われる可能性を私はまだ追っていた。
この箱に笹原亮太が入っている可能性を。
だって、箱の大きさ的に人間は入れそうだし、ワンチャンある。
そしてそれとともにドッキリの可能性も追う。ドアから少し顔を覗かせ左右を見てカメラを確認する。が、カメラは無さそうだ。あとはダンボールの中に別人がいる可能性、カメラを持っている可能性、目前のお姉さんが小型カメラを身に付けている可能性。たくさんの可能性を追い始め、キリがないことに気がつく。
私がお姉さんの前で時が停止したかのように考えあぐねているところに、お姉さんが声を発した。
「おめでとうございます!SSRをお届けに参りました!」
BOTかな?張り付いた笑顔に徐々に恐怖を覚え始める。ドッキリだったとしたらこの間はカットだろうなと思いながら、「…ありがとうございます。」とお姉さんの持っているボールペンと小さな紙を受け取り署名した。
「それではこちらリビングまで運ばせて頂きますね!」
機械的に、しかし笑顔で、お姉さんは大きな段ボール箱を軽々と私のリビング兼ベッドルームへと運んだ。
「それではまたのご利用お待ちしております!」
最後まで笑顔のお姉さんはそう言って部屋を出ていった。
「…いや待って。なんで私の住所知ってるわけ!?」
どういうこと!?アプリから情報抜き取られた!?お姉さんを追いかけようにも、ドアを開けても既にお姉さんの姿はなかった。
落ち着こう。手のひらを胸に当て、深呼吸を繰り返す。これはドッキリだ。ドッキリだから、テレビ側は私の住所を把握している。大方お母さんが番組に応募でもしたのだろう。こういうのが好きだし。
深呼吸をしたおかげか、徐々に考えがまとまってくる。ドッキリだったらリアクション大きい方が使われる確率高くなるかなと、リアクションの準備もする。
多分人が入っているのだから、傷をつけないように慎重に開けよう。
ガムテープの部分を慎重に剥がしていく。これから驚かされるのであろうと身構えていても、いつ来るか分からないため鼓動は早くなる。
いざ、目をぎゅっととじてダンボールを開ける。
が、沈黙。思っていた展開ではなく、おそるおそる目を開ける。
「…いや寝てるんかーい」
ダンボールの中には大きな透明のカプセルがあり、その中で男性が丸まって寝ていた。
顔は見えないが、足の長さ、身長の高さ的に笹原亮太本人で間違いないのではないかと思う。身体は思わず脱力し、しかし頭の中では冷静に分析が始まっていた。
そもそもの話、細身とはいえ高身長の男性一人が入っている箱を軽々と運んだお姉さんは一体何者なのだろうか。などという疑問はこの際どうでも良い。
とりあえずカプセルを開けよう。まだ寝たフリの可能性もある。カプセルは透明なテープで止められているだけで、テープを外すとすぐに開いた。開いてもなお、すやすやと眠る彼は、ドッキリには向いていないなと思わず笑みがこぼれた。
それにしても端正な顔をしているなと、彼の顔をまじまじと見つめる。それとともに、まさか死んでるわけはないよねという懸念が頭を過り、彼の口元にそっと手のひらを近づければ、規則正しい呼吸をしていたことにほっと息をつく。
良かったと手を戻そうとした。そう、した。
「ギャッ!?」
一切可愛くないこの声は私の発したものである。突然手首を掴まれ、彼の口元へと押し付けられたのだ。そんな声も出る。
ゆっくりと視線を、その手の主へと向ける。
顔面国宝と目が合った。
その後しばらくの記憶はない。
ドッキリとしては満点以上、いや、地上波テレビで使うことのできない失神をしてしまったのだから、0点、いやマイナスかもしれない。
そもそもまだドッキリの可能性を追っている私は諦めが悪い。
「あのぅ…」
「だからなんでそんなに他人行儀なのって!俺ら恋人同士じゃぁん!」
ぷんぷんと両手を握って可愛らしく怒る笹原亮太は、とてもテレビで見るようなキリッとしてズバズバ正論を吐くキャラではない。
いや誰?
とはいえ、見た目は完全に笹原亮太である。気を失った後、目覚めてからというもの、笹原亮太のプロフィールをネットで検索し、質問をすると全て正しい答えが返ってくる。ネットが正しいかはおいておいて。
これくらいなら丸暗記すればなんとか!と疑り深い私は、私も答えを知らないプライベートな質問をしてみた。親友と謳っている俳優仲間の神崎東吾とはどこで知り合ったのか、彼とプライベートで普段何をするのか、彼の熱愛報道は本物か、等々様々な質問をした。
本来は、教えるべきではない事なはずだが、私は“彼女”ということで教えてくれた。作り話だと思えないくらいに、彼の話にはリアリティがあった。
そろそろ、認めざるを得なかった。
つまるところ、私は、今をトキメク若手俳優の彼女になったというわけだ。
「奥様とはどこで出会われたんですか?」
そう尋ねるインタビュアーに、隣に座る夫は答えた。
「ガチャガチャですかね。」
この発言に、夫が炎上したのはまた別の話ということで。
そう人生上手くいったら苦労はしませんね。