エメラルドグリーンの瞳のアイツ
私は、あなたが好きだったのかも知れない――
私が最初にアイツに出会ったのは、まだ寒い冬だった。
外に出ると寒くて、コートを着ていてもその寒さは身にしみた。
学校帰り、私は初めてあなたに出会った。
あなたはあったかそうな毛皮をまとって、のうのうと歩いていたね。
私が軽く会釈をすると、あなたは、ぷいっ・・・とそっぽを向いて歩いていってしまった。
感じが悪い。でも、それ以上にあなたのエメラルドグリーンの瞳に私は惹かれた。
それでも、何回か顔を会わせるうちに、少ないけれど、挨拶程度の会話を交わすようになったよね。
私はそれがたまらなく嬉しかったよ。
「今日はどこに行くの?」
そう聞いた私にあなたは
「どこでもいいだろ?」
ってそっけなくこたえてどこかに行ってしまった。でも、そのそっけなくこたえる顔のはしに、ちょっぴり照れた顔を見つけて、愛おしく思えた。
いつしか、一緒にいる時間が長くなって、何か話すわけでもなく、一緒に塀に腰かけて、ぼーっとしていることも多くなったっけ。
会話は相変わらず少なかったけど、少しずつ、少しずつあなたのことを知るようになった。
あなたは私よりずっと大人で、今は一人暮らしをしていて、この辺りに友達が住んでいること。
いつしかあなたは慕えるお兄さんになっていた。
ある日・・・・・。
あなたに会いに行くと、あなたの周りには友達がいた。
友達は双子の女性と一人の男性だった。
双子の女の人は、私をだいぶ可愛がってくれた。
悩み事をたくさん聞いてくれた。
「ねぇ。そろそろ将来のコトとか考えてるんでしょ?」
悪戯っぽさの光る瞳が私をじっと見つめた。
「まだまだです。でも・・・出来るかどうか、なれるかどうかわからないですけど、なりたい夢は持っています。」
「ふーん。何?」
目は私から離れない。
「いつか、私が自信を持って言えるようになったら聞いてください。」
自信がなかったから私は逃げた。あきらめなければいけない夢かもしれないから。
「そんなたいそうな夢なんだ。」
あなたは私が持ってきたセンベイをかじりながら聞いてきたね。
「・・・・」
私が応えなかったのは、自信がなくって、あなたの声が届かなかったからだよ。
しーちゃんが車にひかれた。
ひき逃げだった。犯人は見つかっていない。
しーちゃんは、双子のお姉さんだ。
皆落ち込んでいた。
もちろん私も。
私はブロック塀に腰掛けていたあなたの隣に座って言ったよね。
ちゃんと・・・届いたかな?
「私ね。あんた達を助けるため、医者になるよ。年取ったり、事故に遭ったりしたら、私が診る。絶対。」
これがあなたに言った最初の宣言。
今でも覚えてくれてたら、嬉しい。
しーちゃんに言えなかった宣言だから。
あなただけでもちゃんと覚えてて。
でも、夢は遠くって。
私は珍しく落ち込んでて、外は涼しくて。
あなたと会ってもうすぐ1年になる。
「ダメかもしれない。」
私はつぶやいた。
あなたの隣で。
「あんた達のための医者。無理かも。」
言い方こそそっけなかったが、目からは涙が流れ出ている。
「どうしてさ。」
あなたはまっすぐな目で見つめてきた。
真剣な話の時は、いつでも逃げないでこっちを見てくれたね。
その、エメラルドグリーンの瞳に吸い込まれそうになる。
あなたは、私が応えるまでゆっくり待ってくれた。
「バカだもん。今日も先生に言われた。『お前じゃ無理。』って。」
鼻をすする。
「あきらめるのかよ。」
「ごめん。」
苛々しているのが伝わってくる。
「ごめんね。」
私はたまらなくなって逃げ出した。
走って走って。
家まで帰ろうとした。
あなたは追ってきた。
でも、現役高校生の方が早い。
いくら、日本人より優れた脚力を持っていても、私だって足の速いほう。
あなたの指が、爪が・・・私を捉えそうになる。
髪の毛に触る。
でも、私は振り切った。
そして・・・しばらくあなたと会わなかった。
顔をあわせずらかった。
あんなこと言ったから当然だよね。
春がやってきた。
家の周りには桜の木がある。
桜が綺麗に舞っている。
そんな中、私は高校最後の生活を送ることになった。
姿が見えた。
チラッと。
見違いかもしれない。
でも、私は追いかけずにはいられなかった。
「ねぇ!」
声をかけた。
やっぱりあなただ。
あなたはすこし照れた笑顔で迎えてくれた。
「俺の子だ。」
そこにいたのは可愛らしい赤ちゃん。
「え?!」
聞いてない。初耳。
結婚したんだ。
ショックかな?
好きだったから?
でも・・・
「おめでとう。」
ちゃんと伝えた。
「ありがとな。こっちのヤツなんか俺にそっくりだろ?」
双子だった。もしかして、相手は・・・
「で、こっちは、ゆき似。」
ゆきちゃんだ。双子の妹、しーちゃんの妹。
「ほんとだ。」
ふふっ・・・。
っとあたたかい笑顔になる。
「しーちゃんにも似てる。」
懐かしい日々が思い出される。
「当然だろ。双子なんだし。」
あなたの笑顔は、今までになく輝いていた。
私はその子にそっと触れた。
やわらかい。
かわいい。
「知ってる?双子って遺伝らしいよ。双子のきょうだいって双子を産みやすいらしいよ。」
ついこの前学校で習ったうんちくを披露してみる。
「へー。物知りだな。俺はもっと産まれてほしかったけど。」
あなたは子供を見る。
目つきが優しい。
石垣に二人で座りなおした。
こつん・・・
あなたが、ぴとっ・・・と私にくっつく。
「俺・・・・良い父親になれるかな?」
心配そうに空を見上げた。
「当たり前じゃん!あんたの子供でしょ。それに、ゆきちゃんだって。」
私がムキになって応えるとあなたは、私のひざに乗ってきた。
「ちょっと!重たいし!」
でも、私はあなたを無理にどけようとせず、そのままでいた。
この近さでいられるのが嬉しかった。
「浮気者!って怒られるよ?」
私が冗談半分に言うと、
「ばぁーか。お前みたいなガキには興味ないよ。」
っていわれた。
わかってたけど、ショック・・・かな?
「子供には強くなって貰わなきゃだな。自分でメシくらい用意できるようにして貰わないと・・・」
そしてあなたは笑った。
私も笑った。
ずっと、しばらく笑って、涙が出るほど笑って、落ち着いた頃に私は言った。
「・・・・。やっぱりね、私、諦めないから。ちゃんと・・・ちゃんと・・・夢を追ってやる!無理でも、負けるもんか!!!」
空に向かって拳を突き上げた。
「うん。頑張れ!待ってるから。御得意さんになってやるよ。」
あなたは私を見つめた。
「ダメじゃん。私、医者だよ?いつも来られたら・・・さすがに困る。」
でも、嬉しくって、私はあなたに抱きついた。
「期待してて。すぐになってやるから。」
しっかりと前を見据える。
私の漆黒の瞳と、あなたのエメラルドグリーンの瞳には、同じものが映る。
私は立ち上がって、背伸びをした。
「さてと、勉強でもしますか!なんせ、獣医師だもん。道のりは長いよ!」
私があなたに向かって最高の笑顔で言った。
「にゃーぁ」
あなたも応えてくれた。
「うん!」
私は走り出す。
いつか、あなたの声が届く日まで。
この話はフィクションだったり、ノーフィクションだったり。・・・。
エメラルドグリーンのアイツにはお世話になりました。
ゆきちゃんとお幸せに。