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悪夢の結婚式

「新しい王妃を迎えるには、早計だと思います」

「民の中には、まだ喪に服している者がおります。どうか、民の気持ちに寄り添って下さいませ」


 王妃の代理という分際で……。

 とにかく二人の側妃は、口がうるさくて堪らない。相手にしていると、死んだ可愛げのない女を思い出す。


「だからこそだ」


 苛立ちを抱えたまま、反論に反論を返す。


「暗い話題を、明るい話題で塗り替えるのだ」


 せっかく浮かんだ私の考慮(こうりょ)を、側妃と亡き王妃派を中心とした者たちが理解してくれないが、押し通せた。

 ただ今回の件は、王妃派であったにも係わらず、沈黙を貫いている者たちがいる。どこか不気味に思えるが、都合よく考えれば、私に同意してくれたのだろう。だが、どこか不穏な空気をまとっている気がする。


 とりあえず目障りな側妃たちを排除したいが、側妃に関する法律は改定されたばかり。こればかりは派閥に関係なく、内外のためにも、この短期間でまた改定することは止めてくれと言ってくる。

 仕方なく放置することに決めるが、いつの日か必ず側妃に関する法律を、再び改定してみせよう。


 それに今は側妃より、コルデとの式を考えなくては。

 花嫁衣装について、コルデの希望する店はあったが、その店は外国に本店が置かれているブランド。数年前までは我が国にも支店があったのだが、今は撤退している。本店に依頼していたが、式までの時間が足りないと断られた。

 多くの国にファンがおり、忙しいのは承知している。だがあの店とコルデは、無関係ではない。少しは融通をしてもらいたかった。


 とりあえずコルデの希望したブランドではないが、ドレスの発注は済ませた。袖を通し、彼女が私の隣に並ぶのが今から楽しみだ。きっと美しいに違いない。

 子どもたちの衣装も、もちろん発注済みだ。二人が好みの色、デザインを選んだ。これまた、着ればさらに愛らしくなることだろう。


 結婚式は二度目だが、最初とは違い喜悦(きえつ)に包まれている。これが政略結婚との差か。庶民が結婚に互いの愛情を求める気持ちが、理解できる。


「それでね、その部屋に大きな絵があったの」


 二人の愛しい子ども達は、あちらの国でのびのびと過ごすことができていたようだ。世話をしてくれた家の者たちは、家族のように扱ってくれたらしい。全く感謝の念がつきない。

 しかも、国王である私の妻となるコルデ。その子どもたちの世話をするということは、さぞかし他国とはいえ、名誉職だったであろう。

 それに比べ、オルグは……。


 母親が亡くなったと報告を受けるなり衝撃で倒れ、今も滞在先であった、あの女の生家の領で寝こんでいる。よその国でも、堂々と生活できていた二人を見習ってほしいものだ。あんな軟弱者に、玉座を譲るのはためらわれる。やはりピカロこそ、次に王にふさわしい。



◇◇◇◇◇



「陛下。リダ様とピカロ様は、まだ政務室への出入りは早いと思われます。お二人を出入り禁止にして下さい」


 側妃の一人、パニエを先頭に複数の政務官がそう願ってきた。

 そんなパニエの姿は死んだアイツを思い出させ、業腹(ごうはら)となり、背を向ける。


「二人には私から注意しておこう」

「………………承知しました」


 即答ではなかった。沈黙の間、背中に複数の痛い視線が刺さっていたが、無視を決めた。


 またあの頃のように、毎日小言をならべられるのは、考えるだけでうんざりする。そこで二人に政務室には、無闇に立ち入らないようにと、強く伝える。それだけで今回は、それからパニエたちになにか言われることはなかった。

 隣国で偽りの家族ごっこの関係を築いていたとはいえ、他家で世話になったのだ。その期間、二人も色々と学び成長したのだと、嬉しくなる。


 こう言えば、おおよそ順風満帆に思われそうだが、(わずら)いがある。

 リュイゼ国のことだ。一方的に領土への立入禁止を告げてきた。


「まったく蛮人どもは、時代遅れにも程がある」

「しかし陛下、あの地を通らなくては南方との交易に支障が出ます。いえ、すでに発生しております。商人たちからは円滑に交易できないので、対策を求める嘆願書が山のように届いております。至急ご対応を」

「………………」


 悔しいが、それについては否定できない。

 しかしリュイゼへ使者を送っても、帰らされ、話し合いに応じようとしない。これは仲介人が必要かもしれない。

 幸い結婚式の招待客の中に、リュイゼと交流がある国の者がいる。その者たちに仲介を頼み、この状況を打破することにしよう。なに、相手は蛮族。大した知恵があるはずもない。なんとでも言いくるめることは、可能だろう。


 とりあえず国内の者には、リュイゼについての通達は済ませている。使者を送っていることも。


 手紙を読み、最初は冗談かと思い国内に通達しなかった。だが奴らは本当に許可証を持っていない者を見つけると、侵入者だと攻撃をした。そして傷を負った者たちを棄てるように、国境沿いの地域へ置く。

 これが何度も続けば、さすがに奴らも本気だと分かった。慌てて使者を送ったものの、誰もどの部族長に辿りつけない。部族長に会う前に捕まり、棄てられる。さらに国内で許可証を持った者を見つけることができない。


 側妃の二人が怪しいが、どちらも持っていないと白を切る。死んだあの女の生家もだ。だが誰も所持していないと言い切る。そこで側妃が部屋を留守にしている間、捜索させたものの、それらしい物は発見できなかった。


 とにかく、長く戦争と無縁だった我が国。その平和が、ここで裏目に出た。

 戦に関しては悔しいが、リュイゼの方が上だ。我が国にも国を守る軍はあるが、実際に戦闘を常としている者たちには勝てない。もっと強い者を寄越せと軍に命じるが、結果はいつも同じ。


 危機感が生まれた。もし今、他国に攻められれば国はどうなるのだ、と。


 だからこそ、どの国とも円満な友好関係を続けなければ。もし戦が起き、敗戦国になれば、この王朝は途絶え……。

 ぞっとし、首元に手を当てる。

 冗談ではない! そんな未来、迎えてたまるか! だからこそ、この結婚式は重要だ。ここで招待客を丁重にもてなし、より友好な関係を築く。新しい王妃と、各国の王族との仲も築かせる。

 今の時代、好んで戦争を仕掛ける国は嫌悪される。だから多少、なにが起きても大丈夫だろう。問題はリュイゼ。そう、あの国だけだ。なぜ、あの国はこんな……。


「……心当たりは、二つか」


 一つは『姫』と呼ばれている、リュイゼの娘。あいつが、あの女と親しかった点。毒殺されたという噂を聞き、亡き友の無念を晴らしたいとでも、父親である『王』に泣きついたのかもしれない。

 全く、蛮族はこれだから嫌だ。いや、蛮族だからこそ、私情に走る愚か者なのだろう。考えれば哀れな奴らだ。先祖の教えだと、いまだに野宿するという、昔からの生き方に執着し、現代から取り残されていくばかりなのだから。


 もう一つの可能性は、ディロ。

 リュイゼは蛮族の集団とはいえ、一つの国として認められている。それだというのに、あの男はリュイゼの姫に無礼を働いた。それを聞いた時は、なぜ周りの者は止めなかったと叫んだ。


 とかく権力を好む男である。コルデの父親だからと、目こぼししたのが間違いだった。付け上がりおって。自身は、なんら力もない下層貴族のくせに。たいした血筋でもないくせに。娘が王妃になるから、自分も偉くなったと勘違いしおって。

 王族に迎え入れるのは、コルデ、リダ、ピカロの三人だけ! ディロの名は無い!


「……温かったようだな」


 息子があのような目にあえば、少しは自重(じちょう)するようになると思ったが。私も、死んだあの女も、ディロについては考えが甘かったようだ。奴についてはいずれ、しかるべき処分を下そう。


「どうされました、陛下。難しい顔をされて」

「いや……」


 せっかく王妃という問題が片付いたのに、別の問題が発生した。いつまでも問題はなくならない。まるで、いたちごっこのようだ。

 一時(いっとき)でもそれを忘れようと、柔らかいコルデの髪を撫で、白い肌をその晩も飽きるまで抱きしめた。



◇◇◇◇◇



 結婚式の前日。隣国であるラコーレ国から、コルデたちを匿ってくれていた家の者が来城した。

 サートと呼ばれる男は、ラコーレ国、王子の側近でもある。その王子が我が国へ留学してきた際も同行していたので、面識はある。真面目な男、という印象だったが……。


 それがどうした、こんな目は。初めて見る。祝福とは程遠く、敵意に満ち、濁っている。

 それになぜサートと、その下の者しか来ていない? 招待した王族はどうした。


「よくぞ参ってくれた。して、主はどうした。お主だけで来たのか?」

「はい。まずは、ご結婚あめでとうございます。祝いは申し上げるようにと、陛下からの伝言にございます。そしてこちらが、結婚を迎える陛下たちへの祝いの品となります」


 そうサートが言うと、一枚の大きな布がはがされる。その布の下から現れたのは、死してもなお、巨匠と呼ばれる画家の作品だった。しかし……。


「……なんだ、これはっ」


 酷く損傷の激しい状態だった。額縁が削られているのは、まだマシだ。あまりに無残(むざん)だからか、コルデが小さく悲鳴をあげ、両手の先で口を塞ぐ。


「こ、これが祝いの品だと⁉ ふざけているのか!」

「ふざけておりません、こちらは大真面目です。こちらは、かの巨匠の傑作と呼ばれる絵画です。修復の筆を走らせることさえ、恐れ多いと躊躇(ちゅうちょ)される、そう。あの画伯の作品です。元は我が家が所有しておりました」

「それがっ、なぜっ。こんなっ。ああっ。穴が開き、破られ、引っかき傷まで……っ。なんということだ! 落書きまであるではないか!」


 これではいくら元が名作とはいえ、台無しだ。ここまで損傷が激しくては、世の誰が修復できる。例え本人であろうと、これは無理だろう。そもそもこんな状態の絵を本人に渡し、修復を依頼することが恥だ。絵画を大切にしていないと言っているのも同然で、画家を侮辱しているのだから。


「誰がこんなことを!」

「陛下の御子たちですよ」


 サートが冷たく、そして怒りをこめた声を出す。


「は?」


 間が抜けた声が出る。

 今、なんと言った? 陛下の御子? つまり、私の子どもか?


「我が家でリダ様とピカロ様をお預かりしていた際、お二人により手を加えられました。さすが巨匠の作品を真作だと、一目で見抜かれた陛下の御子たちです。美術への造詣(ぞうけい)に、自信をお持ちだ。私には審美眼がないので、落書きにしか見えないのですが……。きっと作品を昇華されたのでしょう。他にも……」


 登場してくるのは、無残な美術品たち。壺や皿は割れ、甲冑はへこみ……。呼吸が乱れてくる。一体、なにを見せられているのだ? これらを私は……。私は……。

 見たことがある。しかもこの城内で、何度も何度も。

 それに対し、亡くなったあの女の小言はうるさかった。


 子ども達の教育は任せてほしいと、コルデが言った。その頃はあの女も存命しており、ピカロを第一王位継承者にすることは難しく、無理に城で教育する必要はないと判断した。

 結果二人は城内を駆けまわり、政務室へ入っては書類を破く。丹精こめられた庭は掘り返されたり、花を手折られたり。もちろん美術品も多く壊され、もっと厳しく教育を行うようにと、コルデに注意をしたことがある。


 だがこの国の王である私が父親のための甘えからなのか、なかなか二人の態度は改まることはなかった。

 だがよりにもよって、国外の……。それも、世話になっている家でも?


 人は外見を繕う。それが出来ていないということだろう。ただ赴くまま、動いている。だとすれば、王族として致命的ではないか。オルグより見込みがあると思ったのに。教育は順調ではないのか? いや、私が注意したら苦情がなくなり……。



『本当に?』



 死んだ女の声が頭に響くが、サートの声により我に返る。


「なぜ一国の王の結婚式でありながら、私のような使者だけが赴いてきたのか。その理由がお分かりになりますか?」

「なに?」


 揺るぎない目を真っ直ぐ向けられたまま、答えられる。


「我々は友好国の助けになればと、手を貸し尽くした! それなのに……! いまだ謝罪の言葉がないっ。これが友好国への対応なのか!」

「……っ」

「いくら一国の王妃であろうが、王族であろうが、最低限の礼儀は互いにとって必要っ。それを棄て……。なぜ許されるとお思いか!」


 謝罪もなにも、このようなことが起きていたとは、今知ったのだぞ? 知らないことを、謝罪できるか。


「我が主、及び国王は改めて席を設け、今後について協議を行いたいとのことです。それでは失礼します」


 背を真っ直ぐ伸ばし、サートたち一行は式へ参列することなく、到着早々、帰国の路についた。



◇◇◇◇◇



「コルデ、正直に答えてほしい。向こうでどのように過ごしていた。二人からは不満はなく、楽しかったと聞いてはいる。本当にこれらは、二人の仕業なのか?」


 人払いをさせ、二人きりになり優しく尋ねるが、なかなか答えてくれない。青ざめた顔で震え、まともに話ができそうにない。この姿が答えなのかもしれない……。


「失礼します、陛下」

「なんだ、セシア! 今は二人きりにしろと……っ」

「急を要すると判断しましたので。本来でしたら、これだけの重要案件。直接コルデ様が陛下へ報告されると思っておりましたが……。先ほどラコーレ国からの使者とのやり取りを聞き、まだ陛下はご存知ないと知りましたので」


 セシアが冷たい目を向ければ、一際コルデは体を揺らす。近づいて来たセシアが、紙の束を出してきた。


「なんだ、これは」

「先代王妃様が調べられた、その報告書にございます。別の観点から、情報を得て下さいませ。なぜラコーレ国がこのような態度を取られたのか。コルデ様たちがあちらで、どのように振る舞っていたのか。お知り下さい」


 ひったくるように報告書を取ると、内容に目を通す。

 どうやって調べたのか、届いていた手紙や、付けていた影からの報告以上に詳細が記されている。


 ごくり。咽喉を鳴らす。


 まずい、まずい。結論から言ってしまえば、二人は城内での振る舞いと、なんら変わらず過ごしていた。さらに先方は自分たちの孫だと本気で信じ、訂正していなかった。身分を偽れとは言ったが、普通、そういうことは訂正するだろう?


 とにかくサートの両親が甘やかしたからか、行動は悪化している。一応コルデは注意していたようだが、軽い口調で本気で止める様子はなかった。そう見えたと書かれてある。

 本気かどうかは本人にしか分からないが、他人から見て、そう判断されたことが問題だ。

 この国の王族は、他国を軽んじていると思われかねない。特にコルデは王妃となる。それがこれでは、なにが国際問題になると分からぬと公言したようなもの。二人の子も、しかるべき教育を受けさせていないと思われても仕方がない。


「くそ!」


 報告書にしわが寄る。


「式は明日、中止にすることはできません。ですが、招待した国の一つが欠席した話は、瞬く間に内外へと知れ渡ることでしょう。リュイゼ国だけでなく、こちらも早期に解決する必要がございます」

「言われんでも分かっておる! 出て行け!」


 再び二人きりになるとコルデが顔を両手でおおい、泣き始めた。


「申し訳……。私が……。しっかり、していれば……。でも、陛下や家族の側から離れ……。異国の地で、不安で寂しくて……。事情を知る皆様にも、頼りすぎるのはよくないと思い……。だから、つい、サート様のご両親が誤解したことに甘え……。それが、こんな……。本当に、本当に、申し訳、ありません……」


 この涙は本物だろうか。

 そもそも以前より、二人には教育を施していたのではないのか? 私も臣下の前で、矯正できると言ってしまったのだぞ? これが知られれば……。矯正が上手くいっていないことになる。


 いや、大丈夫だ。現に注意したことにより、二人についての苦情が無くなったではないか。

 そうだ。あのような無残な美術品たちを見た後、しかもラコーレ国との関係が悪化していると知り、全て悪い方向にしか考えられなくなっていた。


 大体、一つの家の美術品が壊されたくらいで、国際問題にすることこそ、器量が狭くないか? 友好国からの招待を、このような形で欠席する方が問題だ。しかもコルデたちは命を狙われていたのだぞ? 不安になり、言動が不安定で仕方がないではないか。こうなると、むしろこちらから関係を改めたいと言いたい。


 そっと、泣くコルデの肩を抱きなぐさめる。


「分かった、もう泣かないでおくれ。明日は結婚式だ。どうかいつもの笑顔に戻っておくれ」


 だが、なんだ……。この胸に残る、ざらりとした気持ち。

 最初に抱いた、王族としての振る舞いとしてふさわしくないというのは、間違っていないのではないか? 本当にコルデを王妃に据え、問題ないのか? 明日の式、問題は起きないのか?



◇◇◇◇◇



 不安を解消できぬまま式を挙げ、迎えた晩さん会。各国の招待客たちと談笑していると、招待していない者が現れた。


「リュイゼの……!」


 はしたなくも椅子の音をたて、立ち上がってしまう。

 堂々と入室してきたのは、真っ赤な髪の少女。室内の視線が、彼女へと集まる。くそ! ここまで問題は起こらず、順調だったのに! 子ども達も言うことを聞き、大人しくしてくれているのに!


「陛下、あれは誰ですか?」

「リュイゼの姫だ」

「リュイゼ? お父様に暴言を吐いた、あの未開の地に住む者ですか?」

「未開の地か、あながち間違いではないな。だが安心しろ、言葉は通じるので会話は可能だ」


 はたと、気がつく。


「はっ、ははっ。そうか、なるほどっ。この晴れの日に! 再び友好を築こうと! そういうことだな! 歓迎するぞ、リュイゼの者! なんと素晴らしい贈り物だ!」



「勘違いするな」



 凛とした声が広間に響く。


 少女が踏み出した瞬間、まるで道が作られ、そこから強風が流れてくるように感じた。なにか言いたいのに、声が出ない。こんな……。こんな、こんな小娘に……。王である私が、気圧されている、だと……?


「私は友人たちに会いに来ただけ。たまさか、晩さん会が開かれていたのだ。まさか今日が結婚式だったとはな」


 嘘だ。よくもまあ、ぬけぬけと。


 それにしても誰だ、小娘を広間へ通したのは。後で処分してくれる。そもそもなぜ、城へ入れた? 誰が通行証を渡した? 側妃たちか?

 セシアの実家は前王妃派であり、軍の上層部を固めているからな。奴らなら、リュイゼ側に立ち、嫌がらせをしても頷ける。


 こういう時こそ影の出番のはずだが、奴らは仲間が小娘に手傷を負わされたので、引け目があるのか。それとも勝てないと判断し、動かないのか。どちらにしろ、奴らにも期待できない。くそ、くそ! 使えない奴らだ!


 広間は静まり、足音しか聞こえない。


 理不尽な異常事態だというのに、なぜ誰も小娘を止めない! なぜ声が出ない! そんな私の苛立ちを知らぬ小娘は、ディロに気がつくと、途端に迫力を消した。


「久しぶりだな、男爵」


 むしろ気さくさがある。なんだ、この豹変(ひょうへん)ぶりは。


「お前は言っていたな。娘には、王妃のルビーがよく似合うと。丁度いい。ぜひ我にもその姿、見せてくれないか」


 その言葉に対し、見るからに気をよくしたディロが、コルデに見せるようにと告げる。

 代々、国王夫妻へと受け継がれてきた宝石。見せた所で、なにが起きるでもないし。見捨てることにする。


「色白な肌に、赤い石がよく似合っている」


 直に指輪をはめている姿を褒められ、私の気分は高揚した。コルデもはにかみ、ディロも(もっと)もだと言うように、何度も頷いている。


「それだけに残念だな。ここまでこの国が、貧乏になっているとは。民への税が上がっているとは聞いているが、まさか王妃のルビーを手放すほど、国庫が逼迫(ひっぱく)しているとは」

「は?」


 祝いの場に不釣り合いな、険のある声と顔になるが、それに物怖じせず、言い返される。


「一目で分かろう。このルビーは、先代が身につけていたルビーより、質の悪い安物だと」

「なにを馬鹿なことを!」


 そこに招待客の一人が口を挟んできた。


「失礼、陛下。私に拝見させてくれないだろうか」


 多くの宝石を産出し、それを主に輸出させ潤っている国の者だ。確かに彼なら適任だ。近づいてくると、彼は指輪を見るなり、小さく笑う。


「失礼、確かにこれは……。くくっ」


 その声には、(あざけ)りの色が宿っていた。


「この国に王妃のルビーを友好の証と献上したのは、我が国。だからこそ、粗悪品を献上するはずがない。本来の王妃のルビーは、こんなに線が緩くなく、本物は線が一本一本、鋭利に真っ直ぐ走り、見事にスターを描いていた。それに比べこの石は、赤味も(にぶ)い。我が国の名にかけ、断言しよう。このルビーは、以前までの石と別物だと!」

「なんだと⁉」


 慌ててコルデの手を取り、見つめる。


「………………」


 言われてみれば、確かに母上やあの女が身につけていた物に比べ、違うような……。以前はもっと激しい赤色で、線も鋭かったような……。


「私にも見せて下さいな。宝石は大好きで、これでも見る目はあってよ」


 場は騒がしくなり始め、一人、また一人とルビーを確認するため近づいて来る。


「そうですわね。スターは描かれていますが、安物ですこと。以前のルビーと比べ物になりませんわ」

「ややっ。確かに、これは……」


 王妃のルビーなど、気にしたことがなかった。だから式での指輪交換の際、気がつかなかった。そもそも教会内は薄暗く、礼拝堂にはステンドグラスが貼られ、様々な色が空間を彩っていた。だから余計に……。


「でも……。手放すのも頷けますわ。実は私もリュイゼ国の姫様と同じく、こちらの国の財政が厳しいと聞いておりますの。近々、また税率を上げるという噂も……」

「まあ、そのような状況とは……。では少しばかりですが、我が国が援助致しましょう。皆へのお土産を沢山買って帰ります」

「そういえば、あの世界的に有名なブランドも撤退されたな。成算(せいさん)しないと判断したのか」

「あらぁ。それにしては、花嫁のドレスのこの食事。ひょっとして、上げた税で自分たちだけ、贅沢をされていらっしゃる?」

「そういえば、ラコーレ国は欠席されていますな。ということは、あの噂も真実だったのではないか?」

「どんな噂だ?」

「なんでも匿ってもらいながら、無礼を働いたそうで……」


 今では招待客たちの目は、誰も祝福の色はなく、侮蔑(ぶべつ)の色のみ。


「あ……。あ、ああ……っ」

「コルデ?」

「あああああああああぁ!」


 ついに耐えられなくなったのか、ぶるぶると震えたと思うと、頭を抱えコルデは叫び始めた。


「男爵、確かにお前の娘に似合うルビーだったな。ではセシア、案内してくれ。今度こそ茶を馳走(ちそう)にあずかりたい」


 コルデが泣き叫ぶ中、小娘は堂々と退室していく。


 今日の主役は、コルデと私で……。これから、幸せになるはずが……。

 それが、なぜ? どうして広間に、くすくす。嘲笑(ちょうしょう)が響いている?


 トスン。


 自然と体が椅子に落ちた。

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シリ ーズ1作目、2作目は以下、リンク貼ります。

1作目
別れと旅立ち

2作目
敗北の王妃の願い
― 新着の感想 ―
[一言]  うわぁ~、、、  よくもまあ、こんなのが国王でよく未だに国が崩壊しないものですねぇ。  亡くなられた前王妃と側妃方がよほど上手くコントロールして崩壊を食い止めておられたのでしょうね。  で…
[気になる点] サートの現在(家族の地獄)も知りたかったです。 [一言] 崩壊の始まりですね。 愚王にも少しずつ真実が見えてくるのでしょうか?それとも己の失策を認めたくない為に現実逃避するのでしょう…
[良い点] 家庭内不和から始まった本シリーズも随分話が大きくなってきました。 壊された美術品達を贈るところは最高に皮肉が効いてて面白かった。でもサートには同情しないけど。
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