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コルデという女~後編~

 それからお兄様は、再婚をした。今度のお相手は我が家と同じく、お金で爵位を買った男爵家の娘、リフィ様。

 リフィ様は前のお義姉様と違い、お父様たちと相似(そうじ)していた。結果、お母様は孤立することが増えた。私はリフィ様とは、彼女が王妃に似て勝ち気そうに見え、苦手意識が走り距離を置いた。


「父から聞いていますわ、例の計画。毒の入手以降、足踏みされているとか」


 リフィ様の実家ぐるみ、お父様の計画仲間らしい。リフィ様はお兄様と結婚する前から、王妃暗殺の計画を知っていた。


「そう、毒は入手できたのだが、盛る方法が見つからん」

「なんとか毒見役、こちらへ引き入れられないですかね。例えば、買収とかして」


 リフィ様が人差し指を(あご)に当て、そう言う。


「調べたが、無理だった。王妃の毒見役は、代々王妃の実家に仕える家系の者。忠勤(ちゅうきん)者として評判だ」

「それでしたら弱味を握って、脅すのはどうでしょう。ねえ、コルデちゃん。彼女について、お城でそういう話を聞いたことはない?」


 こういう所だ、彼女が苦手なのは。知らないと答えると分かっていながら、わざと尋ね恥をかかせようとする所。悔しくてうつむきながら、答える。


「聞いたことは、ありません。王妃と仲良くないですし。陛下からも、近寄る必要はないと言われているので……」


 まるで言い訳をしている気分になっている所へ、追討ちをかけられる。


「そうなの、使えないわね」


 これもそう。お義姉様と違って、リフィ様は家族なのに私を馬鹿にしている。見下している。言動の端々から、それを感じる。

 城内だけでなく、どうしてくつろげるはずの家でまで、こんな嫌な気分を味わうの? そんな目で見ないでよ!


 ますます私はリフィ様と距離を置くことにする。


 ある日、リフィ様が明るい顔で帰宅してきた。


「お義父様、見つけちゃいました、弱味。あの毒見役の女、猫を飼っていますの。その猫たち、よく家から出で外を散歩していますの」


 そう言った時のリフィ様の笑みは、ひどく歪んでいた。それだけではない。悪辣(あくらつ)を含んでいる。


 リフィ様が閃いたのは、その飼い猫に毒を混ぜた餌を与え殺し、それをもとに毒見役を脅すものだった。

 さっそく実行され、泡を吹き倒れている愛猫の姿に、毒見役のイオンさんは泣き叫んだ。


「なぜ、こんな……! 一体、どこでなにを食べたの……⁉」」


 亡骸を抱きつつも、さすがは忠勤者。その様子から、愛猫が毒を口にしたと一目で看破した。その様子をこっそりと、お父様たちは見ていた。


「あそこまで取り乱すとはな。思った以上の成果だ」

「ええ、それではお次と参りましょう」


 リフィ様は楽しそうに、イオンさんの家族について調査した書類と手紙、そして紙に包んだ毒を同封して送る準備をする。


「彼女、頭はよいだろうし。きっと分かってくれるはずだわ」


 舌なめずりをし、リフィ様は言う。

 送った内容から、言うことを聞かなければ次は家族が毒の餌食になると伝えている。家族がよく利用している店も割っており、いつどこでも、毒を盛ることは可能。文章にはしていないが、そう伝えたいのだ。

 イオンさんは汲み取り、指定された日時、一人でそこに現れたそうだと後にお父様は語った。


「よく来てくれた。猫一匹で、あれほど取り乱すとは……。これがもし、両親や弟であったのなら、君はどうなっていただろう。世の中は、危険で溢れていると思わぬかね?」

「ディロ、男爵……。貴方が、私の猫を……? 一体なにが目的で、あのような酷いことを……っ。それに、この同封された包みに入っているのは、毒ですね……? これであの子の命を奪ったのですか……?」

「なに、君に頼みたい仕事があるだけだ」

「仕事?」


 そして王妃へ毒を盛るよう、告げるとイオンさんは動揺した。


「私に主人を裏切れと⁉」

「では主人を助ける代償に、家族全員の命を差し出すのか。たった一人の為に、三人もの命が失われるとは……。それが君の答えか」

「………………っ」


 イオンさんは苦衷に満ちた顔で、ようやく了承したそうだ。


「……一気に盛れば犯人は特定されます。そして私の部屋に残っている品々から、貴方の関与は明るみとなるでしょう」

「少量ずつでいい。それより、まだ送った物を残していたのか。さっさと処分したまえ。私と関係となる物を、残しておくな」


 そしてその日はそれで別れたが、本当に毒を盛っているのかは分からない。裏切る可能性もあるので、また猫が一匹、犠牲となった。あれ以来イオンさんは留守にしている間、猫が散歩に出ないように対応していたが、忍びこみ、毒の入った餌を与えたのだ。

 それから数日後、イオンさんからお父様に会いたいと話しかけられ、橋渡しをする。


「……こぼしたりして失敗した日があるので、追加分を下さい」


 そしてまた毒は、イオンさんの手元へ渡る。

 そしてついに会議の最中、皆の前で王妃派は倒れた。お父様たちとリフィ様の実家の皆さまが祝杯をあげ、騒ぐ。それを離れた場所から見つめているお母様が、子ども達を寝かし終えた通りかかった私に向け、呟く。


「……猫に、罪はあったのかしらね」

「効果はあったわ」

「……私には、ただの無益な殺生にしか思えないの。いつかきっと私たちは、報いを受けることでしょう」


 そのお母様の不安は的中した。

 王妃の全身に毒が回ったと喜んだ翌日、お兄様とリフィ様が外出されたが、予定した時間になっても二人は帰宅しなかった。


「どうしたのかしら」


 お母様が不安そうに、何度も窓から外の様子を(うかが)う。


「きっと二人ではしゃぎ、帰りが遅くなっているに違いないわ。お母様ったら、なにがそんなに心配なの?」


 窓の外から視線を離さず、お母様は答える。


「……毒を盛られていたと、王妃様は知ったことでしょう。その犯人が特定されていたら? イオンさんの身も心配だわ……」

「イオンさん? それこそ心配無用では? だってイオンさんは、王妃の実家に仕える家系の人よ? 追い出されることはあるでしょうけれど、お母様が心配する必要はないわ。追い出されたら、我が家で雇えばいいのよ」

「………………」


 お母様は答えることはなく、ただお兄様たちの帰りを待った。

 太陽も沈み暗くなったので、お母様は窓辺から離れる。それでも夕食を食べず、玄関から近い部屋で、二人の帰りを待っている。


「少し外の様子を見て来てちょうだいな。馬車が向かって来ていないかしら」


 命じられた使用人がカンテラを片手に、外へ向かう。だが首を横に振り、帰ってくる。そんなことが何度か続き……。


「た、大変です! ティーゴ様が!」


 慌てて戻って来たと思うと、他の使用人を連れてまた外へ出る。その後を焦ったように、お母様も追いかける。


「う……。い、痛い……」


 暗がりの中、カンテラで浮かんだのはお兄様。使用人たちに両側から肩を抱かれ、両目から血を流している。よく見えないのか恐る恐るといった風に、地面をするように歩かれていた。その姿に、ひゅっ、と空気を飲む。


「コルデ、子ども達を部屋へ連れて行きなさい!」


 お母様に言われても体が動かない。それほど衝撃だった。私が使えないと判断されたのか、お母様はすぐ使用人へ命じ、子ども達を二階へと無理やり連れて行かせる。


「これは一体……っ。なにが……っ。いや、それよりも医者だ! 早く医者を呼んで来い!」


 お父様が医者の手配を叫ぶ。


「見えない……。母上、見えない……。どこにおられるのですか……?」


 その間もお兄様はすり足で、顔だけを動かしていた。

 遅い時間に駆り立てられた医者は診断を終えるとお兄様を残し、別室へと移動する。そこで命に別状はないと言われ、皆が安堵したが、両目とも潰されており、二度と視界は戻らないとも告げられた。


「両目が……? 二度と目が戻らない……? では、ティーゴは……。今後、誰かの手を借りなければ、生きていくことはできないということですか?」


 お母様が悲痛な面持ちで医者に尋ねる間、お父様は黙っていた。


「残念ながら……。今の医学では、視界を取り戻すことはできません」


 医者を見送り、暗い足取りでお兄様が待っている部屋へ向かう。この間、誰も一言も発しなかった。


「……ティーゴ、医者は帰った」

「父上、リフィは……? リフィは、どこにいるのですか?」


 問われても、誰も答えられなかった。お兄様を見つけた使用人が言うには、お兄様一人だけが、門の近くに置かれていたと。リフィ様の姿はどこにもなかったそうだ。


「それはこちらの台詞だ。一体なにがあった。誰にやられた?」

「……分かりません。リフィと二人で町を歩いていたら、急に路地へ連れ去られ……。口と目を塞がれ、場所に乗せられて……。それからどこかへ向かって……。多分、そこでリフィと引き離された。彼女の声が遠ざかっていったから……」


 そこで一度水を求め、お母様がゆっくりと口に運ぶ。


「相手は一言も発しなかった。だから誰なのか分からない。目隠しをされたまま、急に両目に痛みが走って……。その後、頭を殴られて気を失ったみたいだ」


 気を失っている間に、お兄様は門の近くに置かれたのだろう。でも一体、誰がどうして……。


「それで? リフィは帰ってきていないのですか? それに、この目の痛み……。私の目はどうですか? 無事なのでしょう? いつ治るのですか?」


 そう言いながらも、不安を抱えているのだろう。お兄様は震えている。その姿が痛ましいからか、お父様は部屋を出て行ってしまった。代わりにお母様がしゃがみ、ゆっくりと手を握る。


「……母上?」

「ええ、母ですよ。よく聞きなさい、ティーゴ」


 それから残酷な診断結果を告げると、お兄様は叫んだ。


「嘘だ! そんなの信じない!」


 繰り返すお兄様を、立ち上がるとあやすようにお母様は抱きしめる。そのままの状態で、『本当なのよ』と涙声で繰り返す。

 私も痛ましくなり、子ども達を言い訳にその場から逃げた。部屋を出ると、ちょうどお父様になにかを命じられた使用人が、どこかへ向かう姿を見た。


 その使用人は、リフィ様の実家へ向かったと後で知った。リフィ様がそちらに帰された可能性を考えてのことだった。だが、実家にもリフィ様は帰っていなかった。お兄様の容体、出来事を聞かされたリフィ様のご実家の皆様は、絶句したそうだ。


「……両目を潰されては、アイツはもう使えないな」


 お父様はあっさり、お兄様を見捨てた。

 それを聞き、震えた。私も陛下からの愛を失えば、こうしてお父様に見捨てられるのだろうかと。怖くなった。陛下とお父様に見捨てられたら、もう誰も守ってくれない。残り一生、また皆から馬鹿にされ、(さげす)まれて生きるのは嫌。


 お兄様が帰宅してから一日中、不安と恐怖心を抱いている中、悲鳴が響いた。


「いやあああああああ!」


 その声に、屋敷中の人間が立ち上がったことだろう。


「なんだ、騒々しい!」


 大股で歩くお父様だが、昨晩のこともあってか顔色は悪い。とにかく皆と一緒にどかどかと、声の聞こえてきた方へ向かう。

 ひょっとしたら、リフィ様が帰って来たのかもしれない。でもどんな姿で? 悲鳴をあげるほどよ? きっとお兄様より酷い状態に違いないわ。

 寒気立(さむけだ)つが、気になり答えを知りたくもあった。


 声の発生源は、薄暗い裏庭。使用人たちがカンテラの明かりで、照らしている。


「お二人はお部屋へ!」


 お兄様の件を陛下に伝えれば、すぐに護衛たちを寄越してくれた。その護衛はあっさりと子ども達を捕まえ、無理やり連れて行きながら仲間たちと怒鳴るように会話をする。


「絶対、お二人には見せるな!」

「はい!」


 ただならぬ雰囲気に、お兄様以上だと思わせるものがあった。もしかしたらリフィ様、亡くなったのでは……?

 強い動悸に荒い息づかいで、カンテラに照らされた物体を見る。

 それを目にした瞬間、誰もが叫んだ。中には走り、庭の一画で吐いている者もいる。


 庭に転がっていたのは、イオンさん。それも首から上だけで、両目が開かれている状態だった。口を開け、恨めしく見上げられているようで、すぐに逃げるように背を向ける。


 ぺたん。

 お父様はその場に腰を抜かしたように座りこむと、叫んだ。


「お、王妃だ! 王妃の仕業に違いない!」


 それから使用人たちに連れられ、居間へと向かう。残っていたお兄様は、リフィ様ではなかったと教えられ、少し安心された。


「絶対に王妃だ。あの女が首をはねるように命じ、ティーゴの目も……」


 お父様は次々と、注がれてはグラスのお酒をあおる。だがいくら飲んでも足りないらしく、体の震えは治まらない。私も己を抱きしめているが寒気がつきまとい、一向に離れてくれない。


「そうですね、きっと王妃様でしょう……。貴方が毒を盛った主犯だと知られ、報復(ほうふく)に……。いえ、因果応報(いんがおうほう)でしょう」

「ま、待って下さい、母上。それでは、リフィは……」

「まだ見つかってはいませんが、ろくな目にあってはいないでしょうよ」


 返すお母様の声は冷たかった。

 お兄様は視界を奪われ、イオンさんは命を奪われ、リフィ様はなにを奪われたのだろう。そして私は……? 子ども達を奪われる以外にも、イオンさんのように……?


 翌日、日の出とともに城へ向かい、すぐ陛下にお会いしイオンさんの件を話した。


「陛下、陛下! 兄の目を潰したのは、王妃様に間違いありません! 国母が……。国の母と呼ばれる女性が、どうしてあのような無残な仕打ちをなさるのでしょう。私、恐ろしくて堪りません! もし彼女の牙が、子ども達や私へ向けられたら……。一体、どうすればよいのでしょう」


 王妃に毒を盛っていると、一度も陛下に話したことはない。これだけは陛下相手だろうと、絶対に黙っていろとお父様に言われていたから。しかし陛下は、なぜお兄様やイオンさんが王妃からそのような仕打ちを受けたのか、その覚えはないのかと質問してくることはなかった。

 きっとご存知なのだろう。王妃に毒を盛ったのが、誰なのか。誰が作戦を立てたのか。知っていて放置されていたのか、倒れてから知られたのか分からないけれど。


 とにかく陛下はすぐに動いてくれ、私と子ども達を、隣国のラコーレ国へ避難させる手配を整えてくれた。


 ラコーレ国には王子もだが、私が妊娠中、留学して顔見知りになった者がいる。つまり一部の方々には私が誰か知られているが、この国に滞在中は、正体を伏せることに決まる。

 馬車でお世話になる家へ向かう途中、その家で暮らしているサート様が話しかけてきた。


「どうぞご自分の家だと思い、お過ごし下さい。妻は出来た者で、余計な詮索はしません。私の仕事にも理解しており、例え夫婦であろうと、話せないことはあると分かっております」

「そうですか」


 そう言われ、安心する。

 もし王妃のように気が強い女と一緒に過ごしたらどうしようと、不安だったのだ。

 ところがその奥様が、私たちが紹介されるなり部屋を飛び出した。


「待ってくれ、ジェーン!」


 慌ててサート様は追いかけるが、第一印象は、聞いていた印象と異なる女性だと思った。

 でもそれも仕方ないかもと思う。

 だってあの紹介の仕方はまるで、私がサート様と特別な関係にあると疑われるような言い方だったもの。困ったことになったと思っていると、サート様のご両親も誤解した状態で、子ども達に近寄っている。


 訂正しなくては。


 でも、どのように言えばいいの? 本当のことは言えない。ああっ、その説明をするために、サート様も一緒に帰宅されたのではないの? それなのにサート様は私を置いてけぼりにして……。

 誰も手を貸そうとしてくれない。共に国から来た護衛も、使用人たちも知らん顔。困るわ、どうすればいいの……。


「ああ、やっと念願の……」

「良かったですわね、あなた。これで我が家も安泰ですこと」

「それは、どういう意味でしょうか」


 涙ぐみ、嫌がる子ども達に頬ずりをしている二人から、サート様夫婦は結婚してから三年経っているのに、まだ子どもが授からないのだと聞かされる。

 ということは……。サートさまのご両親には、二人を孫だと勘違いさせた方がよいのでは? その方が、良い環境でこの国で過ごせるのではないかしら。そうよ、あのお父様だって孫には弱いもの。そうだわ、そうしましょう。


 名案が浮かんだと、軽い足取りでサート様達を追いかけ、改めてジェーン様に挨拶をすれば、彼女の顔が今にも泣きそうに歪んだ。

 その顔を見て、少し申し訳なさを覚えたが、私にとっては子ども達と私の方が大事。そもそも今日初めて会った人に、心を開けるはずもなく、仕方のないこと。そう己に言い聞かせた。


 用意された寝室に案内され、ようやく三人なる。子ども達はすっかり、疲れ切っていた。

 三人になるまでは静かにしていないと、おじ様にようになると言い聞かせていたので、今まで二人とも大人しくしていた。二人にとって包帯を巻き、なにをするにしても人の協力が必要となったお兄様はどこか気味が悪いらしく、効果は抜群だった。


「いいこと、二人とも。おじ様をあのような姿にした犯人は、まだ捕まっていないの。そしてその犯人は、私たちも狙っている。だから犯人に捕まってしまっては、私たちもおじ様のようになってしまうわ。だから捕まるまで、この家で暮らすのよ」

「それは分かったけれど、お母様。あの知らない人たち、なんか気持ち悪い」

「あんな人たちと一緒に暮らすの?」

「ええ、そうよ」


 子ども達への説明は、もう考えていた。


「この家で、家族ごっこをして過ごすの」

「家族ごっこ?」

「そう。サート様が父親役で、あの老人二人はおじい様とおばあ様の役。ね、簡単でしょう?」


 思った通り。ごっこ遊びという例えは子ども達に分かりやすかったらしく、素直に頷いた。


「あの女の人は?」


 ジャーン様のことを問われ、悩む。

 そうよね、問題はジェーン様。私という母親がきちんといるのだし、彼女に役とはいえ、母親の座を渡したくないわ。


「おじ様みたいな人だと思えばいいのよ」


 考えて答えた結果、出立するまですっかりお兄様を避けるようになっていた二人は、ジェーン様を無視するようになった。

 とはいえ、サート様やそのご両親と親しくできているので、ごっこ遊びにして正解だったと思う。今日も子ども達は手を繋がれ、サート様のご両親に家の中を案内される。


「これ、変な絵」

「ははは、まだピカロには難しいようだな。これは有名な画家の作品で、名作なんだよ」


 笑われたことでむっとしたピカロは、離れで暮らすようになると本邸に突撃し、真っ先にその絵に手を加えた。

 国での様子と違わない二人の姿に、伸び伸び過ごしていると安心する。とはいえ、少し物を壊しすぎかしら。だけどサート様のご両親も我が家のように、『元気があっていい』と許してくれている。


 本当、寛容(かんよう)な方たちだと事あるたびに思う。外出先でも二人がなにか問題を起こしても、陛下のように場を収めてくれる。

 それなのにジェーン様だけ、輪に加わらず睨んでこられる。正直サート様は、奥様を過大評価されていると思う。最初は同情したけれど、最近は別の男性と噂になっている。そのせいで、ついにサート様のご両親が、早く息子を離婚させなくてはと言い始めた。


「このままではコルデさんにも失礼だしね」


 そうサート様のお母様に言われ、ぞっとする。

 このお二人は、すっかり子ども達を気に入っている。このままでは私たちが帰国する時、離れたくない、渡したくないと騒ぎを起こされるかもしれない。


 考え、下手にお二人には未練を残すべきではないと結論を出す。だから長旅で疲れている陛下には申し訳なかったが、一刻も早く家族のもとへ帰りたいと言い張った。そしてそれは聞き入れられ、皆様に挨拶を終えるなり、出立することになった。


「陛下、申し訳ありません、ご無理をさせてしまい……。でもお兄様も心配ですし、リフィ様もまだ行方知らずと聞いています。だから早く帰国し、せめて私たちだけでも両親を安心させてやりたいのです」

「構わぬとも。やっとお前を妻として迎えられるのだから。これまで我慢をさせ、悪かった」

「陛下……」


 馬車の中で肩を抱かれ身をゆだね、目を閉じる。

 もうあの王妃はいない。これからは幸せな日が続くだけ。

 そう信じていたのに……。


 サート様からは憎まれ、わざと子ども達が壊した品々を贈られ……。結婚式では招待した多くの人に笑われ……。

 どうして? 国で一番偉い女性になれたのに、どうしてあんな目で見られるの? どうして馬鹿にされるの?


「王妃様、起きて下さいませ。ピカロ殿下とリダ殿下の教師が、役を降りたいと申し出てきました。まずは最低限の礼儀を身に付けられる教師をあてがうべきだと、伝言を預かりました」

「失礼ですが、これまで両殿下に誰がどのような教育を行っていたのでしょう。お二人の勉強の進み具合について知りたいので、教育係の者を教えていただけませんか」

「うるさいわね! 私よ! 私が二人に、読み書きとか勉強を教えていたの!」


 口がうるさい側妃二人に向かって叫ぶ。


 以前ならこういう時、泣きつけば陛下が味方してくれ助けてくれていたのに。それなのに最近は、放置されている。王位継承権だって、ピカロを第一位にすると言いながら、まだあの女の息子のまま。


「王妃様、いい加減責務を全うして下さい。いつまでもベッドで泣いたままでは、困ります」

「頭が痛いの! いいから二人とも、出て行って!」


 渋々と側妃たちが部屋を出て行く。


「……なんで……。なんでよぅ……。私が一番偉いのに、なんで嫌な目に合うの……? これなら王妃が倒れる前の方が、良かったじゃない……っ」


 枕を濡らしても、誰もなぐさめてくれない。使用人たちは部屋の隅に立っているだけ。


 毎日のように側妃たちが遠慮なく部屋へ来ては、あれこれなにか言う。子ども達も以前より自由に動けないらしく、不満ばかり。それなのに、陛下は私たちを助けてくれない。


 私が描いた幸せは違う、こんなものではなかった。それなのに、どうしてこんなことに……。

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シリ ーズ1作目、2作目は以下、リンク貼ります。

1作目
別れと旅立ち

2作目
敗北の王妃の願い
― 新着の感想 ―
[気になる点] やはり毒見役ただの愚か者一言で済むことだったんですね、浅はかさが増しただけで特にネタバレ気にして語れないという程の事もなかったですね。 というかただ指示されただけでなくこんな積極的に…
[良い点] 母親と兄の最初の妻が常識人だった点。 [一言] 自己中の極みで、一つも共感できない女性でした。 読み進めていてストレス感じてしまいました。 コルデは平民のままなら何とか暮らしていただろう…
[気になる点] イオンがさすがに馬鹿すぎる。王妃と成り上がり男爵、どちらが上かなんてすぐ分かるだろうになんでその程度の脅しで協力するのか。 前王妃の敗因は本当に人を、と言うより女を見る目が無かったこと…
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