金貸しネロリコ
「全ての門を閉じよ!」
これより、この都は籠城すると伝令が届いた時は、驚いたが理由を聞き、納得した。
急いで閉門作業に走らせる。国内の各地で反乱が起き、その一団が王都へ向かって来ているという。その恐ろしい内容のせいか、いつもより気合いを入れ、部下たちが滑車を回している。
「反乱軍は王都に近い、デッセ領に集結しているそうです。特に王妃の父親……。ディロ男爵が領主代理を任されていた地が、顕著です」
伝令使の言葉に叫ぶ。
「この門の、すぐ近くじゃないか! ディロ男爵は、娘が王妃になるだけでは足りなかったのか? リュイゼに謝りに行くと見せかけ、王の首を取るつもりなのか?」
「いいえ、オルグ殿下です。オルグ殿下が反旗をひるがえされたのです!」
伝令使からの情報に、殿下は寝こんでいたはずだと叫び返す。だがそれは、殿下の流した嘘だったそうだ。
「ディロ男爵は、まだリュイゼと交渉しているのなら、デッセ伯爵が殿下に加担しているのか? それとも、反乱軍に制圧されたのか?」
「デッセ伯爵は加担しておりません、すでに身柄はオルグ殿下たちに拘束されております。オルグ殿下が独自に動き、軍とともに反乱を起こしました。幾つかの地では国旗が倒され、オルグ殿下の旗がかかげられている模様。それらの地には、オルグ殿下の斥候が入りこみ、長く指示を出していたようです」
「では、最近の騒動は……。あれらも、まさか……!」
多くの地で牢が機能していない話は、今では有名だ。それらも全て、裏でオルグ殿下が動かれていたことと伝えられる。
「この王都内も、納税を拒んだ者たちが暮らす地域があります。オルグ殿下の息がかかっていると思われるので、そちらの制圧に人員を貸していただきたく……」
伝令使の話を聞きながら、動揺は治まらない。
軍を相手に、我々が勝つなんて無理だ。普段の鍛錬内容が違う。腕や脚だって、見ただけで筋肉の差が分かる。一般人相手なら、自分たち警備兵も強い。だが軍人相手には……。
納税を拒んだ地域に、軍の関係者が潜んでいたとしたら、そいつらが待っているだけ。人員を貸しても勝つ訳がない。門を守るためだと言い、断る。
「いいか、梯子をかけられたら、倒せ! 燃やしても構わん! ただし門は燃やすな! 弓矢の準備も怠るな!」
オルグ殿下は国王の横暴を許さないと、動いたらしい。
冗談じゃない。コルデ様が王妃となり、やっと自分たちのような、新参者の貴族も権力を高められるという大事な局面に、なんてことだ! ここはなんとしても、この門を守らねばならない!
しかしこんな事態になるとは思っていなかったので、良い戦略なんて浮かばない。
この門や地域の責任者という席だって、金を払って買ったもの。今すぐ逃げたい。だが、どこに? さすがに私でも、逃げて解決できる問題ではないことだと分かっている。むしろ逃げれば、さらに良くないことが待っていると想像できる。
そしてついにその時は、訪れた。
「開門せよ! さすれば、危害は加えぬ!」
門の向こうから、オルグ殿下の旗を掲げた軍隊が言ってくるが、誰が信じるものか! 嘘に決まっている! 実際、王都内に残っていた軍人との小競り合いが始まっていると、伝令使から教えてもらっている!
「開門する気はないのですか?」
尋ねてきた部下を叱責するよう、叫び返す。
「開門はしない! 大体あんな言葉、信じられるか! いいか、お前らと違って私は、王派と呼ばれる貴族なんだぞ? オルグ殿下についた奴らが、私を見逃すと思うか? あれは罠だ!」
「ははは、案外自分の立場を理解しているのですね」
一人の笑いにつられたように、吹き出す者が数名いた。
「貴様ら、上司に向かって……!」
頭に熱が上がり、つかつかと歩み寄って行く。
「上司? よく言えたものだ。上との連絡を繋げるだけの、いくらでも替えの効く、ただの結束部分のくせに」
「貴様……!」
そいつの胸倉をつかもうとするが、避けられる。さらに部下は叫ぶ。
「赤旗を掲げろ!」
それを合図に、数名が走り出した。
「おい、赤旗とはなんだ!」
詰め寄ろうとするが、背後にいた部下の一人が抜刀し、剣先を首に当ててきた。堪らず動きを止める。
「……なんのつもりだ?」
声が震える。
「貴様こそ、なんのつもりだ。今お前が手を出そうとした御方は、王位継承権をお持ちの方。つまり、王子の一人だぞ!」
「なに?」
まじまじと目の前に立つ男を見るが、その顔は、王に似ていない。
「大方、王に似ていないので真偽を測りかねているのだろう?」
だが剣を向ける男に、心を読まれたように言われる。
王子と呼ばれる男が剣を下げろと言えば、背後の男が言うことに従う。やっと剣先が首から離れ、荒い呼吸を繰り返す。体の震えは止まらない。
「私の顔は、生母に似ているそうだ。あの女好きに、何人の子どもがいると思う? しかも手を出した女性が出産する頃には、興味をなくし、誰が自分の子を産んでも気にしない。離れで暮らしていた私たちは、生まれてから一度も、父であるあの男に会ったことがない」
確かに王の、離れで暮らしている子に関心を寄せていなかった話は有名だ。
「セミーリャ様は謝罪して下さった。私たちを生母から引き離し、幽閉生活を送らせることに」
本当にこいつが離れで暮らしている王子だとしたら、なぜこんな所にいる? どうやって城を抜け出した? この男の言葉で動いた者が複数人、この場にいた。こいつの味方なのか? 他にも何人、潜りこんでいる? こいつは、オルグ殿下の味方なのか?
分からないことだらけだ。頭の中が様々な情報で錯綜し、まとまらない。
「私たちはただ、倹しく生活していた。だが急に王位継承権を与えられ、しかるべき教育をと言われた。自分たちは王族でありながら、守るべき民から生かされていることに、己を恥じていた中、追討ちをかけられた気分だったよ。お前のように、自分の利しか考えず、民を切り捨てる者がいるから! この国は落ちた!」
一歩、大きく近づかれ、小さな悲鳴をあげ後退しようとするが、足がからまり尻餅をつく。
大きく見える青年の姿に、声をあげる。
「く、来るな! 心をっ、入れ替えるから! だからっ、見逃してくれ!」
「勘違いしているようだが、お前を許すのか決めるのは、私ではない。民だ」
ああ、と呻く。
この国は歴史があっても、貧乏な貴族が増えてきた。金がなく、領土を管理することが困難になり、私のように金を持っている者たちが男爵位を買い、領主代行に就くことが増えた。
貴族位を持つ領主代行の地は、代行を任された者が、予算の大半を自身の金から使用するため、領主である貴族の負担は減る。代行が管理することで経済を守り、国に金が入る。我々の存在は、喜ばれた。
だが貴族社会の集いでは馬鹿にされ、私たちによって助かっているというのに、由緒がない田舎者と、蔑まれ続けた(さげすまれた)。血統だけしか取柄がないのに、社交界では男爵位を馬鹿にする。そして金だけ奪っていく位の高い奴らの多いこと。貴族というのは、こうも情けない集団なのかと憤った。
だから同じ境遇の者たちで集い、不満を言い合うことが自然となった。そんな中、誰かが叫んだ。
「これからは我々の時代だ。家名だけで、金は得られない。それをあいつらも分かっているから、恐れ、我らを馬鹿にすることで心を保っているに違いない。これからは、金を持っている奴。つまり我々の時代だ!」
拍手喝采だった。そしてその考えは、瞬く間に浸透した。
身分に関係なく、誰だって金がなければ生きていけない。名誉や家名だけでは生きられない。そんな奴らを追い出し、我々が先陣となるのだと意気ごんだ。
だが中には本物がいる。そう、歴史も金も地位も、全て持っている家。そういった家の者ほど、セミーリャ王妃と親しかった。
王とセミーリャ王妃が不仲とは、有名だった。女好きで、毎夜のように違う女を抱く王。そんな男がある時から、ディロの娘に夢中となった。その娘こそ、我々と同じ男爵位の娘、コルデ。貴族の中で最も権力の低い、金で買える爵位の娘を王は選んだのだ。
「コルデ嬢を王妃に」
いつしかそれが、我々の願いとなった。
歴史もなく、地位も低い家の娘が王妃になれば、『本物』を黙らせ、全て奪える。そう信じ、夢を見た。だからディロに多くの者たちが協力した。そしてセミーリャ王妃は亡くなった。
ディロやコルデ王妃が、民から嫌われていることは知っている。
なにしろセミーリャ王妃毒殺の犯人だと、周知されたように広がっているから。
今も民から人気の高い、セミーリャ王妃。彼女を殺めた派閥の者に、民がどんな判決を下すのか、分かり切ったこと。
「に、逃がしてくれ! そ、そうだ! 金ならある! それを渡すから!」
「不正で得た金で、買収するつもりか? 金貸しネロリコ」
その名前を言われ、目を開く。
金を貸しては利子も含まれていると言い、乱暴者たちと取り立てていた。点々と活動場所を変え、その度に名前を変えていたが、裏では『ネロリコ』という名前を呼ばれ、それを通用としていた。その裏の名前を知られているとは……。
一体どこまで調べられている……?
「金を貸す、その商売自体に問題はない。だが高額な利子、一日でも返金が遅れれば、債務者を襲う。時には女性をさらって、売買までしていたそうだな。とても看過できぬ」
人身売買まで……!
一体いつから目をつけられていた? ネロリコという名前から、自分に足がつかないように気をつけていたのに……! だが……!
「債務者が約束を守らないことが、そもそも非であろう! それに、多少乱暴でもしなければ、貸した金なんて返ってこない! 利子についても、契約時に説明をしていた! 読み書きできる奴とは、書面を交わしている! それなのに、なぜ私だけを責める!」
「確かに借りた金を返さぬ者もまた、悪人。だが返す意思を示しても無視し、必要以上に暴力を振るう。利子以上の金をかっさらう。時に文字の読み書きができない者を騙し、説明や契約書以上の行動を多く取っていることは、調べがついている」
くそ、くそ、くそ! 一体誰がいつから……。だが認める訳にはいかない。認めたら、終わりだ。
男爵の仮面を捨て、金貸しネロリコとして答える。こういう時の答えは、あらかじめ考えてある。
「利子以上? そりゃあ何度も集金に足を運ばせた、手間賃だよ! それくらいしないと、こっちだって商売できない! 善意で金貸しなんて、できる訳がない!」
「お前が乱暴な手段に出るから、債務者は周りに助けを求める。だが周りも上がった税により、手を貸すことはできない。……お前が金を貸す対象者の周りで金を使っていれば、その界隈の経済は回っていただろう。だがお前の利用する店は、高級店ばかり。これでは経済が回るのは、一部のみ」
誰がどこで金を使おうが、お前に関係ないだろう。そう言いたかったが、それより先に言葉を続けられる。
「例えば、セミーリャ様のご実家は、そういった層からも食材を仕入れたりし、経済を回すように努力されている。考えてみろ。お前が商売をする時は、セミーリャ派が係わっている地を避けるだろう? 誰もお前から、金を借りる必要がないからだ」
「ぐ……っ」
確かにセミーリャ派の領では、商売が上手くいかない。なにしろそこでは、低利子で、取り立ても乱暴ではない商売敵が多いからだ。
「つまりお前は、悪循環しか生まない」
その頃になり、外が騒がしくなってきた。雄叫びが地を、建物を揺らしているようだ。
私は命令され、縄で縛られた。そんな私を放って、自称王子は渡された赤い旗を持ち、バルコニーに出る。
片方の手で旗を掲げる。それだけであらかじめ決まっていたのか、辺りを揺らしていた声が静まる。
「諸君、ついにこの日が訪れた。王は殿下を恐れ、都の全ての門を閉じ、籠城を決めた。全ては己の保身のために!」
身を守ることのなにが悪いと思うが、外からは『許せねえ!』という声が、多く聞こえてくる。
「赤い旗は愚王に従う者の印! 白い旗は敗北を認め、オルグ殿下に旗を返す者! 忘れるな! 国王と王妃は民から金を搾取してきた! 許されぬことだ! そんな国王につく赤い旗の者たちも、許すな!」
わっ、と声があがる。
まずいぞ。汗が吹き出る。おそらくバルコニーの向こうには人がつめかけ、皆、王への怒りを抱いている。ただ黙って搾取されるだけの奴らだったのに、団結して行動を起こすとは……。
一体オルグ殿下は、いつから動いていたのだ? 短期間で、ここまで連携が取れる訳がない。我々は、いつから踊らされていた?
「オルグ殿下は、王と王妃の極刑を約束されている。そして、民がこれ以上、王政を望まぬのであれば王政を廃し、新たな形で国を再建されるとも。そして、その時邪魔になるようなら、己の命も差し出すとも! これは殿下以外、多くの王族も同じ気持ち! 敵は王と王妃、リダとピカロ! 敵を引きずり降ろせ! 門を開けよ!」
門が動き出す音が聞こえる。同時に、人々の叫びも聞こえる。
「邪魔をする警備兵は倒せ!」
「これ以上、苦しめられてたまるか!」
「王と王妃を許すな!」
人々の争う音も聞こえ始めると、無理やり立たされ、ベランダに連れて行かされる。
「見ろ、門が上がっていく。これが民の思いだ」
「王に逆らうなど……! それに、私を誰だと……!」
「その台詞、そっくりそのまま返す。貴様こそ、誰に向かってそんなことを言っている。私は王位継承権を与えられている、王子の一人だと言っただろう? 顔は知られていないとはいえ、王子に対し、不敬であるぞ」
「まだそんな戯言を……」
逆らうように言えば、ただ黙って見つめられる。
……本当に、離れに暮らしているはずの王子の一人だと言うのか? あそこに暮らしている子ども達は、一度も人前に出たことがないので、顔を知らない。本当に、本物なのか?
考えを巡らせている間に、バルコニーの手すりに引きずられ、上半身を外に出される。
頭を押さえられ、人々の頭が見える。その人々が自分に気がつき、指さし叫ぶ。
「国王派の貴族だ! 許すな!」
人々の憎悪が向けられ両足が震え、ふんばりが効かなくなる。
「ま、待ってくれ! お、落とさないでくれ!」
「お前は権力や身分を好む。王に忠誠心を示すことは認めるが、国は民が存在してこそ成り立つもの。権力や身分は、お前の自尊心を満たすものではない! 民や国を守ることを忘れた王は、玉座に座る権利などない!」
落とされると思ったが、後ろに引っ張られ、床に叩きつけられる。
部下が一人、また一人倒されていく。白い腕章をつけた警備兵だけ、無事だ。あの腕章が民にとって、印になっているのだろう。
「門が開くぞ!」
完全に門は開き、一際大きな歓声が上がった。




