0話_ここまでと、これから
3000文字ぐらいがちょうどいいのかね。
宿舎の窓から陽光が差し、目の前の人物が逆光で暗む。
表情の読めない、ただどこか不機嫌な様子でイスに深く腰掛けるその男は、サラサラの金髪を湛えた好青年。ただ昔っからのしわの深い強面でほぼすべてを台無しにしている。
名をレイキス=アグニフォンド。Sランク冒険者パーティ「王の輝剣」のリーダーにして、今代の勇者の一人に選ばれた人類の希望だ。
「どうしたんだレイキス。リモンでも食ったような顔して。しわが増えるぞ」
「……」
パーティーの場で聞けば爆笑必至なはずの、俺の軽口にも反応しない。まぁそれは今に始まったことじゃないか……。
何か、いつもとはひと味違うジョークでオーディエンスをドッと沸かせたい。どうにかしてこの重々しい空気を払拭しなければ。そう思っていると、今度はレイキスが口を開いた。
「お前は、今自分がおかれている状況を理解していないようだな、雑用魔術師のロギウス=トーレ」
「ん?」
今置かれている状況ったって……。ただレイキスの宿舎に呼び出されて、入室するなり「座れ」と言われただけだが?
わざわざそんな蔑称を頭につける理由?……まさか‼
「とうとう俺も雑用卒業という体で昇給か⁉」
「ちげーよ」
えっ、違うの?
じゃあなんだ、勇者の部屋に一人呼び出して……。そしてさっきからの射殺すようなじりじりとした熱い視線。
まさか……!?
「いや、その、気持ちは嬉しいんだが、その、だな、俺は普通の女の子が好きというか」
「わかんねぇのかよ!このザコ魔術師!」
「あれ?」
レイキスは唐突に怒気を孕んだ声を投げつける。そのまま椅子から立ち上がり、机を飛び越えて俺の胸ぐらを鷲掴みにする。さすが勇者、速すぎて反応できなかったぜ。てかゆすらないで頭痛い!
「いいか、役立たずのロギウスッ!お前はもうウチに必要ない!」
「んん⁉えっ⁉」
ちょっと待って、さっきので頭が揺れて正常な思考が出来ない。
なんて言った、役立たず?必要ない?
「ちょ、どっ、どう言うことだ」
「言ってもわからないか。やはりお前は、自分の実力を正確に理解できていないようだな」
ソファの上に俺を投げ捨て、レイキスは机に腰掛ける。行儀が悪いことこの上ない。
そのまま俺を踏み潰すような勢いで足をソファに叩きつけ、吐き捨てるように言葉を並べる。
「前々から思ってたんだよ。お前はこの、Sランク冒険者パーティ「王の輝剣」には相応しくないってな」
「相応しくないって、それじゃまるで、俺が「王の輝剣」の足を引っ張ってるみたいじゃないか」
必死に反論するが、帰ってきたのは鼻で笑うレイキスの顔と、肯定の言葉だった。
「よく分かってるじゃないか。役立たずの雑用魔術師」
もはや怒りを通り越して呆れた、そんな様子だ。一反論すると十とか二十で殴り返してくる。こんなに昂ってるレイキスは初めて見た。
俺なんかした?シワが増えるってやつ気にしてた?
「この俺が役立たずだって?それマジで言ってんの」
「最初から全部本気さ。未知の魔法職だとか、概念に干渉する魔法とか言って、なんにも大したことねぇじゃねぇか」
そう、俺はただの魔術師なんかではない。俺が天より授かった職業の正式名称は“時空渡航者”という。
伝記や伝承にも残っておらず、過去に出現した記録もない、正体不明、計測不能の未知の魔法職であり、勇者と双璧を成して人類の希望となる、そう呼ばれていたはずなのだ。
「ちょっと待ってくれよ。俺はちゃーんとメンバーの補助をしていたはずだよな。俺がいなくなったら、このパーティのバフ、デバフはどうなるんだよ」
「はっ!」
俺の必死の問いかけにも、レイキスは動じず鼻で笑いとばす。
「……終わりか?お前、その程度で役に立てていたとでも思っていたのか」
「え……」
「あのな、魔物の拘束も、俺たちへの速度バフも、ぜーんぶ他のジョブで事足りるんだよ」
「いや、それは……」
思わぬ図星に俺も押し黙る。確かに、速度デバフはエンチャンターやソーサラー、最悪、シーフが麻痺ナイフを持ってさえいれば容易く完結する。
俺のお得意の速度バフも、専業エンチャンターからすれば初歩の魔法のひとつでしかない。
そもそも、魔物に対する対策や立ち回りが上等なパーティにとっては、極論不必要とまでされるのが昨今のバッファーの現状だ。
「……まぁ、それは。……でも」
「黙れ。もうお前程度の実力じゃ、このレベルにはついていけないんだよ」
さっきまで顔面いっぱいに溢れていた怒り、呆れはすでに無くなり、今の彼の表情には哀れみの嘲笑が貼り付いていた。
「お、俺は」
なにか、なにか返せる言葉はないかと頭を巡らせ、どうにかして口を開く。
「俺は、俺は、世界唯一のプレインズウォーカー、なんだぞ……」
その言葉は無意識のうちに口から這い出て、意味を理解するまもなく音になる。自分が何を言ったか、それに気づき、しまったと思った時にはもう遅い。
自分はどんな顔をしていたのだろうか。
レイキスは背筋が凍りそうな悲しい目で俺を見つめていた。
「……堕ちたな、ロギウス」
「ち、いや、ちが」
口が思うように動かない。これじゃあ魔法も唱えられない。
「天職の名前に頼るのか。千年に一度の逸材が、名前ばっかの粗大ゴミか。滑稽な話だな」
「やめてくれ……」
「……出ていけ」
体が動かない。
でも、今はそれでよかった。
今すぐにでも椅子から立ち上がり、レイキスに詰め寄ってしまうかもしれない。だが、そんなことをする訳にはいかない。
愛用していた杖が地面に転がる。こんなにも体が強ばっているのに、ピクリとも動けやしない。
「出ていけっつってんだろーが」
レイキスは無感情に俺に迫ると、ローブの襟首をつかみ、俺を立たせる。
ガチガチになった肩を小突かれ、ドアの方向に振り向かされた。
「じゃあな、役立たずのプレインズウォーカーさん」
「……あぁ」
背中に強い衝撃が走る。蹴り飛ばされたのだろう。
よろよろと震える足を前後させ、歩く感触もなく、扉の前にたどり着いた。
このドアノブを握ったら、もう戻れない。だけど、もしかしたら、もう一秒、もう一瞬だけ待っていればレイキスは考え直してくれたりするんじゃないか?
ほんの数分前の俺ならそんな楽観的な考え方もできただろう。
「今まで、ありがとう」
下唇を噛みちぎる思いで別れの言葉を漏らす。が、耐えきれず、最後の文字を言い切る前に扉を閉めた。
返事は聞きたくなかった。
部屋の中に愛用の杖を置いてきたが、取りに戻る気もない。
「………。…。」
扉の向こうからレイキスと誰かの話し声が聞こえる。
念話だろうか。
もしそうだとしたら、パーティメンバーとだろう。
俺の追放はパーティメンバーの総意で決まっていたのかもしれない。
そう思うと途端にいたたまれなくなり、足が勝手に動きだした。目頭が熱くなる。勇者パーティに加入してから、素面で涙なんて流したことなかったのに。
雑用だの役立たずだの散々な扱いだったけど、なんだかんだみんなは俺を買ってくれていると、そう思っていた。けど、違った。
「俺は、逸材なんかじゃない」
その事実を知るには、重すぎる代償だった。
ありがちな追放ものってやつです。はい。




