揺らぐ忠誠心
王のサファイア、王妃のルビー。この国に代々継がれている王家の宝石。
今回は王妃が亡くなったので結婚式で使われたが、本来は国王即位式の際、新たな主たちへと贈られる。
国王夫妻へ受け継がれているだけあり、一級品と言われていた。
国王と結婚したことで、新たに王妃となったコルデ様。結婚式で使用されたのが、王妃のルビーと言われる指輪。しかしそれがいつの間にか、偽物にすり替えられていた。それも粗悪品に。
先代が亡くなるまで、指輪は先代本人と従者が管理していた。そして主人を亡くし、指輪は一度陛下の手元へと渡った。
その時の記録は残っているが、箱に収まっている状態だった。一度陛下自身が蓋を開け、中に指輪が存在していることを確認されたが、ルビーの確認はされなかったそうだ。
つまりこの時点で、ルビーが本物だったという証拠はない。
先代王妃の従者が取り調べられたが、すり替えた犯人という確証は得られず、全員釈放された。
私たち『影』と呼ばれている者たちにとって、指輪の見張りは仕事として数えられていない。仕事の基本内容は、城内へ不審者や侵入者がいないかの確認、情報収集といった暗躍である。そして王族が危険に晒された時、御身を守る。それが我々、『影』だ。
常時一カ所に止まることは、ほぼない。例外なのは、同じ場所に止まっている人物を見張っている時くらいである。
だから尋ねられても、いつすり替えられたのか、我々にも分からなかった。
ただ陛下がコルデ様を迎えに、ラコーレ国へ出発されてから帰国されるまで、城に残った者の中に気が緩んだ者たちがいる。それでも留守の間、残った面子は城内に不穏はないかと、最低限の仕事はこなしていた。
陛下はこの期間にすり替えられたに違いないと騒がれるが、証拠はない。
「まさか私が留守にしている間、宝物殿を見張っていなかったとはな」
宝物殿も定期的に見周りしているが、異常はなかった。しかし終始見張っている場所ではないので、謝罪する。
「申し訳ありません。城内の巡視については、見直しを行います」
「急いで対応しろ。まったく、あんな大勢の前で馬鹿にされるとは! この恥辱、お前に分かるか? 結婚式で恥など、人生の汚点でしかない!」
……そういうご自身は、どうなのか。一度指輪が手元に戻った時や、式で花嫁の指にはめた時に、なぜ気がつかれなかったのか。あの娘に指摘されるまで、気がつかれなかったではないか。
しかし陛下にとっても国にとっても、散々な日になったことには違いない。悪い意味で歴史に残り、語り継がれるだろう。向こう何年、内外に係わらず笑い種となるだろう。
そしてラコーレ国からの贈り物。あれについても報告がなかったと、怒鳴られた。
それについては同意である。私も急ぎ、当時コルデ様たちに同行させていた部下へ問いただした。一体なぜ、このような重要なことを報告せず、放置していたのだと。これには驚く返答だった。
「常に一人は側につくように決めていましたが、時にラコーレ国の者から引き離され……」
「ラコーレ国が?」
「はい。我々は護衛だと伝えても、なんだかだと用事を言いつけられたりして、まるで足留めをされている気分になりました。揉めてはならないと引き下がっておりました」
「あと、我々はほとんど同行できませんでしたが、軍から派遣されていた者ほど、ご一緒に本邸へ行かれていました。本邸での言動については、軍の方が把握していると思われます」
「軍だと?」
確かに軍からも護衛を派遣していた。彼らが護衛につくと言えば、我々が無理を強いることはできない。我々は『影』なのだから、一見、ただの使用人の体で同行していたのだから。
その為、軍に護衛を任せること自体、問題はない。だが、妙な話だなと思う。
追及すべき内容だろう。だが軍は軍で、護衛が任務だと言い張り、報告業務は言いつかっていないと反論してくる可能性が高い。それもまた、正論だ。
「あと、言い訳になってしまうのですが……。お二人は、城内で過ごされていた状態と変わりがなかったので、それで異常なしと報告していました」
素行の悪い点が、ここで……。そんなこと、とても陛下に報告できる訳がない。ただラコーレ国については、報告を行うべきだろう。
それにしても、軍ならまだ分かるが、ラコーレ国はなにを考えている? 自分たちが、足留めをしていた? 一体、なにが目的なのか見当もつかない。さらに……。
「この報告、間違いはないのか」
「はい」
部下の頷きに、コルデ様の神経を疑う。
正体を悟られないように動く、それは正解だ。だが老夫婦の誤解を利用し、一つの家族を破綻させたとは。世話になっている家の者たちを、父、祖父母として呼ぶようにと、子どもに言い聞かせるとは。一体なにを考えている。
哀れな当主は事実を知り、毎日酒を浴びるように飲み、泣き、今は気力をなくして寝こんでいる日が多いそうだ。当主の妻も気力をなくしたが、徐々に怒りが湧いたらしい。今も許せないと、至る場所で必ず賠償をしてもらうと息巻いている。ついにはお二人に店や家を荒らされた者たちと手を組み、王族へ直訴したと……。
息子である使者としてやって来たサート殿は、妻に浮気を疑われ離婚。当然だろう。この国に滞在していた頃に産まれた子から、『お父様』と呼ばれては。現在は一人別邸で暮らし、この一家は同じ敷地内で生活していながら、離散状態にある。
当主夫妻は、二人が『孫』だから悪さをしても目をつぶっていた。ひょっとしてコルデ様は、それを狙い、わざと子どもたちに言い聞かせたのか? あの方は誰かに叱られたり、注意されたりすることを、極端に嫌うから。
頭の痛みが消えぬまま、陛下へ報告を行う。陛下は軍の行動より、ラコーレ国が気になったらしい。
「それでは、ラコーレ国にも非があるではないか。これは話し合いの場で、追求しなければならないな。それで? 本物のルビーの行方は分かったのか?」
「いえ、残念ながら今も分かっておりません。誰一人、なんら情報を持っておりませんでした」
「はっ、それで影とはよく言える。先祖も貴様らが分団した時、全員入れ替えておれば良かったものを」
「申し開きございません」
私が『影』と呼ばれる家系に産まれた時点で、すでに団は二つ存在していた。一つは王に従い、一つは王妃に従う。簡単に言ってしまえば、ただの派閥である。ちなみにコルデ様たちを見守っていたのは、我々王派である。
「時代は変わりました。また一つの団へ戻しませんか」
先代王妃が亡くなると、王妃派が申し出てきた。しかも王派へ吸収する形で、自分たちは下っ端扱いで構わないとまで言った。コルデ様が陛下といがみ合うことはないだろうし、年々団員の数も減っているので、受け入れた。
「元は国を統治し、導く者たちを守る存在だった私たちが分かれたのは、当時の国王夫妻の喧嘩が原因だったと聞いております。それがいつの間にか、権力争いに加担する団と化しているではありませんか。これでは国内の火種を消すどころか、延焼させており、本末転倒。一つに戻れ、本当に良かった」
王妃派を率いていた女は、安らかな顔でそう言った。
そう、私たちは国を統治し、導く者たちを守る存在。国を守る、裏の存在。それに対し、誇りを持っていたが、私は陛下に対し、信じられないことを思った。
ご自分だって、気がつかれなかったではないか。
コルデ様もコルデ様だ。大勢の招待客の前で、泣きわめく醜態をさらし……。
さらに場が騒がしくなったことをきっかけに、それまで大人しかったリダ様とピカロ様も本性を現した。テーブルクロスを引っ張り、料理や食器を床に落とし……。招待客に手づかみした料理を投げ、笑われていた。
思い出すと、忠誠心が揺らいでしまう。それほどに悪夢の時間だった。
だが、とにかくルビーが先決。
先代は毒で倒れてから、指輪を身につける機会はなかった。
では一体、いつ、誰が、どこで、どうして。
とりあえず側妃たちは、リュイゼの通行証を探した時、該当する品がなかったので犯人から排除してもよい意見は出ているが、どうだろう。城外へ持ち出した可能性がある。
城外となると、先代の実家、オルグ様も怪しい。
先代の実家を調べることには苦戦している。独立した軍だけではなく、我々と似た仕事を持つ手下を持っている。下手に手出ししては、こちらが壊滅しかねない。そのため慎重になっており、なかなか調査は進まない。
オルグ様は先代の訃報を聞き、精神に強い衝撃を受け倒れ、現在も快復していない。寝こんでいる間に荷物を検めさせたが、そちらでは見つかっていない。
しかしこの報告には、個人的に疑心を抱いている。
オルグ様はどちらかといえば、母親に似た性格の方。そんな方が、悲劇とはいえ倒れるだろうか。オルグ様にも毒を盛られたのではと心配したが、それはないという調査結果に胸を撫で下ろした。
あれから定期的に信頼のおける部下を送るが、答えはいつも同じ。母親という特別な存在を前にしては、どのような人物であろうと、人は繊細になってしまうのかもしれない。それでも疑心が晴れないのはなぜか。
王位継承権一位のオルグ様。その座はピカロ様に移る予定だったが、陛下の中でなにかあったようだ。しばらく保留すると言ったことは、英断だ。式での、あの暴れっぷりを直に目撃されては、躊躇されるのも無理はない話。
さらにオルグ様はピカロ様と違い、すでに内外の者と交流を深めている。あのように暴れたピカロ様と、誰が好んで交流を持とうと思うだろうか。つまりあの三人の王族としてのお披露目は、失敗した。
今、オルグ様を亡くせば、この国はどうなってしまうのか。
先代王妃が毒を盛られ亡くなった話は、まるで意図されたように、内外へ広まっている。
オルグ様が亡くなれば、彼もまた毒殺されたと疑われ、やがて事実となり広まるだろう。その場合、二人を毒殺した犯人捜しが始まり、現王族へ嫌疑が向けられるだろう。
「私も同意にございます。こうなった今、オルグ様を死なせないことが急務。あらぬ疑いを持たれては、この国の未来は明るくありませんから」
王妃の影を率いていた女の笑みは、どこか先代王妃を彷彿とさせるものだった。