井戸端会議
今日また王様が結婚する。あのお城にいる皆は今ごろ、着飾り、美味しい食事に舌鼓を打っているのだろう。あたしらはひもじい思いで、苦しんでいる毎日なのに。
「呆れ返るもんだよね。ちょっと前に、奥さんである王妃様を亡くしたばかりだってのに、もう新しい女と結婚なんだから。しかも新しい王妃は、すでに王様の子を二人も産んでいるってさ」
「へえ、男ににだらしない女が王妃様になるのかい。それならあたしにも、チャンスはあったかもねえ」
水を汲むためにいつもの場所へ向かい、そのまま井戸端会議に入る。
今回の王様の結婚を良く思っていない者は、多い。結婚すると発表されて以来、日に日にあたしらは不満を募らせている。
「結婚式のために食材を買い漁られ、おかげでまた値上がりだ」
「あたしらの懐と体重は、減る一方。反対に税金は吊り上がる一方。嫌になるよ」
井戸端会議に参加している女たちが、揃ってため息をつく。
皆、苦労している。どうやって工面してもまともな食事が用意できず、子ども達にひもじい思いをさせる毎日。台所を預かる者として、なにより母親として、申し訳ないし辛い。
さらに空腹や王様たちに対して常に怒りを抱いているせいか、感情が上手く制御できず、子どもたちに当たるように声を荒げることがある。そして自己嫌悪におちいる。その繰り返しで苦しんでいる女が、ここには集まっている。
「毎日、運よく野鳥を捕まえられないしね」
「いつかネズミを食べる日が来るかもしれない」
「その前にネズミの方が、餌がないって都から逃げるだろうよ」
冗談のように話すが、ちっとも笑えない。だったら今の内にネズミを捕まえていようか。本気で考えたのは、きっとあたしだけじゃない。
「近くに海もない、大きな山もない。王都なんて名ばかりの、こんな端っこの貧乏地域じゃねえ。自力で手に入れられる食材は、限られているし」
「そういえば最近、近くの川で魚を見かけることが減ったね……」
あたしらが魚を捕まえ、食べたからだ。無料で手に入れられ、これは良いと獲りすぎてしまったんだ。だけど誰もそれを言わない。あたしも黙っておく。
このまま帰っても、余計沈んだ気分のまま。嫌でも別の話題に逸らそうとする。
「亡くなられた王妃様は、良かったよね。自分の葬式に大金を使うより、質素にすることで国のためになればいいと考えてくれて」
「まったくだね。それに比べて新しい王妃様は、今日のために豪華なドレスを注文したってよ。もちろん二人の子どももね」
「そのお金がどこから出ているのか、少しは考えてほしいよ」
不満という本音を言い合い、同意することで気を晴らす。怒れば余計に腹が減ると分かっているのに、止められない。抜け出せない苦しい生活に皆、限界なのだ。
「さらに嫌な噂を聞いたよ」
また一人、空の桶を持って会話に参加してきた。
「新しい王妃様とその子ども達、ラコーレ国で過ごしたらしいけれど、そこでもわがまま放題だったらしいよ。近々その弁償金を、払うかもしれないって」
「弁償⁉」
「冗談じゃないよ! また悪ガキたちのせいで、大金が使われるのかい?」
「ドレスを買う金があるなら、弁償金に回しなよ!」
最悪な情報に皆、怒りの声をあげる。
王様の悪ガキどもが悪さをしてなにかを壊しては弁償し、そのせいで国の金が足りないと、税が上がる。弁償金を払うとなれば、また税が上がる? もう我慢できない。誰かが無能な王を排除しろと叫べば、賛同の声ばかり。
「側妃やその子どもたちは? まだ真面という噂だよね」
「そうだけど、国で一番偉いのは王様だろう? いくら真面だとしても、王様には逆らえない。期待するだけ無駄だよ」
「亡くなった王妃様唯一の子は、母親が亡くなったショックで倒れたって話だし。次の王様が女々しい男じゃあ、期待できないね」
「例の悪ガキが、次の王様だって噂があるよね」
「最悪だね」
世界中に国が幾つあるかなんて、知らない。だけどこの国よりましで、幸せに暮らせる国は沢山あるんじゃないかと思う。今の王様を排除しても、結局次の王様になるのが、頼りにならない男か悪ガキかの選択で、嫌になる。
「いっそ、王家が滅びれば……」
桶を投げると水が飛び散るが、知ったことではない。慌てて言いかけた女の口を塞ぐ方が、最優先だ。水は後でまた汲めばいい。
「あんた、滅多なことを言うんじゃないよ!」
「そうだよ。憲兵に聞かれたら、王族を侮辱したって捕まることだってあるんだからね」
「じゃあ、あたしらはなんなのさ!」
手から逃れた彼女は、まだ叫ぶ。
もう彼女を止めなかった。だって、あたしも同じことを考えたことがある。王家が滅びれば、生活が楽になるんじゃないかって。あたしらは一体、なんのために生きているんだろうって。
「大体、王様ってなんなの? なにをしてくれるってんだい。あたしらが食うに困っても、助けてくれない。余計に苦しめてくる。なんであたしらが、あいつらの生活のために、金を渡さなきゃならないわけ? あたしは自分のお金を、自分や家族のために使いたい!」
一度せきを切ってしまえば、もう止まらない。視線は合わせないが、皆、黙って聞いている。分かっている。彼女があたしら全員の思いを叫んでいることを。だから止められない。
「飼っているのは、王様じゃない! あたしらが、あいつらを飼っているんだ! だって、あたしらがいなくなれば、どうなる? 金を巻き上げる対象がいなくなれば? あいつらなんて、生きていけないに決まっている。あいつらだって飢えで苦しみ、金のありがたみを知ればいいんだ!」
確かに国中から偉い人以外、一斉に消えたら、あいつらはどうするんだろう。そんなこと絶対に起きないけれど、想像するだけでほくそ笑んでしまう。
「だからね、あたし、考えたんだ」
それまでの叫びとは一転、冷静な声となる。
「税金を支払わなかったら、捕まる。でも払わなかったら、その分、自由に好きなようにお金を使える。……ねえ、もし大勢が一斉に税金を支払わなかったら、どうなるかな?」
どこかその目には狂気が含まれており、引きこまれる。
「牢屋に収容できる人数には、限度がある。全員を捕らえ収容させるのは、無理だってこと。つまり人数が多いほど、あいつらは対応できなくなる」
最近この辺りに越してきたばかりの彼女はもう、立派な演説者だ。その言葉はまるで、あたしたちの道を照らすように。誰もが黙り、真剣に彼女の言葉に耳を貸している。
「だから、皆で協力しないかい?」
どくん。
大きく心臓が跳ね、体が熱くなってくる。どくどくと血が流れ、体の内側がうるさい。
そうだ、一人で戦うのは無理だ。だけど彼女の言う通り、皆で協力したら? 不安と恐怖、期待と希望。様々な感情が消えては湧き、消えては湧く。
子ども達のやせた顔を思い出す。
空白はもう嫌だ。よれよれの継ぎはぎだらけの服も、もうごめんだ。それが一つでも解消されるなら……!
「その話、詳しく聞かせてもらおうじゃない」
その言葉が自然と、口から出た。