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【第八話】無風

「話って何ですか?」

 僕は今、藤堂まひるの前にいる。

「こんなところじゃなんだしスタボ行こうか。奢るよ」

 

「で?話って何ですか?陽葵のことですか?」

「そう。彼女に構うのは止めてくれないかな」

 下手にこねくり回すよりもストレートに言葉を投げた方が正直な答えを得る事が出来ると思った。

「私、何もしてないですよ?本当に」

「無視をしたり、下履きを隠したりしてない?」

「本当に何もしてませんよ?下履きの件は私が知らないだけで誰かがやったのかも知れませんけど」

 藤堂まひるが嘘をついている感じはしない。

「もしかして一ノ瀬さん、私が陽葵をいじめてると思ってますか?」

 答えに迷ったが後には引けない。

「そう思ってる」

「だからこうして直接止めさせようとしてるんですか?」

「そういうことなんだけど、本当に何もしてないの?」

「はい」

 なんなんだ。この子が主犯格じゃないのか?

「あの、正直なところ、陽葵、自分で自分を独りって思ってる節があるんですよね。別に私たちはそう思ってもいないのに。一ノ瀬さん、陽葵の彼氏さんなんですよね?陽葵に私が何をしているのが確認して貰っても良いですか?なんか誤解してるかも知れないので」

 誤解も何もあんなメッセージを送ってくるんだ。何もない訳はない。しかし、これ以上、彼女を詰問しても仕方がない。「時間を取らせて悪かった」と言って僕は席を立った。

 

「桜さん、今日藤堂さんと話をしてきた」

「藤堂さん、なんて言ってましたか?」

 ツブヤッキだと会話が綺麗に成り立つ。

「何もしてないって。誤解してるかもしてないから確認して欲しいって言われた」

 素直に言われたことを伝える。

「何もしてないなんてありません!私の事をみんなで無視して……。居場所がないんです、私……」

 うーん。何か違和感がある。主犯格と言っていた藤堂さんは何もしていないと言っている。桜さんは無視されてると言ってる。これってもしかして……。

「桜さんはクラスの誰かに声を掛けたりしたことある?」

「こんな状況じゃ出来ません」

「話しかけたことがないんだね?」

「はい」

 僕の想像が正しければ、藤堂さんの言う通り、何もしていない。というよりも「何も起こってない」可能性がある。言うなれば被害妄想。

「桜さん。ちょっと勇気が必要かも知れないけど、クラスの誰かに声を掛けて貰っても良いかな」

「出来ません!そんなこと」

 うーん。この殻を破って貰わないと話が進まないと思うんだよね。

「何でも良いからさ。うーん、そうだな。例えば、なんか読み物してる人に何を読んでるのか聞いてみるとか」

 返信がない。その日はそこで会話がストップしてしまった。

 

「話。出来た?」

 返信がない。その次の日も、次の日も。僕って彼氏じゃなかったっけ?と思うほど返信というかやりとりがない。ツブヤッキの通常タイムラインに浮上することもない。ちょっと心配だ。かと言っても電話番号とか知らないし、家も知らない。彼氏になったと言っても、あくまで『ヘラルド』さん以上の情報がないのだ。

 

 いつもの夕食後の日課、ゲームタイム。香織さんから今日は話しかけられた。

「最近ヘ陽葵ちゃん、ツブヤッキにも来ないけど、なにかあった?」

「うーん、それが……」

「なるほどねぇ。被害妄想か。それで誰かに話しかけてみてって言ってみたのね?ねぇ、それ、ちょっと小説のネタにして書いてみてよ。色々な事があって蓋を開けてみたら被害妄想だったみたいな」

「ちょっと露骨すぎないか?」

「直接言うよりマイルドだと思うけど?小説なら読んでくれるんでしょ?」

「多分」

 僕は短編でそんな内容の小説を書いてアップした。プレビューがついたので誰かが読んでくれているのは間違いない。この中に桜さんがいてくれれば良いけども。そして気が付いてくれれば……。

 

 ポコン

「お」

 『ヘラルド』さん、桜さんからの通常返信だ。ダイレクトメールじゃない。

「嘘つき」

 なんだ?嘘つき?何に対してのだ?事情の知らない『サモンド』、後藤が無邪気に絡んでくる。しかし、それ以上の反応はなかった。

 

「あの……」

「あれ?藤堂さん、だっけ」

 駅を降りたところで話しかけられた。ちょっと話がしたいとのことだ。

「陽葵の事なんですけど……。彼女と何か話しました?」

「え?ああ、クラスの誰でも良いから話しかけてって頼んだかな」

「それであの子……」

「何かあったんですか?」

「いえ、なんかいきなり話の輪に入ってくるようになって。今までの陽葵と別人なのかと思うくらいに。そればかりか彼氏持ちじゃない子のことを悪く言ったりして……」

 僕の知っている桜さんじゃないな。確かに。

「ハキハキ話すの?」

「はい。信じられないくらいに」

 なんだ?何が起きている?仮であれ彼氏が出来たからか?にしては豹変しすぎている。

「桜さんと連絡って取れる?」

「それが……陽葵、最近学校に来てなくて……」

「え?」

 ますます意味が分からないぞ?この前の「嘘つき」というのと何か関係があるのか?分からない。

「とりあえずなんだけど、桜さんの家って知ってるかな?」

 僕は藤堂さんに簡単に事情を話して住所を教えて貰った。早速、向かって呼び鈴を押すが誰も出ない。そもそも人の気配がない。ツブヤッキのダイレクトメールを送っても返信がない。

「どうしちゃったんだ桜さん」

 ポコン

「どうして藤堂なんかと一緒にいたんですか?一ノ瀬さんも藤堂の仲間なんですか」

「仲間とかそういうのじゃなくて、学校での桜さんの様子を聞いてただけだよ。最近連絡つかなかったから」

「被害妄想、なんですよね?私の。だったらなにをやっても良いんですよね?」

「桜さん?それはどういう……」

 

「え?」

 脇腹辺りに衝撃があったかと思ったら生暖かい感触が腰に伝わる。直後、痛みが全身を駆け巡る。

「嘘つき」

 そう聞こえたと同時にもう一度衝撃があって僕はその場に倒れ込んでしまった。なにが起きたんだ?かすむ目の先には何かを持った人が立っているのを見たのあとの記憶はない。

 

 

【第九章】自問自答

 

「ここは……」

 見覚えのある景色だ。視点はちょっと違うけど。

「病院?」

 僕は何故か病院のベッドに寝転がっていた。

「いっつつ……」

 脇腹に痛みが走る。なんだ?状況が飲み込めない。とりあえず僕はナースコールのボタンを押した。駆けつけた看護師の人から事の経緯を聞く。

「刺された?」

「はい。幸いにして失血は多かったものの致命傷は避けられましたので、こうして……」

「失礼。一ノ瀬一樹さん、ですね?私こういうものです」

 見せられたのは警察手帳。

「詳しい話は私から。一ノ瀬さん。あなた刺されたんですよ」

「誰にですか?」

「それをお聞きしに参りました。見ていないのですか?犯人の顔とか」

「はい。連続して脇腹に衝撃が走ったあとすぐに倒れてしまいまして。誰か何かを持って立っているのは見えたんですが……」

「そうですか。誰か心当たりのある人は居ますか?」

 あのときのことを思い出す。「嘘つき」あの声は……。桜さん⁉

「あ、あの。確証は全くないのですが、知り合いの女子高生の声が聞こえた気がします」

「何という方ですか?」

「桜陽葵さん、という子です」

「そうですか……」

 もう一人いた刑事らしき人に目線を送るとその人は病室を出て行った。そのあと、刺されるような事情に思い当たることは無いか?とか色々聞かれたけども質問自体が信じられないものばかりだった。要するに僕が桜さんに刺されたということらしい。そしてその桜さんを警察が捜していると。

 

「ちょっと。本当に大丈夫なの?」

「大丈夫に見えるか?」

「見えないわね。でも本当に死ななくて良かったわね」

「軽く言うなぁ。もっと心配してくれても良いじゃないか」

 病室には香織さんと後藤が来ていた。香織さんはいつもの調子で話しかけてくるが後藤はオロオロしていてなんだか可笑しかった。

「で?なんか聞くところによると陽葵ちゃんに刺されたんだって?あなた何したのよ」

「それが何もしてないんだよ」

「もしかしたら私が書いてって言った小説が原因かも知れない。もしそうならごめんなさい」

「いや。まだそうと決まったわけじゃないから……」

「でも、でも……私……」

「あ、や。」

 さっきまであんなことを言ってた香織さんが泣き始めてしまった。後藤はまだオロオロしている。

 そこに刑事の人がやってきて桜さんを見失っていると教えてくれた。そしてすぐに僕を刺した凶器だけが見つかったことだった。それで何か心当たりはあるのか再び聞きに来た、ということだった。

「この辺のやりとりで何かわかりますか……」

 僕は今までの桜さんとの出会いややりとり、ツブヤッキのダイレクトメールの内容を刑事さんに話した。

「逆恨み、ですかな。被害妄想をしていたとして、そのイジメの主犯格と決めつけた相手と一緒に話していた。その腹いせに……とそんな感じですかな」

 あの桜さんが。そんな……。


 その後、彼女は失踪し行方がわからないとのことだった。

 

 一体どうすれば良かったのだろうか。自問自答を繰り返すけど答えは見つからない。

次回、「年下のカノジョ編」始まります

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